#134.狭間
ラマンユは帰陣してすぐ椅子に腰掛け、痛苦に顔を歪めた。
(これだけ戦ってもまだ終わらない、なぜなんだ―――…)
どれだけ進んでも、いや進めば進むほどに足を取られるぬかるむ道をそれでも歩く。
気が付けば寝ていた、どれくらい寝こけていたのだろうか。
彼はすっかりと暗くなった辺りを見回す。
「……どこだ、ここは?」
陣内に居た彼は何故か湿った風の吹きすさぶ薄暗い平原に立っていた。
どこだと言いつつ、彼はこの場所を知っていた。
「……黄泉比良坂、か」
まるであの世とこの世の境目というよりはあの世そのものだな―――、そう思いながら彼は当てもなく小道を歩いた。
いつからいたのか、歩く先に瑠璃色の髪が美しい一人の女性が立っていた。
「エミリア……」
ラマンユが声をかけると彼女はくすりと笑うだけで返事をしなかった。
唐突に後ろで人の気配がする。
背後を取られたことに寒気を憶えながら彼は振り向いた。
「……」
背後には誰もいない。
「こんなものを見せてなんだっていうんだ……?」
漠然とした恐怖が男を襲う。
「これがアナタの望む先にある世界です……」
背後から聴こえた声に彼は振り向かずに答える。
「エミリア……ではないな、お前はアジダーハか?」
「ご名答です、さすがは私の片翼ですね」
「どういうことか説明してくれるか?」
彼女は音もなくラマンユの正面に現れると、妖しい赤の口を開いて語り出した。
「私はあの世とこの世の境い目を監視するアジダーハです。アナタがエミリアと呼ぶ存在は現世の私です、それはお分かりでしょう?」
「ああ……」
「私達はみっつでひとつ―――…だったんですが―――…」
「―――が?」
彼女はわざとらしくため息を吐くと挑発的な目でラマンユを見やった。
「困ったことになりまして」
「もったいぶらずにさっさと話せ……」
アジダーハはクスクスと笑いながら続きを語った。
「現世のわたし、エミリアが駄々をこねてしまいましてね。
私達はひとつになることを望んだのですが、彼女はそれを否定しました。
この世界の救済、それはあの世とこの世……現世と幽世をひとつにし、境い目であるこの黄泉比良坂にまとめ上げることだと思うんですよねー」
「くだらないな……」
「おや? 本当に?」
彼女は熱のこもった口調で言葉を続けた。
「この黄泉比良坂ならば死生の苦しみを忘れ、みなが平等に正しく生きることが出来るのですよ?」
「そんなもの、まやかしだ」
「エミリアにはアナタを説得してもらいたかったのですが、こともあろうに彼女まで現世で生きることこそが美しいと翻意してしまう始末……はてさて、どうしたものでしょう……」
「当然だ、人じゃないお前には分からんだろうがな……」
「これだけの生き地獄を見てアナタはまだ人に期待するのですか?」
彼女が指を鳴らすとまた背後に人の気配を感じる。
「―――ご覧なさい?」
彼は促されるまま、振り向いた。
「―――マ、マリアム?」
ラマンユの動揺はアジダーハの目からもありありと分かるほどに揺らいでいた。
「これが黄泉比良坂です。死者も生者もありません、素敵でしょう?」
「こんなものは虚像だ! マリアムは死んだ!!」
彼がアジダーハの方を振り向いて威嚇するように声を荒らげるとマリアムが背後からラマンユに抱き着く。
「―――ッッ!!?」
「ずっとキミに会いたかった―――…」
「―――マ、マリアム!?
や、やめろ! やめてくれぇえ!!」
「ラマンユ、キミは変わらないね。あったかい背中は昔のままだ」
彼女は死んだ―――、どれだけそう言い聞かせても背中から伝わる熱がどうしたって彼女の存在を証明してしまう。
噛み切れるほどに食いしばった口びるから赤い血が垂れると、ラマンユは膝から崩れ落ち、ただ呆然と打ちひしがれる。
「迷いましたね、英雄? そうです、彼女は確かにそこに居てアナタのマリアムはアナタを待っています」
しばらくの静寂がラマンユとアジダーハの間を行き来する。
風に任せて踊らせていた彼の前髪がざわつき、今もまだ伝わる背中の熱に彼は訊ねた。
「―――い」
「はい?」
「……僕はどうしたらいい?」
その言葉にアジダーハは破顔し、高揚とした口調で彼の肩を叩きながら呟く。
「エミリアを殺しなさい、あの子は邪魔です。
私達の永遠を邪魔する存在です、言いたいことはわかりますね?」
「―――ああ、分かった」
遠くなる黄泉比良坂の景色の中、アジダーハとマリアムが重なると二人は言った。
「「―――世界を壊して、ラマンユ」」
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原律月です!
竜の魔女、134話です。
次回からはラマンユパート最終盤になりますよ!
この話からどうやったらミティア最後の話に繋がるのか、まったく不明だと思います。
たかーらも不明です、安心してください(笑)
ああ、アクバルさんの置き土産も回収してませんでしたね(๑´∀`๑)ヶラヶラ
色んな考察をしながら次話以降を楽しみにしていただけると嬉しいです(੭ ›ω‹ )੭
それでは、また次回〜 ノシ