ナルサスの提案②
(もしかして……ナルサス様気づいてる?)
「まぁデートの一つもしたことのない残念女が一人でなんとかするならいいが」
ナルサスに相談するのは癪だが、リディ一人では確かにソフィアナの恋愛成就のための策が浮かばない。
苦渋の選択ではあるが……
「えーと。そういえば私もナルサス様とお話があるんでした。ダンテ、二人でお茶することにするわね」
「でも……」
リディの予想外の言葉にダンテは戸惑ったようだ。それに畳み掛けるようにナルサスが言った。
「無粋な奴だな。こいつが私と二人きりになりたいと強請ってるんだ。愛を語らうという時間も必要だろ?」
「えっ! リディはナルサスのプロポーズを受けるのか?」
「いや、そのつもりは……」
「ない」と言おうとした時に、ナルサスがテーブルを小さく蹴った。
「え、えっと。まぁ、プロポーズを受けるかは置いておいて、ナルサス様のご意見というか真意とか聞きたいし……私は大丈夫だから!」
「分かったよ。まぁプロポーズを受ける受けないはリディの問題だし。リディがナルサスを好きなら問題ないけど」
(好きじゃないけど!!)
思わず即答しそうな言葉をぐっと飲み込んだ自分を褒めたい。
とりあえずダンテが居なくなってくれないことにはナルサスと話ができない。
帰宅する時間を考えるとあまり余裕もないため、ダンテには申し訳ないが早く行って欲しい。
若干引きつっているものの笑顔のリディを見て、ダンテも納得したようだ。
「分かったよ。プロポーズについてはちゃんと二人で話し合う必要もあるとは思ってたからオレは席を外すよ。だけどナルサス。リディを困らせるなよ」
「お目付役が怒る事態は避けるように努力する。さ、さっさと行け。ああ、ついでに登城の準備は適当にしててくれ」
「ったく人使い荒い。じゃあな」
ダンテは小さくため息をつくと、ひらひらと手を振りながらカフェを出て行った。
それを見送ったのちリディはナルサスに向き直り、早速話を切り出そうとしたところで、先にナルサスが口を開いた。
「それで? 贈り物は届いたか? 気に入ったか?」
「ナルサス様、あれ、いつもの意趣返しですか?」
「普通そこは喜ぶところじゃないのか?」
「どこをどうすれば喜ぶところなんですか……」
思わずリディは渋面になった。
ナルサスのせいでバークレー家はてんやわんやだったし、現在ルシアンは婚約について陛下や重鎮の方々と協議中なのだ。
リディのせいでそう言った手間をかけていると思うとバークレー家の皆に申し訳なく思っているのだ。
ナルサスはリディより身分が上だったりするし、隣国の王子なので失礼かもしれないが、ちょっとくらい渋い顔をしてもバチは当たらないだろう。
「それより本題ですけど……」
リディは仕切り直しとばかりに一口コーヒーを飲み、今度こそ切り出す。
それに対し、ナルサスは興味がないのか頬杖を突きながらテーブルに出されていたクッキーを一つ摘まんで頬張った。
「あぁ、ソフィアナだったか? あの女、ダンテが好きなのか?」
「よく気付きましたね」
「あのくらい気づくのは当然だ。お前は占いで人を読むことができるが、私は人の仕草や声音、顔色で察することができる。でなければ、国の重鎮という名の古狸を相手に政治などやってられん」
(なるほど。政治に関わる人間だからこそ磨かれたスキルなのかもしれないわ)
リディは納得したものの、もう一つの疑問があった。
「でも、ナルサス様は私がソフィアナとダンテをくっつけようとしているって気づきましたよね。あれはどうしてですか?」
「先ほどまで恋の話で盛り上がっていたのだろう? 友人が恋の相談をしたらお前の性格上なんか手助けしようと思うのではないかと推測したまでだ」
「凄い洞察力と推理力ですね」
心の底から感心したリディを見て、ナルサスはにんまりと笑った。
「またお前の変顔が見れたな。なかなか愉快だ。お前は占いで人を見る。私は洞察力で人を見る。そんなところだ」
ここまで推測されているのであれば、詳しい説明をする必要もないだろう。
リディは単刀直入に尋ねた。
「じゃあ、聞きますけどダンテには恋人がいるんですか?」
「私が知る限りいないな」
「好きな人は?」
「それは知らん。だが……聞き出すことは可能だな」
「本当ですか!?」
「だが、タダというのもな。……嫁に来るなら引き受けよう」
「あれ、本気なんですか?」
「あぁ、もちろんだ」
「……なんでよりによって私なんですか?」
「そうだなぁ……一緒にいて飽きないからだな。妖精が見えるなんて言うのも面白いし、こうやって予想外の反応もする。……珍獣を見てるようで楽しい」
(そりゃ女性の魅力で好きになったわけではないとは思ってはいたけど……珍獣枠……)
恋愛感情から求婚された訳ではないと分かっていたのである意味納得ではある。
「愛のない結婚なんて味気ないですよ。お互いのため、止めた方がいいです」
「愛の形は様々だから問題ない」
「そりゃ親愛もありますけど、私としては恋愛感情の先の愛が欲しいです」
「なかなか我儘だな。だがお前は十分魅力的だ。男としてお前に惹かれてるさ。それとも……」
ナルサスは途中で言葉を区切ったかと思うと、リディの手を引っ張り自分の方へと寄せた。
つんのめったリディにテーブル越しにナルサスの顔が迫る。
その金の瞳が妖しく光り、思わずどきりとすると、さらに艶かしい唇がリディの耳元に寄せられ、囁いた。
「行動で示した方がいいか?」
吐息がかかり、羞恥からリディの体がカッと熱くなる。
真っ赤になっていると、リディを掴んだ手が緩められ、再びテーブルを挟んだ距離へと戻った。
「な、な、な……」
「はは、真っ赤だな」
「揶揄うなんて酷いです! しかも公共の場でなんて言うことを!!」
「逆だ。公共の場だからここまでにしたんだ。まぁ、お子様なお前には十分刺激が強いだろうからここまでにしてやる」
リディはナルサスの吐息がかかった右耳を押さえながら睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風。
意にも介していないようだった。
その態度が余計腹立たしい。
そんなリディの様子に満足したのか、ナルサスは緩く足を組み替えて、椅子にゆったりと座り直した。
「嫁にくる話は本気だが、今回の条件は置いておいて、対価は……そうだな。ルシアン・バークレーと話がしたい。そうしたらダンテの恋愛事情に探りを入れてやる。ついでにダンテがソフィアナを意識するように手を尽くしてやろう」
「ルシアン様と会うということですか?」
「ああ、恋敵と話すと言うのも一興だろ?」
リディは少しだけ悩んだ。
現在ただでさえルシアンは忙しそうで、帰宅の遅い日も多い。
屋敷で顔を合わせないこともあるほどなのだ。
そんなルシアンにナルサスと会う時間を取ってくれというのは憚られた。
だが、もしソフィアナとダンテが付き合えば、もう確実に悪役令嬢の断罪ルートは無くなるのだ。
そのためにはダンテに近い人間であるナルサスの協力は必要になる。
悩んだ末にルシアンとこの話を一旦共有し、対策を二人で決めるべきと結論付けた。
「……お話はしますけど。ルシアン様が会ってくれるかは別問題なので、私の一存では何とも……」
「ではこうしよう。ダンテの調査結果はお前と会って話す。その時にルシアンも同席する。もし奴がNOなら私はお前と過ごせるから問題ない」
「分かりました、ではお願いします」
ナルサスの提案を受け、リディはその話を持ち帰ることにした。
この件はソフィアナの断罪ルート回避と恋愛成就がかかる大事なミッションになる。
ソフィアナの断罪ルートを回避するために好きでもないリディと偽装婚約するほどルシアンにとってもソフィアナが大切なのだ。
やはりちゃんと相談する必要があるだろう。
(気を引き締めて臨まなくちゃ)
リディはそう気合を入れると、ルシアンと検討会議をすることにした。