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#6.死線を越えて

 

 声の主は言った。


「同胞を虐殺せし大罪人どもよ。汝らに死の罰を与えん」


 明らかに今までのゴブリンとは違う、僕を見下ろすくらいに巨躯なゴブリンが巨大な棍棒を振り上げて迫ってきた。

 一歩踏み込んでくる度に地鳴りにも似た振動が地面を伝い、僕の腹底を冷やす。その地鳴りはまるで勝ち目がないことを否応無しに思い知らせてくる。


「なんなんだ、アイツは!?」

「あれは!? ゴブリンの最上位種、ゴブリンブッチャー! 好戦的で凶悪な恐ろしい魔物です!!」

「あれでゴブリンっ!!!??

 もはや、ゴブリン種じゃなくてギガント種くらいサイズがあるんだけどっ!?」


 緩んでしまった指先でクラウスを握り直し、玉砕覚悟を決める。

 とてつもない速度で迫り来る巨大な肉の塊を強く睨み、僕は駆け出した。


 ―――夏でも夜の風は冷たい。


「マスター、気を付けてください。ヤツは知性も高くなにを仕掛けてくるか分かりません!!」

「死ぬ気で止めてみせるッッ!!」


 大ゴブリンはそんな覚悟を嘲笑うかのよう僕の横を素通りしていく。


「なっ……!?」


―――くそ、やられた。そう思い、振り向いた時にはヤツはすでに二人のすぐ側まで差し迫っていた。

アナの悲鳴が静かな森に響き渡る。


「きゃあああああああああああ!!!!??」


ありったけの力で地面を蹴り上げて二人の元まで駆ける。棍棒が動けないリコとアナを目掛けて振り下ろされた。


「我らの痛みを思い知れ! 劣等種よぉお!!」

「させるかぁ!!」


――――――ガンッッ!!!!!


 間一髪、何とかゴブリンが棍棒を振り切るより先に間に割って入る。重たい一撃をなんとか受け止め、折れそうな膝に気合いを入れるよう歯を食いしばった。


「ぐぅうう……!!」

「ほう、我が一撃を止めるか」


 ヤツの攻撃の重さもさることながら、補助無しの力の行使で身体の節々が悲鳴を上げる。

 大ゴブリンは様子を見るようにして、一度大きく距離を空けた。

 どこからか、蛙の鳴き声が聴こえる。


「あの巨体でなんて速さだっ!!」

「純粋な格闘戦だけなら全種族でも指折りの強さを誇り、英雄ファフニールでさえ、苦戦したほどです!

 真正面の肉弾戦を挑んだ場合は、武装した一個師団ですら蟻を踏み潰すかのように蹂躙するほどの戦闘力がその魔物にはあります!!」

「そんなにヤバいヤツなのか。

 いよいよ焼きが回ったって感じだな、そいつは――……」


 僕の背中を冷や汗が流れる。身体の痛みが吹き飛ぶほどに心臓が高鳴った。

 こちとら生憎と、その肉弾戦しか取り柄がない訳で話を聞くだけでも完全に負け戦と分かってしまう。

 本当に魔術なりなんなり使える手は学んでおくべきだったな―――と、今さら思っても後の祭りとはこのことだ。


「二人を守りながらだと分が悪いな。

 勝てるかは分からないが、こっちから攻めるしかないか……」


 満身創痍で動けそうにもない二人を確認して呟くよう一人ごちた。

 クラウスを握り、両足で余すことなく地面を踏みしめる。バタバタと吹く風がほほを撫ぜ、ケモノ臭い匂いと焦げ付いて燻るあの独特の匂いが鼻をさす。

 やることは決まった。

 後は思い切り良く行くだけだ。

 焼かれたゴブリン達の最期を思い出し、アイツをアッチに蹴落とすか僕が落ちるか、それだけの話。


 やっぱり、夏といっても夜風は冷たい。


「―――だぁあああっっ!!」


 乾坤一擲、渾身の力で駆け出し、僕の姿を目で追うゴブリンが捉えきれないくらいの速度で回り込んで飛び上がる。剣先に全身の力を乗せてゴブリンの後頭部めがけて切っ先を振り下ろした。


「驚いたぞ、人間の戦士にこれほどの強者がいるとはなぁ!!」

「もらったあああああっっ!!」


 無防備に晒された醜く歪な後頭部に剣が届いた。


「……だが、甘い!!!!!」


 ―――そのはず、だった。


 ヤツは僕の想像を遥かに超える速度で反転すると、僕の剣閃をあしらうように払い除けた。

 払われたクラウスが甲高い音を立てながら視界の端に飛んでいく。

 握り込んだ覚悟が両手からすり抜けると、僕は真っ白な頭でクラウスの行く先を追った。


「―――なっ!??」

「視界から消えて致命打にしやすい後頭部を狙うなどハウンドでも出来ることよ」


 狩る側から狩られる側へと立場がひっくり返った時、僕は初めて死ぬことを怖いと思った。

 ゴブリンブッチャーの鋭い眼光に凄まれ、底の浅さを見透かされたような気がした。


 一秒が長い―――……。


 無防備になったこの体にヤツの圧倒的な暴力がやって来る。

 ああ、あんなので殴られたら痛いんだろうか。

 散々とゴブリンを斬った僕は斬られたアイツらの気持ちを考えながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる野太い棍棒を眺めた。


 ―――ゴキンッ!!

 ――――ベキベキベキベキベキベキッッ!!!!!!


 僕の体にゴブリンの凶悪な棍棒がめり込み、体中から聞いたこともないような異音が鳴る。


「がはっ!!?」


 ゴブリンの振りかぶった棍棒で為す術もなくリコとアナから遠ざけられる。

 吹き飛ばされた身体は千切れそうなくらいに振り回され、地面と空をぐちゃ混ぜにして地面を転げまわる。

 味わったこともない痛みが込み上げると、口の中に生臭い何かが充満する。

 辛うじて生き残った。生き長らえてしまった。

 そう思ってしまうくらい残酷で美しく、それでいて真っ当すぎるほどに正しいこの世界にある唯一無二の決まりごとに頭を押さえつけられ、無性に泣きたくなった。


 ―――強いヤツが狩って弱いヤツは狩られる。


 今まで大した怪我を負うことも無かった半端に丈夫な体のせいで即死出来ずに恨めしい。

 呼吸を忘れるほどの恐怖が僕の頭の上をよぎった。


(こんなの、理不尽じゃないか―――……)


 痛みを感じるどころか、恐怖なのか死の間際の所為なのか、身体中の感覚がない。

 ヤツはすでに勝ち誇った顔で揚々と講釈をたれ始めた。


「お前たちの戦い方は我が同胞のおかげでしっかりと観察させてもらった。

 そっちの青いメスはずいぶんと戦い慣れしているようだったがお前は力任せに暴れていただけだろう?

もう1匹の黄色いメスの補助がなければ、お前など話にもならん。

 褒めれるところは種族離れした身体能力だけだな」


 それでも、痺れて動かない体でゴブリンを睨む。

 響く地鳴りがゆっくりと近づいてくる。

 その後ろにまだ動けそうにもない彼女達がいる。

 僕は死に体のぼんやりとする頭でリコに語りかけた。


(リコ、ヤツが僕に注意を向けてる隙に二人で少しでも遠くに逃げるんだ!)

(ですが! アナタを置いてはいけません!!)

(どのみち、僕はダメさ……もう指一本も動かないんだよね……)

(…………わかりました。アナさんは必ず私が逃がしてみせます)

(頼んだよ、リコ……)


 僕達がそんなやり取りをしてる間、ゴブリンブッチャーは僕の息の根を止める為、こちらに向かって悠長に歩みを進めていた。

 見下したようなその態度に僕は怒りを覚え、ヤツの舐め切った視線をふつふつと煮立つ感情で見返す。


「ほう、まだ挫けてないとは……いい目をしている。

 相手が悪かったな、誇り高き戦士よ」


 せめて、彼女たちが逃げれるように―――……と、僕は時間稼ぎするようヤツに話しかける。


「なぜ、お前たちはここまで来たんだ?」


 ゴブリンが振りかぶる棍棒の手を止めた。

 どうもこのゴブリン、語り癖があるらしい。なまじ通常のゴブリンよりも頭が良い所為か、語ることが好きなようだ。

 肝心なところで間抜けなヤツめ―――と、やり返した気分で少しスッキリする。


「お前たち人間は侵略者だ。

 我ら亜人種を虐げ、住処から追い出し、あまつさえ数多の同胞を虐殺してきた。その報いだよ」

「ゴブリン達だって僕らを襲うじゃないか」

「里を焼かれ、ふるさとを追われ、森に身を隠して怯える者たちの気持ちを考えたことはないのか?」

「なるほどな。それでお前はゴブリン共を率いて復讐しにきたって訳か。

 アンタ以外は全滅しちゃってかわいそーに」


 ゴブリンは明らかに遺憾そうな面持ちを浮かべる。正直、ゴブリンの顔なんて見分けもつかないが、眉にシワを寄せてればきっと怒ってるんだろう。


「復讐などではない、これは聖戦だ!」

「聖戦?」

「我らの王が立ったのだ。我ら亜人種を統べる冥賢者殿が決起したのだ!」

「王……?」

「そうだ。この世界を食い潰す人間どもを皆殺しにするため、各種族の長達が号令をかけ、人間という穢れを浄化する時が来たのだよ!!」

「そいつはずい分とまあ、大層とご立派なことですね。恐れ入りました」

「狩られる側になった気分はどうだ? 人間よ?」

「さあ? 僕にはよくわかんないね!」


 ゴブリンは再び棍棒を振り上げて言った。


「私は王の名のもとに義勇兵を集い、里を取り戻す為に立ち上がったのだっ!! 震える足で戦う覚悟なき貴様などに負ける訳がないのだ!」


 圧倒的な圧力を持つ鈍器が僕の頭を目掛けて振り下ろされる。あんなので頭を潰されたら物凄く痛そうだな――…とか考えていた。


(くっ……もうダメか……)


 ピクリとも動かない体に観念して目を閉じた。


(もう、諦めんのかよ?)


 どこからか声が聞こえる。


(手を貸してやろうか、兄弟?)


ファフニールが楽しそうに笑った。


(ファフニール、この体でなにが出来るって言うんだ? 指先ひとつ動かせないぞ?)

(役者交代だ! お前に力の使い方を教えてやるよ!)


 ファフニールに体を明け渡すと、心臓が破裂しそうなほどに跳ね、黒い炎が全身を覆う。

 黒炎に焼かれた体は嘘みたい軽くなり、痛みがまるでない。

 体が僕の意志とは関係なく跳ね上がり、棍棒が鼻先を掠め、地面を砕いた。

 自分の体なのに自分の体じゃない、そんなふわふわした感覚に戸惑う。


(この感覚、よーく覚えておけよ!)

(まるで夢を見ているようだ……)

(お前の体は概念になっちまってるからなぁ!!

 俺様が代わりにあの肉ダルマを駆除してやんよぉおお!!)

(どういう理屈なんだ? あれだけの重傷が一瞬で治るなんて?)

(細けぇこたぁいいんだよ!!)


 ファフニールとそんなやり取りをしながら、バックリと割れた地面を見やった。頭の上に落ちて来なくて本当に良かったと胸を撫で下ろす。

 急に動き出した僕にゴブリンが困惑した声色で言った。


「まだ動ける余力があったのか」

「ああ、ピンピンしてるぜぇ〜?」

「貴様、治癒魔法でも使えるのか?」

「んなわけねぇだろ! 出来んならとっくにやってんよ、ばーか!!」

「ならば、貴様のその力は一体……!?」


 ゴブリンが驚嘆の表情で僕を見る。

 やっぱり急に傷が癒えたらゴブリンから見ても超常現象なんだろうか。


「それよかよぉ、覚悟がどうとか聖戦がどうのだとか……お前、バカじゃないのか?」

「貴様ぁ! 散っていった同胞達の魂を愚弄するといのか!!」

「単細胞を見てると胸くそ悪くて寝覚めが悪いったらないぜ、ったく……」

「なんだとっ!?」

「お前、オシリスに踊らされてんだよ。

 あのクズがいちいち下等種のことなんか考えると思ってんのか?

 だとしたら、おめでたいお花畑だなぁ!!」

「おのれぇ!! 冥賢者殿までコケにするか、劣等種よ!」

「ばーか。原罪なんてヤツらはテメェのことしか考えてないっつーの!!」


 怒りに震えるゴブリンが棍棒を振り上げる。轟音と共に飛来するソレを難なく避けてあくびを一つ。


「おっさん。アンタ、語りすぎなんだわ」

「侮辱に侮辱を重ねおって!! 我らの悲願を軽視するようなその態度! 許さんぞっ!!」

「ケッ! 知るかよ、んなもん!

二足歩行の魔物が人間みたいなこと言ってんじゃねぇよ、バカバカしい……」


 その言葉で激昂したゴブリンの激しい乱撃が紙一重で僕の体を掠めてく。怒涛の連撃をことごとく躱されたゴブリンは先ほどまでの余裕もなく、激情に任せて声を荒げた。


「貴様ぁ!! さっきまでの動きと全然違うじゃないか! 俺を侮っていたとでもいうのか!!」

「ざんねん、その読みはハズレだ。

 アンタ、頭に血が上りすぎてんだよ」

「くそっ……、くそ! くそぉおお!!」


 ゴブリンの放った大振りの一撃を難なく避けて大きく距離を空けると、ヤツは高ぶる瞳でこちらを睨め付けた。

僕はその目を睨み返し、左足を思いっ切りに踏み抜く。

足元の地面が抉れるように割れ、全てを浄化する青白い獄炎が火を噴く。そのまま、右手で体を引き絞れるだけ引き絞った。


「目ん玉ぁ、かっぴらいてよーく見とくんだなぁ! 俺が英雄!! 俺がこの世界の猟犬だ!」


 右手に突き刺すことだけに特化した武骨な赤い槍が握られ、ソイツをありったけの力でぶん投げる。

左足の先から腰を伝い、右肩で加速させた手首から放たれる一撃は超音速となり、必滅の赤い矢は投擲される。


「穿てっ! 全てを討ち滅ぼす蒼穹(グングニル・ドボルグ)!!」


 投擲された槍は青白い炎を纏いながら標的に向かって飛来する。


―――ヒュンッッ!!!!


 赤き矢は反応も出来ない速度でゴブリンの胸に突き刺さり、深々と食い込んだ槍から迸る蒼炎が巨大な体を侵食し、その皮膚と肉を焼き焦がす。


「―――ぐぁぁああああああ!!!??」


 やがてゴブリンの体は蔓延した炎に食い荒らされ、痛みにのたうち回るヤツの断末魔が小さくなっていく。そんな光景を後目にリコたちの元へと近づき開口一番、こう言った。


「おい、リコ! 誰があんなヤツに苦戦したことがあるって?」


 僕がそう言うと、リコは目を丸くして僕の顔を見た。


「まさか、アナタは?」

「ご名答、今はちとこの体を借りてるぜ」


 彼女は困惑しながらも、僕を見ながらどこか懐かしい思い出を捜すように尋ねる。


「ファフニール、どうして?」

「甘ったれのガキに英雄の力を教えてやったのさ」

「あの頃のアナタなのですね、英雄だった頃の」


 怜悧だった顔は甘ったるく崩れ、むず痒そうにはにかんだ。僕は居心地悪く頭をかいてそっぽを向いた。


「よせよせ、俺はもうただの怨念だぜ?」


 横目で彼女の様子を窺うと、リコはうるむ瞳で僕の顔を見上げていた。なぜか、心がチクッと痛むのを感じた。


「それじゃあ、またいつか……だな」

「ええ、また会える日をお待ちしております」


 ファフニールの意識が抜けた感覚あり、急に身体の力が抜けると全身に痛みが走った。

 思わぬ激痛にもんどりを打ちながら地面に寝転がる。


「イテテ……身体がぁっ!?」


 身体が引き裂かれそうなほどの痛みが体を襲った。少し前まで死にかけたことを思い出し、筋肉痛を酷くしたような何とも言えない痛みに生きてる実感が込み上げてくる。

 どうにもならない状況に一時はどうなるとかと思ったが、ファフニールのお陰で無事に乗り切ることが出来た。

 そう考えると、この痛みも満更でもない。


「ハァ……ハァ……くっそ、死にそうだぁ!!」

「あれだけの出力で力を行使したのですから当然ですよ、マスター」

「ファフニールめぇ! 人の体だと思ってやりたい放題やりやがってぇ〜!!」

「そういう人なんです」


 そんな文句を吐き捨てる。辛うじて動いた首だけをゴブリンに向け、事切れる始終を見送った。


「こんな、こんなところで終わるのか―――……我らはただ故郷で暮らすことを夢見たかっ…………た―――……」


 ゴブリンは最後の言葉を言い切るか言い切らないかのところで力無く首を転げる。

 綿毛のような白い光の粒が空へと散っていき、東の空は群青に染まる。


 僕達三人は白む空をただ見つめて、ようやく身体が動くようになったところでゴブリンブッチャーの遺したバカでかい棍棒とアイツのサイズには不釣り合いな耳飾りを拾い上げる。


「耳飾りか、見た目に反してオシャレだったんだな」


 耳飾りがほんのり光ったような気がしたその時、ゴブリンブッチャーの記憶のようなものが耳飾りから溢れ出て、脳裏を駆け抜けた。




 ――――――――――――――――――――――――――――――



「これを君に……」

「まあ、ありがとう」


 ゴツゴツとした手の中にある小さな耳飾りを小さなゴブリンに手渡した。


「人間はこういうものが好きらしい。今日襲撃した集落で見つけたんだ」

「そう、なのね……」


 小さなゴブリンは俯き、その耳飾りを悲しげな声で握り締めた。

 僕の目を通して見るゴブリンブッチャーの記憶はその感情も共有させるのか、僕の胸に泥だんごをぶつけてシミを付けた。


「本当は我々と人間、争わずに暮らしていけたらよいのだが……なかなか上手くはいかないものだな…………」

「そうね、いずれそういう日が来ると思うわ」


 おそらく話してるゴブリンはメスのゴブリンだろう。彼女は励ますよう大げさなほど明るい声で語りかけた。


「私は知ってるわ。アナタは一族のみんなに争わず分かり合うべきだと投げかけてることを!

 アナタは優しいひと、本当は誰よりも戦うことが嫌いなのよね」


 僕は座ったまま、机に置かれたコップに注がれた水を飲み干す。やるせない気持ちを吐き出すように言った。


「だがしかし、屈強な俺が戦いに出なくてはみなが死んでしまう。

 俺がみなを、一族を守らなくてはならない。

 我々は戦うしかないないのだ、今までそうだったように……これからも…………」

「その辛さを肩代わりしてあげることはできないわ……ごめんなさい……」


 彼女の指がコップを握った手にそっと触れる。彼女は僕の胸の中に頭を預け、寄り添うようにその温度を分け合った。


「ありがとう、キミが居てくれる。それだけでも俺はずいぶんと助かっているよ」

「私にはこれくらいしか出来ないから……」


 暖炉の爆ぜる音がパチパチと聞こえる。見上げる彼女の額に僕の額をコツンと合わせて、それが堪らなくくすぐったくて思わず笑ってしまう。

 僕は立て掛けてあった棍棒を持って彼女に視線を送る。

 視線が合った彼女ははにかみながら頷いた。


「この棍棒を持つ者の責任として、一族の誉れであるこの棍棒に誓い、次の世代に禍根を残さないような未来を作りたい!!」

「ええ、そうね! あなたの作る未来が私の夢だから!!」


 彼女の笑顔を残したまま、視界は暗転し、景色が変わる。


 ―――ガサガサガサッ!!


 僕は背の高い茂みの中に隠れる。身体中に突き刺さった矢を抜きながら息を整えるようにして肩を上下させた。


「……ハァ……ハァ……!!」

「居たぞっ!あっちだ!」


 大勢の人間らしき集団が森のあちこちを走り回ってる。人もゴブリンも怒号が止まない。

 やり過ごしたことを確認して深く懺悔する。

 この目蓋の裏に焼き付いた待ち伏せしてやられていく仲間達の最後を思い出して嗚咽する。

 散り散りになった残りの仲間達は無事なんだろうか?

 そんな想いで固く目を閉じた。


「すまない、みんな……俺は守れなかった……」


 たぶん、人間の集落を襲撃しようとしたが失敗して返り討ちにあったのだろう。

 ゴブリン達に同情する気持ちと人間としてみた時に報いを受けて当然だと思う気持ちの相反する二つの感情に心の内側をぐちゃぐちゃに掻き回される。


「今回は数が多すぎた……やはり、人間と争うべきではないな……」


 息も絶え絶えに体を引きずる音がする。

 荒い息遣いだけが鼓膜の奥で響いた。

 森を抜け、ゴブリンの集落まで戻ってくる。白煙と黒煙が入り交じり、あちこちから火の手が上がっていた。

 散々と人間の集落を襲撃した報いが最悪の形となって僕の身に降りかかる。


「ああっ……!! うああああああ!!!!」


 荒い息遣いは一直線にあるところへと向かう。

 向かった先に消えかけた火がくするぶる暖炉と小さな耳飾りだけがあった。


「ぅう、うあああああっっ!!!!!!」


 怒号が僕の耳をつんざいた。少し焦げ付いた耳飾りを必死に拾い上げ、村を捨てて走り出す。

 僕を殺そうと群がる人間達を棍棒で薙ぎ払い、ヤツらが追って来なくなるまでひたすら走り続けた。


「許さぬ、絶対に許さぬっ!

 絶対に許さんぞぉおおおおお!!!!!!

 劣等種どもがああああああああああああああぁぁ!!!!!!!」


 深い憎しみと怒りが伝わってくる。




 そして、景色はまた暗転していった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――



「今のは……いったい……?」


 暗転した視界が明瞭になり、リコとアナの二人が立っていた。

 短くも長い記憶の旅が終わり、やるせない気持ちが込み上げる。


「どうされたのですか?」


 二人がきょとんとした表情で僕を見た。そんな様子を見るにほんの僅かな時間の出来事だったのだろう。


「わからない。この耳飾りに触れたらゴブリンの記憶みたいなものが急に頭の中に流れ込んできたんだ」

「強すぎる思念にファフニールの力が反応したのだと思います」

「後味が悪い、まるで悪夢だ……」


 僕は鬱屈とした気持ちでリコ達と森を後にした。


ハジメマシテ な コンニチハっ!



高原律月です!


竜の魔女6話ですー!

ここまでで序章になります。

投稿ペースにすでに陰りが見えております(笑)


それでは、また次回〜 ノシ

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