結ばれる縁、別れる縁①
明け方まで小雨が降っていたが、朝日と共に止み、今は空気が澄み渡っている。
青空には燦々と輝く太陽が、庭の緑を鮮やかに照らし、庭木の葉についた水滴がキラキラとダイアモンドのように煌めいていた。
絶好のガーデンパーティー日和だ。
今日はロッテンハイム侯爵家でガーデンパーティーが開かれ、リディとルシアンもそれに参加している。
会場では至る所から「おめでとう」という祝福の声が上がっている。
そう。何を隠そうこのパーティーはダンテとソフィアナの婚約発表パーティーなのだ。
「ふふふ、二人とも幸せそうですね」
「あぁ、まとまってくれて良かったよ」
リディとルシアンは祝福を受けて笑い合っているダンテとソフィアナを遠くから見ながら、そう話していた。
Wデートから一か月半ほど経った。
デートの翌日には真っ赤な顔をしたソフィアナが「こ、告白したというか……その一応お付き合いをする形になったわ」と報告してくれた。
その後、何度か二人でデートを重ね、あっという間に婚約に至ったことにはリディも驚いた。
淑女of 淑女、お嬢様ofお嬢様で、「白馬の王子様と出会いたい」「恋がしたい」と夢見る乙女のソフィアナだったが、かなりぐいぐいとダンテにアプローチをした結果のようだ。
最初は高嶺の花と言っていたダンテも、元々ソフィアナの事は憎からず思っていたので二人が自然と恋心深め、めでたく婚約まで相成ったわけだ。
「ふ、私の力のおかげだな」
どこから湧いたのかナルサスがリディ達の会話にさりげなく入って来た。
「わ! ナルサス様、いらしてたんですね」
「当たり前だ。ダンテは私の悪友だからな」
「まぁ、確かに。ちなみにナルサス様、お一人ですか?」
「お前の穴の空きまくった目には私が二人に見えるのか?」
「いえ、そうではなくて、お付きの方は?」
「今日はまぁお忍びってやつだ。身分は伏せてある」
ナルサスは結局ヴァンドール王に呼ばれ、現在は王城に滞在している。
身分を伏せて一人で出席ということは、もしかして王城の関係者に言わずに出てきた可能性が高い。
隣国ギルシースの王太子がこんなところをふらふら歩いているのはセキュリティ上どうかとは思うが、リディと出会った時の夜会でも身分を偽って参加していたのだから、割と常習犯なのかもしれない。
「大きな声でお前がギルシース王太子だと言って城へ強制送還してやろうか」
「ふ、相変わらず余裕のない男だな、ルシアン。こいつの恰好も私への……いや、この場の男たちへの牽制か?」
ナルサスはリディのドレスをまじまじ見ながらそう言った。
今日はサファイアブルーのカクテルドレスだ。
首元は繊細なレースで覆われていて、少しだけ透け感があるのがポイントになっている。
耳元のイヤリングも小ぶりだがサファイアとダイヤのものである。
これはルシアンの瞳の色と同じであると同時にルシアンもクラバットを同じ色に揃えている。
そしてタイ留めはボルドーワインのような深い赤のガーネットの物で、これはリディの瞳の色である。
つまりは、リディとルシアンは互いが婚約者だと主張している配色とも言えるのだ。
「牽制……? いえ、私は別に牽制なんてしてないですよ?」
「はぁ? お前が牽制してるんじゃない、こいつが牽制してるんだ。本当、お前の目は風穴だらけなんだな。男どもの視線にも気づかないとは」
ナルサスの言葉にリディは首を傾げた。
(男どもの視線……とは? あ! もしや、「はっ、侯爵様ともあろう男が、あんな女を婚約者にして恥ずかしくないのか?」とか思われてたってこと?)
リディはそう思ったのだが、なぜかナルサスはほとほと呆れた顔になり、ルシアンに顔を向けて同情の色を示した。
「こいつのこの調子では確かに牽制はしたくなるな。伝わってないお前を哀れに感じるぞ」
ナルサスのその言葉にルシアンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、害虫を払うようにしっしっと手を振った。
「同情は結構だ。それより、いつまでここにいるつもりだ? ダンテに挨拶が済んだなら帰れ。どうせ黙って抜け出してきたのだろう。今頃王城は大騒ぎかもしれないぞ」
「そんなこと、私には関係ない。それにお前こそ王城に行った方がいいのではないか? 馬鹿王子の身辺が慌ただしいと聞いている」
ルシアンとナルサスの雰囲気が剣呑なものになったのでリディはどうやって取り持とうかと考えていたところで天の助けがやって来た。
「リディ、ルシアン!」
「おう、ナルサス。来てくれてたんだな」
少し険悪なムードを割るようにソフィアナとダンテがやって来て三人の輪に入った。
「悪友が人生の一歩を進むわけだ。来ないはずはないだろう」
「嬉しいけど、城から黙って抜けて来たんだろ? はぁ、今頃城は大騒ぎだな。頼むから他国で問題は起こさないでくれよ……言っても無駄だとは思うけど」
「ふ、よく分かってるじゃないか。それに今回の婚約は私のおかげなのだからそのくらい目を瞑れ」
「それならルシアン様もだろ。むしろルシアン様が説得してくれたようなものだ。ありがとうございます」
実は最初、侯爵令嬢のソフィアナとそれより格下になる伯爵家のダンテとの婚約を、ソフィアナの父親は渋ったようだ。
それをルシアンは、ダンテのこの国の功績を示し、侯爵家への利となることや、筆頭侯爵家としてダンテの後ろ盾になることも示した。
ナルサスはダンテにギルシースでの爵位を与える予定であることを告げ、これについても将来的にはロッテンハイム侯爵家の益となることを示した。
そして二人で圧をかけ、半分脅すような形でこの婚約を結ばせたのだ。
普段は険悪コンビではあるが、この時ばかりはゴールデンコンビという活躍だったと思う。
「いや、リディの幼馴染のためだ。リディが喜ぶからやったまでの事だよ」
「ははは、本当にリディがお好きなんですね。そう言えば、その節は、本当すみませんでした。状況も分からず食って掛かってしまって」
ルシアンと初めて会った夜会のことを言っているのだろう。
初対面の時、ソフィアナとルシアンが付き合っていると勘違いしていたダンテは「婚約者がいるのに恋人がいるような方にリディとオレの関係をとやかく言われたくありません!」と食って掛かっていた。
それに関しては最初に喧嘩を売った形のルシアンが悪いのだが、生真面目なダンテはずっと気に病んでいたようだ。
「そんなこともあったな。もう気にしていないし、リディへの気持ちを理解してくれているようだから問題ない。貴殿が幼馴染のリディの幸せを喜んでくれているように、ソフィアナは俺の幼馴染だ。彼女を幸せにして欲しい」
「もちろんです」
そんな男性陣のやり取りを見ながら、リディとソフィアナは小声で談笑していた。
「ソフィアナ、おめでとう! 二人が婚約できて本当に良かったわ」
「ありがとう。これもリディが後押ししてくれたからよ。あの占いの時、リディが言ってくれなかったら、私、多分動けなかった。リディの占いは凄いわ!」
「ううん。この結果を引き寄せたのはソフィアナ自身よ。前も言ったけど、占いは可能性を示すだけで本人が努力しなくちゃ結果は出ないのよ。だからソフィアナ、本当によく頑張ったと思うわ」
ソフィアナはリディの言葉にはにかんだように笑った。
幸せがこちらまで伝播するような笑みだった。
だが、今回ソフィアナが幸せそうなのはこの婚約だけではないのだ。
「そう言えばもう結婚の日程も決まっているんでしょ?」
「ええ、来年、私の誕生日に結婚することになったの。リディも式に出席してね」
「喜んで! 今からソフィアナのウェディングドレス、楽しみだわ」
「でもその前にリディの方が先でしょ?」
「え? 何が?」
「何がって、結婚式よ!」
「ヴっ!?」
まさかソフィアナにそんなことを言われると思っていなかったリディは変なところから声を出してしまった。
「け、結婚?!」
「だって私より先に婚約しているでしょ? 順番から言ったらリディの方が先に結婚すると思うのだけど」
偽装婚約なのでリディには結婚する予定はもちろんない。
だが、確かに婚約してからしばらく経っているので、結婚の話が出てもおかしくはないのだ。
現に、カテリーヌやエリスからは「結婚式のドレスはどうしようかしらね?」とか「夫婦の部屋も家具を揃えなくちゃね」等、結婚そろそろどう?みたいな話題を振られている。
「えーっと、うん、私たちはまだ先かな」
「そうなの? じゃあ、結婚が決まったら一番に教えてね」
無邪気に笑うソフィアナを見て、リディは少しの罪悪感を覚えた。
そして考える。
ダンテとソフィアナが婚約したことで、「セレントキス」での悪役令嬢ソフィアナ断罪ルートは消えた。
つまり、ソフィアナを守るためのこの偽装婚約もする意味が無くなったということだ。
今後この偽装婚約をどうするかについてはルシアンと話す必要がありそうだ。
(戻ったら相談してみましょ。でも……なんだろう、この気持ち)
リディは寂寥感とも喪失感とも言える不思議な気持ちになった。
そんな自分の感情に戸惑いを覚えながらも、リディはそれを隠して、目の前にいる幸せそうなソフィアナとの会話を楽しむのであった。
いよいよ最終章に向けてスタートです
またまた波乱の展開…引き続きよろしくおねがいいたします
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