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#133.戦線

 

 ―――そこは地獄だった。


 早期に解決すると思われていた東部戦線は暴徒と化した周辺の農民レジスタンスも巻き込んで泥沼の様相を呈していた。


 ユディル帝国軍は今日も敵味方なくなった死体の山河を踏み越えて東方からの脅威の排除に勤しむ。


 誰も彼もが血に塗れ、すっかりと鼻の奥に染み付いた生暖かい血の匂いが彼らを狂わせる。


 この匂いがしているうちはまだマシだ―――。


 一般兵も将校も自分にそう言い聞かせ、このイカれた現実を震える奥歯と一緒に噛み殺した。


 そんな彼らの中で青年は一人、感情も血も通わない色の無い表情で群がる屍鬼共を喰らう。


「バ、バケモノめ……」

「どうやってコイツを止めるんだ……」


 敵兵のみならず、暴動を起こした農民でさえも容赦なく斬り伏せ、ラマンユはエミリアから譲り受けた黒の神剣を戦場に舞わせて幾数もの敵を屠り、ひたすらに前進する。


 愉しんですらいるのではないか―――、味方も彼の狂気に戦き、敵でなかったことに安堵する。


 立ち塞がる者は兵士も農民も問わず、果ては女子ども老人も斬り捨てては血を払い、敵意という敵意を粉微塵に砕く姿はさながら悪鬼羅刹のようだった。


「お前には血も涙もないのか、この人でなし!!」


 少年兵を斬り伏せたラマンユに死にかけの男が言った。ラマンユは息絶え絶えの男を不愉快そうに見下ろし、静かに呟いた。


「……莫迦が、巻き込んだのはお前らだろう?

 人でなしはろくずっぽに頭の回らないお前らだ、誰を敵にしたか死にながらよくよく考えろ」


「お前らユディル帝国共はどこまでも腐ってやがるっ!! 俺らを踏みつけて楽しいか?」


「優しさがあれば仲良く平和に暮らせるのか?

 優しさに付け込んで甘い夢の汁をすするだけのウジ虫が偉そうな口を利くなよ……」


「なん、だと……?」


「このガキに何を教えた?

 ―――人の殺し方か? ―――刃物の握り方か?

 ガキをあてがえば情に絆されると思ったか?

 考え方が甘いんだよ、ウジはウジらしく腐った肉を漁るくらいしか知恵が回らないらしいな?」


「くっそ、こんなヤツらに―――…」


「お前も誰かを守れなかった後悔を(いだ)きながら死ねばいい……そうすれば分かるさ……」


 ラマンユは瀕死の男に近付き、血濡れたレーヴァテインを深々と背中に突き立てる。


 男は苦しみに一瞬だけ体を仰け反らせ、やがて喘ぎ声は音にならない叫びとなって男は静かに地に伏した。


「閣下、戦況がひっくり返りました。我が軍が優勢になってきております」

「そうか……」


 秘書官が報告するとラマンユはレーヴァテインを鞘に納める。


「敵も卑しい手口を使いましたね。民兵のみならず女子どもまで駒にしてゲリラ戦を展開するとは―――…」

「それが戦争だ、なんら問題はない。切れなかった兵士が悪い、それだけの話だろう?」

「そ、それは……!!」

「お前だって死にたくないから切ったんだろう? それでいい、今はな……」


 彼女もまた返り血で幼さの残るその顔を汚していたが瞳の中にあの時の揺らぎはなかった。

 彼が彼女の顔をマントで拭ってやると秘書官は思わず頬を赤らめる。


「か、閣下!! 今は戦地ですよっ!!」


 ラマンユはそのまま体を近づけ、秘書官を包み込むようにして自身に引き寄せると彼女は思わず硬直した。


「かかっ、、閣下には奥様が―――っ!?」

「借りるぞ……」


 彼女の腰から剣を抜き取るや否や、流れるような所作で彼女を自分の背に追いやり、彼は白銀の刃を一筋の煌めきに変えて振り払う。


 ―――ヒュゥ!!


 唐突に振るわれた一振りに無駄がなく、鋭い切っ先はただひたつらに美しかった。

 彼女はそれに見惚れ、遅れてやって来た音を認識することで戦場ということを思い出す。


 ―――ペキッ…!


「あっ……」


 女は砕け散る木片とひしゃげた矢に自分の末路を見る―――、そんな気がした。


 ラマンユは間髪入れずに剣を投げ付け、少し先で断末魔が木霊する。


「―――伏兵だ、狙われていたのに気が付かなかったのか? 戦場で呆けていれば死ぬぞ?」

「は、はぃ……」


 年頃の娘は美しくも鋭い彼のその瞳の奥に映った慟哭で深淵を識る。


 どれだけの業を背負い、どれだけの哀しみを乗り越えてきたのか、推し量ることすら出来ない深い紫焔(しえん)を戦火が照らし出し、彼女はただ夢を描く。


(これが英雄―――、なのですね―――……)


 交わることのない世界線が絡まった一瞬はすぐ彼方へと流れていき、やがて戦いは終息を迎える。 兵士はみな、勝利の喜びより地獄を抜け出た安堵に項垂れた。


 むせ返るような煙の臭いと焼き(ただ)れた大地だけを遺して戦いは静かに幕を閉じるのであった。



ハジメマシテ な コンニチハ。

高原 律月です。


竜の魔女、第133話になります!

最近は短めなタカハラです、書く気ないとかではないです。


描写の補足をしておきましょうか。


彼女の顔を拭ったのは、伏兵に勘づいてることを悟られない為のフェイクです。


書いててしんどいから甘ったるいことしたとかではないです、断じて否です!


秘書ちゃんはモブなのでもう出てこないかもしれません(笑)


それでは、また次回〜 ノシ

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