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妖精王オベロン

リディが馬車を降ろされたのは古城の前であった。「黒い森」の名にふさわしく、周囲は黒く変色した木々で囲まれている。


夜半に王都からかなりの距離を走って来て、先程まで晴天であったはずなのに、森に入った途端、空も黒い雲に覆われて薄暗い。


その上、ボロボロの古城だ。

ひび割れて黒く変色した煉瓦、黒く枯れた蔦がそれを覆っている。


かなり立派な城だとは思うがもうホラーな雰囲気がぷんぷん漂っていた。


「ほら、来い」


リディは両手に巻かれた縄を兵に引っ張られ、その城の門の前に立たされた。

大きな石の門は頑丈で、女の力ではとても開けられそうにない。


一人の兵が徐に懐から鍵を取り出し、その門の施錠を解除した。

それを見て、もう一人の兵が重い扉を引っ張って開けた。


ごごごという重低音と共に、人一人分だけ入れるくらいだけ扉が開くと、兵がリディに近づいてその縄を切った。


もちろん逃がすためではないだろう。

その兵は顎で中に入るように指示してきた。


「ほら、入れ」


中は真っ暗でどうなっているのか分からない。

不安から足が動かないでいた。


(このまま暴れて逃げる? でもそうしたらルシアン様に迷惑がかかるかしら?)


リディが一瞬そう考えていると、苛立った兵がリディを城内に押し込んだため、バランスを崩して地面へと倒れ込んだ。


「わっ?!」

「ほら、これは情けだ」


リディの元にポンポンと投げ込まれたのはマッチと蝋燭だった。

そして兵はリディを一瞥すると、再び重い扉を閉めて行ってしまった。

最後にガチャリという金属の音がした。

多分鍵をかけたのだろう。


「えーっと、どうすれば良いんだろう」


刃物で刺されたり、斬首されることを考えていたので、予想外にほっぽり出されただけの形になり、そんな言葉が口から出てしまった。


まぁ普通に考えればこの場所に監禁ということだろう。


(いきなり殺されなくて良かった……)


いや、だが待てよとリディは思った。

監禁ではあるが食事など提供されるわけではないのだ。

つまりは……


(死因がまさかの餓死……)


このまま乾涸びてミイラになるのだと分かった。

いや、むしろ即身仏になれということなのだろうか。


色んな死因を考えていたが餓死というのは想定外だった。


だがここでぼーっとしていても仕方がない。


奥から少し風が流れているようなので、この先には何かあるのだろう。


(うーん、ここに入る前の逃亡はルシアン様に迷惑かかるかもだけど、ここに入ったら多分誰も来ないわよね。なら抜け出す方法を探そうかしら)


リディはそう決めると、ドアが閉まる直前に位置を確認しておいたマッチと蝋燭の場所へと歩いた。手探りでそれらを掴むと、勘を頼りに火をつけた。


ぼっと言う音と共に蝋燭に火がつき、周りの景色を浮かび上がらせる。


不気味な雰囲気にごくりと唾を呑み込むと、リディは城の奥へと歩き出した。


城内の天井は高く、リディの持つ灯りだけでは天井は見えない。

カツンカツンというリディの足音だけが響く。


もちろん窓などなく、石壁には蔦の蔓が縦横無尽に生えていた。

生き物の気配もなく、それが更に不気味さを演出している。

やがてリディの前にこれまた大きな扉が現れた。


「大きな扉だわ……奥に何かあるのかしら?」


それは石造りではない。


蝋燭の灯りの反射から見てガラスのようだが真っ黒だ。金の装飾が施されており、模様と同じような金の取手があった。


このドアを開けていいものか。

リディは一瞬悩んだ。


ドアを開けた瞬間、中から化け物が出てきてばくりと食われるかもしれない。

もしかしたら、触手のようなものが襲ってリディを飲み込むかもしれない。


いろいろな想像をしたものの、どうせ死ぬのであれば中を確認すべきだろう。

リディはその金色に光るドアノブに手をかけて、ゆっくりと扉を開いた。


ドアの隙間から光が漏れる。


暗闇に慣れた目には眩しくて、一瞬目を瞑ったが、光に目が慣れてきた頃に部屋の中を見れば、そこは予想外に綺麗だった。


水色の石でできた室内は天井から差し込む光に照らされて僅かに発光している。

中に入るとすぐに部屋の中心に丸く芝生が茂っていた。

その芝はスポットライトが当たるように明るい。


「なんなのかな、この部屋」


リディは恐る恐る部屋に入った。

そしてちょっとだけ悩んでから丸く茂った芝生に座って足を伸ばした。


「うーん、疲れた……」


リディはそう言って靴を脱ぎ、少しだけ横になる。

古城の外の空は曇天だったのに何故かここには日が照っている。


不自然ではあるが、この古城に贄として押し込まれたのだからここは妖精の城である可能性が高い。


ならば天窓もなく曇天下の古城の中に光が差し込んでいてもそれは妖精の不思議な力なのかもしれない。


光源が何かは分からないがとても暖かく、久しぶりに心が穏やかになった。

ゆっくりと目を瞑る。

その眼裏に不意にルシアンの顔が浮かんだ。


「ルシアン様……何を言いたかったのかしら。最後聞きそびれちゃった」


まさかこんなことになり、最後はまともに話すことができなかったため、当然ルシアンが伝えたかったことは分からない。


「……ダンスの時にルシアン様に一応お礼を言えたのは不幸中の幸いだったかも」


一緒に楽しい時間を過ごさせてもらえた。

ルシアンとの思い出が次々に浮かぶ。


一緒に美術館に行ったこと。

(あの時はこの絵はピカソばりに分からないと言いながら笑ったな……)


一緒に喫茶店でお茶をしたこと。

(憧れのビッグパフェを頼んだのに食べれなくて二人で頑張って食べたんだったわ。お腹いっぱいで夕食食べれなくなったっけ)


一緒にお弁当を持ってピクニックに行ったこと。

(張り切ってお重まで作っちゃってルシアン様驚いてたな。タコさんウィンナーが通じるのはやっぱり前世持ちだからよね)


思い出は尽きない。

その中のルシアンはいつも笑っていた。


たまに家で仕事をしている時のルシアンはキリリとして真剣な顔なのに、リディを見ると優しげな微笑みを浮かべる。その笑顔がリディは好きだった。


目を閉じているにも関わらず、リディの目頭が熱くなり、じわりと涙が滲み出るのを感じた。

そのままでいたら涙が溢れてくる。


それを我慢するようにぎゅっと目を閉じたのだが、それは無駄な抵抗で涙が目尻から一筋流れ出た。

そして、とうとう堪えきれない涙が溢れ、嗚咽が漏れた。


「うっ……うっ……」


もともと契約を解消したらルシアンとは一生会わない契約だった。

だがこうして離れるとルシアンに会いたくてたまらなくなる。


目を腕で覆い、少しだけ呼吸を整える。

泣いても状況は変わらないのだ。


リディは目を開けて今度は光の天井を見つめたあと、気持ちを切り替える。

ルシアンとは会えない。


そうだとしても生きることは諦めない。なんとかする方法を考えなくては。

黙って死ぬなんて性に合わない。


(まぁ、死んでもシャルロッテを祟るだけだけどね!)


リディはそう思うと気合を入れてがばっと起き上がった。

今できる最善の道を考えることにしよう。


「そうよ……私は妖精王への生贄よね。ということは妖精王が現れて私を食べるとかなのかしら?」


妖精といえば可愛いイメージを持たれるし、実際そういう妖精は多いのだが、中には人に害を成す妖精もいる。


悪戯程度のものもあれば、ケルピーのように人を溺死させるなど、人を死に至らしめる力を持つ妖精もいるのだ。


オベロンがどういう妖精かは分からない。

普通の人間はオベロンの力により死ぬのかもしれない。

だが、リディには妖精と話せる力がある。

この能力を上手く使えないだろうか。


リディはそう考えて、妖精にとりあえず呼びかけてみることにした。


「えっと……どなたか妖精様はいらっしゃいませんか?」


妖精を呼び、オベロンとの橋渡しをしてくれないか頼もうと考えたのだ。

その時、ふわりと何かが空中から姿を現した。


それは小さな妖精だった。

通常は明るい色を纏う妖精がほとんどだが、現れた妖精は黒色だった。


肌は抜けるように白いのに髪も服も真っ黒で、長い髪を緩やかに縛って後ろに流している。


背中にある羽根はクロアゲハのようだが飛ぶと鱗粉のような光が舞って美しい。


その小さな妖精はリディの目の前をひらひらと舞ったあと、リディの目線に滞空した。


「君、僕に用事?」


「あ、妖精様。姿を現わしてくださってありがとうございます。実は事情がありまして……妖精王オベロン様とお会いしたいのです」

「ふーん、会ってどうするの?」


「どうといいますか。まず私はオベロン様の怒りを鎮めるための生贄なんで、お会いしないといけないかなと」

「ふんふん。それで? 大人しく食べられたいんだ」


「いや、まぁ、その前にですね。可能なら命乞い的なことをしようかなって思いまして……」

「命乞い……?」


「命乞いといいますか実は私疑問に思ってることがあるんですよね。それを確認してもし双方にメリットがあるなら食べるのを止めてもらおうかなって……」


「へぇ確認したいことかぁ 」


リディのお願いが意外だったようで、妖精は一瞬驚いた表情をした。

そして腕を組むとまた羽をひらひらと動かした。


「具体的には?」

「オベロン様は本当に贄を必要とする存在なのかということです」


そこでリディは自分の考えを整理しながら妖精に伝えた。


リディがこの間読んだ「妖精王とヴァンドール」に書かれていたのは次のようなストーリーであった。


初代ヴァンドール王は幼少の頃、前ヴァンドール王国の王子として生を受けたが、敵国に攻められた際に森に捨てられてしまう。


それを妖精王オベロンが拾い、彼を育てることにした。


大人になった初代王は最終的に敵国を打ち滅ぼし、混乱したこの国を妖精の力を借りつつ平定し、王となった。


その際、オベロンは養い子である初代王に宝剣を渡し、これからの繁栄を約束した。

宝剣は繁栄を約束する「証」なのだ。


つまりあくまで「証」であって、宝剣自体に妖精の力が宿っているとはリディが読んだどの本にもそのような記述が無かった。


「ですから、その証に触れただけで何故加護を失うのか?っていうのが疑問なんです。もちろん研究者の書いた本には『宝剣は加護を約束する証であり、王の統治を正当化するもの』という前提で書かれているので、その辺りの記述は全くなくて」


リディはさらに推論を述べた。


もちろん妖精の加護というものはある。だが、その加護は絶対ではないのだ。

妖精は人が努力し培ったものを補佐する存在なのだ。


実際、歴史的にヴァンドールの宝剣があってもこれまで飢饉や水害に見舞われたことも多い。


もしそれが妖精の加護を失うという状態を意味するのであれば、災害が発生するたびに贄を捧げる必要があるのではないか。だがそのようなことは今までなかった。


「もしオベロン様が人を食らう存在であるのならば贄が必要なのも分かる気がするんです。でもオベロン様は人に加護を与える立場なのに人を食らうのは辻褄が合わない気がするんですよね。だから妖精王は人を喰う存在なのかしら? そこだけが知りたくて……」


もしリディの推測が正しければ、オベロンとの交渉次第では生き残れる可能性がある。

黒妖精はふわふわと浮きながらリディの推論を聞いていた。


「なるほどねぇ……。そうだね。まず妖精王は人を食らう存在ではないよ」

「やっぱりそうだったんですね!」


その言葉にリディの声が明るいものになった。


妖精王によって食べられる可能性が無くなったことに加え、自分の推論が正しいと言われたからだ。


「じゃあ、オベロン様と交渉次第では私にも生き残れるチャンスがあるってことですよね。それでは妖精様。オベロン様に会わせていただきたいのですが」


「その前にさ、逆に質問していい?」

「はい、なんでしょう?」

「君はさっき言ってたルシアンって奴を好きなのかい?」

「えっ?! 」


今までオベロンの話や妖精についての話をしていたのに、あまりにも急な話題の方向転換に驚いて、リディは変なところから素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ユッカから婚約者だって聞いたぞ?」

「あぁ、ユッカ様をご存じなんですね。まぁ……婚約者といっても偽装でしたけど」

「でも会いたくて泣いたんだろ?」

「!! ま……まぁ、そうですね」


先ほど泣きじゃくっていたところを見られていたとは恥ずかしい。

だが妖精のことなのだからどこから見ていても不思議ではない。

羞恥の気持ちから顔が赤くなってしまう。


「それで、結局お前は好きだったのか?」


その言葉にリディは少しだけ考えた。

好き……だったのだろうか。


自分はモブキャラだからメインストーリーの攻略対象であるルシアンに想いを寄せることなど考えていなかった。


それにルシアンには想い人がいたのだ。


その時、リディはルシアンの隣に見も知らぬ想い人が並んだことを想像した。

その女性と笑い合うルシアンを想像するとツキリと胸が痛んだ。


それを自覚した今ならはっきりと分かる。


(あぁ……私はルシアン様が好きだったんだ……)


今まで目を背けてきた気持ち。

蓋をして鍵をかけていた想いはきっと恋心と呼ぶものだったのだろう。


だけど今更その気持ちに気づいても、どうしようもない。


「そうですね。好きだったかもしれません。でももう全て終わったことです」

「じゃあもう未練はない?」

「はい!」

「よし、行こうか!」


黒妖精が意気揚々とした口調でリディにそう告げる。


(ん、行こうか?)


「みんな、おいで」


黒い妖精がそう言うと、多くの光の玉がリディの周りを飛び始めた。


(妖精……? すごい数だわ)


妖精達が発する光はやがて大きな渦となるようにしてリディを包み込む。

あまりの眩しさにリディは目を瞑った。


そして浮遊感。


だがそれはすぐに無くなり、リディは自分の足に地面があることを認識した。

ゆっくりと目を開ける。


そこには一人の男性が立っていた。


黒い服に黒い羽を持つすらりと背の高い男性。そして彼はこう言った。


「ということで、ようこそ。僕の花嫁」


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