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#5.ゴブリン掃討戦

 

「―――うっ!?」


 目を覚ますと見慣れた自分の家に居た。

 少し頭がボーッとする。明瞭さを得ないまま、幼なじみを見やった。

 アナは心配そうに僕を覗きこみ、意識を取り戻した僕を見るなり安心したように胸を撫で下ろす。


「よかった、急に倒れたからどうしたのかと……」

「アナ! リコが危ない!!

 さっきの感覚同調でリコは大勢のゴブリンと戦っていた!!!!」


 目が覚めた僕はぼやけた頭を叩いて勢い良く飛び起きた。


 ―――ゴブリン達の声はまだ聞こえる。


 説明もそこそこに家を飛び出そうとするとアナが僕を押さえ込むようして抱き着いた。


「えっ!? それって、この村も危ないじゃない!!

 ダメよ、行っちゃ!!

 ロイだって危険な目に遭うじゃない!!!!」

「村の人達に避難するように伝えてくれ!

 僕は行く! 彼女が待っているんだ!!

 勘違いかもしれないけれど、僕を待ってリコは一人で戦っているんだっ!!!!」

「熱くならないで、ロイ!

 アンタ一人に何が出来るっていうのよ!!」

「僕には英雄の力がある。いまこの力を使わなくてどこで使うっていうんだよ!」


 幼なじみの制止を振り切って表に出ると彼女が呼び止めた。


「待って! 私も行く!!」

「危険だ、キミを連れていく訳にはいかない!」

「この村が焼かれるくらいなら私も戦う!!

 それに、私がいなきゃアンタまたケガして帰ってくるじゃない?」


 覚悟を決めた彼女の青い瞳が真っ直ぐに僕の目を見抜く。

 こうなったアナは意地でもやり通す。

 いつだってその姿を見てきた僕は諦めて彼女に言った。


「無理はするなよ、ヤバいと思ったらすぐに逃げるんだぞ?」

「それはお互い様でしょ?」


 アナを先に走らせて、僕は村長に事の顛末を説明し、みんなで逃げるよう伝えた。

 愚行を止める村長の言葉を無視して西へと走る。

 ―――時間が無い。リコはあれだけの数のゴブリンを相手にしているんだ。

 彼女がいつゴブリン達に殺されてもおかしくは無い。

 踏み出した右足で強く踏み込むと、尋常じゃない速度で体が加速する。

 そう時間もかからず、僕はアナに追いつく。


「アナ!!」

「ロイ、今のところはゴブリンもここまで来てないわ! きっと、リコさんがまだ頑張ってるんだと思う!!」

「そうだな! 急ぐぞ!!」


 僕達は走りながら会話を交わし、村の外れ付近までやって来る。


「うっ、また声が聞こえる……!!」

「そんな状態で戦えるの?」


 アナが泣き出しそうな顔でこちらを見やる。僕は響く声を押さえ付けるようして言った。


「泣き言なんて言ってられないからなっ!!」


 村を出て西の森に向かう途中、いくつかの物陰が見えた。

 あの大きさ、恐らくゴブリンだろう。

 クラウスを握ると、風に乗った草木の青臭い匂いが僕達の鼻まで届く。

 鮮明に聴こえたゴブリン達の声が現実となって僕の足にまとわりつき、幼なじみが悲鳴にも似た声を上げる。


「もう、こんなところまで!?」


 僕はなるべく声を低くして落ち着いた口調で彼女に声をかける。


「アナ。ゴブリンの攻撃パターンは分かるか?」


 アナが一度、大きく深呼吸して目を閉じる。

 僕も彼女に合わせて深呼吸した。


「ふぅ……基本は武器による近接戦よ。ただ亜人種の中でも比較的知性があり、コミニュティを形成して生活しているわ。

 中には弓を使ったり、魔法や罠・奇襲を仕掛けてくる個体もいるわ!」

「さすがだな! 頼りになるよ!!」


 誰よりも多く本を読んできたアナがさすがの知識でゴブリンの行動パターンを教えてくれた。

 もう一つ、気がかりなことを尋ねる。


「アナ、索敵は出来るか?」

「得意分野よ、任せて!!

 周囲10mくらいなら索敵の範囲ね!」


 それだけの広範囲をカバーしてくれるなら僕が出過ぎさえしなければ不意打ちされることもないだろう。


(英雄の力で大幅に身体能力が底上げされた今の僕と僕にないものを補ってくれるアナ。僕達なら上手くこの事態も対処できる!)


 そんな根拠の無い自信に溢れ、竦んでいた足の震えが止まる。


「そうか、なら任せた。

 アナは念の為に少し離れていてくれ!

 僕は先手必勝で仕掛けるッッ!!!!」

「ロイの負荷は私の神聖魔法で軽減するわ。やれるか分からないけど多分だいじょうぶ!」

「助かるよ、思いっきり暴れてくるっ!!」


 僕は地面を蹴り上げる。一足飛びでゴブリンの群れまで飛び込み、瞬く間にクラウスの切っ先が届く距離まで詰め寄った。


「悪いな、お前達の進軍もここまでだ!!」


 僕は握った剣を迷いなく振りかぶる。


「くらえッッ!!」


 ゴブリン達は機先を制された突然の急襲に反応間に合わず、無防備な身体を晒して泣き喚く。


「ニンゲンっ!? ナゼダ……!!」

「僕たちにも守らなきゃならない暮らしがあるんだぁあああ!!!!」

「ヤメロ!! シニタクナイ、シニタクナイッ!!」

「死にたくないなんてお互い様だろっ!!」


 手前にいたゴブリンに向けて剣を振り下ろす。払った切っ先から噴き出る青い爆炎が残りのゴブリンも焼き焦がしていく。

 地面を焦がす何とも言えない匂いに胃の中の物が込み上げそうになる。


「―――イギィイイイイッッ!!!!!??」


 汚い阿鼻叫喚のうめき声が僕の脳みそを掻きむしった。

 ちょっと遅れてアナがやってくる。

 一息入れると彼女は言った。


「すぐ近くには他のゴブリンは居ないわ。

 今のところはこの群れだけね!」

「もし、森を抜け出たゴブリンがいたら?」

「私とお師匠様で割と広範囲まで作成した結界があるからすぐに分かるよ!」

「なら、僕たちのやるべきことは可能限り数を減らすことか」

「そうね、多少の数なら大人達も迎撃できるはずよ」


 再び森に向けて走り出そうとした時、アナが叫ぶ。


「待って!」

「どうした?」


 半身前に踏み出した足を引っ込めて彼女の方を向く。少しだけ前にいる僕の耳にも嫌な風切り音が届いた。


「避けて、ロイ!! 1時の方向、何かが飛んできてる!」


 アナの言葉と同時、半身を捻るとほほを矢が掠めてく。かすり傷から血が垂れ、切り口がヒリヒリと痛んだ。


「……危なかった」

「伏兵がいたようね」

「距離は?」

「分からない、索敵魔法の範囲外にいるみたい」

「適当に突っ込んでくる!」


 僕は矢が飛んできた方向に向かって全速力で駆け抜ける。

 森の近く、背丈の低いゴブリンが隠れるには充分すぎる茂みも多い。急速に流れていく視界の中、ゴブリンの姿を見落とさないよう注意を払う。


(クソッ! 自分の走る速度が速すぎて反射が追い付かない!!)


 僕はよくよく目を凝らしながら伏兵を捜して、辺りを駆けまわる。


「ん? あれか?」


 僅かな月明かりに照らされた動く何かを見つけ、そこに向かって一気に加速する。筋が千切れそうになるくらい思い切りに踏み出すと、風が鼓膜を揺さぶった。


「いたぞっ!」


 不意に影が大きくなり通り過ぎてしまったが、無理やりに切り返す。逃げる影を追い回し、月夜に照らされた神剣を銀色に煌めかせた。


「そこかぁっ!!」

「ヒィギィィイイ!!!!」


 逃げるゴブリンを背中から袈裟がけに切り捨てると、ずぶりと湿った音が静かな森の裾野に響く。ゴブリンは糸の切れた人形のように地面を転がり、ほどなくして消滅していく。


 ―――首元に冷たい刃先を突きつけられた気がした。


 消えてくゴブリンを見ていた僕は我に返る。


「コロス……!!」


 後ろから聴き取りづらい声が聞こえ、反射で振り返った。

 ギラついた刃物を持ったゴブリンが鋭い殺意を刃先に込めて飛びかかってくる。

 内心肝を冷やしつつ、鋭利な刃先を躱して高ぶる瞳を睨み返した。


「ナゼ、ワカッタンダッ!!!?」

「どーも、おあいにくさまでした!!」


 ゴブリンの奇襲を避けざま、横にしたクラウスがゴブリンの肚にめり込んでそのままゴブリンを切り裂いていく。背丈のある草ごと刈り取られたゴブリンが無念そうに断末魔を上げる。


「――――グギィィィッ!!!!」


 二つに割れたゴブリンが空に解けていき、僕を殺す為に握っていた刃こぼれの酷い短剣が転がり落ちる。

 所々が錆びているのは血のりの所為か、はたまた手入れが悪い所為か―――……どちらなのかを推し量るには余りにもお互いを知らなさすぎた。


「こんなの、気が狂いそうだ……」


 戦場に来たんだと戦く恐怖やモンスターとはいえ言葉を理解出来てしまう生き物を殺してしまった罪悪感よりも――…死地に興奮して高ぶる自分が嫌で仕方ない。

 転がった短剣を見なかったことにするよう蹴り飛ばし、アナの元まで走った。

 アナと合流して森の中までやって来る。

 一段と大きくなった悲鳴と怨嗟があちこちから聴こえ、僕の頭を更に熱くさせる。

 これはきっとリコが戦っているゴブリン達の声なんだろう。

 圧倒的強者に狼狽し、死の恐怖に怯え、それでも憎き敵を討たんと己を奮い立たせる悲壮な覚悟はむしろ僕に残っていた甘さをかき消した。


(コイツは生き残りを賭けた戦場なんだ! 僕がやらなきゃ、いけないんだ!!)


 そうやって無理にでも自分を納得させる。クラウスの柄がひしゃげてしまうくらいに強く握り締めた。


「ロイ、リコさんはどこ?」

「なんとなくの感覚だけど、こっちだ!」


 声が大きく聴こえる方を指し示して僕達は真っ暗な森の中を駆ける。

 道中、何体かのゴブリンに襲われたが、あしらうように叩きのめす。


「ロイ、本当にすごく強くなったね」

「なぜかは分からないけど体がよく動くんだ。恐怖とかも全然感じない……僕にも分からない……」


 いつからだろう、蹴り上げた土の匂いも溢れ出る汗の匂いも鼻先に嫌というほど纏わり付いていたというのに―――、今は何も感じはしない。


「まるで、そう―――。英雄というよりも一方的に蹂躙する凶悪な王様ね。

 余りにも一方的すぎて、こっちが悪者の気分よ……ホント……」


 アナの泣きそうな声が心地良くって罪が軽くなってく気がしたんだ。

 ずっと握り続けている指先がじんじんと痺れる。


「アナがかけてくれてる補助のおかげかもね。いくら体に無理をかけても全然疲れないんだ」

「今だけは優しいアナタを忘れていいわ。

 そんな泣き出しそうな顔をしないで、私はアナタを責めたりなんてしない。

 ね? そうでしょ?」


 そんなに僕の面構えは酷かったのか、アナの言葉に救われたような気がした。


「なんかさ、青い炎が爆ぜる毎に自分が歪んでく気がするよ」

「あまり酷使しないでね」

「ああ、気を付けるよ」


 遭遇するゴブリンの数が増えてく度にリコの感覚が近づいていく。

 激しい物音と狂ったような怒声を掻き分けて森の中心部までやって来る。

 青髪の少女が体中にすり傷を作り、森を埋めつくような数のゴブリンと戦っていた。


「はぁ……はぁ……」


 ゴブリン達は距離を詰めようともせず、リコを取り囲んで数で押していた。

 僕達に気が付いた彼女はヒザを折り、剣を支えにしながらこちらを見た。


「リコっ!!」


 僕が思わず叫ぶと彼女は悲痛の表情を浮かべる。


「マ、マスター!? なぜ、来たのですか……!」


 僕とアナは勢いのままゴブリンの群れに突っ込み、リコの元へと駆け寄る。息を切らした彼女は精神力を支えにボロボロになった体を辛うじて立たせる。


「なんで言ってくれなかったんだ!!」

「それは、その……」


 疲労で倒れそうなリコにアナが治癒魔法をかけるとリコの顔に血色が戻っていく。

 息が落ち着いてくると彼女は言った。


「あの日、行きずりの私を助けたいと言ってくれた優しいアナタにこの声を聞かせたくはなかったのです。

 こんな地獄のかまどの中にアナタをくべたくはなかったんです。

 それなのに、なぜ来てしまったんですか?

 もう後戻りなんて出来ないんですよ?」


「僕達は運命なんだろ? だったら信じろよ!!

 あの夢で会った時から僕達は運命を共にしたハズだ!

 キミ一人を戦わせる訳にはいかない。

 僕だって戦わなくちゃって思ったんだよ!!」


「ああ。あの子達もきっとこんな気持ちだったのですね……今なら分かる気がします……」


 淡い光で輝きを取り戻した美しい赤の瞳が呆れたように僕達二人を見た。


「それにアナさんもついて来ると思ってました。

 巻き込む訳にはいきません、アナタはそんなことも分からずに突っ走って本当に大バカ者です」

「そこは……その……」


 僕が言い返す言葉を探して言い淀んでいると、アナがリコに問いかける。


「なんで、そう思ったの?」

「女の勘ってやつです」


 そうこう話してる間にもゴブリン達はじりじりと詰め寄ってくる。

 醜悪で汚い、何とか言葉として聞き取れる程度の音を吐き散らし、その包囲網を狭めてはケタケタと笑い転げる。


「コイツら、ビビってるクセして強がりやがって!」

「マスター。口調がずい分と荒っぽくありませんか?」

「こう見えて、ケンカになると頭に血が上りやすいタイプでね。

 というか、こんな状況で優等生やってんだったらこんなとこに居やしないさ!」

「ロイはね、意外と喧嘩っぱやいのよ。

 いつも傷だらけでさー、ホント参っちゃうわ!

 治癒してあげる方の身にもなって欲しいわー」


 全快したリコは意気軒昂と立ち上がり、黒の剣先を振るう。黒剣の妖美な刃が月光を反射して、長く青い髪が夜空を彩る星のようにキラキラと輝いた。

 そんなリコの立ち姿は神話の世界を鮮やかに縁取る強く美しき戦乙女達の逸話に違わず、理外にある妖艶さを怜悧で荒涼とした横顔に纏わせ、冷徹に微笑んだ。


「戦乙女の本懐は死地に舞い降りてこそです!

 戦場を駆け、戦士の首をはね、その魂を!!

 冥府へと送り届けて差し上げます!!!!!!」


 一気呵成に荒々しくゴブリンの群れに踏み込み、リコが吠える。


「父から譲り受けしレーヴァテインの斬れ味をお見せいたしましょう!」


 彼女がゴブリン達に臆することなく突撃したと思った刹那、振り上げられた黒剣は暗闇に融ける。無数の斬撃がひらひらと踊り、無量のゴブリン達をなで斬りにしていく。


「―――たぁぁああああああああぁぁ!!!!」


 彼女の流麗な剣技は凄まじく、ゴブリン達が次々となぎ払われていく。敵の数を物ともせず斬り伏せてくその様にアナが感嘆の声を漏らした。


「す、すごい……!!」

「アナさんの神聖魔法が効いているみたいです。体がとても軽くなりました」

「戦乙女の名は伊達じゃないってことね〜」


 見惚れるように呆けていた僕も戦列に加わり、押し寄せるゴブリンの波を押し返す。ぶっ続けで僕達をサポートするアナが少し気がかりだが、見たところまだ余力はありそうだ。


「まったく、戦乙女っていうのはつくづく化け物だな」

「マスターの近くにいることで肉体の制約が解放されて身体能力自体も上がってます!」


 僕の力任せの剣さばきに比べて彼女の剣技はとても美しく無駄がない。

 横目にリコの様子を見ながら圧巻の体さばきに舌を巻く。


「それにしても、数が多い。

 叩き切っても次から次へと湧いてきますねぇ」

「同感だ。減ってる気配がまったくしないぞ」

「ロイ! リコさん! どんどんゴブリン達が集まって来てるよ!! このままじゃ、ジリ貧になっちゃう!」


 群がるゴブリン達は死んでいく仲間の屍を踏み越えて僕達の首に鎌をかける。ひんやりとした死の圧に固唾を呑んだ。


「ムダダ。コノママ、オシツブシテ……コロシテヤル……!!!!」


 リコは何かを感じ取ったのか、突然と空を仰いだ。


「……アナさん、余力はありますか?」

「ええ、まだ余裕はあるわよ?」


 唐突な問いかけにアナが戸惑いながら頷いた。


「そうですか。でしたらマスターに全力で神聖魔法をかけてください!」

「リコさんは?」

「奥の手を使いますっ!!

 権能を全開放するのでマスターの体力が心配です」

「分かったわ!」


 アナが今度はしっかりと頷き、それを見たリコは大きく息を吐き出した。


「主よ、その奇跡を今ここに……」


 リコの体が神々しく煌めき、暗い空を割って差し込む天上の光が青昏れの乙女に降り注ぐ。

 木々がざわつくと僕の心も騒ぎ、"特大の何かが来る"そんな予感に思わず祈りたくなってしまう―――。

 すぐそこまで迫ったゴブリン達も感じ取ったのか、怯むように後ずさりした。


「集え、御魂よ……集え、万物の声よ……」


 彼女は何処からともなく現れた大きな旗を左手に掲げ、神話の姿そのままで青絹の髪をなびかせる。


「我が号令を聴け、叫べ! 勝利の凱歌を謳え!」


 天から差した光の柱が大きくなっていく―――。


主の御業、天上の鐘は(ミルミュール・)いま(デ・)鳴り響く(フルール)!!」


 僕達を包んだ暖かな光がゴブリン達を寄せ付けない鉄壁の盾となってその波を押し返す。

 リコはそのまま言葉を重ね、右手に握られた神性を宿す黒き剣を掲げる。


「彼の黒焔でゴブリン達を焼き払います!!」

「彼?」

「英雄ファフニールの獄炎です」


 彼女は黒剣をヒュンヒュンと鳴かせながら地面に突き刺し、地面をすり潰すようにして両足を踏みしめる。


「喰らいなさい、魂を焦がす黒き焔よ……灼きなさい、冥府より出てし地獄の叫びよ……血と血交わり、総てを燃やせ! 焼き殺せっ!!!!!!!」


 リコが痛苦に耐えるように口の端を歪めた。

 彼女の右腕を食い破るように黒き炎が湧き出ずる。


冥府より這い(ラ・アンフェール・)出てし、黒き竜(ノワール・デ・)の咆哮(フランム)!!」


 光をも飲む漆黒の業火は荒ぶる魂の咆哮となり、軍勢を成した醜悪な亜人種達を食い荒らさんと襲いかかる。

 穢れた魂の形をした黒の火焔はゴブリン達の魂を劣悪に喰らい、彼らは灼熱で出来の悪い人形のように歪み、火燐となって昇華していく。

 猛ける黒炎が揺らめくと戦乙女は悲痛な叫びを上げ、黒い炎はその悲鳴を燃料にし、また燃える。

 生きているかのように這いずる獄炎が灼熱焦土の煉獄をこの地に産み落とす。


「あああぁぁあああああああっっ……!!!!」


 吹き荒ぶ炎嵐がゴブリン達を飲み込んで灰燼に帰していく。激しい黒焔が雄叫びを上げる度、リコが痛みをこらえるように髪を振り乱した。


「ぐぅううああああ!!!」


 辺りを焼き潰していた黒き衝動が終息すると、僕たちの周りを残して草木一つも残さない焼き野原が広がった。

 何かに足首を引っ張られたような感覚があり不意に足元を見やる。灼けてチリつく足元にゴブリン達の怨嗟が纏わり付いたような気がした。


「――うぐっ!?」


 リコが右手を押さえながらうずくまる。慌てて駆け寄った僕達は彼女の右手を見た。


「リコっ!?」

「だい、じょうぶ……です…………右手が少し灼かれただけです……」


 彼女の右手はうっ血したように青黒く変色していて、リコは詰まった息を苦しそうに吐き出した。


「くっ……!!」

「ホントに平気なのか!?」


 ゴブリンの魂と共に己自身も焼かれた彼女が大粒の汗を垂らし、痛みに耐えるよう必死に口びるを噛み締める。


「アナ! なんとかならないのか!?」

「ダメよ! これ、神聖魔法が効かないっ!」

「良いのです、彼が呼ぶんです。

 この黒焔が、彼の憎悪が、その怒りが私の魂を灼いているのです。

 しばらくすれば収まりますのでご安心を……」


 荒く絶えだえだった息が少しづつ落ち着いてくると、彼女はぽつりと言った。


「さすがに御業の二連展開は堪えますねぇ」

「とてつもない破壊力だな」

「あの黒焔の全開放は私にもコントロール出来ないので先に結界を内と外に張ってから使わせてもらいました。下準備が必要な大技です」

「おかげでゴブリン達が跡形もなく吹き飛んだよ」


 どれほどに痛むのか、血の気がしない顔色をした彼女は痩せ我慢するかのよう力なく微笑む。


「結界内にゴブリン達が集まってくれるのを待っていたんです。

 かなり苦戦しましたがこの手しかなくて……」


 リコの右手に広がっていた青黒いアザが段々と引いていく。まだ痛みがあるのか、右手が震えていた。


「アナも凄いな。昼間はあの程度の炎で立てないくらいクラクラしたのに、あれだけの黒焔をリコが出しても全然平気だ」

「まあ、おかげさまで立ちくらみして今にも倒れそうだけど、ね……」

「お疲れさまっ!」

「もうこれ以上は、むりぃ〜……」


 アナがへたりこんで大きなため息をもらす。僕も薄くなっていた酸素を目いっぱいに吸い込んで安堵するように吐き出した。






 ――――――二万の軍勢がよもや、人間三匹程度に全滅させられるとはな……。




 不意に聞こえた野太い声に僕たちの空気は張り詰めた。

ハジメマシテ な コンニチハ!


高原律月ですっ!


竜の魔女第5話になります。

世界観とかの説明が多く、セリフが長くなりがちですね……( ̄▽ ̄;)


とんでもなくどーでもいいことをここでひとつ。

前回、世界観が北欧神話ベースと言いましたが割とアイルランド神話形態やギリシャ神話、聖書的な部分も見受けられる気がしてきました。

つまり、全部のせのデラックスウルトラスペシャルサンデー状態です(笑)


考え方というか、思想は東洋神学的な部分が強めでギミックは西洋神学みたいななにがなんやらお祭りですねw


あと、幼なじみちゃんが有能になってしまった……ポンコツンツンのチョロイン枠にしたかったのにぃ。゜(゜´ω`゜)゜。


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