#131.変わらぬ世界
「総督閣下、お顔の色が優れませんな?」
すれ違うジャミルがそう尋ねると彼は思考の海から意識を引っ張り出して笑った。
「いえ、少々考えごとをしてまして……」
「歩きながら考えごとをするのは危険ですよ? 最近は何かと物騒ですから幾ら貴殿とはいえ、足元をすくわれるやもしれませんぞ?」
ジャミルが男前な顔立ちを崩して白い歯を見せる。ラマンユは嘘くさい笑顔を貼り付けたまま彼に尋ねた。
「ジャミル殿、そろそろ後任は決まりましたか?」
「ええ、考えが固まってきたところですよ」
「貴殿の後釜に座る方は大変だ。なんせ摂政になられる御方の後任ですからね」
何とも政治臭い腹の探り合いである。
「―――任命式はいつ?」
「陛下のお加減次第でありますなぁ……」
「やはり陛下は……」
二人は声を潜め、他には聴こえないような音量で言葉を交わす。
「やっと内政が落ち着いてきたこの矢先……陛下も心労が溜まっておられたのでしょうな……命に別状がないとはいえ、要らぬ不安がみなの間で広がっているのは確かだろうなぁ……」
「ジャミル殿が正式に摂政になられれば陛下もご安心なさることでしょう……」
ラマンユは周囲を見渡し人が居ないことを確認して袖口から紙を取り出す。
ジャミルが口元を綻ばせながらすっとぼけるようにして尋ねた。
「―――これは?」
「例の件、勝手ながら取りまとめさせていただきました。後でご確認ください」
「ふむ、よくは分からないが目を通しておこう」
「後はジャミル殿がカードを切るタイミングを図るだけです……」
「そうか。苦労をかけたな、ラマンユ殿」
「いえ、自分はこういうのが性に合ってます」
ラマンユは一礼し、静かにその場を離れた。
その夜、月の明かりもない漆黒の闇の中を影が走る。影は音もなく路地を駆け、寝静まったオランジットの街並みを不穏な空気で包んだ。
今日も遅くまで公務をこなしていたラマンユの背後を鈍色の凶刃が襲う。
「―――ッ!? ―――誰だッ!!」
―――キィイイィンッッ!!
彼は気配を頼りに振り向き、鞘から剣を一閃して影が放つ剣を受け止める。
「後ろからの不意打ちに勘づくとはな、さすがは英雄といったところかな?」
刺客は防がれるや否や直ぐさまに飛び退き、ラマンユと正対して剣を構える。
「僕を誰かと知っていて退かないとはな―――。
いい心がけだが命は大事にした方がいいぞ?
もっとも逃がすつもりもないがな!」
ラマンユが神速の踏み込みから横一文字に剣を奔らせる。
敵は布一枚で剣閃を躱し、真っ暗な宙を舞った。
「なかなかやるな……」
鮮やかな回避から流れるような剣激が放たれ、ラマンユは捌きつつ反撃を入れる。
往来のど真ん中で金属の叩き合う音が響き渡った。
「チッ……どうしてこうも動きづらい服装をしているんだ、やりにくい……」
ラマンユはカッチリと固められた服装と余計な布や無駄な装飾の多さに悪言を吐き捨てる。
苛立つ彼の散漫な動きを見逃さず、刺客は拳打をうち放った。
その拳はラマンユの横顔を捉え、青年は口の中に充満する血の匂いを思い出す。
刺客が手応えを感じて追撃を仕掛けようとするより早く、荒々しい縦一線の閃光が走る。
影は咄嗟に飛び退き辛うじて事なきを得たが、ラマンユは間髪入れずに距離を詰め、再度振り上げた刃を縦に振るう。
―――ガキッ!!
受け止めようとした剣が鈍い音を立てる。
―――キンッ……!!
力任せに振るわれたソレの威力に耐え切れず、刺客の剣が折れて弾け飛ぶ。
「クッ―――!!」
「遊びは終わりだ……さあ誰の差し金か吐け、ウジ虫……」
刺客は密かに重心を後ろにやり逃げる算段をつけると、ラマンユが言った。
「逃げれると思っているのか? この僕から?」
青年の放つ圧力に刺客は足の裏を地面から離すことも出来ず、ただじっと彼を睨め付ける。
―――ズルッ……―――ズルッ……。
不気味なほどに静かな深夜のオランジットに何かが引きずられるような音が響く。
刺客にとってその音は死よりも恐ろしい恐怖の気配に変わる。
―――ドサッ……!
真横に放られた土嚢のような何かを彼は反射で見やった。
「ひぃい―――?!」
人の死体だ―――、一突きで急所を抉られた仲間の死体を見て彼は悲鳴を上げる。
「はぁ……主人を迎えに行こうと思ったら賊に襲われるとは―――…思わず殺してしまいましたよ……」
上品な声色から発せられたとは思えない言葉に刺客は背筋が凍りつく。
「―――あら? アナタもお仲間ですか?」
彼がポンッと叩かれた肩を反射で見やると、返り血で血化粧をする貴婦人と目が合った。
恐ろしく美しい―――、闇夜の中でも分かるほどの白い肌に僅かな光を蓄えて貴石のように赤く輝く瞳―――、闇夜の黒をコントラストに鮮烈に彩る青い髪と赤い口、この世ならざる不条理に男は狼狽し錯乱した。
「こ―――、殺され――…っ!!」
男が逃げ去るように這いまわると踵の高い靴が彼の頭を踏みつける。
―――ごッ!!
「があっ―――!!?」
「失礼ですね、キミ……こんなに可憐な淑女を見て怯えるなんて……」
―――ズブッ…!
黒い細身の剣が男の背に突き刺さると生々しい音を立てて喰い込んでいき、押さえ付けられた虫のように忙しく動き回っていた手足がやがて力無く静止する。
「不愉快です、とっても……」
青の淑女は胸元からハンカチを取り出すと愛剣を丹念に拭き上げ、まるで食器具を扱うかのように優しく鞘に戻してラマンユに笑顔を向けた。
「おい、貴重な情報源だぞ?」
「どのみち、もう壊れてましたよ。あれではまともなことを聞き出せないでしょうよ」
「壊したのはお前だろ、黒妖の魔女……」
「ラマンユ、キミはあいも変わらず詰めが甘いですねぇー。
この人達の面はとっくに割れていますよ、ご安心なさって」
エミリアが挑発するような目つきで親指をクイッと後ろに向けると、ラマンユはため息混じりに呆れ返る。
「……いつの間に調べたんだ?」
「キミの目的はこの国の暗部とこの国を潰すことでしょう?」
「質問を質問で返すな、あほう……」
「手ぬるいって言ってんですよ、おバカさん。これくらいのこと、私がこっちに嫁いでから根は張ってます。
ベルノート家を舐めないで下さい、田舎もの」
「やれやれ、お前だけは敵に回したくはないな」
「貴族社会は情報戦です、覚えておきなさい」
明くる朝、世間の話題はある貴族の館が全焼して逃げ遅れてしまった当主の話で持ちきりとなった。
ハジメマシテ な コンニチハっ!
高原律月です!
竜の魔女、第131話になります!
サブタイトル通り日常パートです(?)
こんな話で話数を浪費してよかったのか、悩みどころではありますが前半部分は話の筋として入れておきたかったんです、後半はオマケです(笑)
もうすっかり全年齢対象か怪しい感じになってしまいましたが、過激な直接描写はないのでセーフ……だったらいいなぁーって考えてます。
後半の描写が万が一でも視覚化される時はプスッてするシーンはカットされるといいなって思います。
最近、エミリアさんが丸くなって可愛らしいフロイラインになっちゃったので初心に戻らねばと思いました まる
それでは、また次回〜 ノシ