デートの定義にもよりますが①
謝罪をしてすぐに帰ろうと思っていたリディであったが、完全に身バレしている上、この射るような鋭い眼差しを受け、もう逃げられないことを悟った。
「カードをもらった時点で身バレは分かってはいたんですけど……よくあの招待客の中で私がリディ・ラングレンだって分かりましたね」
「確かに探すのは難しいかと思ったんだがな。案外簡単に身元が判明した。……お前、ダンテの幼馴染なんだってな」
「ダンテを知っているんですか?」
まさかナルサスの口からダンテの名前が出るとは思わなかった。
意外な人物の名前が挙がって驚くと、またナルサスは愉快そうに笑った。
「またお前を驚かせられたな。なかなか気分がいい。ダンテは私の悪友ってやつだ。この国の案内役もやってくれている。だからお前の特徴を言ったらすぐに分かったぞ」
なんという偶然だろう。
そんなところでナルサスとダンテが繋がっているとは世間は狭い。
テーブルの脇にボーイが立ったので、いったん話を中断した。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
運ばれてきたミルクティーを口にする。
これまで緊張していたため、喉が乾いていたリディはミルクティーで口を潤した。
隣国の王子への傷害罪で処刑されるのではないかと思っていたがどうやらそれはないようだ。
少しだけリディは安堵した。
先ほどの言葉だとお喋りに付き合えばいいのだろうか。
「妖精の声が聞こえる、だったか? いつからその力はあるんだ?」
「えーっと、十五歳の時なので……二年前くらいですね」
「それまでは妖精の声が聞こえるなんてことはなかったのか?」
「ないです。高熱を出して魘されたことがあったんですけど、その熱が下がったら突然見えるようになったんです」
「ほぅ、声を聞くだけではなく見えるのか。突然か。予兆もなかったのか?」
リディは小さく頷いた。
兆候も何も、リディが前世の記憶が戻ったから発現した能力だ。
突然記憶が戻り、突然妖精が見えるようになり……。最初は混乱もしたが、前世で霊感があり、そのせいで度々霊現象を経験していたリディは比較的冷静に受け止められたように思える。
ふーんと言いつつナルサスは頬杖をついたままでリディを見つめている。
じっと見つめられると居心地が悪い。
「な、なんですか?」
「いや、こうやってみると普通の女だな。そういう力を持つ人間ってというのはこう……もっと神秘的な感じとか、聖女のようなイメージがあったからな」
「私は普通の人間ですよ」
モブキャラなのだから普通も普通。
町人その一に過ぎない。
神秘性を期待されても困る。
「そもそも妖精が見える力については人に言ってないですし。今回がイレギュラーなんです」
「なるほど、普通の人間を装っているわけか」
「装っているつもりはないですけどね。ソフィアナくらいの美女ならともかく、私みたいな平凡な女が『妖精が見える!』なんて声高に言っても頭がおかしいって思われちゃいますし」
「確かにな」
「装うって言えば、王太子殿下がこんなところでお茶してて、バレたりしないんですか? こちらに来ているのは極秘なんですよね?」
「まぁ、顔を知っている人間はほとんどいないしな。こういうのは堂々としていた方がいいんだ」
確かに王太子だとはバレないが、ギリシャ彫刻も真っ青になるほどの美男子なのだから目立ってはいるのだが、きっと本人は気づいていないだろう。
「そういえばこの間の夜会もお忍びでしたよね? どうしてお忍びでいらっしゃったんですか?」
「あぁ、ソフィアナとかいう女との縁談話があるらしい。どんな女か気になったから見に行った」
ルシアンが言っていた通りだ。
これでナルサスがソフィアナを見初めて婚約……になったらソフィアナの断罪確率が急高騰してしまう。
「!? ……えっと……それで、ソフィアナを好きになったとか?」
「なんだ、気になるのか?」
「まぁ……はい……そうですね」
「じゃあ、私がどう思っているのか、妖精に聞いてみろ」
「うーん。それはできないんですよね」
「できない?」
リディを試すような高慢とも取れる態度のナルサスだったが、リディの回答が意外だったのだろう。途端に怪訝な表情になった。
「はい、妖精は見たものを伝えてくれるだけなので行動とかは分かるんです。でも人の心までは分かりません。その代わりですけど、占いで知ることはできます」
「占いか……面白そうだな。やってみろ」
リディは頷くと、持ち歩いている愛用のタロットカードを取り出した。
月「迷い」
金貨の騎士「迷い、曖昧な態度」
聖杯8「仕事に壁」
棍棒7「逆恋愛は白けムード、優柔不断」
棍棒6 逆位置 「熱意に欠けた恋」
魔術師の逆位置「どっちつかず」
これらのカードと他幾つかのカードからリディはカードの意味を読み解く。
「うーん、少し迷ってらっしゃる。多分ソフィアナが好きというより……他の条件で悩んでる感じですね。決め手に欠いているという悩みですね。違います?」
だがナルサスはリディの問いには答えず、笑みを浮かべてはいるが読めない表情でこちらを見ている。
リディは構わず続けた。
「仕事関連の課題が出ているので……この縁談で国政が絡んでいるのですね。もしかして……同盟的なもの……とか?」
「なぜそう思う?」
「これは私の推測も入ってますけど、他国の高位貴族を娶るメリットってお互いに利が必要ですよね。不可侵条約や交易の平等性とか……。だからその辺りかなと」
「なるほど、馬鹿ではないようだな。ではもしそうであれば……お前はどうする?」
「それも占ってみましょう」
さらにリディは二者択一の占いをする。出されたカードは女帝と吊るされた男だった。
それぞれ、女帝が「豊かさ、調和、女性」、吊るされた男が「試練があるが努力すれば報われる」を意味している。
「将来性を見るならば同盟をした方が益はあるかと思います。ここに女帝が出てます。これは女性の意味と、豊かさの意味を持つんです。だからソフィアナとの結婚は国に豊かさをもたらすと思います。でも、縁談を受けなくてもナルサス様の力で国を栄えさせる事も十分可能です。このカードは吊るされた男で、試練を意味しますが、必ず報われることを意味してます」
更にナルサス本人が現在どう思っているのかを知るために、リディはカードを捲った。
出てきたのは、「不信感」を表す剣の小姓逆位置、それに「強い意志」を表す皇帝だった。
「まぁ、ソードのペイジの逆位置や強い意志の皇帝が出ているので、ナルサス様はこの占いをあまり信じていらっしゃらないでしょうし。決めるのは自分であるという確固たる意志があるようです。まぁ、私のは参考までにという感じですね」
ここまでカードのリーディングをしてから、リディは温くなった紅茶を一口飲むと、ナルサスを真っ直ぐに見た。
そしてナルサスの金の瞳を見据える。
「ただ、これは個人的な意見なんですけど……もしソフィアナが好きじゃなかったら婚約はしないで欲しいです。ソフィアナには好きな人と婚約して結婚して欲しいです。貴族としては私の考えは間違ってるかもしれません。貴族として生まれたからには政略結婚も義務だとは思っていますけど……」
占いからも察せられたが、国の命運を左右するような決断について、リディの意見などナルサスにとっては取るに足らない戯言にしか聞こえないだろう。
「お前には関係ない」あるいは「お前如きが私に意見するのか」など、厳しい言葉が来るだろうとリディは覚悟した。
だが、ソフィアナの友人として、この思いを、願いを、伝えなければならなかった。
「ふーん。じゃあ、縁談は断ることにしよう」
「え?」
あまりに軽く返事されたので、リディは一瞬理解できなかった。
「どっか遊びに行かない?」「オッケー」くらいの軽いノリに感じる。
ポカンと口を開けてしまったリディに、ナルサスはクツクツと喉を鳴らして笑った。
「くく……お前のそのアホヅラを見るのは面白いな。私は別にあんなどこにでもいる女は好きじゃない」
(えー、あんなに美人なのに……どこにでもいるとか……)
「それよりもっと面白い女に興味が出た」
「そうなんですか」
「あぁ、お前といるほうが断然面白いからな。このままお前を国に連れて行くのも面白そうだ」
「わ、私ですか!? 国に連れていくとか……冗談ですよね?」
「さあ、どうかな」
ニヤリと笑うナルサスの顔は愉快そうだ。
まぁ、ナルサスの態度からすると明らかに冗談だろう。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「あ、そうですね」
ナルサスに促されてリディは席を立ち、一緒にカフェを出た。
「では、今日はありがとうございました。失礼します」
リディはこれでお役目御免とばかりにナルサスに挨拶して別れようとしたが、突然手首を掴まれ、後ろによろけそうになった。
「えつ?!」
「何を言ってるんだ。デートはこれからじゃないか」
「デート?」
「ああ、言っただろう。今日は付き合ってもらうと」
言ってた……確かに言っていたがお茶をするだけではなかったのか。
確かに嘘は言っていないのだが、予想外すぎる。
返答に詰まっているとナルサスがボソリと言った。
「傷害罪……」
「分かりました!! 行きます!」
こうして半ば脅されるようにナルサスとデート(?)をすることになってしまった。
※ ※ ※
ナルサス曰くデートというが、正直どうするのかリディには見当がつかない。
とりあえずナルサスについて行けばいいと思ってナルサスが動くのを待っているが一向に動こうとしない。
「あの、ナルサス様。えっと……どうされました?」
「どうとは?」
「動かれないので。どこか行くのですよね?」
「……お前の脳みそは鶏程度しかないのか?私は極秘で来ていて、かつこの国は初めてだ。ということはお前が私を案内するのが筋だろ?」
「……はぁ。じゃあどこか行きたいところはありますか?」
「デートなんだ。デートらしい場所に連れていけ」
確かに彼はこの街に詳しくない。
だから案内するのはやぶさかではない。
だが……デートらしいところがピンとこないのだ。
戸惑うリディにナルサスは呆れた声を上げた。
「はぁ?デートの場所も分からないのか?」
「すみません……縁遠くて。デートというものをしたことがないんです……」
「寂しい人生だな」
「ぐぅ……! 返す言葉もありません……」
自分でも悲しいが、デートらしいデートを前世でも今世でもしたことがない。