#132.転機
ジャミルが摂政になってからしばらく経ったある日―――。
「伝令―――ッ!! 旧東国領から更に東―――!!
海峡を越えた先にある極東の国家が我が国に向けて進軍―――ッッ!!
東部領が反旗を翻し、引き込んだものと思われます―――!!!!」
思わぬ報せにジャミルが感情の任せて机を叩く。
「チッ―――!! よりにもよって内政がまだ不安定なこの時期に―――!!」
「クソッ―――! 東国のバカ共めッッ!!」
「陛下の温情をあだで返しおって!」
「ハザール様はやはり正しかったのではないか!!」
ジャミルを筆頭とした保守派が声を荒らげて罵声を放つとラマンユは黙ってそれを聞いていた。
(ハザールが撒いた種が実を結んだまでのこと―――。そんなことも分からないのか、バカはお前達だ―――)
そんな皮肉を心うちに押しとどめ、彼は会議と呼ぶにはあまりにもお粗末な罵り合いを聞き流して小さくため息を吐き出す。
「ベルノート総督、貴殿もなにか意見はないか?」
「僭越ながら―――…」
ラマンユは発言を促されると咳払いを一つして低い声で力強く言い切った。
「我が国が侵略されているのです、開戦は必至でしょう。今は一秒すら惜しい、自国の民達が戦火に晒される前に手を打つことが先決かと思われます」
「確かに……熱くなりすぎたな……」
ジャミルは大きく息を吐いて椅子に座り直すと、数分ほど考え込む。
「総督、各将を招聘し今すぐに軍議を開け。机仕事はこちらで進める。
貴殿は我が国を勝たせることだけを考えろ、いいな?」
「イエスサー、言われるまでもありませんよ」
「必要な手配はあるか?」
「東部方面の細かい地図と極東国家の文化形態が分かればありがたいものです……」
「すぐに用意させる、任せたぞ」
「御意―――…」
ラマンユが立ち上がりその場を後にするとジャミルの激が飛ぶ。
「こちらは後方支援の構築を詰めるぞ! 今すぐに経費を算出しろ!!
食糧の備蓄も早急に軍部に回せぇ!!」
彼の号令を背中越しに聞きながら青年将校は足早に宮廷を歩いた。
(さすがはジャミル将軍―――、考えていることをすぐ読み取ったな―――)
ラマンユはひたひたと忍び寄る煉獄の匂いに顔をしかめながら、自身の執務室で戦況を思案する。
「―――ずい分と険しい顔をなされておりますね?」
そう尋ねたのは秘書官だった。
「当然だ。内政が錯綜しているこの時期に東部の情勢悪化だの、いつまでもこの国は血なまぐさい匂いでいっぱいだ……」
「閣下―――…」
「よせ、俺はそんなお人好しじゃあない。返り血の匂いが染み付いたただの人殺しだ……」
「そう、ですか」
そうして、思案しているうちに伝令が駆け込んでくる。
「閣下、八将軍全員が揃いました!」
「わかった、すぐに行く」
青年は席を立ち、秘書官と共に会議室の前までやって来る。
秘書が扉に手をかけた時、ふと呟いた。
「閣下―――…」
呼びかけられた彼は秘書官を見やるが彼女はうつむき加減のままでその表情を読み取ることはできなかった。
「アナタは―――……いえ、私達は―――、あと何人、人を殺せば赦されるのでしょうか?」
それはあまりにも痛々しい本心だった。
「陛下は今日もまた人を殺せという……国を守る為などとうそぶくのはもうたくさんです……私達は私達同士で殺し合ってるじゃありませんか……」
彼女のか細く震える声にラマンユが落ち着き払った声で答えた。
「国を一つにしてみても、みなが一つの何かを夢見ても、人が生きていくというのはどこに行っても戦いだ。
お前も軍部を選んだんだ、その手を汚して自分の首にナイフを突き立てるくらいなら俺を刺し殺せばいい。
お前達に人殺しをさせているのはこの俺だ、他でもないこの俺なんだよ」
彼女はハッと我に返ったように顔を上げると泣きそうな顔を引き締めて頭を垂れる。
「閣下、軍議のお時間になりました」
「ああ―――…」
秘書官が扉を開け放つと、儚い光にラマンユはただただ目を細めた。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原律月です!
竜の魔女132話になります!
今回はちょい短め、幕間のようなストーリーになりました。
この辺の葛藤を描きたかっただけです、ごめんなさい(笑)
前半部分の会議は閣僚会議的なやつなので軍人はトップのラマンユ君しかいません、いちお補足説明です。
あと、八人将全員集合とキャラ紹介を入れたかったんですがキャラが増えすぎるのでカットしました。
このままモブでシーンカット無しにしておこうと思います(笑)←キャラの作り込みもしてないw
東部戦線をちょろっとやりつつ、本編に戻る準備してますのでもうしばらくお付き合いください!
それでは、また次回〜 熨斗