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お悩み相談

バークレー家には立派な図書室があった。


歴代の当主や家族が思い思いに本を買って集めたものらしく、かなり雑多なジャンルの蔵書が揃っている。


リディは前世では電子書籍を読むことが多かったが、紙の本も好きだ。


独特の手触りや香りも好きだったし、何かを探すときにはページをペラペラめくったほうが早かったりもするので、好きになった本は紙媒体で集めていた。


今回はこの国の伝説というか、神話というジャンルに括られるのかは定かではないが、妖精について書かれている本を読んでいた。


「うーん、妖精は見えてもなかなか具体的な知識は無かったから勉強になったわ。物語的にも面白かったし、続きあるかしら?」


もちろんフィクションの部分は多々あるが、妖精の見えるリディにとっては「あぁ、そうそう」とか「なるほど、こういう妖精もいるのね」的な勉強になる。


リディは続編を読むべく屋敷の図書室に向かっていると、前方からエリスがやって来た。


しかし、いつもは元気に飛び回り、ともすればこちらに敵意(といってもささやかな感じだが)を向けている守護妖精が今は心配そうにエリスの周りを浮遊していた。


そしてエリス自身も心なしかしょんぼりしているようだ。


「エリス様、こんにちは。……あの、エリス様、どうされたのですか?」

「……どうって?」

「元気がないようでしたので」

「べ、別にそんなことありませんわ」


エリスがふいっと目を逸らす。

その様子からも明らかに何かあったようだ。


「お困りならお力になりますよ」

「困りごとっていうか……」


エリスは今度は力なく項垂れてしまった。


(うーん、確かに最近来たばかりの人間に悩み事を言うのは気が引けるものよね……でもエリス様の意気消沈ぶりを見るとこのままにするのも忍びないし……)


そう考えていると、エリスの守護妖精がリディの元へと飛んできて囁いてきた。


『貴女、私たちが見えるのよね?』

「あ、はい」

『じゃあ、力を貸しなさいよ』

「それは全然問題ないですよ。それでどうされたんですか?」

『実はね……』


小声で守護妖精と話すと、エリスの落ち込んでいる事情が分かった。


そこでリディはいつも仕事でやっているように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


なるべく警戒心を抱かせないようにしながらも、信頼を得て話を引き出すためだ。


「エリス様が悩んでいること、当てましょうか?」

「は? そんなの無理ですわ」


鼻から期待していない声でエリスは言うが、この手の反応は慣れっこだ。

だからリディはいつもの調子で話を続けた。


「そうですね……エリス様が悩んでるのは人間関係ですね。お友達……赤髪の女性で共通の家庭教師から学んだことが縁で仲良くなった方……。その方と喧嘩してしまったのでは?」


「えっ?! えっ?! な、何故そのようなことが分かるんですの?!」


「ふふふ、実は私には不思議な力があるのです。良ければ詳しくお話ししませんか? 解決法が分かるかもしれないですよ」


ただリディに借りを作るのが嫌なのかエリスは一瞬逡巡したようだ。

そこでリディはもう一押しすることにした。


「エリス様。実はルシアン様から大量のクッキーが贈られてきたのです。でも私一人で食べるのも大変なのです。ほら……太ってしまうでしょ? だから少しでも消費するのにお手伝いしていただきたいのですがダメでしょうか?」


「……そ、そんなに懇願なさるのなら、う、受けてもよろしくてよ」

「ありがとうございます!」


リディはそうしてエリスを自室に招いた。

そして部屋にあるハーブティーのストックを見る。

リラックスしてもらえるハーブティーを選んだ。


「貴女が淹れるの?」

「はい、家では自分で淹れるのが普通だったので」

「変な家ね」


「ちょっと色々ありまして。はい、どうぞ。今日はカモミールティーにしました。リラックス効果があるんですよ」

「……ふーん、いただくわ」


エリスは丁寧な所作でティーカップを持って一口飲んだ。

それ一つとっても絵になる。

そして、エリスは前に出されたクッキーを食べるとリディに話を促した。


「それで? 解決法って……なんですの?」

「実はですね、私は占いが得意なんです。仲直りのアドバイスができたらと思いまして」


「占い? そんなのあてになるのかしら?」

「でも、先ほどの指摘は当たりましたよね?」

「そ、そうね」


「当たるも八卦、当たらぬも八卦とは言いますが……かなりの的中率だと自負しています」

「そんなに言うのでしたら、やっていただいても結構よ」

「ありがとうございます」


リディはそう言って、タロットカードを取り出した。

それを見たエリスは興味深そうに言った。


「不思議な模様のカードね。トランプとは違いますの?」

「まぁ、トランプの原点になったものだと聞いてます」


タロットカードについて知っているかどうかは人それぞれだが、一般的には「運命の輪」や「恋人」といったカードを思い浮かべる人は多いと思う。


これらのカードはタロットの中でも大アルカナと呼ばれるものである。


実はその他に小アルカナというカードがあり、金貨、聖杯、剣、棍棒のカードがそれぞれ十三枚あるのだ。


この小アルカナがトランプの起源と言われており、金貨がダイヤ、聖杯がハート、剣がスペード、棍棒がクローバーに変化したと言われている。


まぁ、この世界ではタロットカード自体が存在しないため、前世の日本のようにトランプの根源になったかは不明ではあるが……


リディは前世の話は隠しつつ、少しばかりタロットの説明をしたのち、タロットカードをシャッフルし始めた。

そしてカードをめくる。


過去を見るとライバルの出現を示すソード(剣)のAの逆位置,嫉妬を示すペンタクル(金貨)の6の逆位置、その他いくつかのカードが出てきた。


「あら、お友達に別のお友達ができたという感じですね。そちらと仲がいいのでちょっと悔しい感じですね。お友達が取られてしまったと思っていらっしゃるのでしょう?」


リディの言葉は図星だったようで、エリスは一瞬はっとした後に、しょんぼりとした顔になった。


「そうなんですの……実は……ルイーズは昨日、刺繍の本を貸してくれるって言ってたのに、それを他の女の子に貸してしまったのよ。私の方が先に約束していたのに。それに最近はその子とばかり遊ぶし、彼女を優先するのよ」


ルイーズというのが先ほど指摘した赤毛の友達なのだろう。

エリスは今度は堰を切ったように話を続けた。


「酷いと思いませんこと! 親友と思っていましたのに!」


「確かに自分が蔑ろにされてしまった気持ちになりますね」


「そうなの。それで口論になってしまって、「ルイーズなんて大嫌い!」って言ってしまったのよ。そこからお互い連絡を取ってないわ。でもわたしは悪くないでしょ?」


「ですが、エリス様は罪悪感を持ってらっしゃるのですね。審判の正位置ですし……本当は仲直りしたいと思ってらっしゃるのですね」


リディの言葉に、エリスは小さく頷いた。

なるほど。

思春期のこの時期にはよくある人間関係のトラブルだ。


「わたし……もうルイーズと仲直りできないのかしら……」


少し涙声のエリスを見て、さらにリディはカードをシャッフルした。


結果としては「友情が育つ」という意味のカップ(聖杯)の2、

「トラブルの解決」というカップ(聖杯)の3、

「愛の復活」を示すカップ(聖杯)の5の逆位置が現れた。


「大丈夫です。ちゃんと仲直りできます。相手も謝りたいけどタイミングが掴めないようですね」

「じゃあどうすれば仲直りできるのかしら?」


「ペンタクル(金貨)のAですからプレゼントがいいかもしれないですね」

「プレゼント?」


その後もラッキープレイスを引くと太陽が出た。街角を意味するものである。

同時に時刻も占ってみた。


「明日の午後に買い物に出るといいと思います。彼女の好きなお菓子を買うといいですね。

偶然街角で会えると思うので、公園でそれを一緒に食べようと誘ってください」


「そこで謝ればいいんですの?」

「はい、そうです」


「えっ……で、でも……でもできるかしら……。それにすっごく怒っていましたのよ! 誘いに応じてくれるとは思えませんわ……」


いつも勝気な印象のあるエリスだったが、やはり人に負の感情を向けられるのは不安なのだろう。


ともすれば泣きそうな表情で小さく震えている。


そんなエリスの手を握ると、リディは真っすぐに目を見て話した。


「エリス様。占いは相談者の悩みに対するアドバイスはできます。ですがそれを実行するかは本人次第でなのです。例えば仲直りできるとカードが示しててもエリス様が勇気を出して声を掛けなければこのまま縁が切れてしまいます」


「それって占いは絶対じゃないってこと?」


「はい。人は『これは運命なのだ』と言いますが、運命というのはいくつもある選択肢のようなものです。それを選ぶのは自分自身なのですよ。占いはその中の選択肢を提示して、より良い方向を示すことはできます。ですがその選択をして結果を出すのは自分自身なのです。お友達を失いたくないなら勇気を出してみませんか?」


「分かったわ……あなたを信じて勇気を出してみるわ」

「はい! 頑張ってください! エリス様ならできますよ」


翌日の午後。

リディはエリスを見送りにエントランスにいた。


「リディさん、わたし変じゃないかしら? おかしなところはない?」

「大丈夫です! いつも通り可愛いですよ」

「あ、ありがとう。では……行ってきますわ!」

「はい、ご武運をお祈りしてます」


「よし!」と小さく気合を入れると、エリスはいつものように背筋を伸ばし、ピンクのフリルのついた日傘を片手に屋敷を出て行った。


(どうか、エリス様がお友達と仲直りできますように。妖精様、お助けください)


リディはエリスの後姿を見てそう祈った。



それから数時間後のことだった。

夕暮れ時になりリディは刺繍の手を休め、時計を見た。

そろそろエリスも帰ってくる時間だ。


(いい結果だといいんだけど……)


占いは絶対ではない。

九割大丈夫だと思っていても一割の不安がある。

それにルシアンのこともあって少しだけ自信が揺らいでいる。


その時だった。

急に廊下が騒がしくなったかと思うと、いきなりドアが開いてエリスが飛び込んできた。

マナーを順守するエリスが珍しい。


よほど慌てていたのだろう。


部屋へと駆け込んできたエリスはそのままリディに向かってくると、いきなり抱き着いてきた。


「え、エリス様?」

「……ったの」

「え?」

「仲直りできたわ! リディさんのおかげよ!! 本当にありがとう」


うれし泣きを始めるエリスを受け止め、リディはその髪を撫でた。


「良かったです。でも私のおかげではないです。エリス様が勇気を出して掴み取った結果ですよ」


リディがそう言うと、がばりとエリスは顔を上げると高揚した様子で赤い顔で言った。


「うううん、貴女の後押しが無かったら絶対行動できなかったわ。リディさん、いえ、お姉様と呼ばせていただきます!! わたし、一生お姉様について行きます!」


再びぎゅーっと抱きついてきたエリスにリディは少しだけ苦笑しつつも、美少女と仲良くなれたことを心から喜んだのだった。


だが、さすがはルシアンの妹であることを痛感することになるとは、この時のリディは知る由もなかった。

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