ナルサスの提案①
「あの方のことを考えるとドキドキするし、もう何をしててもあの方の顔がちらつくの……でもどうしていいか分からなくて……」
恥じらいながら言うソフィアナの話を聞き、リディはなんと返していいのか考えていた。
(まぁ、私も経験豊富ってわけでもないけど……)
「リディ、私に好きな人ができたらその方と付き合う方法を占ってくれるって言ってたでしょ? お願いよ。どうしたらいいのか占って!」
「分かったわ。じゃあ、ちょっと占ってみるね」
確かに以前ソフィアナとそう約束していた。
恋愛経験が豊富とは言えないリディではあるが、タロット占いであれば少しは役に立てるかもしれない。
リディはいつも持ち歩いているタロットカードと敷き布を取り出し、テーブルの上にセッティングした。
そして意識を集中してシャッフルする。
いくつかのカードの山を作り、それを積み上げ、とんとんとカードを叩いた。
まず、過去を示したのは塔のカードだ。意味は突発的なアクシデント、一目惚れ、衝撃的な恋だ。
次に現在の状況は剣の小姓で仄かな恋心だ。
「えっと……突発的なハプニングで一目惚れってところかしら。でもまだ仄かな恋心って感じね。自分でも恋なのかどうなんだろうって少し思っているかも。……もしや馬車に轢かれないようにしてくれた時に好きになったとか……?」
「そう……かもしれない。気づいたらダンテ様の顔を思い浮かべるようになってたの。これって恋よね?」
なるほど、恋に落ちる瞬間とは劇的らしいのでそういうこともあるのだろう。
ソフィアナ自身の願望を示すカードは、ズバリ「恋人」のカードで恋愛成就を願っていることを示している。
「ふふふ、確かに仄かな恋ね。でも恋人のカードが出ているから、もう恋人になりたいって本当は思っているでしょ? 安心して。恋は着実に進展するカードの聖杯の10が出ているから。ただね、ダンテの方はと言うと星の逆位置だから、ソフィアナのことを高嶺の花って思ってるから、残念ながらソフィアナに対して恋愛感情はないかも」
「そんな……」
リディの言葉にショックを受けるソフィアナ。
それをフォローするようにリディは言葉を続けた。
「でもダンテにはソフィアナに憧れの気持ちはあるから、望みが全くないってわけじゃないのよ。それで、ここに『隠者』が出ているから、成功のカギはソフィアナが自分から積極的にアピールすればいい方向に流れるはず」
「積極的……」
「棍棒の9とか金貨の8、魔術師が出ているから、今がチャンスで、さっさと行動しちゃえ!って感じかな。あとは剣の6があるからちゃんと理解者がいるし……あ、これは私かしらね? とにかくアドバイスをちゃんと聞くことだって」
「本当に?」
「うん、『アドバイスは聞く事』って言う棍棒の9が出ているしね。私も恋愛経験は乏しいから自信満々にアドバイスは言えないけど、できるだけ協力するわ!」
「でも……」
仄かな恋心を持ったばかりのソフィアナにとって、自分からガンガンと行動してダンテと恋人になるということにためらいがあるのかもしれない。
そうでなくともソフィアナはおっとりとしたお嬢様で、自ら進んで行動するタイプではない。
しかし、ここで勇気を出さなくては二人が恋人同士になる未来はない。
「あのね、ソフィアナ。占いはある程度の指針しか教えられないの。決めるのも行動するのも自分の意思なの。人生は常に選択の連続。その延長上にあって一番可能性がある未来を占いが示すけど、そのために努力は必要なの」
ソフィアナは少し不安そうに、でもじっとリディの言葉を聞いていた。
「まぁ、さっきはああ言ったけど、努力すれば報われるはずよ。ほら、結論のカードは太陽のカード。成功とか祝福される恋人とかいう意味があるの。頑張って一歩踏み出そう? 私も協力するから」
「分かったわ。頑張ってみる。積極的な行動ね……でもどうしたらいいの?」
ソフィアナは覚悟を決めた表情でそう言った後、すぐにリディに尋ねてきた。
「うーん、やっぱり告白よね」
「え? こ、告白? 今から? む、無理よ!」
リディは、自分が高校生の時にはどうだっただろうかと思い出してみる。
(うーん、高校の時とかだとメッセージ送りあって、なんとなく感触掴んでたけどな。寝落ち通話とかできる関係になったら結構な確率で相手も好感持っててくれてるっぽいのが分かるけど……)
この世界ではメールなどのデジタル機器は当然ないわけで。
少女漫画だと一緒にいる男性に仄かな恋心を寄せて、デートみたいなことをして、告白というのがパターンだろうか。
だが、学校裏に呼び寄せてラブレターを差し出して「付き合ってください!」と告白というパターンもある。
もしくは下駄箱にラブレターを入れる……なんて古典的な方法もあるだろう。
だが一つだけ言えることがあった。
(私の経験が乏しすぎて妙案が浮かばない!)
「そうよね……いきなりは無理よね」
「リディはルシアンと婚約しているんだし、どうやって付き合ったの? 参考にさせて頂戴」
「え? いや……」
ソフィアナは期待に満ちた目でリディを見ている。
恋愛の先輩として意見が欲しいというところだろうが、リディとルシアンは偽装婚約なのでそういった甘い経緯で婚約しているわけではない。
しかしそんなことは言えず言葉に詰まっている時だった。
「あれ? リディじゃん」
その言葉の主を見て、ソフィアナがひゅっと息を呑むのが分かった。
そして瞬間湯沸かし器ばりにぼっと顔が赤くなる。
「あ、ダンテ! どうしたの?」
なんとタイムリーなのだろう。
今話題に挙がっていたのでリディも思わずどきりとして内心慌てたが、なんとか平常モードな顔で言った。
まぁその脇にナルサスもいるのを見て、一瞬うげっという顔をしてしまったが……。
それには気づかない様子で、ダンテがにこやかにこちらに来て挨拶をした。
「ソフィアナ様も、こんにちは」
「ご、ごきげんよう」
「この間は夜会へのお招きありがとうございました。そう言えば、その後具合はいかがでしたか?」
「ひゃい! 問題ありませんわ。で、では私は用事があるので失礼しますわ」
裏返った声で返事をしたソフィアナであったが、そう答えるとハンドバッグと日傘を手早く持ち、席を立ってしまった。
あまりに突然のソフィアナの行動だったのでリディが止める間もなく、あっという間に足早にカフェから出て行ってしまった。
それを見たダンテが申し訳なさそうな顔をする。
「あー、リディ悪かったな。二人で楽しんでたのにさ。オレ、ソフィアナ様に嫌われてんだろうな」
「え? なんでそう思うの?」
「実は……ソフィアナ様、夜会の時に具合悪そうだったんだよ。ふらふらな足取りだったから気になってさ。休むように椅子へ案内したところまでは良かったんだけど、熱があったみたいでオレに寄りかかって少しだけ眠ってしまってさ。起きたらなんかムッとした表情で『寝顔を見るなんて失礼です』とか怒って帰ってしまったんだよな」
(それは……単に恥ずかしかったのでは?)
「で、今回の感じだろ? 多分、オレ、ソフィアナ様に嫌がられてるんだろうなって」
「き、嫌われてはいないと思うわ」
ソフィアナは貴方が好きなのよなどと、勝手に言うわけにはいかず、リディはなんとかその言葉だけを言ってフォローした。
「そうかぁ? あー、じゃあさリディ。今度お前からもオレが謝ってたって伝えてくれないか? 確かにレディの寝顔を見るとかってマナー違反だったんだろうし、反省してるって言ってて欲しい」
「うん……でも、まあ、ほら、直接言ったら?」
「はあ? ソフィアナ様と接点なんてないじゃん。言う機会なんてないし」
「えっと、夜会とか。あるじゃない?」
「うーん、夜会で会ってもソフィアナ様とは身分的に気軽にお話できないし。ソフィアナ様も嫌いな男が近づいたら迷惑だろうし」
(むしろ逆!! ソフィアナは貴方と話したいのよ!)
どうやったらこのソフィアナとダンテをくっつけられるのか。
何か二人を引き合わせる上手い口実はないかと考えを巡らせていた時だった。
ダンテの隣で黙っていたナルサスが、今までソフィアナの座っていた席にドカリと座った。
「ダンテ、悪いがこいつと二人で話がしたい。お前は先に屋敷に帰っていろ」
「は? 今日は城に行くための準備をするために来たんだぞ? まだ何も買ってないじゃないか」
「それはまた明日でいいだろ。こいつとはなかなか会えんからな」
「何勝手に言ってるんだ。それにこの状況じゃ、ますますお前とリディを二人きりにできないだろ? いくらお前がリディにプロポーズしたことを内密にしているとは言え、婚約者のいるリディが男と二人でお茶してたら変な噂も立つだろう?」
どうやらダンテはナルサスのプロポーズの件を知っているようだ。
その上でリディの立場を案じてくれている。
確かにその懸念はあるので、リディもナルサスと二人きりは避けたい。
「ナルサス様。ダンテの言う通りなのでお茶するのであれば三人でしましょう」
リディがそう言うと、ナルサスはニヤリと笑った。
「そうだな……私ならお前の力になれると思ったんだが」
「力に? どういう意味ですか?」
「たとえば……友人の恋の悩み相談についてとか。それならばお互い近しいもの同士で策を練った方がいいかと思ってな」
ナルサスがチラリとダンテを見た。
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