通じ合う心②
男性はやがてすくっと立ち上がった。
「ありがとう。少し、元気が出た」
流石に感謝の意を示されているのに顔を背けたままでいることもできず、リディは一度だけ青年の顔を見て言った。
「いえいえ、どういたしまして! 貴女に妖精様のご加護がありますように!」
青年はリディの言葉に頷くと、そのまま東屋を出て行った。
しばらく経ったある日。
もう一度だけ東屋にその男性が来て、前回と同じようにリディから離れたベンチに座った。
その時、「この間の礼だ」と言ってテイクアウトのコーヒーを持ってきてくれ、少しだけ雑談をした。
だが、会ったのはその二回だけだったと思う。
「でも会ったのってたった二回ですよね」
「実は……あんたのことが気になって、こっそり見に行っていた」
「!?」
「声を掛けようかと思ったんだが、あんな愚痴を言った後だし、なんとなく気恥ずかしくてね。で、ちゃんとした格好して、今日こそデートに誘おうと思った途端あんたとは会えなくなった」
なんとそんなことがあったのか。
それにあの後でルシアンがデートに誘おうとしていたとは露にも思わなかった。
「でもまさかあんたとあんな形で再会するとは思わなかった。親友だから好きにはならないって言って、あんな契約をした後に、実は探していた女性があんただった時の衝撃ったらなかったよ」
確かに占いの館で契約を結んだ時は黒髪ウィッグに眼鏡だったわけだし、気づかないのも仕方がない。
「だから俺が探しているのはあんたで、あんたが好きだと何度か告白しようとは思ったんだけど、振られて二度と会えないのは嫌だし……とジレンマで。夜会の後、告白しようと意を決してみればこんなことになって。さっさと言わなかった自分に腹が立ったし、あんたを失うなんて耐えられなかった」
「でも婚約破棄しましたよね? え? どうしてです?」
「本当は婚約破棄してケジメをつけた上でちゃんと告白したかったんだ。有耶無耶にして契約だから傍にいるように縛り付けたくはなかったし、もう二度と会えなくてもちゃんと気持ちを伝えたかった。でも今回のことでもっと早くに言えば良かったって後悔した。だから……今、言えて良かった」
「私もです。私も勇気を出せばよかったんです。モブキャラの私がルシアン様を好きだと思うなんて……絶対ダメだって思ってました。だから最初から諦めて。でもルシアン様にもう会えないって思ったらすごく辛かったです」
「あんたはモブキャラなんかじゃない。俺はあんたの言葉に救われて、恋に落ちた。俺の中ではメインキャラどころか攻略対象だよ。リディ……もう一度言わせて欲しい。好きだ。愛してる」
「……私も、好きですよ」
「キス、してもいい?」
「は、はい」
リディはドキドキしながら小さく頷いた。
ルシアンが目を伏せ、リディの顔を覗き込むように近づけた。
リディも目を閉じれば、唇が触れる。
最初はついばむように、二度三度としたキスは、やがて深くなった。
夜会でのキスは事故のようなものだった。
あの時はちゃんとしたファーストキスは好きな人としたいと思っていた。
だが今回はちゃんとルシアンと想い合えてすることができた。
唇が離れ、ゆっくりとリディは瞼を開けた。
「ふふふ……ちゃんとファーストキスが出来ました」
「もう三回目だよ」
「? 夜会の時と、今回で二回目ですよね」
「あ……えっと、なんでもない。忘れてくれ」
バツが悪そうな顔でそっと視線を逸らすルシアンを不思議に思いつつも、次の行動をどうすべきかとふと思った。
「でもこれからどうしましょうか?」
「実は、ナルサスにギルシースに来ないかと言われている」
「ギルシースに? でも……ルシアン様は侯爵家を継がなければならないですよね? どうされるんですか?」
「侯爵家はエリスに譲ってきた。だから俺はバークレー家には戻らないつもりだ」
「そ、そんな!」
確かにこの国では、爵位は女性も継ぐことができる。
もちろん前例は少ないが、今までもそうやってきた家はある。
「でもレイモン様もカテリーヌ様もルシアン様がいなくなったら悲しむと思いますよ」
「それなんだけど……むしろ応援された」
「えっ!?」
「リディも見たと思うけど……その、両親は夫婦仲が良いというか」
「まぁ、ラブラブ・熱愛と言ったところですよね」
「二人はその……出会ってすぐに『運命!』ってなって、半分駆け落ちみたいな感じで結婚したんだよ」
「駆け落ち……」
「そう。だから俺がリディを追うことにして勘当を願い出たら、『いいわぁ……ロマンチックね!』『僕たちみたいだね』『私達も運命の相手ですものね』って、なんかまた二人の世界に入ってしまって。『行ってらっしゃい』と笑顔で送り出されてしまった」
流石はロマンチック好きな二人だ。
だがリディは思ってしまった。
(え!? それでいいの!?)
「ただ、ギルシースに行くのはあんたを連れて帰る前提だった。オベロンがあんたに会わせてくれた今、俺が贄になるんだろう。だからあんただけギルシースに行ってくれ」
「それなんですけど、オベロン様は贄なんて必要としない存在なんです。だから贄になるという表現は相応しくないんですよ。ただ……今回のことで、オベロン様が私たちをどうするかは分からなんですけどね」
この間は妖精にならないかという打診があったが、その話を蹴った今、オベロンがどうするのかは見当が付かない。
ただ、一つだけリディの中に明確な思いがあった。
「でもどんな目に遭ってもルシアン様とは離れませんから! 生きて二人で人間界に帰る方法を考えましょう!」
リディの提案にルシアンは少し驚いた表情をして、すぐに破顔した。
「あんたのそういう所、好きだ。……じゃあさ、人間界に戻れたら。もう一度俺と婚約して、結婚してくれないか?」
モブの自分でいいのかとか色々思うところはある。
だけどそんな自分が良いとルシアンは言ってくれた。
それにもう自分の気持ちを誤魔化さない。今度は自分の気持ちに素直になろう。
「はい。喜んで」
リディがそう答えると、ルシアンは今までで一番嬉しそうに微笑み、リディを抱きしめた。
再びルシアンの手がリディの頬にかかり、そっと上を向かせられる。
キスされると思った瞬間だった。
「いい感じの雰囲気のところ悪いんだけど」
「?!」
突然現れたのはオベロンだ。
リディはルシアンと抱き合っていることに気づいて飛びのいてしまった。
その様子にルシアンが渋面になる。
「いやー妖精王相手にガン飛ばすなんて……なんか凄い独占欲の塊だね……」
少しばかり引いた感じでオベロンが言う。
ルシアンはオベロンをそのまま睨むようにしながら、口を開いた。
「妖精王オベロン。リディに会わせてくれたこと、感謝する。貴殿の要求は呑む。でも俺はリディと離れる気はない。そこだけは譲歩して欲しい」
「ふーん。で、リディもそれでいい?」
「はい。ルシアン様とならどんなことでも耐えます」
リディはオベロンの目を見ながら真っすぐにそう言った。
その言葉を聞いたオベロンは、にやりと笑ったが、その意味をリディは掴みかねた。
「まぁ、僕の花嫁さんがそこまで言うなら君たちを人間界に返すことにするよ。元々贄なんて不要なわけだし」
「花嫁!?」
「ルシアン、君が食らいつくところはそこ? ……えーとね、それで提案なんだけど。仕返し、したくない?」
オベロンの言葉の意味が分からない。
先ほどからニヤニヤと何か思惑がある表情ではあるので、何か彼にとって面白いことなのかもしれない。
「え? どういう意味ですか?」
「君たちが失ったものを全部取り戻してあげるよ。養い子がおいたをしたら叱るのが親の役目ってもんだよ。その末裔も同じ。道を誤った人間に加護は与えられない。と、いうことで準備に取り掛かろう」
そう言ってオベロンはにやりと笑った。