ルシアンの依頼①
その後もリディはルシアンルート回避のアドバイスをすることになった。
というのも、都度都度ルシアンが訪れてはその状況報告をし、次のイベントの対策を伝授するというのが習慣化してしまったからだ。
「リディ! 今回も大丈夫だった。あいつがいたけど、あんたの言う通りにしたらニアミスで済んだ」
「良かったです。このイベントでも好感度が上がらないのでイベント失敗になったはずです」
「次はどうなんだ?」
「えっと、次イベが最後の好感度判定ですね。次は城で迷子になっているヒロインを助けるシーンです」
リディは記憶を辿る。
父親が登城した際、忘れ物を届けに行くが、城の中で迷子になり、それを助けるというイベントだったはずだ。
リディはタロットをさっと七枚並べる。
左から三枚目に塔のカードが出た。
これは災難やトラブルを暗示するものだ。
確か父ターナーも近々登城するスケジュールだと聞いたので、多分その時だろう。
「えっと、明後日ですね。私の記憶では城の中庭で迷ってるはずです」
「分かった。ありがとな」
ルシアンはリディもが前世持ちであると知ったこともあり、時折二十一世紀の男性らしい少し砕けた口調になる。
だが外見がクール系イケメン侯爵なだけに、違和感が半端ない。
「どうかしたか?」
「あ、なんでもないです。それより、お仕事ですよね? 守護妖精が早く行こうと急かしてますよ?」
「ああ、そうなんだ。ちょっと最近忙しくなってさ」
「大変ですね。お体には気をつけてください。あ、そうだ。唐揚げ作ったので食べますか?」
「ああ。俺、唐揚げ好きなんだ。大事に食べるよ。ありがとう」
リディはお弁当箱(これもリディの特注品)に詰めた唐揚げを渡すと、ルシアンは喜びながら礼を言って去っていった。
数日後、ルシアンから無事に最後のイベントも回避できたという手紙が来た。
それを読んでリディもほっと胸を撫で下ろした。
あとはゲームがどのように進行するかは分からないし、モブである自分が関与することもない。
もちろん攻略対象であるルシアンとも会うこともなくなるだろう。
しょっちゅうルシアンと顔を合わせていたので、もう会えないのは少しだけ寂しい気持ちもするが、モブと攻略対象とでは住む世界が違う。
(ルシアン様に幸運がありますように)
リディはそうルシアンの幸せを祈りながら、持っていた手紙を引き出しに仕舞った。
「よし、一件落着! 次のお客様をお迎えしなくっちゃ」
リディは達成感と解放感から一つ伸びをして、次の予約客を出迎える準備をするのだった。
※ ※※
だがもう会わないはずのルシアンは今、リディの目の前で優雅に紅茶を飲んでいる。
「あのですね……なんでルシアン様は毎日いらっしゃるんですか? もうルート回避できましたよね?」
今日も今日とてルシアンが店にやって来て、リディは彼とお茶をしている。
ルート回避してもう関わりがないはずなのだが、何故かルシアンは毎日のようにリディの店を訪れてはお茶を楽しんで帰るのだ。
最初はお礼を言いに、次はお代を支払いに来たところまではいいのだが、翌日も、その翌日も世間話をしにルシアンはやって来る。
仕方なくリディはお茶を出してティータイムを取っていたのだが、そろそろ毎日やって来る理由を聞いてもいいだろう。
そのリディの疑問に対して、ルシアンはあっけらかんと答えた。
「え? 気分転換?」
「いや、ここは喫茶店じゃないんですよ?」
「いいじゃないか。せっかく前世持ちと会えたんだしさ。ルシアンとしての生活も馴染んだけど安里としての感覚も懐かしくて、あんたと話したくなるんだよ。あ、このパウンドケーキも美味しいな」
「アレットさんのケーキ、美味しいですよね。って違くて!! ルシアン様は侯爵様で、攻略対象で、私とは身分も世界も違うんですよ? それなのにこんなボロアパートに足繁く通って、周りの人になにか言われないんですか?」
「んー、でもまだ“彼女”とは再会できてないし。アフターサービスということで、また少しずつ助言を貰えると嬉しいなと思ってさ」
確かに占いではすぐに会えると出ていたのになかなか再会できていない様子に、リディも少しだけ引っかかっていた。
なのでそう言われてしまうと強くは出れない。
(うーん、外れちゃったかなぁ……)
その可能性は捨てきれない。
だがリディはあの後も何回かルシアンの探し人を占っている。
その結果は「もうすぐ会う」「もう出会っている」というカードばかりが出るのだ。
なのでリディはもう少し様子を見ることにしようと思った。
「分かりました。再会できるまでお手伝いしますよ」
「ん、よろしく。あ、せっかくだから前世の話でもしてみようか。俺は病死だったんだけど、あんたはなんで死んだんだ?」
「事故死ですね」
「そっか。突然死ってのも受け入れるの大変そうだな。でも異世界転生したって分かった時は衝撃だったよな」
「ですね。まぁ、前世を思い出してこうやって特殊能力も貰えたので良かったです。お陰で家を出る手段ができましたし」
「そっか……」
ルシアンはリディの家庭環境を知っているので、少し同情の表情を浮かべた。
「なぁ、あんたは異世界転生して、これがゲームの世界で、キャラとして生きるなら、もう既定路線なんじゃないかとか思ったことないか?」
「と、言いますと?」
「今、俺は侯爵で、設定通りに学校に通って設定どおりの職について、設定通りの能力を持って……じゃあ俺の意思ってなんなのかなって思ったりしてた時期があったんだよな。あんたにはなかったのかと思ってさ」
「んーそうですね。私はモブですからそこまで思ったことはないですけど、やっぱりシャルロッテの容姿や皆が彼女を優遇する様子を見ているとゲームの強制力みたいなのを感じたりはしますね。でも、シャルロッテはゲームのヒロインとは中身は似ても似つかないあの性格ですし……。変えられることもあるんじゃないかなって思っています」
「なるほどな」
ふーんとルシアンはリディの話を聞きながらアレットの焼いたパンケーキを一口大に切って頬張った。
リディもティーポットから新しい紅茶をティーカップに注ぎながら話を続けた。
「それに運命って常に変化するものなんです。数ある選択肢から選んでいるというか。多分設定がどうであれ、ルシアン様がそれを選ばなければその結果にならないんですよ。今ルシアン様がもつ能力はルシアン様が努力した結果で、積み上げてきた成果だと思いますよ」
そう伝えると、ルシアンはちょっと驚いた顔をして、そして笑った。
「あんたもそう考えるんだな。あんたもそういう考えなの、ちょっと嬉しいな」
「ルシアン様もそう思いますか? 〝運命なんて変えられないわ!〟 なんていう人もいるかと思いますけど、それは変えようとする努力をしなかっただけだと思うんですよね。まぁ持論なので異論は認めますけど」
「うん、俺もその考え方、いいと思う」
その時ルシアンの守護妖精がふわりと姿を現しルシアンの周りを飛んだ。
どうやら仕事の時間のようだ。
「ルシアン様、お仕事のお時間っぽいですよ」
「……本当だ! じゃあ俺、もう行く」
「はい、仕事頑張ってくださいね」
ルシアンは「じゃあまたな」と言って帰って行った。
さて、リディの今日の仕事は終了だ。
ティーカップを片付けたのち、ドア前のプレートをCLOSEにして、家へと帰ることにしたのだった。
※※ ※
その後もルシアンはリディの店にティータイムをしにやって来る。
その度に前世の話など色々な話で盛り上がり、楽しい時間を過ごした。
今ではルシアンとのティータイムはリディの日常になっている。
しかし、今日はルシアンの様子が少しおかしい。
何やら思いつめた顔をしている。
いつもならアレットの作ったパンケーキを嬉々として食べるルシアンなのだが、今日は椅子に座っても手を付けないでいる。
「ど、どうしたんですか?」
ただならぬ様子のルシアンにリディは驚きつつそう尋ねるが、その問いにも答えず、ルシアンは出された紅茶を一口だけ飲んだ。
そして意を決したようにリディを見つめた。
「なぁ、あんたには婚約者はいるか?」
「え? い、いないですけど……」
「恋人は?」
「残念ながらいません」
「好きな奴は?」
「……いません」
なんか答えているうちに情けなくなってきた。
恋愛の「れ」の字もないのは年頃の女性としてはどうなのだろうか。
だがそもそもルシアンも突然何を聞いてくるのだ?
質問の意図が分からずリディは戸惑いながら首を傾げた。
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