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悪役令嬢ソフィアナ②

街はいつも通り長閑だ。


街の中心にある噴水公園を歩けば、所々に屋台が出ており、若いカップルが楽しそうにクレープを食べていたり、ベンチには老人が座ってコーヒーを楽しんでいたりしている。


そんな街をのんびり歩いているとやがてリディは目的の店へと辿り着いた。


店の入り口の大きな緑のドアの取手に手をかける。


ドアに嵌められたガラスには「ランベラス書店」の文字が。


中に入ると本屋独特の真新しい本の香りがして、リディは少しだけ息を大きく吸ってその香りを嗅いだ。


図書館の雰囲気や本の匂いも好きだが、本屋は古書とは違うそれがある。


「さて……えっと、あれは伝承の本に分類されるのかしら」


本日リディが探し求めているのはこの国における妖精伝説の本だ。


バークレー家の蔵書にあった妖精伝説の続編があることを知ったので今日はその本を求めに来たのだ。


ランベラス書店は王都の中でも二番目に大きい書店で、二階まで本がズラリと並んでいる。

もちろんそれだけの本を扱っているので、人もそこそこに入っている。


一番人が多いのは入口に置かれた売れ筋の大衆小説のコーナーで、その奥にミステリーや恋愛小説などの本を人が物色している。


リディの探している伝承の本が置かれているコーナーは店の奥の方に位置しており、人はいなかった。

さて、とリディは本の表紙を右から眺める。


「確かタイトルは……『妖精王とヴァンドール』だったかしら……」


リディは背表紙に「よ」の書かれている棚を見ながら進んでいくと、目当ての本があった。


(あ、これね。良かった、メジャーな本じゃないから売ってないかと思ったわ)


そう思ってリディが本に手を伸ばした時だった。

左からにゅっと手が伸びて同じ本を取ろうとしてその手が止まった。


「あ、すみません」


驚いてその人物を見るとそこに居たのはソフィアナ・ロッテンハイムだった。

意外な人物がいて、リディは瞠目してしまった。


どうしてこんなところにソフィアナがいるのだろうか。


先ほども言ったように伝承に関する本など人気がないためこのあたりの本棚には人がいない。


こんなマニアックな本を手に取ろうとした風変わりな人物がソフィアナであることに驚いたが、それはソフィアナも同様のようだった。


一瞬驚いた表情だったが、そこは淑女。すぐににっこりとほほ笑んだ。


立っているだけでスチルよろしく背景効果がかかったようで、本屋の一角が明るくなると錯覚するような妖艶で美しい笑みだった。


「あら? リディさんじゃありませんか?」

「ソフィアナ様……。どうしてこんなところに?」


そんなことを言ってからここは本屋なのだから本を購入しに来たことは一目瞭然で、そんなアホみたいな質問をしてしまったことに気づいた。


「あ、すみません。本を買いにいらっしゃったのですね。当たり前ですよね」

「気になさらないで。それより、リディさんは妖精に興味がおありなの?」


「はい。この本をお求めということはソフィアナ様もご興味があるのですか?」

「ええ……まぁ、そうなのだけど」


リディの質問にソフィアナは歯切れ悪く答えた。

そしてまたリディをじっと見つめた。


この間の夜会の時にも同じ視線を向けられたがなぜそう見つめられるのか分からない。

いや、ソフィアナは何かを言い淀んでいるように見えた。


「あの……」

「ねえリディさん。このあとお時間あります?」

「ええ。今日はこの後屋敷に帰って読書するだけですが」

「じゃあ、お茶をいたしましょう!」

「え?」

「さ、参りましょう」


戸惑うリディをよそに、ソフィアナはむんずとリディの腕を掴んで、半ば連行するように外に連れ出した。


(え? 何? どういうこと?)


リディは抵抗する間もなくソフィアナについて行くことになってしまった。


そして気づけばソフィアナが思いつめた顔でリディの前に座っている。

とりあえず状況が分からない。


ソフィアナとの接点と言えば、この間の婚約パーティーで一言挨拶を交わしただけである。

それ以前からルシアンとは交流があるようだが。


(……もしかしてソフィアナ様はルシアン様を好きだから私が邪魔だとか? そう言うお話かしら?)


リディの耳にもルシアンの恋人に関する噂話が入っている。


あれだけの美形なのだから女性が放っておくはずもないし、恋人の一人や二人いるのは当たり前だろう。


だが大抵の恋人の話は噂の域を出ていないし、なによりエリスが「お兄様に言い寄る女性は蹴散らしていますから! あんなのは噂です」と断言していたので、まぁ本当に恋仲になった人はいないのかもしれないが……


もちろん、噂の中にはソフィアナと恋仲だったという話もあった。


先日ソフィアナが悪役令嬢である話をした時、切なげな表情を浮かべたルシアンを思い出す。


やっぱりソフィアナと付き合っていたが彼女が断罪される可能性があるから別れたとかいう話で、その後に〝探し人〟と出会って彼女を好きになったのか?


リディとしては、噂など所詮噂に過ぎず、たいていは根拠がなかったり推測で流れるものなのであまり興味はない。


それにリディとルシアンの関係は、時に契約者同士であり、時に前世の話ができる仲間でもあり、親友であるだけのものだ。


そんな友人の域を出ない自分が、他人のあれこれを詮索するほど野暮ではない。


だが、この真剣なソフィアナの表情を見ると、やはりルシアンと別れてくれとかいう話なのかもしれない。


(うーん、別れろって言われても難しいわよね……だいたい私と別れてもルシアン様は「探し人」を好きなのだからヨリを戻せる可能性は低いだろうし)


どう対応すればいいのか少し考えたものの妙案は浮かばない。

たが、話だけは聞く必要がある。

憶測で悩んでも仕方ない。


そこでリディが口を開こうとした瞬間、ソフィアナが口火を切った。


「リディさん!」

「は、はい!!」

「リディさんは妖精を信じますか?」

「……はい???」


突然の話題にリディは何を言われているのか分からなかった。

いや、意味は分かるがなぜそのようなことを聞くのか。


「え、えぇ。信じてますよ」


(信じるも何も見えるからね)


「本当に本当ですか?」

「はい」

「リディさん……もし勘違いでしたら申し訳ないのですが、妖精が見えるなんてこと、ありませんか?」


思わず息を呑む。


この世界には妖精がいるのだが、見える人の話を聞いたことがない。


皆、お伽噺だと思っているし、妖精の存在を信じるなんて、前世で言うところの子供がサンタクロースを信じている程度のものだ。


大人になって妖精の話など馬鹿馬鹿しいというのがこの国の一般的な理解だ。


だから「はい、見えますよ」などと軽々しくは言えない。


前世でさえも霊的なものを見てしまい、友人に話せば胡散臭い者を見る目になるのだ。


だからどう返答すべきか悩んでしまった。


だが、目の前のソフィアナは至って本気の表情だ。

その菫色の双眸が嘘を見逃さないとばかりにリディを見つめる。

リディは観念して答えた。


「はい。見えてます」

「やっぱりそうでしたのね!! 良かったわ、私の勘違いだったらどうしようかと思ってましたの」


途端にソフィアナが晴れやかな顔で言うのでリディは面食らってしまった。

そしてソフィアナが少しリディに顔を近づけて話した。


「実は私も見えるのよ。と言ってもたまに光がふっと動く程度なのですけどね。この間の夜会で、リディさんが光に向かって何か話されていたように見えて……それで確認したかったの」


なるほど、それで何か言いたげな表情をしていたのか。


だがソフィアナが妖精が見えると言うカミングアウトにリディはまた驚いた。


「ソフィアナ様も妖精が見えるだなんて……初めてそんな方に会いました」

「ふふ。リディさんは妖精とお話ができますの?」

「そうですね。色々話は聞けます」


「まあ! ではあの三人のご令嬢の秘密はもしや……」

「はい、妖精から聞いたんです」

「妖精とお話ができるなんて素敵!」


その後はソフィアナとリディは妖精談義で盛り上がった。


今まで言えなかった秘密を誰かに話せる事は嬉しかったし、ソフィアナもまた誰にも言えずに悩んでいたようでお互いに秘密を共有できる人物に巡り会えた喜びを分かち合った。


それをきっかけにリディは様々な話をしてソフィアナと意気投合することになった。


「では、今度は我が家にいらして! 妖精の本がたくさんあるのよ! リディさんの探していた本もあるわ」

「本当ですか? 嬉しいです。是非!」


そうして次に会う約束をしてリディはソフィアナと別れた。


ルシアンに引き続き、秘密を共有できる友人ができたことを嬉しく思いながら、リディは屋敷へ向かう馬車に乗り込んだ。


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