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バークレー侯爵家へ

リディはバークレー侯爵家のエントランスで呆然と立ち尽くしていた。


(控えめに言ってゴージャス……)


白い大理石の廊下はつるつるに磨かれており、柱一つとっても金の装飾が施されている。

高い天井に吊るされているシャンデリアはキラキラと光を反射し、輝きを放っていた。


一方でリディはタダでさえシャルロッテに「地味」と評される暗めのワンピースドレスな上に、泥だらけのびちゃびちゃな状態。

正直、浮きまくっている。


一歩でも動けば塵一つ落ちていない床を汚してしまいそうでリディは硬直した。

自分だって伯爵令嬢ではあるが、その比ではない。

侯爵家の財力と格の差を思い知らされた。


「リディ、どうしたんだ。早く入るといい」


リディを支えていたルシアンが、一歩前に踏み出そうとするのに動かないリディを不思議そうな顔で見てくる。

リディは硬直して動けないまま答えた。


「いえ。動いたら泥が落ちてしまいますし……やっぱり私帰りますね!」

「いや、その足で無理だろう?」


思わずくるりと踵を返そうとした時だった。

突然階段の上から女性の声が響いた。


「お兄様、お帰りなさいませ!」

「あぁ、エリス。ちょうど良かった。紹介するよ。彼女が昨日話していた俺の恋人だ」

「えっ?」


エリスと呼ばれた女性は察するにルシアンの妹だろう。

年の頃はリディより少し年下で、まだあどけなさが残る顔立ちだった。

流石攻略対象ルシアンの妹だけあって美少女だ。


ヒロインであるシャルロッテはたれ目で可愛い系の美人だが、エリスもまた違った可愛さを持っていた。

顔立ちはフランス人形のように目がぱっちりしていて、唇はぷっくりとして赤い。

クリームに近い金色の髪をツインテールに結っていて、女性と女の子の中間といった雰囲気がある。


(うわー可愛い。並ぶと美形兄弟だわ。スチルを見ているみたいね)


そんなことを思っていると、エリスはつぶらな瞳を一瞬大きく見開き、ルシアンとリディを交互に見た。


「え? お兄様どういうことでらっしゃいますの!? 恋人って……この地味な女性が!?」

「エリス!」

「あ、申し訳ございません」

「……リディ、紹介しよう。妹のエリスだ。エリス、彼女は俺の恋人であるリディ・ラングレン嬢だ」

「嘘でしょ……」


突然の訪問の上にどろどろの格好という何とも締まらないが、唖然としているエリスに対し、リディは精いっぱいに丁寧に挨拶をした。


「お初にお目にかかります。リディ・ラングレンと申します。このような恰好で……大変申し訳ありません」


「あ……そうだった。エリス、申し訳ないがお前のドレスを貸して欲しい。さぁ、リディ。バスルームに行こう。こっちだ」


ルシアンがエリスに頼むと、当たり前ながらエリスは事情を呑み込めないようで、怪訝な顔をした。


「はぁ……お兄様、状況が分からないのですが?」

「事情は後で話す。とにかく、彼女が風邪をひいてしまう。あと足首を痛めているようだ。医者を呼んでおいてくれ」

「……分かりました」


これに対してはリディも驚いてしまい、ルシアンの申し出を断ろうとした。

こんな美少女のドレスを借りるなど烏滸がましすぎる。


しかも絶対に地味女の自分には合わない。ドレスを汚してしまう危険もあるし、もしそうなっても高価なドレスを弁償できるわけがない。


「えっと、ルシアン様。私は使用人のどなたかのドレスをお借り出来たらそれでいいんです! それにバスルームを使うなんて。タオルをお借りするだけで全然いいんです! お気遣いなく」


「リディ、恋人に対してそのようなこと、できるわけがないだろう? 恋人にそのような仕打ちをするなんて侯爵家の恥だ」

「う……」


一応、現在偽装とはいえ対外的には恋人の立場になるのだ。

ここで変に断っても不自然になるかもしれない。

実際、エリスは訝し気な表情を浮かべてリディを見ている。


「分かりました。大変申し訳ありませんが、お世話になります」

「じゃあ、エリス。頼む」

「はーい」


こうしてリディは泥だらけのびしょびしょ状態で侯爵家へと足を踏み入れることになったのだった。


※ ※※


リディが通された客間のバスルームには白いバスタブに並々とお湯が張ってあった。


足を挫いていることもあり、使用人が体を洗うと言ってくれたがリディはそれを丁重にお断りした。

ちなみに身支度が終わる頃にまた迎えに来ると言って、ルシアンは部屋から出て行ってしまった。


ラングレン家の自室のバスルームは狭く、お湯も自分で用意しなくてはならない。

お湯を沸かして屋敷の外れにある自室まで運ぶ間に、お湯は冷めてしまうし、何往復もするのはしんどいのでいつも少量のお湯で済ませていた。


だから、すでに温かいお湯が用意されていることにリディは感動を覚えた。


「贅沢すぎる……感謝……」


リディはそう呟いて拝む仕草をすると、眼鏡とウィッグを外してお風呂に入ることにした。


「おおおお! 石鹸が泡立つ!!」


思わず声が漏れた。

義母と義妹に贅沢品を禁じられており、使っている石鹸等もかなり粗悪なものである。


いつもは泡の立たない石鹸で体を洗っているのだが、目の前の超高級品の石鹸はもこもこと泡立ち、そして滑らかな肌触りで、しかもいい香りがしている。


髪を洗えば、地毛であるプラチナブロンドの髪からもシャンプーのいい香りがした。

コツコツお金を貯め、けちけち生活をしているリディには贅沢すぎるバスタイムだった。


ほっこり体を温め、さっぱりしたところでお風呂から上がった後も、ふわふわのバスタオルとバスローブに感動してしまった。


「あーいいお湯だった」


リディは客間へと戻り、もう一度髪を拭いていたところでドアがノックされた。


「リディさん、よろしいですか?」

「はい、どうぞ」

「失礼しま……す!?」


がちゃりとドアを開けて入ってきたのはエリスだった。

手には深緑のワンピースドレスを持っている。

ドレープが美しく、リディが通常着ているものよりも格段に上質なものだと遠目からも分かる。


だがそれよりもエリスの様子が変だあった。

ドアを開けたまま硬直したように動かない。


「エリス様?」

「び……美人……」

「え?」


何かぽそりと呟いているようだがリディはよく聞き取れず、首を傾げた。

しかもエリスはドアの前でリディを舐めるように見ている。


「? エリス様、どうされたんですか?」

「あ……失礼いたしました。その……髪の色が違かかったので」

「あぁ、申し訳ありません。ちょっと事情がありまして、ウィッグを被っておりましたの」

「眼鏡は?」

「これも伊達眼鏡です。目はいいんですよ」

「……詐欺ですわ」

「ん?」


またもやぽつりと呟くので、リディは何か失礼をしたのではないかと慌てて弁解をした。


(あぁ……モブ顔を晒したから絶句されてしまったんだわ)


「申し訳ありません!! モブキャラな私の顔を晒すだけでなくこんな汚い髪を見せてしまいまして!!」

「いえ、そうではありませんの! あ……これ、ドレスです。お召しになってください」

「ありがとうございます」


リディはドレスを受け取り、それを身につけたものの、やはり美少女エリスに合わせたドレスであるため服に着られている感が半端ない。


(あー。やっぱり似合わない……。これ汚したらクリーニングよね。いえ、下手したら弁償……あああ私の財布、破産しちゃう! 取り扱いには注意だわ)


鏡で自分の姿を確認し、やはり凡庸な自分には合わないなとつくづく感じていると、鏡越しにエリスと目が合った。


「あの、なにか?」

「そうやって……お兄様を誑かしたのですわね?」

「え……は? いや……どう考えても私があの人間国宝級の顔面の方を誑かすなんて無理ですよね?」

「に、人間? ……国宝?」


攻略対象に自分が誑かされることがあったとしても、逆があるなどどうしてそう言う発想になるのだろうか?

リディがうーんと考えていると、再びドアがノックされた。


「はい」

「俺だ」

「どうぞ」


外からはルシアンのくぐもった声がした。

ルシアンが迎えに来てくれたのだろう。

リディがすぐに返事をすると、ガチャリとドアが開いてルシアンが入ってきた。


「リディ、着替えは終わったか……い?」


ルシアンは普段着になったのか、今度は先ほどよりラフな格好で、白いシャツに臙脂のベストを着ていた。


(おー、美形はラフな格好でも美形だな)


そんなことを思ってルシアンを見ていたが、当のルシアンはドアを開けたまま動かないでいる。

先ほどと同じデジャビュを感じた。


「あ、あの、ルシアン様?」

「う……嘘だろう?」

「え?」


そう言ってルシアンは片手でドアの取手を握り、もう片手で口元を覆って崩れ落ちた。


「ええええ!? ル、ルシアン様!?」


リディが慌てて近寄ると、ルシアンはなんとかといった感じでよろよろと立ち上がった。

そして刮目といっていいほど目を見開いてリディを見た。


「その髪……どういうことだ!? それに眼鏡!? え?」

「はっ!!」


(またもやモブ顔を晒したから絶句されてしまったんだわ)


「すみません、ルシアン様。この変装を隠すつもりはなかったんですけど、仕事上都合が良くて」

「……エリス。悪いが先に下に行っててくれ。そろそろディナーの時間らしい」

「え、でも」


ルシアンは放心状態のまま何とかそれをエリスに伝えると、エリスも戸惑いを隠せないようだった。


「あぁ、ちゃんとマナー通りドアを少し開けておいていい。ただし話は聞くな」

「え……えぇ、分かりましたわ」


エリスは何度かリディとルシアンを見ながらも、ルシアンの言葉に従って部屋を出て行った。

少し静寂が訪れる。

きっと変装のことを怒っているのだろう。

なんと言おうか悩んで、リディは弁解の言葉を口にした。


「えっと、こんなくすんだ髪の色で驚かれましたよね。あの、隠しているつもりはなかったんです。ただラングレン伯爵家の者だとバレると都合が悪かったのと、占い師としての雰囲気づくりで黒髪眼鏡の方がウケがいいかなって思って」


「はぁ……」


ルシアンは深い深いため息をついた。


「モブ顔を晒してすみません」

「そんなことはない!」

「え?」


肩を掴まれてそう強く言われたので、驚きのあまりリディは肩をびくりと震わせた。


「あ、怒っているわけではないんだ。それより……その、リディは俺を覚えているか?」

「覚えている?何をですか?」

「いや、だから以前から知っていたのかって聞いてる」

「え……そりゃ、攻略対象ですからね。キャラデザ知ってますし」

「そうじゃなくて!!」


怒っているのか泣いているのか分からない表情を浮かべるルシアンの質問の意味が分からず、リディは首を傾げた。


「……覚えていない?」

「?」

「はっ! ちょっと待ってくれ!」

「はぁ、待ちますけど」


何やら一人で混乱しているルシアンの思考が整理されるのをリディは待った。


(口調が安里になっているけど、突っ込まないでおこうかしら)


「待てよ……言うのは不味いってことか?」


しばし思案に暮れているルシアンを眺めていると、ルシアンは深呼吸した後、一つ咳払いをしてリディに笑顔を向けた。

なにやら自分の中で答えが出たようだ。


「いや、取り乱してすまない」

「大丈夫です。むしろルシアン様のほうが大丈夫ですか? すみません。なんか混乱させてしまったようで」

「それなんだが、リディに頼みがある」

「はい。なんでしょうか?」

「今日は泊まって行ってくれ」

「はい?」

「その前にディナーを取ることにしよう。両親に君を紹介する」

「……はぃ!?」


何やら鬼気迫る口調でそう言うと、ルシアンはリディの手を取って歩き出した。


こうしてリディは状況が分からないまま、いきなりルシアンの両親へと挨拶をすることになったのだった。


すみません。以前に感想をいただいたことがあるので補足します

後日、ルシアン視点を加える予定ですがちょっと直近で書けるか微妙なのでとりあえずこちらで補足しておきます…


Q.ルシアンの探し人=リディなのに何故告白しないの?


A.ルシアンとリディは偽装婚約の際に次の3つの契約をしてます(「ルシアンの依頼②」の部分)


一つ:お互い好きな人ができた時点で契約解消

一つ:婚約解消後は連絡を取らない

一つ:お互いに恋愛感情は抱かない


つまり「お互いに恋愛感情は抱かない」という契約なので、リディに告白した時点で3番目の契約違反になり、そうすると2番目の契約で、今後リディとは連絡を取れなくなり、一生会えなくなります。

そのため、「告白したい。でもそうなると契約違反になるし、もう二度と会えない。ああ!どうすればいい?!」となっている状態です。


【2024/6/30】

ちなみにルシアン視点を書いており、このあたりの心情もエピソードが載っていますので、良ければこちらの作品も合わせて読んでもらえると嬉しいです。

「乙女ゲームに転生した侯爵様(攻略対象)は偽装婚約した転生モブ令嬢を溺愛して離さない」

(https://ncode.syosetu.com/n6649iy/)


ちなみに

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[一言] 補足ありがとうございます! 楽しく読ませてもらってます!
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