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#4.ショータイムの始まりだ

 

「リコさん、遅いね」

「ああ」


 幼なじみが心配そうに尋ねる。


「心配?」

「ああ……そうだね……」


 リコが森に向かってから数時間が経った。

 夏だというのに辺りはもうすっかり暗く、それほどの長い時間が経過したということだろう。


「さっきから生返事ばっかり、どうしたの?」

「ちょっと前から呼びかけているんだけど、まったく返事がないんだ。

 この辺に危険な魔物はいない。

 いないから問題ないって分かってはいるんだけど」

「ロイ……」


 何度か例の力でリコに連絡をしているのだが、一向に返事が返ってこない。

 暖炉で燃える薪木がパチンと大きく爆ぜた。

 嫌な予感に胸がざわつき、次第に呼びかける頻度が増えたが、上手く行ってるのかさえ分からない。

 心配する僕がよほど憔悴して見えたのか、向かいに座る幼なじみが何か気の利いたことを言いたげにソワソワとする。


「あっ! そだ!」

「ん?」


 何かを閃いたのか、アナの表情はパッと明るくなり、前のめりで僕に尋ねた。


「精神の同調がどうとかってやつ、ほかに出来ることないの?」

「というと……?」

「居場所が分かるとかー、なんかそんなん!」

「ふわふわだなぁ」


 彼女の要点を得ない質問に僕はリコとの会話を辿りながら、何かヒントになりそうなものはないかと探してみる。


「私にはよく分かんないし! けど、一般魔法の仕組みで言えば、魔法を行使する時は契約した精霊と魂の交信をすることで力の一部を使役させてもらう訳でしょ?

 私なんかは精霊と同調することで視覚の共有なんかも出来るけど、ロイ達の契約はちょっと違うのかな?

 会話ができるくらいなんだから視覚の共有とか居場所の探知くらい出来そうなんだけどなぁーって」


 彼女が言いかけたところで、僕はリコの言葉を思い出す。

 彼女は視覚の共有も出来ると確かに言っていた。


「それだ! さすが天才っ!!」

「えへへー」


 アナは精神年齢と言動がちょっとアレだが、村では将来を期待されるれっきとした天才魔法師だ。

 特に神聖魔法や精神魔法系統に精通しており、高レベルの精霊を同時使役することが出来るのはこの村周辺だと彼女の師匠である神父様くらいのもので、その神父様も素質で言えばアナの方が数段上と語るほどにその才覚は認められているところだ。

 この幼なじみ、バカと天才は紙一重を見事に体現したような人材である。


「僕は魔法のことはからっきしなんだけど、具体的にはどうしたらいい? やれることなんて、火をポッと出せる程度なんだけど……」


 逆に僕にはそんな才能は欠片も無く、低位の精霊を使って種火を出すくらいしか出来ない。

 アナのように魔術理論だが、神学だが、哲学だかを学んでおけばよかったなあ。と、少し後悔する。


「もはや、ポッというレベルじゃないけどね。魔術師が見たら発狂するレベルで高次元のことやってるからね?」

「そうなのか。僕でも火起こしの種火を出せる程度には出来てたから爆炎を出すくらい普通だと思ったよ」


 彼女は呆れたように大きなため息を吐き出した。紙と鉛筆を人の家の棚から勝手に取り出して説明を始める。

 なんで場所を知ってんだよ。とかツッコミたい所だが、彼女とそういう会話をしてると一向に話が進まないのは目に見えているので止めておいた。


「いい? 魔術ってのは普通は代償が必要なのよ?

 例えば、火を出そうと思ったら燃料になるものや火を起こすために消費されるエネルギーがあるからこそ精霊が助けてくれるの。

 ロイのは根幹からおかしいわ、何もないとこから構築するってのは神がやることよ」

「ごめん、どゆこと?

 この絵の意味がまず分かんないんだけど? ここに書かれてるのは黒魔術の儀式かい?」


 紙に描かれたのは、人の形らしきものをしたよく分からない魔獣が2匹。石ころみたいなのを幾つか持ってるやつと生首みたいなものをぶら下げたやつが魔法陣の上で何かをしている。

 よく見ると、片方は羽みたいなのも生えているっぽいが線がうねうねしていて毛束にしか見えない。


「はぁ? なんで分かんないのよっ!!」

「これ、化け物2匹が石ころと生首を持ってるようにしか見えないんだけど!!」


 彼女が顔を赤くして机を叩く。


「ち、違うわよ! おバカ!!

 分かりやすいように人同士で交渉してるとこを書いたのよ! これは石ころと生首じゃないわ!! お金と商品の入った袋よ!

 見て分かんないの!? あったま悪いわねぇ!!」

「じゃあ、なんで牙と羽が生えてんだよ! おかしーだろ!!」

「笑顔よ! 羽はこの人を精霊に置き換えて分かりやすくしたのよ!!」

「変なディテールにこだわるから余計におかしくなるんだろ!? 魔法陣だけ妙に上手いのが余計に不気味なんだよ!!」

「きぃいい〜!! 人が親切にしてるのにぃ!」


 ほら、やっぱり脱線した。

 半泣きの彼女を宥めながら話を元に戻す。


「ごめん、僕が悪かったよ。

 つまりだ。魔術ってのは原則として等価交換で成り立っていて魔術を使うには対価が必要。

 僕の青い炎は元手がないのに商品だけ受け取れるのがおかしいってことかい?」

「そう! それが出来るのは神様だけよ!!」

「なるほどなー」


 話の大筋は大体分かった。この絵は何度見ても黒魔術の儀式にしか見えないが―――。

 僕がその絵を白い目で見ていると、アナは紙をくしゃりと丸めて隠した。


「そゆのを学問的に突き詰め、一生をかけて理論式を構築してる人が居るのにアンタときたら、よく分かんないけど出来た!でやっちゃうんだから発狂もんよ?

 真面目にやってる人に失礼だと思わない?」


「ふむふむ、よく分からん」


「私の神聖魔法も無から有に転じるという意味では似たようなものだけれど、神聖魔法は神や事象と精神に対して多角的な解釈で御業を理解することで発現させるものなのよ。だからこそ、結果の因果逆転は引き起こせても物理的なものを創り出すなんてことは出来ないのよ! わかった?」


「よけいにややこしくなったんだけど……?」


「当たるはずのものを避ける、あったはずの傷をなかったことにするなんていうのは結果を捻じ曲げてなかったことに出来るけども、流した血は体に戻ったりはしないし、当たるという因果を捻じ曲げるには避けれるという状況を強制的に引き出す必要があって――……あー、ダメダメっ!!

説明すると、どんどんややこしくなるぅー!」


「おい! 今すごく失礼なこと考えてるだろ!?」


 アナがバカを見る目で頭を掻きむしる。思わずツッコミを入れてしまうが、咳払いを一つして真面目に答えた。


「んーと、状況を作り出せそうな理論があれば結果だけを引き起こせる、みたいな?」

「そうそう! 剣が胸に刺さりそうでもこの人が手を滑らせたら当たらないな……って感じのやつを具体的に立証していくことで強引に結果を作り出せるの!」

「それって、めちゃくちゃ思考速度が高くないとやれないね!」

「その為に日頃から事象の観測と理論の構築をして因果を紐解いている訳ですからっ!」


 得意げな顔で偉そうにふんぞり返る幼なじみが妙に腹立たしかった。


「アナって、あたま良かったんだね〜」

「きぃー! バッカにしてぇ!!」

「ついでに聞くと、魔法師と魔術師の違いは?」

「魔術師は拗らせたリアリストよ。彼らは論理的かつ合理的にしか物事を捉えられないわ」

「魔法師はお花畑のロマンチストってこと?」

「言い方が悪いわっ! 私たち、魔法師ってのは起きるべき結果を追求することより神さまの加護を信じているの! より良い結果を願うことでみんなを幸せにすることが大事なのよ!!」


 段々と話の論点が逸れていき、ハッとした僕は慌てて話を戻す。


「物好きのうんちくを聞いてる場合じゃなかった!

 そんなことより、どうやったら精神同調できるんだ?」

「ア・ン・タ・ねぇ〜!!」


 彼女は静かに立ち上がり、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。

 幼なじみに小突かれる前に慌てて言い直した。


「アナが頭良いのは分かったからさ! 感覚を共有するってのは、結局どうやるんだい!」

「さっきの話の通りよ!」

「そんな話どこにもなかったぞ!?」

「そうだっけ? まあ、いいわ!

 要するに、リコさんがどの辺にいて何をしているんだろうっていうのを具体的にイメージしていけば、ぼんやりと感覚が浮き出てくると思う。

 リコさんの感覚が掴めたら自分がその感覚の中に入ってくようなイメージをしてみて。

 おそらく私たちが精霊と行う契約より高位な次元の契約だと思うから、それくらいの感覚でもやれると思うわ」


 アナが呆れたような口調で教えてくれたやり方でリコを探してみる。


「西の森か……あの辺に道があって、この辺りに大きな木がある。夜だから月明かりで見えるのはこの道くらいかな……」


 僕はよく歩く森をイメージしながら頭の中で散策をする。


「どう? なにか引っかかるものはあった?」

「あっちになにかありそうな気がする。ここを左に入ってみよう」

「ムカつくことに要領いいわね、ホント!」

「あ! アレか!」


 空想の中で浮かぶいつもの森にぼんやりと違和感があった。僕はその感覚を頼りに森の中を歩く。


「そう、たぶんソレよ」

「僕のイメージの中で僕のイメージじゃないものがあるって不思議な感覚だね」

「変なこと考えてるとやり直すことになるわよ?」


 僕は白いモヤのような何かに近づき、そのまま重なった。すると、感覚が現実的になり、リコの息遣いのようなものが聴こえる。


「―――クッ!! ―――これしきのことっ!!」


 土臭い匂いと嗅いだこともない臭気が汗ばむ匂いに紛れて僕の鼻を突いた。

 リコは何かと戦っているのだろうか――――。

 同期した彼女の視界には数え切れないほどの魔物達が写り、そのケモノ達と目が合ってしまうと全身の毛穴が開いた。


―――……ヤル、コロシテヤル、コロシテヤル!!


溢れんばかりの怨嗟が僕の耳をつんざいた。


「――――――うわぁあああああ!!!!???」


 突然の出来事に矢も盾もたまらず椅子から転げ落ちる。荒れ狂う声に息が出来なくなり、まるで肺を焼かれているようだ。


「あ、がっ……!!?」

「急にどうしたのよっ!?」


 いきなり転げ回って冷や汗を吹き出す僕の様子を見たアナが慌てて僕の背中をさする。

 思い切りに食いしばった歯が唇を噛み切り、口の中に鉄臭くて生ぬるい匂いが充満していく。


「こ、声がッ! 頭が割れそうなんだ!!

 ―――うああああああっ!?」

「なんなのよ、いったい……?」

「―――い、痛いッ!! ―――助けて、アナ!!」

「私の治癒魔法が効かないなんてっ!?

 何なのよ! ロイに何が起きてるっていうのよ!!」


 脳を焼くような痛みに耐え切れず、のたうち回って喘ぐ。ボーッとする意識の中でも恨みつらみの声だけは明瞭に聞こえ続ける。


「コロセ……コロセ……ケダモノドモガ……」

「許サナイ、憎イ……苦シイ……」

「人間ドモヲ根絶ヤシニシテヤル、1匹モ残サズ……家族ノ恨ミ……一族ノ無念……」


 剥き出しの僕に願いにも似た怨嗟や祈りにも似た憎悪が突然と降り注ぐ。歪に壊れてしまった想い達がこの体と魂を叩き壊して黒い焔が灼いていく。

 いきなり地獄の底まで叩き落とされ、怖気に奥歯がカタカタと震える。


「―――うっ、ぐぅうううぅ!!? ―――うあああああああああああああああああああ!!!!!」


 脇目も振らずに必死に転げているうちに痛みで意識が遠のいていく。


「ハラワタヲ引キズリ出シ、目玉ヲ焼キ潰シテヤル……我ガ同胞、一族ノ痛ミ……許サナイ……ユルサナ、イ――――――――…………」


意識を失えば聞こえなくなると思ったその声は、どこまでも僕を火炙りし続ける。


「――――――もうやめてくれぇえええええええええええええっっ!!!!」
















 ―――――――――・・・痛みが遠のいて、気が付くとあの日に見た白い花畑の上に立っていた。




「ここ、は……?」


 左肩が疼くようにヒリヒリして銀の指輪が明滅する。


「ずいぶん、酷い面構えだな」


 唐突に聴こえた声に振り返る。


「誰だ、アンタは?」


 声の主に問いかけた。振り返った先に立つ白髪赤眼の男はニヒルな笑いを浮かべていた。


「もう忘れたのか、この前会ったばっかだろ?」

「知らないね」


 僕がそう返すと、その男は言った。


「お前に殺された男だよ」

「……もしかして、ファフニールか?」

「なんだ、覚えてるじゃないか」


 ファフニールは気味の悪い笑みを浮かべたまま、話を続ける。


「どうだった? 怨嗟と憎悪の味は?」

「最悪の気分だよ、今も痛みで吐き気がする」

「そうだろ? 最高にトべただろ!」

「狂ってるな、アンタ……」

「そう怒るなって、兄弟?」

「アンタと兄弟になったつもりはないぞ」


 ヤツが馴れ馴れしく僕の肩を叩くと、僕は薄気味が悪いソレを払い除ける。


「アンタは消えたんじゃなかったのか?」

「俺は竜になる前の残留思念みたいなもんだ。

 全部が歪んでいるこの世界で細かいことは気にすんなよ?」

「なぜ、僕の前に現れたんだ?」

「血を浴びたからさ。

 染みただろ、黒血の鉄臭い味は?」

「おかげさまでいい夢が見れそうだよ、クソッタレ」

「お前、やさ男な見た目に反して皮肉屋だな」


 ファフニールが呆れたようにため息を吐いた。僕は彼に声について尋ねてみる。


「なあ、声が聞こえたんだ。

 あれは一体なんだよ? アンタは知ってんだろ?」

「お前にプレゼントを贈ったのさ」

「どういうことだ?」

「あれは魔物の声だよ。俺の血を浴びたお前は魔物の声が聞こえるようになったんだ」

「アンタはあの声をずっと聞いていたのか?」

「ああ、そうだ。ずっとな、ずーっとな……」

「なるほど、だから兄弟か」


 ファフニールは右手に白い花を持ち、左手に黒い石のはめられた指輪を持って僕に問いかけた。


「なあ、兄弟? こいつは俺からの提案だ。

 ここでこのままあの声を聞かずに誰かを待つか、アッチに戻って狂って死ぬか―――……どっちがいい?」

「リコもあの声が聞こえているのか?」

「アイツも俺の血を浴びちまってるからなぁー」

「そう、なのか?」

「ああ、そうさ?」


 僕が大きく息を吐くと、僕のツラを見たファフニールが満面の笑みで白い花を握り潰した。


「僕は!! リコを助けに行く!!!!」


 花はグシャリとひしゃげ、折れ曲がった花軸に汚いシミが滲んだ。

ひらひらと落ちた花弁を踏み潰し、ファフニールの左手から黒い指輪をもぎ取った。


「もう、後戻りはナシだぜ?」

「お前を殺した時から分かってさ」


 白い光が大きく広がってあの日の夢で通ったトンネルを抜け出したような気がした。

 ケタケタ笑いながらファフニールが消えていく。


「最高だぜ、兄弟っ!!」

「アンタがやり残したこと、終わらせてきてやるよ!!」


 晴れた空は遠くなり、崩れていく景色の中で白い光を飲み込む喑幕のカーテンコールに意識が溶けていった。












「――さあ、ショータイムの始まりだっ!!!!」












 その真っ暗の中にファフニールの笑い顔が浮かんだ気がしたんだ。




〈今回初登場のキャラ〉

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【龍帝】ファフニールさん

挿絵(By みてみん)

ハジメマシテ と コンニチハ!


高原律月です〜!


竜の魔女の第4話です。

ここまで来るとお察しの人もいるかと思いますが、北欧神話ベースで話を展開しています。


それでは、また次回〜 ノシ

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