#12.敗戦の後に……
意識を取り戻して一番最初に目に映ったのは、ゆらゆらと揺れるかがり火だった。
「だめだ、指一本も動かないや……」
なんとか動かせた頭を横にすると、憔悴したように髪を乱した幼なじみが立っていた。
「ろ、ロイ……」
彼女がその場で泣き崩れると、水の入った桶と濡れ手ぬぐいが音を立てて床に落ちた。
水は床に拡がり、行き場をなくしたように彼女の膝元に溜まるとスカートに染み込んでいく。
「アナ、服が濡れてる……」
掠れる声で僕はそう言った。
「うぅ……ひっぐ…………」
彼女は僕の言葉に返事するもなく、すすり泣きながら嗚咽を漏らした。
「濡れてるって……風邪をひくぞ……」
僕は再度そう言ったが、それでも彼女は座り込んだままで動こうとはしない。
しばらく彼女がそうしてるのをただ見ていた。
どれくらい経っただろうか、彼女が言った。
「生きててよかった、1週間近く意識を取り戻さなかったのよ?」
彼女は声をしゃくり上げながら、またボロボロと涙を零す。
「ごめん、またボロ負けした……」
「そんなことはどーでもいいのよ! 生きて帰ってきてくれなきゃ、どーにも出来ないんだから!!」
「痛みがない、傷も……アナが……?」
彼女は無言でこくこくと頭を振った。力無くたどたどしいその返事に僕は感謝の言葉を漏らしていた。
「ありがと、疲れただろ?」
「だいじょぶ。ごめんね、傍ですぐに治してあげられなくて……痛かったでしょ?」
「アナが一緒じゃなくてよかった、ダフネとかいうヤツはなにをするか分からないからなぁ……」
「話はリコさんから聞いたよ、あーしなくちゃいけないくらいヤバい相手だったの?」
アナが真っ赤な目で濡れ手ぬぐいを絞りながら僕の顔を拭いてくれる。
「ああ……」
「ロイがあんな目にあわなくちゃいけなかったの?」
「ああ、そうだね」
「そんな必要あったの?」
「あーでもしなきゃ、遊びでこの村ごとアナも殺されてたかもしれない……それくらいヤバいやつだった」
「痛かったんでしょ? 怖かったんでしょ?」
「まあ、ちょっとは?」
「ばかばかばかぁ〜……!!」
彼女が押し付けるように手ぬぐいで顔をこする。
「いたいいたいいたい!」
「あ、ごめん……つい……」
彼女は慌てたようにパッと手を離すと、濡れ手ぬぐいがぽとりと落ちた。
「ぺしゃ……」
手ぬぐいはグズグズした間抜けな音を立てて床に沈澱するよう、ゆっくりと拡がっていった。
そんな気がした。
しばらくまた無言だったが、僕にその沈黙は耐えがたく何かキッカケはないかと、空を舞う言葉たちを掴まえては選び直す。
ふと、思い出したことがあった。
「あ、そうだ」
僕がそう言うと、薄い反応で彼女がこちらを見た。
「アナ、僕の右ポケットに渡したい物が入ってる」
「なにそれ?」
「体が動かないから取り出してくれないか?」
「これ?」
ーーふにっ……。
「いや、それは……こほん、なんでもない……もうちょっと右の方だよ」
彼女が身を乗り出しながら僕の腰辺りを触る。
「これかな?」
「そうそれ!」
彼女はそれを見つけると、ポケットに手を入れて取り出した。
「これ、は……?」
彼女がよく手入れされた少し長くてキレイな指先で耳飾りをつまんでクビを傾げる。
「お守り代わりの耳飾り、君に……」
「でも、これって……」
「リコが魔除けの魔術をかけてつくったものだから、きっと効果あると思うよ」
「むぅ……」
耳飾りが、ちりり……と一鳴りする。
「やっぱ、素材が素材だから嫌だったかな?」
「そうじゃないけど、それもあるねー」
「アナなら大丈夫って」
「ほら、それよ」
「どゆこと?」
「にぶちん!」
彼女は不服そうにほほを膨らませて耳飾りを付ける。
「……どう?」
じれったいような目使いでこちらを見ながら心なしか耳を紅潮させて、アナはそう僕にたずねた。
「なにが?」
「もういい! 捨ててくる!」
「恥ずかしいこと言わせるなよっ!!」
「え、それって……」
アナは座りが悪そうに体をモジモジさせる。
「に、似合ってるんじゃないか?」
「そ、そう!! じゃあ、仕方ないから付けててあげるわっ!」
「そうしてもらえると嬉しいかな」
彼女はそわそわしながらあちこちに視線を泳がせては聞き取れないくらいの音量でブツブツとなにかを呟いていた。目が合うと、慌てたように手を振り回すので聞こえないフリをして視線を外す。
「ねえ?」
「ん?」
かがり火の明かりが彼女の瞳の中を揺らめく。時おり、その揺らめきが彼女自身のなにかを映し出してるようにも見えた。
「リコさんを呼んだ方がいい?」
そう言った彼女は悲しそうに笑う。
「どうして?」
「わたしが独り占めしてたらズルいでしょ? リコさんだってロイのこと心配してたんだから……」
「今は別にいいんじゃない?」
「そゆとこ、ホントにダメだと思う」
「え?」
「そんなこと言われたら、優しくされたら分かんなくなっちゃうじゃん……ダメだよ、そんなの」
彼女が何を言いたいのか、なぜまた泣くのか分からなかった。濡れたスカートの染みが妙に色濃く見える。
「わたし、もう行くね」
「介抱してくれてありがと、おやすみ」
「……おやすみ」
彼女は濡れた床を拭き取ると、僕と目も合わせずに出て行ってしまった。
どうしてか、そのやり取りが鮮明に焼き付いたまま僕は再び眠りに落ちた。
ハジメマシテ な コンニチハ〜
高原 律月ですっ(`・ω・´)
龍の魔女の12話になります!
今回はアナちゃんにメインを張ってもらいました〜。そっくり1話も使うとは……恐るべし(笑)
それでは、また次回〜 ノシ