ミッションを遂行せよ②
リディはさらに畳みかける。
「ね、ダンテも。お願いよ」
「オレは良いけど……ソフィアナ様の気持ち次第だけど」
「ソフィアナは嫌じゃないわよね」
「え? えぇ、私も別に問題ないけど……」
「じゃあ、そう言うことで、二人で行ってきて」
ソフィアナとダンテは顔を見合わせて、少し困った顔をした。
「でも、リディを一人で置いて行くのは無理よ」
「それなら俺が送っていく」
「でも、ルシアンはお仕事でしょう?」
「リディの緊急事態だ。仕事よりこっちが重要だ」
「そう……では分かったわ。行ってくるわね」
「うん。ほら、開演時間もあるし、行って」
リディが促すと、立ち上がろうとするソフィアナをダンテがさりげなくエスコートした。
「あ、あと! ダンテ、分かってると思うけど、ちゃんとソフィアナを最後までエスコートしてね、分かってる? 家まで送って差し上げてってことよ!」
「あ……あぁ。分かったよ」
ダンテに念押しする。
次にリディはソフィアナに視線を移し、強めに言った。
「ソフィアナ、〝行動あるのみ〟だからね」
「え?」
「じゃあリディ、行こうか」
リディの言葉に戸惑う様子のソフィアナだったが、その答えを言わせる間もなくルシアンはリディの肩を抱き、その場を去った。
ぐったりとルシアンにもたれ掛かるようにして暫く歩いたリディは、先ほどの場所から大分離れたところで歩みを止めると、ゆっくりと体を離した。
「よし、ミッション達成ですね! 自然にできていたでしょうか?」
「まぁ流れ的には問題ないと思うが……」
「ルシアン様はどう思いますか? 二人はお付き合いしてくれると思いますか?」
「離れて見ていた感じだと、まぁ、お互い脈アリな雰囲気だと思ったから……あとは本人達に任せよう」
「そうですね」
人事を尽くして天命を待つではないが、お膳立てはしたのだ。
あとはソフィアナが思い切って告白する事ができればいいのだが……
(どうか上手くいきますように。妖精様のご加護がありますように)
リディにはそう祈ることしかできなかった。
「さて、これからどうするか? 屋敷に帰る?」
「あ、それなんですけど、ルシアン様は今日はお休みですよね? やっぱりお仕事でお城に行かれますか?」
「いや、今日はなんとしてでも外せない用事があると言って休暇をもぎ取ってきた。ボンクラ王子の尻拭いをずっとしてたんだ。少しくらい休んでも文句は言わせない」
「なら良かったです。実は、本当に軽食を作ってきたんです。ぜひルシアン様に食べて欲しくて」
「それは嬉しいな。じゃあ公園で食べていこう」
ルシアンは優しく微笑むと、リディの腰に手を添えて歩き出した。
以前であれば緊張していたリディもすっかりこの距離には慣れていた。
最初はイケメンの顔が間近にあって動揺していたものだが、本当に慣れとは恐ろしいものである。
リディとルシアンは自然と公園を歩き、食べる場所を探した。
「そうだ、俺に良い考えがある。来てくれ」
ルシアンはそう言って、公園の端の方にある東屋にリディを案内した。
そこはライラックの木々が咲いている場所で、公園の中でもほとんど人がいない、いわゆる穴場的スポットだった。
「ルシアン様、よくここをご存知でしたね」
実はリディはここを知っていた。
占いの店を出店する際に、ここで資金繰りの手筈や開店準備の帳簿付けをしていたのだ。
屋敷で出店準備をしてしまうと、バレるためである。
また、気分転換にもなるので、ご飯を食べに来ていた。
開店してからは日々の忙しさもあり、、ここにはしばらく来ていなかったため、久しぶりの訪問となる。
そんな穴場スポットをルシアンが知っていたのは驚きだ。
「あぁ、たまたま見つけて、気分転換にたまに来ていたんだ」
「そうなんですね、奇遇ですね。私も出店準備をしているとき、たまに来てたんですよ。忙しくなって来れなくなったので、久しぶりに来ました」
「そうなのか。だから会えなかったんだな」
「ん?」
「いや、こっちの話だ」
ルシアンもここを知っているとは思いもよらなかった。
そもそもこの場所にはほとんど……というか全く人が来ない。
ここまで来る途中の道が薄暗いからかもしれない。
(そういえば一人会った人がいたかも?)
全身疲労で満身創痍の幽鬼のような男性に会った記憶がある。
ただリディの隣のベンチに座ったので顔をしっかり見たこともなく、少しだけ会話した程度だ。
(あれがルシアン様……ってことはないわよね)
そこまでの偶然があるわけない。
それにこれだけイケメンの攻略対象と会っていればいくら顔と名前を覚えるのが苦手なリディだとて覚えているはずだ。
ルシアンはリディをエスコートしてベンチに座らせ、自分も隣に腰かけた。
そして、目前に見えるライラックの木を眩しそうに見つめて言った。
「ここは〝彼女〟と会った場所だからな。思い出深い」
「そうでしたか……なるほどなるほど」
そう言えば、以前リディとの出会いを「ライラックの木の下で会った」と捏造してカテリーヌに話していたが、想い人との出会いを取り入れたのだろう。
それにしてもルシアンが想い人と出会った場所が、リディにとっても思い出の場所というのはなんとも不思議な縁を感じる。
「本当、彼女、早く見つかるといいんですけど」
ルシアンはその言葉には応えなかった。少しだけ切なそうな表情をしたが、それも一瞬のことで、しんみりとした雰囲気を変えるように話題を変えた。
「さあ、昼食にしよう。リディの手料理、楽しみだ」
「ふふふ……実は今日はこれを作ってみました!」
リディは待ってましたとばかりにバスケットから作ってきたものを取り出した。
「……ハンバーガーか?」
「はい! ルシアン様なら分かってくださるかと思って。お好きですか?」
「ああ! もちろんだ。懐かしいな……。前世では良く買って食べてた。まさかこの世界で食べられるとは思わなかったよ」
「それは良かったです! あ、チキンナゲットとフライドポテトもありますよ」
リディが差し出したハンバーガーをルシアンは大きな口を開けてがじりついた。
イケメンの攻略対象で侯爵様が大口を開けるというレアな物を見た気がする。
なんというか……あまり似つかわしくはない。
だが、ルシアンは豪快にそれをバクバクと食べ、破顔した。
「美味いな! 懐かしい……」
「ふふふ、喜んでもらえて嬉しいです! こうやって前世持ち同士で食べるなんてなんか不思議な気分です」
リディもハンバーガーを一口頬張った。
ふわふわのバンズに照り焼きソースとたっぷりマヨネーズ、パテとレタスを挟み込んでおり、には及ばないまでも、なかなかの美味しさだ。
我ながらいい出来だと思う。
ルシアンはその後もチキンナゲットとポテトを美味しいと繰り返し言って食べてくれた。
ポテトはしなしなにしてから食べる派なのかカリカリが好きなのか、ハンバーガーチェーンはどこが好きかなど、前世持ちでしか話せない話題で盛り上がった。
「リディ」
何かに気づいたルシアンが、不意に名前を呼んだ。
「なんですか?」
「ふっ……口にマヨネーズついてる」
「えっ?!」
驚きと羞恥を感じつつ反射的に口元を抑えようとする前に、ルシアンがすっと手を伸ばした。
「ほら」
リディの口の端に付いたマヨネーズを拭ったルシアンは、そのまま自分の指をペロリと舐めた。
「!?!? ル、ルシアン様!! 乙女ゲームのベタな展開止めてください!!」
「はは、確かにベタだけど……どう? 少しはドキドキした?」
「……当たり前ですよ。イケメン選手権ぶっちぎり優勝なルシアン様にそんなことされてドキドキしないはずないじゃないですか……! はぁ……モブキャラには刺激が強いです」
顔が真っ赤になり、心臓がバクバクと鳴っている。
リディは誤魔化すように先ほど買っていたレモネードを飲んだ。
「もう! ルシアン様、揶揄わないでください。そういうのはナルサス様だけで十分ですよ」
「……もしかして、ナルサスにこういうことされたことあるの?」
リディは言ってから自分の失言に気づいた。
ナルサスからはこういうことをされたわけではないが確かに揶揄われてはいる。
耳元で囁かれたり、下手したらキスされそうになったりもしていて、ドキドキシチュエーションは確かに体験していた。
だが、不穏な空気を纏い始めたルシアンに正直には言えず、リディは笑って誤魔化すことにした。
「えっと……ルシアン様、お疲れじゃないですか? ほら、最近ずっと残業続きでしたし! 少しお昼寝でもいかがですか?」
「誤魔化したな……。まぁいいよ。確かに少し休みたい」
「じゃあ、ほら私に寄りかかって眠っていただいて良いですよ!」
ナルサスの件で負い目を感じたリディは大盤振る舞いとばかりにそう提案した。
だが、ルシアンは少しだけ考える素振りを見せ、そしていきなり横になったかと思うとリディの膝に頭を乗せた。
「えっ?!」
「お言葉に甘えて寝させてもらうよ」
「こ、ここで? いや、ルシアン様!」
「ナルサスに気を許した罰だよ。ということで、お休み」
ルシアンはそう言って笑うと、そのまま目を瞑った。
よほど疲れていたのか、ルシアンはすぐに規則正しい寝息を立て始める。
リディは緊張して思わず息を止めてしまった。
硬直して身じろぎもできない。
(予想外すぎるわ……)
本当に乙女ゲーム展開で脳がついていかない。
モブキャラの自分がどうしてこんなイベントに遭遇しているのか?
ただ、目の前にあるルシアンの寝顔を見ると起こすこともできない。
リディはルシアンの顔をじっと見た。
(長い睫毛だな。お肌もすべすべだし……化粧水とかつけてるのかしら? さすがは攻略対象)
だが、ふと思った。
確かにルシアンは攻略対象であり、その美しさは本来持っているものだ。
だが、身だしなみを整えるという行為はルシアンがちゃんと自発的にしていることだ。
同じように城勤めの仕事をしたり、ボンクラ王子の面倒を見たりする地位や能力はルシアンが自分で努力し、築き上げたものなのだ。
だから「さすがは攻略対象」と言い切るのはルシアンに申し訳ないと思い、心の中で謝った。
(ルシアン様は頑張ってらっしゃいますものね。少しゆっくりしてください)
心の中でそう言って、リディはこのままの体勢でいることにした。
そして丁度持ってきた本を取り出して読む。
柔らかな日差しにライラックの香り、東屋を柔らかく吹き抜ける風。
リディとルシアンは穏やかな時間をしばし楽しむのだった。
まったりモード終了のお知らせ(?)
次話からまた新章というか新たなストーリーになって行きます
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