二度あることは三度ある②
「まず、宝剣を持ち出したのはルイスだ」
鏡に映し出されていたのは宝物庫に入っていくルイスの姿だった。
多くの宝物が並ぶ中、最奥に輝くように安置されていたのは、エメラルドグリーンと金で飾られた短剣だ。
ルイスは宝剣の前に立つと左右を見回し、そしてそれを取り上げた。
ルイスは徐にそれを懐に収め、何食わぬ顔をして宝物庫から出て行く。
その様子が克明に映し出されていた。
「な……ルイスが!? どういうことだ、ルイス!」
「ひぇっ!」
国王の睨みにルイスが小さく叫んだ。
そんなルイスに国王が詰め寄る。
「お前が持ち出したのか?」
「だって……シャルロッテがどうしても見たいと言うので」
「門外不出の宝剣を持ち出しただと? それもその女に見せるために?」
「シャ、シャルロッテがすべて悪いんです!」
ルイスはそう言いうと、シャルロッテの肩から手を外し、少し遠くに押しやった。
「ルイス様、酷いわ……そんな……私が悪者みたいに……!」
態勢を崩した形になったシャルロッテだったが、ほろほろと涙を流す姿は人の憐みを誘うかのようだった。
ルイスもどうしていいのか分からないようで、おどおどとしている。
「わ、私が悪者だなんて……あんまりです。確かにルイス殿下に宝剣を見て見たいと言いましたが、まさかそんな重要なものだなんて知らなくて。それにルイス様が〝勝手に〟持ち出すだなんて思いもよらなくて……」
その様子にルイスも戸惑いながら、シャルロッテに駆け寄り、慰めるように傍にしゃがんで優しく声をかけた。
「すまないシャルロッテ。君を責めるつもりはなかったんだ。直ぐに宝剣は元に戻そうと思っていたのに……。まさかこのリディとか言う女が盗むとは思わなかったんだ! そうだ、やはりお前が一番悪者だろう!」
ルイスがリディに向かって指をさしながら怒鳴った。
その様子にオベロンがふんと鼻で笑った。
「宝剣をリディが盗んだと。なるほど。どうしてもそう主張するんだね。ではその宝剣、お前はシャルロッテに見せてどうしたのかな?」
「どうって……部屋に置いていたら無くなっていた」
再び鏡に画像が映し出される。
そこにはベッドに寝ている男女が映っていた。
シーツから覗く肌色の肩から、二人が何をしていたかは容易に想像ができる。
それを見たルイスとシャルロッテの顔が羞恥で赤く染まった。
そりゃそうだ。事後のシーンを公然に映し出されているのだから。
(公開処刑よね……。これもオベロン様はワザとやっているんじゃないかしら)
だが問題はこの後のシーンだった。
眠るルイスの隣からシャルロッテがベッドを抜け出し、素早く着替えると、テーブルの上に無造作に置かれた宝剣を自分のドレスの下に隠したのだ。
そしてそのまま寝ぼけ眼のルイスと会話をしたのちに、何食わぬ顔で部屋から出て行った。
「ということだよ、ルイス」
「そんな……まさか、シャルロッテが? 信じられない!」
「だが、ルイス。この場面には思い当たることがあるな」
「それは……」
ルイスが言い淀む。
だがシャルロッテは悲劇のヒロイン張りに泣きじゃくった。
「これは……リディお義姉様に脅されて……持って来ないなら殺すと。しかもルイス様も殺すと言ったんです! 愛する人を傷つけさせるわけにはいかず仕方なく……うっうっ……」
「ほう。脅されて、ね」
オベロンが鋭く睨むと、シャルロッテは少しばかり動揺を見せた。
それを一瞥して、オベロンは再び鏡に映像を映す。
(あっ! これって夜会の後にシャルロッテがやって来たシーンだわ)
シャルロッテが王城に用意されていたリディの客室に入って来る。
紅茶を淹れるように指示し、お湯が温いと言ってリディを外に向かわせたところだった。
「これが……シャルロッテ? いや、あんな物言いなんてシャルロッテはしない。可憐で上品で優しいシャルロッテが」
普段とはあまりに違う態度のシャルロッテの様子にルイスは絶句していた。
その隣でシャルロッテは青ざめた顔で鏡を見つめている。
やがて鏡の中のシャルロッテは、リディを部屋から追いやった後、きょろきょろと室内を物色するように歩き出す。
そして、ベッドサイドに駆け寄ったかと思うと、引き出しを開けてドレスの中に隠し持っていた何かを仕舞った。
それは大きなエメラルドをあしらった金色の短剣。
まぎれもなく宝剣だった。
「これが、真実だよ」
全てを見終えたオベロンが静かにそう言った。
当のシャルロッテもあまりの衝撃のせいか、微動だにしていない。
信じられないものを見たように、ルイスが恐る恐るシャルロッテに声を掛けた。
「シャルロッテ……嘘だろう? ……君が、そんなことするはずがないよな」
「は、はい! 殿下。信じてください! ……妖精王、酷いです! 私を悪者に仕立てて……リディお義姉様に嘘を吹き込まれて騙されて、このような仕打ちをなさっているのですね。リディお義姉様……酷いです」
うぅうっと嗚咽を上げながらシャルロッテは顔を手で覆って泣き始めた。
痛ましいものを見るような表情をしたルイスがシャルロッテを抱きしめると、シャルロッテもその腕に縋って涙を流している。
「シャルロッテ、余は君を信じているよ。……いくら妖精王とはいえ、このような出鱈目でよくも余の愛する者を傷つけたな! 許せん!」
「殿下……信じてくださるのですね」
「当り前だ。余はお前の味方だ」
悲劇のヒロインとそれを慰め愛する者を守ろうとするヒーロー気取りだ。
だが聴衆は2人を蔑んだ目で見ており、国王など真っ青な顔でこのまま倒れんばかりになっている。
誰がどう見ても二人が有罪だ。
だが二人はそれに気づかない。
「なるほど美しき愛だね。だがそれがいつまで持つか……国王よ。貴様の息子はそう言っているけど、誰が真実を告げているのかは分かっているよね」
「それは……」
国王も混乱からか、オベロンに対する恐怖からか、両手を床につきそれを見ながら震えている。
そして国王は立ち上げるとまずシャルロッテを見た。
「そなたを窃盗罪にて処罰する。追って正式な沙汰は下すが北の修道院送りにする」
「!」
北の修道院というのはほぼ監獄に近い場所だ。
一生幽閉ということを意味する。
「嘘……なんで? おかしいです! 私は何も悪いことはしてないわ。お義姉さまが私の美しさを憎んでこういうことをしたのです!」
「我ら妖精は嘘をつかない。それとも……お前の悪行のすべてを白日の下に晒してもいいんだよ。どうやってリディを虐げてきたかを。そして……その腹の子のこともね」
その言葉にシャルロッテはぎくりとしたかと思うと、ぶるぶると震えている。
「そ、それは」
「どういうことか? 余の子がどうしたのだ?」
言い淀むシャルロッテにルイスは状況が掴めないというように訝しんだ表情を浮かべると、シャルロッテに説明を求めた。
答えない……いや、答えられないシャルロットを嘲笑うかのような表情を浮かべてオベロンは周囲を取り囲むようにして見ていた聴衆に目を向ける。
「ルイス、哀れだね。誰の子かも分からない子を宿した女を庇うなんてさ」
「誰の子?」
「あぁ、シャルロッテだっけ。その女は金を持っている男や顔のいい男とそう言う関係になっていたって事。例えば、そこの男とか……あぁ、そっちの君もか」
オベロンの視線の先にいた数人の男たちの顔が凍り、一気に青ざめている。
「他にも名前を挙げてもいいよ、シャルロッテ。えーと、まず筆頭はジル伯爵だよね。あとは君の母親とも浮気してた……誰だっけ。あぁバディアス伯爵の息子もか。いやぁ、バディアス家は親子そろって最悪だね。それから……」
「止めて!」
その言葉が全てを物語っていた。
だがすぐに我に返ったシャルロッテはルイスに涙目で訴える。
「殿下は……信じてくれますよね」
「触るな!」
ルイスは伸ばされたシャルロッテの手を振り払い、そして三歩ほど後ずさった。
「さて……次はルイスの処分を頼むよ」
「はい、ルイスよ。……お前を廃嫡にする」
「はぁ?! 父上、どういう意味ですか? 何を血迷っておられるのか! こんな得体のしれない存在の出鱈目を信じるのですか?」
「いい加減にしろ! 妖精王の告げる言葉は真実だ! お前だって身に覚えがあるのだろう!」
「そ、それは。ですが、余が居なくなれば王位を継ぐものがいなくなるんですよ! 父上は分かってるのですか?」
「ルシアンがいる」
「ルシアン?」
王の口から出た意外な人物の名前に、ルイスは怪訝な顔をした。
それはリディも同じだった。
(なんでルシアン様?)
チラリとルシアンを見れば、いきなりの渋面であった。
何か心当たりがあるのだろうか?
確かにルシアンはルイスの腹心として政務を行ってきた。
むしろ遊び惚けているルイスよりも王太子の仕事を肩代わりしていたようだった。
だとしてもいきなり王太子になるというのは飛躍しすぎだし、大体にして彼は王位継承権などないはずだ。