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#16.仲間


「うぅ……」


 バキバキに硬くなった体と痛む頭を抑えながら僕は体を起こした。


「これはなかなかにハードだな」


 空を見ると、ようやっと白み始めた東の空が宙に浮く半分の月を薄くさせていた。仲間たちを見やると胸を上下させて深く寝息を立てている。


「ヒマだなぁ……」


 みんなが起きるまでいましばらく時間もありそうだ。なにより、夏の明け方の涼し気な風が心地よく体を動かしたくてウズウズする。


「よっと!」


 ダフネと対峙した時の悔しさを思い出し、無心に剣を振るう。段々と空が明るくなってきた。

 軋む体も痛む頭も止めておけと言っているのにそれでも僕は剣を振り続けた。


(おい……)


 心の底で僕を呼びかける声が聞こえた。


(なんだよ、ファフニール?)


 問いかけに答える。


(まるでなってない、それじゃあ棒切れを振り回すガキだな!)


 彼は嘲笑するような声色でケタケタと笑う。


(うるさいな、だったらどうしろってんだよ!)


(体を動かす前に動かしたらどうなるかを考えるんだよ。ただ闇雲に振り回してるだけなら体力の無駄だから止めておくんだな、保護者の負担が増えるだけだぜ?)


(そ、それは……)


(今日から俺様が稽古をつけてやるよ。身体の負担は3倍くらいに跳ね上がっちまうが、死線を何度か超えた今のお前なら耐えれんだろーよ)


(まあ、今の僕なら体が壊れることはないからな)


(精神がついてこれるといいな、兄弟)


 最初は爆発的に跳ね上がった身体能力の謎が分からなかったが、ゴブリンブッチャーとの戦闘でファフニールが僕の体を使うことでその理由が分かった。


 僕には肉体という概念が無くなったんだ。


 正確にいえば、肉体という概念に縛られなくなったという言い方が正しいのかもしれない。あの日、願いの依り代として僕の体が再構築された時に形而下での僕と形而上の英雄という世界が造り上げたイメージの2つが混ざり合った。

 僕自身は僕としての自意識やこれまでの生きてきた経験で生きて意志を持つが、この体は僕から離れて人々の祈りや願いなどイメージで出来上がっている。

 痛みを感じたり疲労したりするのは、あくまで今までの僕の経験則で再現されているだけで実際には遮断しようと思えば出来るのではないだろうか……そんなことを考えているとファフニールは言った。


(まあ、出来なくはないぜ? それをしたらお前の自我も吹き飛んじまうだろーけどな!)


 やはりそうなのか。と、僕は妙に納得する。

 ちょっと考えてみたのだが、人としての感性を概念に明け渡すっていうことは、僕という器を空っぽにして概念というやつに自分自身を受け渡すということになるだろう。


(とりあえず、この体はあんまり便利ってわけでもないようだね)


(割とな……)


 群青色の空がめっきり晴れ渡った。


「さてと、今日も一日中歩き通し歩くのか」


 僕は仲間たちの元へと戻り朝食を食べて、また西へと歩き出す。


「そういえばさ、ロイ?」


 アナが僕に話しかけてくる。


「どうしたの?」

「朝、どこに行ってたの?」

「早起きすぎたから少し散歩してた」

「寝たら蹴っても起きないのに、めずらしーね」


 こいつ、人のこと蹴り起こしたことあるんか?と、思いながら、ケタケタと笑う幼なじみをじーっとにらむ。


「たまにね! たまにだよ!」


 僕が無言で抗議していると言わんとしてることを察したのか、アナが手を振りながら慌てて弁明する。


「たまにだろーと毎日だろーと変わらんわ」

「だって、揺すっても大声出しても起きないんだもん」

「僕はキミに起こしてくれと頼んだことないけど?」

「む、むぅ……」


 ちょっと不満げに頬をプクッとさせながら幼なじみが変な唸り声を出す。


「人のことを粗雑に扱っといてなんでアナが不機嫌になるんだよ」

「別に機嫌わるくなってないし!」

「いやいや、顔に出てるから」

「うっさいなー、もう!」

「やっぱ、怒ってんじゃん……」

「怒ってないから!」


 リコが見かねたように口を開いた。


「お2人とも、朝からはしゃいでると体力が持ちませんよ?」

「はしゃいでません!!!」

「少なくとも僕は巻き込まれだけど?」

「やれやれ、騒がしい人達ですね……」

「ジル、騒がしいのは若干1名だけだ」


 ジルが大きなため息を吐くと、アナは肩をいからせて足早になる。


「ふんっ!!」


 ドカドカと足踏みしながらアナが先頭を歩いていく。


「アナ! モンスターが飛び出して来るかもしれないからあんまり離れるなよっ!!」

「ふふんっ! ふーんだっ!!」


 しばらくおかんむりの幼なじみを先頭に僕たちは黙々と道を歩いた。2〜3時間ほど歩いていると、ズルズルとアナが後退していく。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「別のとこで体力を使いすぎだぞー」

「う、うっさいわねぇ……はぁはぁ……」


 追い抜いてく時にそんな嫌味を言うと、息を切らしながらアナが悪態をつく。


「少し休むかい?」

「ほっといてちょーだい!!」


 とうとう一番後ろまで後退したアナに尋ねると、元気満々に返事が返ってくる。

 呆れつつ、どこか休めそうなポイントはないかな……と、辺りを見回してみる。


 ーーきゃああああああ!!


 突然、後ろから悲鳴が聞こえる。慌てて僕たちが振り返ると小太りのウサギみたいな魔物が複数体で飛び出してアナに襲いかかっていた。


「ア、アナ!!」


 僕が駆け出そうとすると、黒い風がアナの元へと駆け寄り、あっという間にウサギ達を斬り伏せる。


 ーーピキィィ……!!


 マッドバニーが痛切な断末魔を上げて消えていく。


「……大丈夫ですか?」


 ジルは剣を収め、地べたに座り込むアナに手を差し出す。


「ごめんなさい……」


 アナがしおらしく謝るとジルは無言でまた歩き出しす。とぼとぼとアナが歩いてくる。


「少し休憩しよっか?」

「うん……」


 交代で見張りを立てながら早めの昼食の準備を始める。


「アナ、食べないのか?」


 僕が話しかけても返事はなく、アナは目玉焼きを挟んだバケットを持ったまま黙り込む。


「はあ……」


 ジルはそんな彼女を横目に見ながら、また大きなため息を吐いた。


「ジル、その態度はよくないと思うぞ!」


 思わず少し強めの口調でソレを咎める。

 彼はなにか言い返すこともなく立ち上がった。


「リコさん、見張りを代わります」


 ジルはパンくずをはたきながらリコと見張りを交代すると、辺りを警戒するようにあちこちに首を振る。


 リコが腰掛けてバケットを口に運びながら横目でアナの様子を伺っていると、アナが掠れた声で言った。


「……ごめんなさい」


 うつむき気味の顔から表情は読み取れないが、声の震えからかなり反省しているようだった。


「アナさん」


 リコはアナが目線をやると優しくほほえむ。


「無理して頑張ろうとしなくていいんですよ?」

「……無理なんかしてないです」


 リコにそう言われると、アナはまた目線を落としながら答えた。


「アナタは私たちと違って武器も技量も持ってない。そのことをアナタが気にしてるのは、私もジルさんも分かってますよ?」


「……足でまといですか、やっぱり?」


「いいえ、そんなことありませんよ。アナタが居なかったらこのパーティは成り立たないレベルですよ?」


「そんなことないです、私に出来るのは戦闘補助と万が一ケガした時に治療するくらいしか出来ないです」


「それだけじゃありませんよ?」


 リコがそう言うと、アナはキョトンとした顔で彼女を見やる。


「だって、アナさんを抜いたら残るのは鈍感ゴリラとムッツリ剣士だけじゃないですかっ?! わたし一人でこんな人たちといたら場が持ちませんよ!!」


 リコが大真面目に言い切るとアナがクスッと笑う。


「……ムッツリ剣士は言い過ぎです」


 ジルが横を向きながら言い返す。


「まあ、うちのリーダーが鈍感なのは同意ですが……」


 そして、一番同意して欲しくないところだけはキッチリと同意する。


「おいおいおい、扱いが酷くないかい?」


 僕がそう言うと誰もなにも言わない。ちょっと間を置いてリコが嘆息しながら口を開いた。


「彼女が無理していることに気が付かなかったクセに?

 アナさんはジルさんが仲間に加わったことで自分の居場所を見失いそうで不安だったんですよ?」


 ジルも続ける。


「明らかに気負いすぎですよね。アナさんと一番長く居るはずのアナタが気が付かないってどうなんですか?」


「ん、まって? なんか僕が責められる流れ?」


「女の子相手に気遣いの欠片もない鈍感マスター」

「頑張ってる幼なじみに容赦なくムチを打つ悪魔……」


「ジ、ジル……もしかしてあのため息って……」


「あなたにガッカリしてのため息ですよ、英雄殿?」


「ガガンとッ!?」


 仲間の思いもよらない言葉にがっくりする。


「でも、言われてみれば……その通りかなぁ?」

「そこがマスターのいいところでもあるんですけどね」


 僕がアナの方に顔を向けると、それに気が付いた彼女と目が合う。


「まあ、僕達が遠慮なく戦えるのはアナがいるからだよ。少なくとも僕はアナが居なかったら腰が引けちゃうかな」


「そうなの?」


「だって、痛いのやだし! 治してくれる人が居なかったら余計イヤじゃん!!」


「ふ、ふーん?」


「僕はこの2人と違って戦闘狂でもない一般人だしね!」


 どさくさに紛れて、すかさずに言い返しておく。

 二人から物凄い視線の圧力を感じる。


「だからこれでバランスがいいんだと思う!」


 リコとジルに責めるような目付きで見られ、慌ててうやむやにする。


「そうですね」

「神聖魔法師としては、超一流の腕ですし……」

「そうそう、戦闘疲労もなく連戦できるのはアナのおかげ!」


 僕達が褒めると、アナのしおしおになったアホ毛がみるみるうちにピンピンしてくる。


「そっか〜、そっかぁ〜!」


 さっきまでの血の気の無い表情はどこへ行ったのか、ふんふんと鼻息を荒くして得意げに満面の笑みをこぼす。


 それから、日暮れまで歩き通して手頃な場所を見つけると僕達は腰を下ろした。


「アナ、頼みがあるんだけど……」


 僕は2人きりなったタイミングを見計らい、小さな声でアナに話しかけた。


「なに?」


 彼女は少し得意げに返事をする。


「明日からは朝一で疲労軽減して欲しいんだ」

「なんで?」

「僕はどうやら寝なくても平気な体になったみたいでね。秘密の特訓をしたいんだけど、この行軍には迷惑をかけたくはないからさ」

「ダメだよ、そんな無茶したら!」


 最初はお願いされて得意げにしていた彼女の眉間にシワが寄る。


「無理はしない、約束する」

「やだよぅ、そんなことしない!」

「あの二人のレベルに合わせるなら多少の無茶はしなくちゃいけないんだ! 頼むよっ!」

「う〜」


 顔をしかめた彼女がしばし考えこむ。


「本当に無理はしないからさ!」

「……いいよ、わかった」

「ありがとう、アナ!!」

「ただし、無理してると思ったらやめるからね?」

「うん」


 焚き火から立ちのぼる揺らめく火を眺めながら、僕は再びアナに話しかけた。


「なあ、アナ?」

「なに? どうしたの?」

「もう二度と負けないように僕は強くなる!」

「ロイならきっと強くなれるよ!!」


 僕が彼女を見やると、アナははにかむように笑顔を見せた。


 みんなが寝静まった頃、僕はあの白い野原を思い出しながら目を閉じる。

 意識が混濁として、気が付くと白い花が敷き詰められた場所に立っていた。


「よう、待ってたぜ」


 僕の正面に立つ男が笑った。


ハジメマシテ な コンニチハ〜?


高原 律月でーす!


竜の魔女16話です。

アナさんが有能すぎて怖いです:(´◦ω◦`):

驚くくらい便利!(キャラ的に動かしやすい)


それでは、また次回〜 ノシ


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