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危機一髪

シャルロッテの件があったが、気を取り直してリディ達はキッチンカーへと向かった。


そこで生ハムとチーズのパニーニを無事購入できた。


適当なベンチにナルサスと並んで座り、一口食べれば、いつもながらに美味しい。

生ハムの程よい塩気とチーズのコクが、少し硬めのパンの小麦の味とマッチする。


「ふふ……やっぱり美味しい。ナルサス様、味はいかがです?」

「ん……こんなところで手掴みで食べるのは初めてだ。なかなか美味い」


ナルサスはご満悦でそう言いながら、もう一口上品にパニーニを口に運んだ。


最初食べる時には「ナイフとフォークはどこで買うんだ」とまじめに聞かれて驚いた。

外で手掴みで食べるという行為は初めてらしい。


(そういえばハンバーガーってこの世界で食べたことないわね。ルシアン様がお好きなら作ってみようかしら)


そういえばルシアンも外で買い食いして食べる……なんてしたことあるのだろうか?


あの御面相で大口を開けて食べるイメージが湧かないが中身二十一世紀男性だとハンバーガーなんかは懐かしく思うのでは……と考えていると、頭上からリディを呼ぶ声がする。


「リディ」

「えっ?! なんですか?」

「食べないのか」

「あ、ちょっと考え事してて」

「ふーん、にやけた顔をしてたが?」

「にやけた? そうでした? ……ならきっとパニーニが美味しいからです」


ルシアンのことを考えていたことがなんとなく気恥ずかしく、リディは慌てて誤魔化した。

見ればナルサスのパニーニは既に無くなっている。


「もう食べたんですか?」

「ああ、お前が呆けてる間にな。それより、そっちのは私のと違うな。美味いか?」


ナルサスが頼んだのはエビとアボカドのパニーニだ。。

リディのとは種類が違うので味に興味があるのかもしれない。


「はい、美味しいですよ。あ、もし食べたいのであればもう一つ買いましょうか?」

「いや、いい。ここにあるからな」


そう言うやいなや、ナルサスはパクリとリディの持っていたパニーニを一口頬張った。


「!? な……欲しいなら買えばいいじゃないですか!!」


婚約解消後に独り立ちするのだ。

余計な出費は控えたいもののたまのご褒美だと思い切ってお高めの生ハムパニーニにしたのに……減ってしまった。


「お前……そこはドキッとするとこではないのか?」

「えっ?! 食べられて無くなったら凹みません?」


リディが答えるとナルサスは微妙な表情をした。

呆れたようなショックを受けたような……なんとも言えない顔だ。


その後、ナルサスははぁと一つ息を吐くと、徐に立ち上がった。


「そんなに落ち込まれると悪いことをした気分になる」

「人の物を食べるのは悪いことだと思いますけど……」

「まぁいい。詫びに何か買ってやる。宝石でも香水でもドレスでも欲しいものを言ってみろ」


「いや……さすがにそこまでは要求しないですけど。そうですね……あ、辞書が欲しいです」

「辞書? そんなものでいいのか? 普通の女はそんなもの欲しがらないだろ?」


「まぁ宝石なんかは売ればそれなりのお金に換金できるので魅力ではありますが、いただいた物を売ろうとは思わないので。ちょうどキエリー語が勉強したかったんです」


ナルサスは理解不能とばかりの表情だ。

自分ではそこまで変なことを言っているつもりはないのだが、何かおかしいのだろうか?

それに知識は何よりも大切なものだと思う。


「そんな言葉覚えてどうするんだ?」

「将来はこの国を出るのも楽しそうかなと思いまして」

「国を出る? 婚約者がいるのだろう? 何故国を出る必要があるんだ?」


ナルサスに指摘され、確かに結婚後に国を出たいというのは不自然かもしれない。


リディとしては占いの腕があればどこでも生活できるのでそういうのもありだとは思っていたのだが、まるで離婚前提のような発言は失言だった。


「えーっと、旅行……旅行に行こうと思って!!」

「ふーん」


納得のいかなそうなナルサスだったが、それ以上は追及してこなかった。

そしてリディがパニーニを食べ終えたのを見計らってナルサスが立ち上がった。


「じゃあ行くか。本屋に案内しろ」


こうしてリディ達は街の本屋へと向かうことにしたのだった。


だが歩き始めて公園を抜けた辺りだった。

突然ナルサスがリディの腰を掴んで引き寄せてきた。


「な、ナルサス様?!」


密着するようになってしまい、さすがのリディもギョッとして反射的にその手を逃れようとした。

だが、ナルサスは力を入れてそれを許さなかった。


「二人きりになろう」

ナルサスはそのまま暗がりの路地へと向かうではないか。


(これって……なんか……身の危険? 貞操の危機? いや、ナルサス様ほどの美形が私相手に何かしたいと思うかしら? でもなんでこんな路地裏?)


頭の中で様々な考えが浮かんでは消える。

リディは状況の説明を求めた。


「ちょ、どうしたんですか?」

「恥ずかしがるな。恋人が暗がりですることなんて一つだろ?」


甘い色香を含んだ言葉を言われる。

その言葉の意味が理解できない程リディも初心ではない。


瞬間、身体中の血が沸き立つように駆け巡り、熱を持つ。


そして抵抗する間も無く、人通りのない路地へと入り、リディを壁際に押しつけた。

するりとナルサスの足がリディの足の間に滑り込まれる。


「ちょ、冗談ですよね」


恥ずかしいとか、ときめくとか、そういうふわふわした感情は無かった。

ただ怖いという感情がリディにはあった。


ナルサスの金色の目が細められ、形の良い唇がリディの顔に近づいてくる。

キスされると思った瞬間、リディの中に浮かんだのは拒絶の感情だった。


(嫌!)


ぎゅっと目を閉じ、その行為から逃れようとした時だった。


不意に眼裏の暗がりが明るいものになり、自分を拘束していた手が離れた。

そして、打撃音と共にグゥという呻めき声が聞こえた。


何が起こったのか分からず目を開ければ、ナルサスの近くに男が倒れている。


「何?!」

「悪いがリディ、そこから動くな」


倒れている男は白いシャツに深緑のベストを着て、ツバ付きの帽子を被っている。

どこにでもいる男という印象であった。


その男を見据えたまま、ナルサスがリディにそう言うと同時に、男が立ち上がり声を上げながらナルサスに殴りかかってきた。


その攻撃をナルサスは軽くいなし、背負い投げにするとそのまま男の手首を後ろ手にして拘束した。


「吐け、誰に雇われた」


ナルサスが低い声で命じる。

それに応じない男をナルサスは地面へと押し付ける。

ガリッという音がして、男の顔がさらに潰れた。


(雇われる……ということはナルサス様を狙って?)


リディはなんとか状況の整理をした。


もしナルサスを狙った暴漢の類であれば、人を呼んできた方がいいかもしれない。

だが、ナルサスには動くなと言われている。


どうしようかと思いながら目の前で呻く男とそれを抑えつけるナルサスを見ていた。だから反応が遅れたのだ。


「ナルサス、そいつを放しやがれ。この嬢ちゃんがどうなってもいいのか?」


気づけばリディの背後に別の男が回り込み、リディは首元にナイフを突きつけられた状態になっていた。


「くっ……仲間がいたのか」

「下手な動きをすれば女を殺す」


ナルサスは拘束している男を放すか逡巡していたようで、即時に要求に従わなかった。

それを見た男が苛立つのが分かった。

同時にチクリとリディの首に痛みが走った。

多分少しだけ切られたのだろう。


「っ!」

「これは脅しじゃない。本気だ。こいつがどうなってもいいのか?」


リディを盾に取られたナルサスはどうしようもできずに動けないでいた。

そして苛立ったようにもう一度地面に押し付けた男に圧をかけたのち、ゆっくりと立ち上がった。


「そこに両手を上げて立て」


ナイフの男がナルサスに指示すると、それに従ってナルサスは降参のポーズを取った。

ナルサスの手を逃れた緑のベストの男はふうーと言いながら起き上がる。

そしてナルサスを殴った。


「!!」


低い打撃音がして、ナルサスの頬が赤くなった。

少しだけ口を切ったようだ。

唇の端から血が滲んでいる。


「良い様だな。このままサンドバッグになって死んでもらうぜ」


(私がいるから動けない? ……ここから逃げれば!)


「皆、力を貸して!」


リディがそう叫ぶと、閃光が走った。


ストロボのような光が路地の暗がりを消し飛ばし、白く染める。

ナイフを突きつけていた男が驚いて少しだけ拘束していた力を緩めた。


その隙をついてリディが男の腕から逃れると同時に突風が吹き、地面の土埃を巻き上げた。


「痛てっ! 目が!!」


後ろでナイフの男が目潰しにあって身を屈めたのが視界の隅に入った。

そして風圧に押されて吹き飛ばされ、倒れている。

それを見るか見みないかの内にリディは走り出した。


「ナルサス様!」


そのリディの呼びかけにナルサスはすぐに反応し、緑のベストの男を殴り飛ばした。

そして、リディと共に走り出す。


「くそ! 待ちやがれ!!」


後ろで男たちの怒号が聞こえたが、土の妖精のコボルトが男たちの足を縫い止めるようにして足止めした。


結果、男たちは追ってはこれず、リディたちは逃げ延びることができたのだった。



※ ※ ※



「痛っ!」

首筋にぴりっと電撃痛が走り、リディは顔を顰めた。

消毒液が染みたのだ。


ナルサスはリディの首筋にその細くて長い指を滑らせ、ダンテが用意してくれた軟膏をつけた。


今リディたちはダンテが所有しているタウンハウスにいる。ナルサスはこのタウンハウスに逗留しているらしく、暴漢たちからここまで逃げてきたのだ。


「痛むか?」

「大丈夫ですよ。さっき鏡で見ましたけど傷も浅いですし、傷薬を二、三日つければすぐ治ります」


「だが跡が残ったら……女の肌に傷をつけてしまった」


「大袈裟です。少し跡になるくらい全然気になりませんから。そりゃ縫うほどの大怪我ならショックでしょうけど、このくらいの擦り傷が残っても大したことないです」


「だが、婚約者の男が『傷物になったから婚約破棄する』なんて言ってくるかもしれない」


あまりに悲痛な顔をするナルサスを見ていると逆に申し訳なくなる。


リディの感覚としては理解できないのだが、どうやら貴族女性ならば傷ができるというのはショックな事象らしい。


リディとしてはルシアンと婚約解消後は貴族の籍を離れるわけで、一般庶民になるのだ。

このような傷でいちいち目くじらを立てる程のことではない。


「ルシアン様は傷がついたからという理由で婚約破棄にはしないですよ」


当たり前だ。

ソフィアナの断罪を回避し、かつルシアンの想い人と結ばれるまでの期間限定の婚約なのだ。


目的と条件が成立するまでは例えリディに傷がつこうがつくまいが婚約破棄されることはない。


だがナルサスはリディ以上に神妙な顔をして傷口を見ている。

と思ったら今度は思い立ったようにリディに向き直った。


「婚約破棄されたら私のところに嫁に来い。そうだそれが良い。お前なら側に置いておくのも楽しい。そうしよう」

「いえ、結構です! 本当お気遣いなく!! そこまでしていただかなくていいですよ」


迫るようにして距離を詰めるナルサスから、リディは仰反るようにして、その距離を再び空けた。


「そうか……本当に悪かった。私のゴタゴタに巻き込んでしまったな。まさかこの国まで追いかけてくるとは思わなかった」


やはりあの暴漢はナルサスの命を狙っていたのだろう。


王位継承者であるナルサスはそういった輩に狙われることが多いのかもしれない。


「私はそれなりに場数を踏んでいるし、こういう輩を返り討ちにするのは慣れているんだ。だから路地裏に入って誘き寄せ、返り討ちにするつもりだったんだがな」


「ああ、だから恋人がイチャイチャするために路地裏に行ったように装ったわけですね」

「まぁな。だが結果はこのざまだ。本当に悪かった。それと助かった。あれはお前の力だろう?」


暴漢の不意を突いたり足止めしたことだろう。

閃光は光の妖精が、突風は風の妖精が、足止めは土の妖精がしてくれたことだ。


「私の力じゃないです。妖精様たちが助けてくださったんですよ。感謝しないとですね」

「そうか、すごい力だ。……お前には恩ができてしまったな」

「恩だなんて……あ、なら傷害罪は取り消していただけると嬉しいのですが……」


リディの言葉にナルサスはぽかんとしたが、すぐに笑い出した。


「ははは! そうだな。これで貸し借りなしだな。うん……お前のそういうところ、好ましいぞ」


ナルサスはそう言って何故かリディの頬の輪郭をなぞるように触れた。

快活な豪胆な笑いの後に、急に柔らかく笑うのでなんとなくリディは落ち着かない。


「なんだ、元気そうじゃないか」


ダンテがそう言いながら部屋に入ってきた。

救急箱を置いたのち、バークレー家へ連絡するために席を外していたのだ。


「ダンテか。いい感じだったのに、邪魔するな」

「はあ? 人の家で幼馴染を口説くつもりかよ。残念ながらリディは婚約者がいるらしいからな。手を出すなよ」

「ああ、そうだったな。デートの一つもしたことのない残念な女と婚約する変わり者がいたんだったな」


ナルサスのあまりの言いようにリディは訂正したかったが、悲しいかな半分は事実なので黙っていた。


「リディ、災難だったな。ああ、バークレー邸には連絡しておいたから。この時間だし、夕食でも食べてけよ」

「でも……」


そうダンテが言ってくれるものの、急に押しかけた形だ。

迷惑だろうから辞退の言葉を口にしようとしたリディに先回りするようにダンテが続けた。


「ナルサスの馬鹿に巻き込まれたんだろう? そのくらいはお礼と謝罪をさせてくれ」

「馬鹿は余計だが、お前ともう少し話がしたいしな。大したもてなしはできないがゆっくりするといい」

「押しかけのお前が言うなよ。家主はオレだぞ。ま、この間もゆっくり話せなかったし、良ければ付き合ってくれ」


せっかくのダンテの好意だ。

それにダンテと話したいことは山ほどあるのも事実だ。


「じゃあ、お願いします」


ダンテの申し出をリディは承諾したのだが、これがまずかった。


この後、リディは人生初の「失敗」をするのだが、この時のリディはそれを知る由もなかった。


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