#37.姉と妹
クリスティーナの部隊と神獣皇軍の殿部隊がかち合う。
「皆の者! 行けぇ!!」
クリスティーナは弓に矢をつがえ、神技のような弓術で迫り来る獣達を射抜く。
「なるべく前線に向けて矢を放ったので後方は射ち漏らしが多いですわね……」
クリスティーナ隊は接近戦が不得手の者も多く、苦戦を強いられる。
1匹の魔物が味方の間をすり抜けてクリスティーナに飛びかかった。
「くっ……! 私とてエルフの長です! この程度の手合いに遅れなど取りませんっ!!」
彼女はすぐさま腰に差した剣を振り払い、犬型の魔物を切り伏せる。
犬は真っ二つに裂け、ほどなくして光となって消えた。
「キリがありませんことね。しかし、ロイ様の元へこやつらを行かせる訳にはいきません!!
皆の者! ここが正念場ですよ!!
気を吐きなさい! 気高き精霊の誇りを獣共に見せつけてあげなさい!!」
弓を背負い、クリスティーナは切っ先を光らせて戦場を駆け出した。
一匹、また一匹と湧き出る魔物を叩き伏せて彼女は進軍する。
「これが戦場、やはり煉獄……いつまでこんなことを……」
同胞の死を横目で看取り、間隙なく襲い来る魔物を振り払い、彼女はかま首をもたげる死神を振り切るように駆ける。
クリスティーナが複数の魔物と戦っているその時、彼女の背後を一本の矢が急襲した。風切り音に反応した彼女は慌てて振り返る。
ーーヒュン……!!
「……弓矢!? なぜ!!?」
ーー……ドスッ!
「きゃああああ……!!??」
不意を打たれた彼女は矢の餌食となり悲鳴を上げた。幸い、急所を外れた矢は左肩に突き刺さり事なきを得る。
「くっ……これではもう弓は握れませんね……」
クリスティーナは囲む魔物達を切り伏せ、刺さった矢をへし折り、痛みを押し殺すように苦悶の表情を浮かべた。
「クリス、戦場で乙女のような悲鳴を上げていては示しがつきませんよ? 小娘は大人しく引っ込んでなさい……」
その声に反応した彼女は顔を上げて声の主を認める。血の気のない青ざめた顔は硬直した。
「なんですか、その幽霊でも見ているかのような顔つきは? やはり、アナタに戦は向いてませんね」
「あ、姉上……?」
「私はエルフを捨てました。アナタに姉と呼ばれる筋合いはありません」
「生きておられたのですね、シセリア姉様……!!」
「黙りなさい。何度言わせるのですか、クリスティーナ!!!!」
クリスティーナが立ち上がり歩み寄よろうと足を前に出す。その歩みをシセリアの凶刃が襲う。
「ぐぅ……!? なぜですか、姉上っ!?」
「アナタが一番分かっているでしょう? そんなことっ!!」
「キャッ?!」
間一髪、凶刃を受け止めたクリスティーナの肢体をシセリアは蹴り飛ばし、倒れた彼女を踏みつけた。
「……あぐぅ!?」
「捕虜なんて惨めものです。戦の最中に悲鳴を上げるアナタには分からないでしょうね」
「どう、して……」
「父は死に母は自害しました。アナタもあの日の戦場を憶えているでしょう、クリスティーナ?」
「ええ……姉上とお兄様は私を逃がす為に……」
「そうです。囲まれた私達はアナタだけでも逃がさんと死力を振りしぼり、道を開きました。
ですが、それは大きな間違えでしたよ……私達はアナタを置いて逃げ出しておけばよかった。
どんくさい妹を助けたばかりに兄と私の受けた仕打ちは過酷なものでしたよ、クリスティーナぁ!!」
「あああああああ……っ!!?」
シセリアが弓の刺さった肩を思いっきりに踏み抜くと、クリスティーナが苦しむように悲鳴を上げる。彼女の苦しそうな顔を見て、シセリアは恍惚そうに口角を持ち上げた。
「ああ、その顔が見たかったのです……いつでも小生意気にすました顔をしてるアナタがピーピー泣き喚いてる姿は滑稽ですね」
「あっ……あっ……」
「痛みで口も聞けませんか……まるで獣みたいです、ねっ!!!」
「きゃあああああ!!?」
クリスティーナが痛みを堪えるように体をうずくめると、シセリアは容赦なく横っ面を蹴り上げた。
「チッ、忌々しいっ!! いちいち、かん高い声で鳴いて!!」
「な、なぜですか……姉上……なにがアナタを……!?」
「人は簡単に変わるんですよ、クリスティーナ?
汚い部分を知らない小娘には分からないことでしょうが……」
「姉上……うぅ……」
「泣くな、うっとうしい!!!!」
「ああっ……!?」
痛々しい打撲音が響き、クリスティーナの体中にアザが出来る。シセリアは鬱憤を晴らすよう暴力的に彼女を痛めつけて笑い転げる。
「アハハハハハ!! 無様です、愉快です! あのクリスティーナが幼子のように泣きじゃくりながら後悔しているのですからっ!!
耐え忍んだ甲斐がありましたよ、その顔が見たくて私は何年も苦しんだのですから!!!!」
シセリアは狂気じみた笑いを上げてクリスティーナの美しい顔を踏みつける。
「どうですか、クリスティーナ? 惨めでしょう?
犬っころみたいに這いつくばり、憎しみをぶつけられる気分はどうですか? こんなもんじゃありませんよ、こんなものじゃありません!!」
「あ…姉上、お労しいです……姉上をそれほどまでに変えてしまう凄惨な仕打ちがあったのですね。
ティアマト様と並んでも遜色ないほどに美しく気高き姉上が体中に疵痕を作って…………私のせいでっ……ごめんなさい、ごめんなさい…………」
「アナタはバカなんですかっ!!」
シセリアは激昂してクリスティーナの腹を蹴り上げた。それでも止まらず、何度も何度も蹴り上げる。
「他人事みたいに言ってますが、これから同じ目に遭うのですよ?」
「ぅぐっ……!?」
「ああ、私の可愛い妹よ……たっぷりいたぶってあげますからね……」
「姉上……シセリアお姉様……」
「まだ言うのですか、アナタはっ……!!」
シセリアはクリスティーナの顔を乱暴に持ち上げて唾を吐きかけた。ねっとりとしたソレはクリスティーナのほほを伝って彼女の顔に絡みつく。
「本当にマヌケでどんくさいアナタにいいことを教えてあげますよ」
「あぐぅッッ!!?」
彼女の細首にシセリアの指が食い込み、ギリギリと絞られていく。
「ケモノに犯される気分ってのは最高です!!
犬のように這いつくばり、生臭いヨダレを体中に浴びせかけられながら憎き敵に媚びへつらい、へこへこ腰を振らされ、罵倒されながら恭順させられるというのは……この上なく最低ですよ。
あまつさえ、拷問で死にかけて弱っていく兄上と愛する男の前で毎日毎日ケモノのようにしっぽを振って喘ぐってのは、頭の中を粘っこい手で掻き回されて羞恥心だけを舐め取られるような……そんな! そんな気分!! アナタは味わったことがないでしょう!!
戦場で生娘のようにキャンキャン鳴けるアナタなんかに! あの畜生達の外道さが分かるハズなどありません!!
ククルカンという男はそういう男なんです、アナタは何も分かってない! お遊び気分で戦場に出てくれば人には戻れないのですよ!!」
「姉上ぇ……うぅ、ひっぐ……」
「泣いたら許してもらえるなんてのは、子供うちだけなんですよ!!
なぜ、また戦場に出てきたのですか!!
なぜ、分からないのですか!!
わざわざ踏みにじられに来るくらいなら、なんで逃げなかったのですか!! アナタは!!!!」
「わ、私は……逃げません……」
「まだ分からないのですか、この大バカ者ッッ!!」
「あぅっ!!」
シセリアはクリスティーナの胸ぐらをつかむと思いっきりに彼女の顔面を殴った。怒りで荒くなる息を抑えるように肩と拳を震わせる。
クリスティーナは弱々しく体を起こし、シセリアを見据えて剣を握った。
「わ……分かりませんよ……姉上の受けた仕打ちと屈辱は私程度の者に分かろうはずもありませんっ!
それでもっ! 私は剣を握ります!!
私に想いを託したみなの為に、私を生かしてくれた立派な家族の為に……次の子供達に禍根を残したくない私自身の為に! 私は私の意志で剣を取って立っているのですっ!!」
「そんなもの、力の前では簡単に踏み潰されるのですよ! それが分からないアナタはお子様です!!」
「憎しみをぶつけ、恨み言を吐き捨てるアナタはいま泣いてるじゃありませんか!!
不甲斐ない私の力不足で苦しめてしまった姉上に引導を渡すのが私の果たすべき責務です!」
「アナタも堕ちなさい! クリスティーナぁあ!!」
獣に堕ちたシセリアの錆びた切っ先が迫り、覚悟を決めたようにクリスティーナは目を瞑った。
「…こ…っのぉおお!! いい加減にしろぉおおお!!」
ケモ耳をはためかせた金髪の少女が杖を振り上げてシセリアの頭を殴りつける。
「……がぁっ!!?」
シセリアは不意の一撃によろめき、慌てて飛び退いた。
「ハァ……ハァ……黙って聞いてれば、拗らせた女のヒステリックみたいなことばっか言ってぇ!!」
「何者ですか? アナタ?」
「私はアナスタシア。天才アナスタシア・サウスポートよっ!! ふんっ!」
「小娘がまたぞろ出てきてぇ……!」
フリージアはシセリアの前を素通りし、力尽きて倒れ込むクリスティーナを抱き起こした。
「堕ちましたね、シセリア・フォンブラウン=バーミンガム……アナタの苦しみを救済しに参りました!」
「フリージア様……いえ、フリージア! 私の苦しみの何が分かるというのですか!!」
アナは呆れたように両手を上げてため息を吐いた。
「……だからなによ? それで? 無抵抗のクリスティーナさんをボコれたらアナタは満足なワケ? 楽しいの、ソレ?」
「お前みたいな小娘が知ったような口を利くなぁあああああ!!!!」
シセリアが憤怒の刃をアナに向けて振り上げる。アナはその凶刃を杖で払い除け、冷たい目でシセリアを見下ろした。
「バッカじゃないの? 大バカ者はアンタよ、シセリア……」
「ぐっ!! 一度払い除けたくらいでいい気になって!」
「何度やっても無駄よ……読めてるんだから……」
抜き身の剣を相手にアナはごく普通の杖でその剣戟をいなして払い除ける。
「なぜ、なぜなのよぉッ!!」
「そりゃ、私って天才神聖魔法師なので?」
「戦闘能力のない神聖魔法師がどうやって私の剣を見切ってるっていうのよ!!」
アナは軽々と剣閃を掻い潜り、シセリアの背後に回り込んで彼女の後頭部を杖で突いた。
「神聖魔法の真骨頂は頭の中を見透かすことよ、剣士のお姉さん」
「だからなんだというのです! それが容易く出来るというなら私達にだってやれてますよ!!」
「はぁ……やれやれ、もっかい言うね?
私は天才アナスタシア・サウスポート、アナタとの同調は終わったの。
思考と精神はすでにジャックしたわ、チェックメイトよ」
「こんな小娘にぃい!!」
アナが慇懃無礼な態度で手のひらを返すと、シセリアは半狂乱になってアナに打ち掛かる。
「とはいえ、私も頭に来てるから素直に打ち合ってあげる……読めてる剣筋なんて払うのは簡単だけど……」
「このっ! この……このぉおおお!!」
「体力の無駄よ、止めた方がいいんじゃない?」
「うるっさいッッ!!」
フリージアはクリスティーナを介抱しながら、ことの成り行きを説明した。
「アナさん、怒ってますねぇ〜」
「あれはなんなんですか? まるで人の領域を超えてる、人はおろか神の領域に踏み込んでいるような……」
「おそらく戦乙女である私でも、アナさんには敵いませんね。マスターロイの力を受けて神域に入ってます、天才とは末恐ろしいものですねぇ」
「私は魔法師ではないので分からないのですが、神聖術師とて誰でも出来るものじゃないのでしょう?」
「マスターロイの力は神性です。父の御業を体現することも出来るほどの力を秘めております。
日頃から御業を扱う神聖魔法師、その中でも特級の才能を持つ天才が父の権能を自在に引き出せるようになったとしたら……何人たりともアナさんに刃を届かせることは出来ないでしょうね」
「そんな簡単な話ではないのではないですか?
アレはまるで亡者を喰らう地獄の番犬です……」
「神聖魔法は覚悟が必要です。人々の懺悔・祈り・感情・欲望……それら全てをその身に受けて内包する精神性がなくては扱えません。
精神をジャックするとなれば、対象と魂すら同期しなくてはいけないのです」
「アナ様は姉上の苦しみを覗き、同じように生きた経験として味わったというのですか!?」
「ええ。だからこそ彼女は憤慨しているのですよ、クリスティーナ」
アナがシセリアの剣を叩き落とすと、シセリアは膝を折り荒い息で体を上下させる。
「満足した? もうおしまいよ、アナタ?」
「こんな小娘に手も足も出ないなんて……なにも分からないような小娘に負けるなどと……」
「見たわよ、それ…………味わったわよ、その程度のこと……神聖魔法師を舐めないでちょうだい?」
アナの言葉を聞いたシセリアは目を見開いて彼女の目を仰ぎ見る。アナの冷たい瞳の奥に写った悲しい顔をする自分の姿を見つけたシセリアは嗚咽した。
「ああっ……、あああああああああっ!!!!!」
「バカね、愛する妹を憎んだら自分自身を傷付けるだけじゃない……」
「私はっ……私は……私はぁああああ!!」
「ククルカンのゲス野郎は私達の英雄が裁くわ。もう安心して眠りなさい、シセリアさん」
「ぐぅ……うぐっ……」
アナがフリージアとクリスティーナに目配せする。全快したクリスティーナは立ち上がり、シセリアに向けて剣を振り上げた。
「姉上、いま楽にして差し上げます……どうぞ、安らかに……」
「クリス、戦いとは茨の道ですよ? 本当に覚悟はよろしくて?」
「ええ。姉上の献身を覚悟に変えて、私はこの修羅の道を選びますっ!!」
「強くなりましたね、クリスティーナ」
「お覚悟を! シセリア・フォンブラウン=バーミンガム!!」
クリスティーナの剣が日暮れに照らされて剣先が涙を零すように光った。振り下ろされた刃は湿った音を立ててシセリアの体を切りつけ、剣がカラカラと地面に転げる。
「シセリア姉様ぁぁああああ……!!」
「ありがとうございます、クリスティー……ナ…………」
シセリアは泣き叫ぶ妹を優しく抱きとめて、その体はパラパラと空へと消えていった。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原律月です!
竜の魔女37話になります。
今回の話は重いです、ヤバいです:( ; ´꒳` ;):
なんでこんなのやったの?っていうレベルでえげつないのをぶっ込んでしまいました(笑)
意図してることを発言すると炎上しそーなので、そこはNGにしておきますが、これを読んでククルカンの行為が最低だと思ったアナタ!
こんなことは日常で溢れ返っております、気が付かないだけです!気を付けましょう!!とだけ((´∀`*))ヶラヶラ
ある意味、メッセージ性の強い回になりましたね……反省です(笑)
それでは、また次回〜 ノシ




