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推しについて語る彼女が僕の推し

作者: 六屋ミトラ

「あの闇が深い感じがいいんだぁ」


 目の前で嬉々としてしゃべる女の子。

 今、話題にしているのは、“千葉にある某夢の国の悪役をモチーフとしたゲーム”のことだ。

 その中に出てくる、海に住む双子のキャラクターが彼女の推しであり、その魅力を僕に対してあふれんばかりの熱量で伝えてくれる。


「分かる分かる、ストーリーも良かったし」

「だよね! わたしストーリー何周したか分かんないもん」

「ゆーちゃん、ハマった時の勢いがすごいよね」

「好きになると止まらなくなっちゃうの」


 彼女に感化されて僕もそのゲームを始めた。

 同じゲームのことを話せるのがよほど楽しいようで、笑顔がはじける。

 その笑顔を見られるのが、僕にとって癒しなんだよなぁ。


 対面で満面の笑みをたたえる彼女、ゆーちゃんこと由菜ゆなが僕の推しである。

 ちなみに、付き合っているわけではない。



 ***



 高校で同じクラスの由菜に話しかけようと思ったのは、ちょっとしたきっかけだった。

 彼女がバッグに付けていた缶バッジが、何かのアニメキャラクターのものだったからだ。

 勇気を出して、声をかけてみた。


「アニメ好きなの?」

「え、何?」

「いや、そのバッグの缶バッジが気になって」

「あ、これ? これは――」


 最初は警戒されたが、僕が同志であると分かると、次第に心を開いてくれるようになった。


 特に関心を持ったのは、彼女に好きなアニメを尋ねた時だ。

 少年漫画系のメジャーなタイトルの名前が挙がるのかと思いきや、“小柄だけど気の強いツンデレ系ヒロインと、目つきは悪いが心優しい少年が主人公のライトノベル原作のアニメ”だった。

 女の子でもああいうアニメを見るんだな、と印象深かった。

 原作者が女性だから、女性にも親しみやすい内容なのは確かだけれど。




 それを機に、お互いが好きなアニメやゲームを教え合うようになる。

 僕は人の話を聞くのが好きなタイプで、彼女が教えてくれる作品を積極的に視聴したりプレイしてみたりするようになった。


「昔の日本刀が擬人化してて、ゲームもアニメもあるんだよ!」

「あー、名前は知ってる。今度ゲームやってみようかな」

「うん! ショウくんもぜひ!」


 日本刀が男性に擬人化して、敵と戦いを繰り広げる作品。

 女性向けかなと思いつつゲームを始めてみると、これが面白い。

 “艦隊を集めるゲーム”もやっていたが、システムは割と似ているのですぐに馴染めた。




 ある時、上野の博物館に“三日月宗近”という刀が展示されるというので、二人で見に行くことになった。

 薄暗い展示スペースを進んでいく中、次の角を曲がったところにお目当ての刀が展示されていると分かると、彼女が急にそわそわする。


「あー、緊張する! あの角の先にいるんだよね」

「いよいよだね」

「ちょっと待って! 心の準備が……」


 君の推しは沖田総司の刀だって聞いていたけど?

 まあ、それでも初対面ってドキドキするものではあるよね。

 気持ちが高ぶる彼女を少し落ち着かせて、先に行こうと促すと。


「わぁ……本物だ」


 暗めの展示スペースに対し、刀身は光を反射し輝いていた。

 写真は確認していたが、肉眼で見るとこれほど美しいものだとは。

 由菜も目の前の光景に目を奪われている。

 “三日月宗近”をの当たりにした彼女の感動する姿を見て、心の底から来て良かったと実感した。


 この作品には結構ハマり、ゲームやアニメだけではなく、2.5次元の舞台やミュージカルも観劇したり動画視聴したりするようになった。

 それまで、2.5次元にはおよそ縁がなかったが、実際に観劇するとその臨場感や迫力に圧倒され、今まで味わったことのない感動を覚えたのだ。

 それ以来、“カッパになって尻子玉を抜いていく物語”の舞台など、他の作品も観劇するようになっていった。




 由菜とはカラオケにもよく行った。

 単に歌うためだけではなく、持ち込んだブルーレイやDVDをカラオケの大画面で鑑賞するためだったり、コラボイベントで限定グッズを手に入れるためだったりと、目的は様々だ。


 ある時は、“文豪の名を冠したキャラクターが異能力で戦うアニメ”の鑑賞会だった。


「待って! このオープニングめっちゃ好きー!」

「開始早々、最高潮じゃん」


 大画面の迫力に加え、大音量で部屋中が満たされ、テンションが上がりまくる由菜。

 彼女の推しは太宰治の名を冠したキャラと中原中也の名を冠したキャラだ。

 やはり、闇が深い感じのキャラが好きな彼女である。



 またある時は、“男性が各地域に分かれてラップバトルする作品”のコラボイベントでカラオケを訪れることになった。

 そこで、せっかくのコラボイベントなので、僕はその作品の歌を覚えてこの日に歌おうと画策していたのだ。

 ラップなのでかなり難しい曲が多いが、幸い歌うのは好きなので、頑張って覚えて現地で披露することにしていた。


「パパ ママ せんせ ガミガミおじさん――」


 由菜が、コラボイベントとは関係なく、“昔やっていた子供向けアニメ”の主題歌を歌っている。

 これはかわいい。最高です。


 彼女が歌い終わると、いよいよ僕のラップが始まる。

 ハイスピードで流れるリズムに、必死に歌声を乗せていった。

 そして、全力を出し切って歌い終わった後。


「おおー! この曲歌えるのすごいね!」

「いやー、途中で噛みそうになるし、大変だったよ」

「かっこよかったよ!」


 由菜にそう言われてドキっとする。

 普段、推しの方を見つめ続けている彼女が、少しの間でも僕のことを見ていてくれたのかと思うと、内心ガッツポーズしてしまう。


 その時、頼んでおいたコラボメニューのドリンクを持って店員が部屋へと入ってきた。


「お待たせしました。ご注文のドリンクです」

「ありがとうございますー」


 店員が二つ頼んだドリンクを我々の前に置こうとした時。


「えー、こちらのドリンクが彼女さんですか?」

「あ、いえいえー、付き合ってないです」

「あ、失礼しました……」


 気まずさを感じたのか、店員はドリンクを置いてさっさと出て行ってしまった。


 由菜が発した即座の否定の言葉を聞いて、僕は胃の中になまりでも入れられたかのような衝撃を受けた。

 いや、分かってはいたけどさ。

 改めて事実を突きつけられると、結構ダメージ受けるというか……

 顔に出さないように努めてはいるが、顔に出ていないかどうか自信はなかった。


 そんな僕をよそに、彼女は持参していた推しのぬいぐるみをコラボドリンクの横へ置き、写真を撮っている。


「さ、飲も」


 彼女はコラボドリンクを持ちあげ、飲み始めた。

 僕の胸中はどうやら露呈していないらしい。

 それとも気づかないふりをしている?


 それから、お互い曲を入れて歌唱を続けた。

 会話はなく、ただ相手の歌声に耳を傾ける時間。

 由菜の歌声を聞きながら、頭の中をある思いが支配していた。


 “彼女は、僕のことをどう思っているのだろう?”


 話が合う仲の良い友達。そこまでは間違いないとは思う。

 だけれど、それ以上については……

 彼女の推しはイケメンばかり。二次元なので当然といえば当然だが。

 そんな中に僕が入り込む余地はあるのだろうか。




 そういえば、以前こんなことがあった。

 二人で街中を歩いている時に、由菜がふと坂道系アイドルの広告の前で立ち止まった。


「この子、かわいい」


 おそらく独り言だろうけど、ぽつりと彼女がつぶやいたのが聞こえた。

 僕はアイドルには特に興味がないので、何の気なしに彼女の言葉に同調する。


「あー、確かにかわいいね」


 すると、僕の発言を聞いた彼女はなんだか不機嫌そうな様子になって、歩き始めてしまった。

 えっ、同調しただけなのに。

 確かに、隣の女の子を差し置いて、アイドルを褒めたことは軽率だったかもしれないが。


 もしかして、あれはヤキモチをいていた……?

 などと、男は割と都合よく解釈してしまう生き物である。

 勘違いであったとしても、その心地よい希望的観測に浸っていたい、というのが本音だ。

 結局、彼女の真意はどうだったのか、答えは分からない。




 由菜からおすすめのアニメを聞かれたので、僕はある作品を紹介した。

 この“手紙の代筆業を行う少女の物語”はライトノベル原作で、泣けると評判の良作。彼女もかなり気に入ってくれた。

 しかも、最終的にはおすすめした自分よりも彼女の方がハマるという結果に。

 そのアニメが映画化したということで、彼女から観に行こうと誘われることになった。


 館内に入って上映開始を待っていると、由菜が話しかけてくる。


「劇場版、かなり評価高いらしいね」

「そうみたいだね、号泣したらゆーちゃんにドン引きされそう」

「あはは、しないよー」


 とはいえ、あんまり泣きすぎたらかっこわるいので、気合いをいれる。


 だが。

 あかん、これは泣いてしまう。

 声を出すのはこらえるが、鼻水が垂れてくるのは止められない。

 周りの客席からも鼻をすする音が聞こえてくるので、この映画の涙腺破壊力は相当なものだ。

 そして感動のフィナーレ。文句なしの名作。

 上映後、お互いに映画の感想を言いながら帰路についた。


「ほんと泣けたよねー」

「いやぁ、ティッシュ使い切るんじゃないかと思った」

「さっきの映画みたいに、手紙で相手に気持ちを伝えるっていいよね。普段なかなか言えないし」


 由菜が夕暮れの空を見上げながらしみじみと言う。

 そんな隣を歩く彼女に問いかけてみる。


「手紙で気持ちを伝えたい誰かっている?」

「え? うーん……親とか、かな。ショウくんは?」

「僕は……ゆーちゃんかな」

「え、何で?」


 僕の言葉を聞いた彼女は、少し意外そうな表情を見せる。

 意を決して、次の言葉を紡ぐ。


「ゆーちゃんは、僕の推しなんだ。一緒にいると楽しいし、癒される。これからも推し続けていきたいな、と」


 日頃の思いを言葉に乗せる。彼女が少しでも喜んでくれれば。


 しかし、由菜は少しうつむきながら。


「嬉しいけど……それって、ちょっと寂しいかも」


 僕が予想していたような答えとは違っていた。


「私は推しが好き。これからも推し活していきたいと思ってるよ」


 そこで、彼女はこちらを見据えると。


「でも、推しって私にとっては憧れというか、近くで応援したいけど触れてはいけないような、そんな存在かな。ショウくんにとって私はそういう存在なの?」


 彼女にそう言われてハッとする。

 僕は由菜のことを推しだと思っていた。いや、推しだと思い込もうとしていた。

 そうすることで、自分の身を守ろうとしていたんだ。

 僕の気持ちを伝えても、受け入れてもらえないんじゃないかと恐れて。


 でも、思い込むのはもうやめよう。


「ごめん、僕が間違えてた。ゆーちゃんを推しだと思ってたのは僕の逃げだったんだ」


 これからは目をそらさずに、堂々と。


「ゆーちゃんを推しだと思うことで、今の関係が一番いいんだと、自分に言い聞かせてた。でも、もう逃げるのはやめるよ」


 これで二人の関係性が変わってしまうのだとしても。


「僕はゆーちゃんが好きなんだ。よかったら付き合ってください」


 僕の精一杯の思いを伝えた。

 由菜は僕の言葉を受けて、瞳を閉じる。

 やがて、両目を見開くと。


「ありがとう。……でも、これから次第かな!」

「え?」


 そう言って、由菜はさっさと歩き出してしまった。

 ん? チャンスつながったってこと? それとも遠回しに断られてる?

 あわてて彼女の隣へ追いついて表情をうかがう。僕に視線を合わせようとはしなかったが、その横顔はなんだか晴れやかだった。




 それから数日後。

 放課後に由菜が話しかけてきた。


「ねぇ、今度の日曜日、空いてる?」

「空いてるよ。……あ、もしかして、この前ゆーちゃんが言ってたアニメショップのコラボイベント? それとも原画展とか?」

「うんまあ、それもいいけど、そうじゃなくて……ショウくんが行ってみたいとこ教えてよ。いつも私が行きたいとこばっかりだし」

「え?」


 ポカンとする僕の様子に対し、彼女はしょうがないなぁ、といった感じで。


「だって、もう逃げないんでしょ? ショウくんのこと、もっと知りたいから」


 少し恥ずかしそうに視線を逸らす由菜。


 そういうことか。我ながら鈍いなぁ。

 この前の僕の告白は失敗というわけではなかったのか。


 二人で行ってみたいところというと……


「それじゃあ――」


 僕と彼女の関係は、新しい段階に入ろうとしていた。


ご覧いただきありがとうございました!

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