ミッションを遂行せよ①
今日は天候に恵まれ、雲一つない晴天だ。
デート日和であるが、リディはそわそわと落ち着かない。
というのも今日のミッションでソフィアナの今後が決まるからだ。
(上手くいくといいんだけど)
緊張しているリディの心中を知ってか知らずか、ソフィアナはいつも通りだ。
それは何故かというと、今日のお出かけはナルサスとソフィアナと三人で観劇に行くという設定だからだ。
つまりWデート作戦が本日決行されるのだが、もちろんソフィアナは知らない。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いいのよ、気にしないで。それよりリディも災難よね。ギルシースの王子に目を付けられちゃって」
「本当、なんで私なのかしらね」
「そりゃリディが魅力的だからでしょ?」
「……いや、それはないと思うけど」
(なんたって珍獣枠だものね)
そんなやり取りをしながら、リディは待ち合わせ場所のカフェでお茶を飲んでいた。
そろそろ時間だ。
リディはドキドキしながら〝彼〟を待つ。
「それでナルサス様ってどんな方なの? 素敵な方?」
「そうね。すごくかっこいいとは思うわ。濃紺の髪に金の瞳で夜空って感じで綺麗な顔立ちなのよね。だけど……こう、食えないといか掴めない方ね。面白いことが好きでいつも振り回されているわ」
「そうなの。でもね、確かに隣国の王子って肩書は素敵かもしれないけど、幼馴染の立場からはやっぱりルシアンを選んで欲しいわ。じゃないと国家権力を使ってギルシースに戦争してでもリディを渡さなそうだし」
「そんな物騒なこと言わないで」
カテリーヌといいエリスといい、どうして周囲の人間は物騒な事を言うのだろうか。
そもそも自分がルシアンに捨てられるのならともかく、逆はありえないだろう。
「大丈夫よ。ルシアン様との婚約を解消するつもりはないから」
それが契約なのだから破棄するわけにはいかない。
リディがナルサスを好きならば契約満了ではあるが、現時点でリディはナルサスを好きではないのだから契約解消とはならない。
むしろ契約違反だ。
だが、そうとは知らないソフィアナはリディの言葉にほっと胸を撫で下ろしたようだ。
「そろそろ時間よね。まだ来ないのかしら?」
ソフィアナがそう言うのでリディが壁掛け時計を見るとそろそろ約束の時間だ。
そのタイミングでドアベルが鳴り、一人の男性が入店した。
急いできたのか、赤い癖毛が少し乱れている。
ダンテを発見したソフィアナは目を丸くして驚いていた。息を止め、硬直している。
「リディ、ソフィアナ様、すみません」
「どうしたの?」
慌てて駆け寄ってきたダンテが、リディ達に謝る。
それをあたかも何も知らないという体でリディは聞き返した。
「実は、ナルサスが頭が痛いから行けないって言うんだ。代わりにお前が行ってこいってチケット押し付けられちゃってさ。とりあえずドタキャンの謝りに来たんだよ」
「まぁ! そうなの?! それは残念だわ……」
これは予定通りである。ナルサスの頭痛はダンテを送り出すための仮病だ。
もちろんダンテは知らない。
ダンテをリディ達に会わせるための作戦だからだ。
普通にWデートをしようと提案しても、ダンテが拒否するのは目に見えているためこのような作戦になったのだ。
だがそれを悟られるわけにはいかず、リディは大袈裟に驚いたのち、しょんぼりという演技をした。
「でもダンテ、せっかく来たんだし一緒に行かない?」
「えっでも……オレ邪魔じゃないか?二人で行ってきた方が」
「元々三人で行くつもりだったし、ね?行こう?」
それでも渋るダンテの脇に立つと、リディは小声でダンテにだけに聞こえるように言った。
「ソフィアナ様に夜会の事謝りたいんでしょ! チャンスよ!」
「なっ! どうしてそれを」
「ナルサス様に聞いたのよ。せっかくなんだもの、道すがら謝れば?」
「うーん、……わ、分かった」
話がまとまったところで、リディは今度はソフィアナを見て言った。
「ね、ソフィアナもいいわよね?」
「えっ?! え……えぇ」
話の流れ的にも断れないようでソフィアナは戸惑いながらもぎこちなく頷いた。
「じゃあ、そういうことで、早速行きましょうか。舞台が始まるまで少し時間もあるし、天気もいいから、ぶらぶらしながら行かない?」
「そうね」
「お供するぜ」
そうしてカフェを出るとちょうどルシアンが前方からやって来て声を掛けてきた。
「リディ!」
「あ、ルシアン様。こんなところでどうされたんですか?」
「あぁ、城の仕事が落ち着いたから少し街の空気でも吸ってリフレッシュしようかと思ったんだ」
「まぁ、そうなのですね」
「ソフィアナ、ダンテ殿、久しぶりだね」
ルシアンがそう挨拶すると、二人はにこやかに返事をした。
「ええ、ルシアンは元気?仕事が忙しくてなかなか会えないってリディが寂しがってたわよ」
「ソ、ソフィアナ!」
本人に暴露されてリディは思わず赤面してしまった。
ルシアンもそんなことを言っていたリディを意外に思ったようで、まじまじとリディを見ながら尋ねてきた。
「リディ、そうなのか?」
「ま、まぁ……」
「ふ、それは嬉しいな。時にこの三人での組み合わせはなかなか面白いけど、どうしたんだい?」
「この間言っていた演劇を見に行くんです」
「あぁ……今日だったんだね」
「そう言えばルシアン様。私たち今から街をぶらぶらするんですけど、よろしければ一緒に行きませんか?」
「そうだな。ぜひそうさせてもらえると嬉しい。最近なかなかゆっくりリディと話せてないしな」
流れるような会話だが、おおむね台本通りの展開になっている。
偶然を装ってルシアンと合流し、これから自然と二組に分かれるようにする計画だ。
「我儘言ってごめんね、二人とも。せっかくだからルシアン様と歩きたいの……」
しおらしく謝るリディを疑うことなく、恋人と過ごすささやかな時間をあげようと考えたようで、ソフィアナは嬉々としてリディの提案を受け入れてくれた。
「もちろんいいのよ! 気にしないで」
「ありがとう。じゃあ行こうか」
そう言って四人で歩き出す。
ソフィアナとリディ、ダンテとルシアンがそれぞれ並んで会話をしながらウィンドウショッピングなどをしていると、自然とリディとルシアンが二人の世界に入った。
もちろんこれも計画通りだ。
恋人が互いの存在しか見えないような印象を与えることで、邪魔しては悪いとダンテとソフィアナに思わせるためだ。
そのためにリディはルシアンとの熱愛カップルを演じた。
「ルシアン様、お体大丈夫ですか?」
「心配ないよ。ただ君に会えない日が続くと、さすがに辛いな。顔が見たくて仕方なくなる」
「ふふ、私も同じ気持ちです。ルシアン様ともっと一緒に過ごしたいなって思って」
そんなことを言いながら、リディはルシアンに腕を絡めて密着する。
だが、正直な話をすると無茶苦茶恥ずかしい。
ルシアンもさりげなく顔をリディの方に寄せてさらに密着してくる。
どう見ても熱愛中の恋人だ。
そのためソフィアナとダンテは自然とリディたちから距離を置き、結果、ダンテとソフィアナが並んで歩く感じとなっている。
ソフィアナたちも最初はぎこちなかったものの、笑い合っている様子が見て取れて、かなり打ち解けた雰囲気になっているようだ。
「いい感じですね」
「あぁ。今のところは作戦は順調だな」
「じゃあ、そろそろ次のフェーズに進みましょうか」
リディとルシアンは小声でそんなやり取りをすると、今度は先に行く二人に声を掛けた。
「ねぇ、実は小腹が空くんじゃないかって思ってサンドイッチを作ってきたの。劇の上演時間は二時間もあるし、その間にお腹空いちゃうでしょ?公園で食べない?」
「それでバスケット持って来てたのか。そういやリディの手料理、久しく食べてないな」
ダンテが納得したように言うと、ソフィアナも同意を示してくれたので、リディたちはウィンドウショッピングを終え、公園へと向かうことにした。
「どこかのベンチで座って食べましょう」
リディがそう言うと、思い出したようにルシアンはダンテとソフィアナに向かって話した。
「ソフィアナ、ダンテ。俺はそろそろ失礼するよ。リディ、じゃあ屋敷で」
「そうなんですね。はい、また後で……うぅ」
そう言ってリディは小さく呻きその場に崩れ落ちるようにしゃがんだ。
慌てた三人がリディへと駆け寄った。
「どうしたの?リディ、大丈夫?」
「ありがとう、ソフィアナ。ちょっと急に気持ち悪くなって」
「まぁ大変! そうだわ、あそこのベンチに座りましょう」
「うん」
その言葉にルシアンがリディの肩を抱き、ベンチへとリディを連れて行こうとする。
それにもたれかかるようにして、リディは何とかベンチへと歩き出した。
「昨日遅くまで本を読んでたからかな。なんとなく眩暈もするの」
「何か飲み物を買ってこよう」
「はい、すみません」
「冷たいものがいいな、行ってくる」
ルシアンはそう言って屋台の方へと小走りに向かった。
ソフィアナはそれを見送るとリディの隣に座って背中をさすってくれるので、リディはソフィアナにもたれかかるようにしてぐったりと倒れ込んだ。
「ごめんね、ソフィアナ。劇楽しみにしていたのに。ダンテもごめん。無理に誘っちゃったのに」
「いいのよ、気にしないで。それよりもう屋敷に帰りましょう」
「あぁ、お前の体調の方が重要だよ。屋敷で休んだ方がいいって」
ソフィアナは心配そうな顔をしてリディの顔を覗き込む。
ダンテも中腰になりながらリディの背中を撫でて言った。
「それなんだけど……せっかくのチケットだから二人で見てきて欲しいの」
「えっ? 二人で?」
「うん、私は動けないし。ね?」
「でも……」
ソフィアナは友人を見捨てられないと思ったのか渋った。
断りの言葉を口にしようとするソフィアナを遮るようなタイミングでルシアンが飲み物を持って帰ってきた。
ナイスタイミングである。
「お願いよ、ソフィアナ。私の代わりに劇を見て、感想を聞かせて。パンフレットもお土産に買ってきてくれると嬉しいわ。友達のお願い、聞いてくれない?」
ソフィアナには申し訳ないが友達であることを強調して駄目押しでそう言うと、ソフィアナは困ったようにダンテを見上げた。