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ピンチです

黙っているリディに対し、ナルサスはさらに詰め寄った。

二人の間の距離がどんどん縮まっていく。


リディがナルサスを知っているのは彼が攻略対象であるからなのだが、そんなことは言えるはずもない。

故にそれらしい理由を述べた。


「ほほほ……ナルサス殿下は有名な方でいらっしゃいますから。もちろん皆知っておりますでしょ?」


ほほほとワザとらしい笑いになってしまったが、とにかくこのご尊顔が近づくのは避けたい。

あまりに距離が近すぎて落ち着かない。


だが、リディの言葉に対し、ナルサスは再びドンと壁を叩いた。

思わずびくりと肩が揺れてしまった。


「私がこのヴァンドール王国に来たのは極秘だ。しかも私はヴァンドールに来るのは初めてだ」

「はぁ」

「つまり、私の顔を知る人間はこの国には居ないということだ」


(そうなの!?)


その剣呑な瞳のままにナルサスがさらに迫る。


「私の命を狙う者か? 誰に雇われた? なぜ私を知っている。返答次第ではお前を殺す」

「えーと……」


ここで「貴方はゲームの攻略対象なんで知ってるんです」なんてことは言えない。

どう考えても頭のおかしい人間だと思われるだろう。


だが同じ頭のおかしい人間だと思われるならまだ妖精のお告げだとかの方がマシだろう。


「わ、私、妖精が見えまして、妖精が教えてくれたんです!」

「はぁ? そんな馬鹿げたことを私が信じるとでも思っているのか? ならば、相当めでたい頭の持ち主だな」


「やっぱりそうなりますよね……。では、ナルサス様の秘密を伝えたら信じてくれますか?」

「やれるならな」


生命の危機を感じ、リディは緊張しながらもナルサスの周りにいる妖精に小声で語りかけた。


(ナルサス様について教えてもらえないでしょうか?)


『ナルサスの秘密はー』

『ナルサスってばさー』


双子のような妖精が薄緑の羽をパタパタとはためかせて、リディの周りを飛びながら囁いた。


ただその内容は攻略対象のナルサスが持つ秘密としてはいささか驚きの事で、リディにはちょっと信じられない。


「えっと……金の目、綺麗ですよ?」

「は?」

「お嫌いなんでしょう?」

「……」


そう、ナルサスは自分の容姿が嫌いなのだった。


(モブキャラの私にとっては羨ましすぎる悩み!! 贅沢すぎだわ!)


などとちょっとむっとしたが、次に妖精が囁いたエピソードは少し微笑ましくて思わず笑ってしまった。


「あと、暗い髪を気にしてらっしゃるんですね。ふふふ……十四歳の時に魔術師に頼んで金髪に変えようとしたら失敗して緑になって怒られたなんて、ナルサス様可愛いところあるんですね」

「!?」


ナルサスの顔から先ほどの怒気は消え、代わりに驚愕とも唖然とも取れる表情になっている。


「これで……信じてもらえました?」

「……ふーん、お前、面白い女だな」


(乙女ゲームであるセリフだけどガチで言われると思わなかった……)


ナルサスはにやりと笑ってそう言った。


表情は先ほどとは打って変わり、何か興味深い物……いや、珍獣を見たような表情になっている。

そしてリディの頤に手を当ててくいと上向かせた。


「お前、私と来い。もう少し話がしたい」


すっと細められた目がリディを捕える。

それはまるで珍獣……もとい獲物を捕らえた捕食者の目だ。


それを見たリディは本能的に危険を察知した。


(まずい、なんか分からないけどまずい!)


ピキーンという音が脳内に鳴ると同時に、リディは渾身の力を込めてナルサスの手を振り払おうとした。

だが、勢い余ってナルサスの脛に蹴りを入れる形になってしまった。


ヴっと言ってナルサスが手を離した瞬間にリディはナルサスの束縛から逃れ、早口で捲し立てながら脱兎のごとく逃げた。


「えっ、えーと!! 人を待たせているので失礼します!!」

「あ! おい!」


ナルサスは脛に打撃を食らった痛みで歩けないようで、その場から動かずリディを呼び止める。


(逃げるが勝ち!!)


リディは後ろを振り返らず猛ダッシュで廊下を駆け抜けた。


短距離走さながらにドレスをたくし上げて走ったので、廊下ですれ違った女性が二度見している。


「おい、待て!」


チラリと後を見ればナルサスが追いかけてくるのが見えたので、リディはさらに加速した。


距離はあるがこちらはドレスだ。

だがもう形振り構ってはいられない。

髪が乱れていることや、およそ貴族令嬢らしからぬ形相でいることも理解しているが、捕まるわけにはいかない。


先ほどルシアンと別れた場所まで辿り着くと、そこには既にルシアンが戻って来て、リディを探しているのかキョロキョロと周囲を見回しているのが見えた。


「ルシアン様!」

「リディ、探した……って?」

「とりあえず逃げます!!」

「えっ?!」


リディはルシアンの腕に手を絡めてそのまま連行した。


訳が分からない様子のルシアンだったが、何か事件が起こっていることを察して、逆にリディの手を引いて走ってくれた。

やがて屋敷の外に出て、庭園の茂みに身を隠す。


「あいつ、どこに行った? ……見失ったか」


息を潜めていると、ナルサスの声が聞こえたが、やがてその気配は無くなった。

どうやら諦めて帰って行ったようだ。


「はぁ……居なくなりましたね」

「何があったんだ?」


リディがほっと胸を撫で下ろして見上げれば、ルシアンに抱き抱えられていることに気づく。


(ち、近い!!)


絶対顔が真っ赤になっているであろう。

さっきのこともあってリディは逃げるように飛び退いた。


とりあえずは月明かりだけが庭園を照らしているので、赤面中のリディの顔色までは見えないとは思う。

なんとか冷静を保ちつつ、リディは事の顛末を話した。


「実は……」


たまたまナルサスと会ったこと。


だがナルサスは極秘で訪問していたのでリディの言動を不審に思われて殺されそうだったこと……などだ。


「なるほどな。実は先ほど呼ばれた件はナルサスの話だったんだ。公にはされてないが極秘に入国した可能性があると。ただ行方不明というか……どこに滞在しているなどの情報はなくて。もし万が一彼に何かあれば国際問題だ」


「え……」

「どうしたんだリディ?」

「いえ、なんでもないと……思います」


(私、さっきめっちゃ鳩尾エルボーした上、脛蹴っちゃったよね?! 怪我とか……してないよね?!)


これで国際問題になったら冗談じゃすまない。

リディの鼓動が先ほどのドキドキとは違う意味で激しくなり、背中にも冷や汗が流れた。


(でも、ナルサスは私のこと分からないだろうし……)


リディは自己紹介をしていないし、自分程度の容姿の人間が記憶には残ることはないだろう。

なんせモブなのだから、その他大勢の夜会参加者の一人だ。身元がバレることはない……はずだ。


「でもナルサスがこんなところにいるとは、思わなかった」

「ですね……。でもなんで夜会に潜入のように参加してたんですかね?」

「そこは分からないが、ソフィアナとの縁談の件で来たのかもな。推測だが」


「ナルサスが現れたってことは、ルイスもナルサスもソフィアナを選ばない方法を早く考えなくちゃですね。もう無理かもですけど……」


ソフィアナはあれだけの絶世の美女なのだ。

男性が放っておくはずがない。


しかも相手は隣国の王子とこの国の王子なのだ。

侯爵令嬢との婚約は身分的にも問題ない。

「うーん、ルシアン様戦法が使えるといいんですけどね」

「俺の戦法?」


「ナルサスかルイスと婚約する前にソフィアナが婚約して公に発表しちゃえばいいんですよ! でもソフィアナの意志もあるので、誰かと無理に婚約させるわけにもいかないですし……」


「……リディはやっぱりこの婚約は無理矢理に感じてるよな」


「え?! そんなことはないですよ! 私はルシアン様との婚約は無理矢理とは思ってないですし。……前世持ち同士で共犯ですからね! そこは本当に気にしないでください」


「ありがとう」


ルシアンはリディの言葉に安堵しているようだった。


だが次にルシアンは謝罪の言葉を口にした。

それには少しだけ後悔が滲んでいた。


「さっきは悪かったな。その……自分勝手な言い分を押しつけて。あんたにはあんたの気持ちがあるんだし……それを止める権利はないよな。あんたを縛るようなことはもう言わないから」


「えっと……まぁ、誤解が解けたならいいです。こちらこそ不安にさせてしまってすみませんでした」


会場から連行された時のギスギス感も、その後の微妙な空気も今はもうない。

元通りのルシアンになっていたし、リディもようやく平静にルシアンの顔を見れた。


「そろそろ帰ろう」

「ですね」

「では、お手をどうぞ。お姫様」


甘く囁やかれ、そう優しく手を取られた。

そして二人並んで寄り添うように歩き出す。


(前言撤回! やっぱりドキドキする)


身を寄せた服越しの体温とルシアンの香りを感じ、リディの顔は再び熱を持った。

願わくば、この暗がりでそれがルシアンにバレないようにと祈った。



※ ※ ※



夜会からの翌日。


リディは朝食を終えて、ゆっくりと読書でもしようかというところで、差し出し人不明の手紙がリディの元に届いた。

薄ピンクのカードには花が添えられている。


(誰だろう?)


不思議に思いながらカードを開く。

するとそこには簡潔に一文だけが書かれていた。


――腹と脛が痛い。詫びに来れば不問にする――


そして、その簡潔な言葉の下に時間とカフェの名前だけが書かれていた。


(これって……絶対ナルサス様だよね)


昨日のルシアンの言葉が脳裏をよぎる。


『もし万が一彼に何があれば国際問題だ』


(……私のせいで国際問題!? え……私死罪とかなっちゃう?)


さぁっとリディの顔色から血の気が引いた。


(ヤバいヤバいヤバい!!)


「あらお姉様、どうなさいました?」


廊下でカードを見たまま硬直しているリディにエリスが声をかけてきた。

その言葉に我に返ったリディは何と告げればいいのかと一瞬言葉に詰まった。


だが、正直に話しても「ナルサスって誰?」となるだろうし、かといって隣国ギルシースの王子が来ていることは極秘なのだ。

正直にそれを言うわけにはいかない。


「えっと……昔の友人からお茶のお誘いみたいなの。ちょっと行ってくるね」

「そうなのですか?」

「じゃあ、行って参ります!」


(エリスちゃんごめん!)


心の中で謝ると、リディは取るものもとりあえずバークレー邸を後にし、急いで指定のカフェへと向かった。


カフェに着いたのは指定時間ギリギリだった。


王都でも割と大きめのカフェで、貴族御用達というよりは大衆カフェに近いため、老若男女問わず様々な風態の人で賑わっている。


リディは、時間がないため着替えなどまともな外出準備をせずに屋敷を出てきたので、貴族のご令嬢というより、少しオシャレした街娘な服装だ。

そのため悪目立ちしない格好なのでリディは少し安心した。


店内は四人掛け席と二人掛け席がメインで、トータル百二十席ほど。そのほとんどが埋まっている。


(この中からナルサス様を探すのか……どこにいるのかし……ら?!)


これだけの人混みなのに、まるでそこだけが異空間のように優雅な時間が流れているように錯覚した。

大きな窓際の席に座るナルサスは降り注ぐ光がスポットライトのように見える。


(さすがは攻略対象……目立ちすぎる!)


周りの女性達もチラチラとナルサスを盗み見している。

隣の席の二人組の女の子が顔を寄せ合ってキャーキャーと小さく叫んでいた。


そんなナルサスを見て一瞬足を止めていたリディに、ナルサスの方が気づいた。


「おい、こっちだ」


軽く手を上げたナルサスの視線の先にいるリディに、周囲の女性達の注目が集まる。


そして「なんだ恋人がいたんだ」「でも地味ね」などとヒソヒソ話しているのが聞こえた。


(うううう……ルシアン様といいナルサス様といい……本当、攻略対象の側に居たくない……。モブキャラなのになんでこうも関わることになっちゃうんだろう……)


「早く来い」

「あ、はい!!」


リディは慌ててナルサスの元に駆け寄り、彼の前の席に座った。


ウェイターがオーダーを聞きに来たので、とりあえずミルクティーを注文する。

そして、ウェイターが立ち去るとリディはおずおずと口を開いた。


「えっと……その節は失礼しました」

「ふーん、私がギルシースの王太子と知っての暴挙……何をされても文句は言えないよな」


明らかに怒っている様子のナルサスにリディは恐縮しきりである。どう言い訳して許してもらえるのか見当がつかない。


「可能な限りで私がやれる事はやらせていただきます」

「ふーん……そうだな……。ならキスするのでどうだ」

「な……!」


意外な要求にリディはギョッとした。

まさかこのイケメンからキスしろなんていう要求がくるとは思わなかった。


だがナルサスは楽しそうに口元をニヤリと歪めて笑った。


「どうだ?キス一つでギルシース王太子への傷害罪を免除されるんだ。やれるよな」

「……あの」

「なんだ?」

「それってナルサス様のメリットになるんですか?」

「は?」


「だってですね。ナルサス様にとって、こんな地味顔のモブキャラ人間とキスすることになんか価値があるのかと思いまして。むしろそうなると罰ゲームはナルサス様の方になるんじゃないでしょうか?」


リディが絶世の美女ならキスの価値もあるだろうが、自分のような平凡人間とキスするのは、普通嫌がるのではないかと素朴な疑問だった。


「むしろ好きでもない私とキスなんて気持ち悪くないですか?」


その言葉を聞いたナルサスはポカンとした顔をした後に盛大に笑った。


「ははは! お前、やっぱり面白いな。普通の女ならキス一つで許されるならするだろう。むしろ、無理に唇を奪おうとする女が多いのにな」

「はぁ……イケメンは色々大変ですね……」


「まぁ、試すようなことをして悪かった。この間私の情けない秘密を知られたんだ。このくらいの意趣返しは勘弁しろ」

「あの……それでは……許していただけたということでしょうか?」

「まぁ、焦るな。お詫びというならばお前の時間をもらおう」


意味が分からずリディは首を傾げた。


それを見たナルサスは頬杖をつくと、ぐっとリディの顔に近づいて覗き込むようにこちらを見たので思わずリディが仰け反ってしまう。

そしてナルサスは言葉を続けた。


「お前ともっと話してみたくなって呼んだんだ。今日は付き合ってもらうぞ、リディ・ラングレン」


捕食者のような不敵な笑みを浮かべてナルサスはそう言った。


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