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#130.生まれ変わったらキミとーーー

 

 夜会が始まり、魑魅魍魎が蠢く。

 ひしめく欲望をシャンデリアがギラギラと照らし出した。


「これは面白い―――、我が国には無いものだな―――」


 ヘンドリクセンは天井を仰ぎ、もったいぶるように笑う。


「ヘンドリクセン卿―――」

「ハザール殿、どうなされたか?」


 摂政ハザールがそんな彼を急かすようにして呼んだ。


「いえ、興じておられるところを邪魔立てするつもりはございませんが……」

「ククッ……私も必死でしてね。もったいぶるつもりは無かったのですが申し訳ない」


 ヘンドリクセンが同伴させていた女性に目配せをすると、彼女はそっと彼の横に立つ。


「先ほど軽く紹介させていただきましたが、これは私の姪です」

「シャイーハと申します……」


 女性は多くは語らず、ただ品よく会釈一つする。


「シャイーハ。こちらは我が国でもご高名であらせられるハザール様とユディル帝国でも指折りの名家であられるジャミル様だ」

「お噂はかねがね、お引き合わせいただき光栄です」

「お二人ともお忙しい方だ。後で色々と教えてもらいなさい」

「はい、叔父様」


 蚊帳の外となったラマンユが苦虫を噛み潰したような顔でエミリアを見やる。


「おや? なにかを言いたそうですね?」


 彼は苛立つように指で腕を叩くとエミリアがそれを見て笑った。


「仕方ないでしょう? 他にしようもありませんもの」

「なぜ言わなかった?」

「キミ、演技出来るような人じゃないでしょう?

 冷酷なフリをしてる時のキミ、見てて寒いくらいに大根役者ですよ?」

「クッ―――!!」


 クスクスと笑いを零すエミリアから顔を背け、ラマンユは不貞腐れながらその夜を過ごした。


 夜会も終わり、屋敷へと戻ったラマンユが息を吐いて座り込む。


「エミリア、僕はあんなの聞いてないぞ……」

「本当にキミは拗ねると可愛いですねぇー」


 彼女はドレスを脱ぎ、窮屈なコルセットを外してソファに投げ捨てる。


「―――ぷはっ!!」


 召使いが心得たようにローブを寄越しグラスに葡萄酒を注ぐと、エミリアはグラスを傾けて挑発するような目つきでラマンユを見やった。


「そもそもですよ―――…」


 グラスの中でくるくると回る赤い液体が少しづつ流れを止める。


「ご自身の予定をしっかりと把握なされてないキミに非があると―――、私はそう思いますが……どうですか?」


 彼女はグラスに注がれたワインを一息に飲み干して熱っぽい目で語る。


「ほっとけばいつまでも一人で考え事ばかりしていて、ちっとも身の回りのことも出来やしない……」

「―――うぐぅ!」

「今日に合わせて仕込みをさせてもらいました。ヘンディもこれは面白いと誘いに乗ってくれましたし、結果キミは助かったんですから私に感謝こそすれ、文句を言える筋合いはないのではなくって?」


 彼が言い返す言葉を探してガリガリと頭をかくと彼女は追い立てるように言葉を続けた。


「キミが思っているより政治ってのは腹芸なんですよ。

 いっつも私のことをバカ扱いしてますけどぉー?

 キミこそ成長ないんじゃありませんー?」


 エミリアはあっという間にボトルを空にすると剣呑な目つきでラマンユを指さした。


「だめだめれすよー? もういい歳なんだからしっかりしてくらはいっ!」

「飲みすぎだぞ……」

「いいんですぅー! あんなまっずぅいお酒を飲んだ後なんれすから!!」

「夜会であれだけ飲んでよく飲めるな」


 ラマンユの言葉に彼女は少しだけ反応を示すとグラスに残るワインを一息に飲み干し、机に伏してぼそりと呟いた。


「……今日みたいな日くらい私だってヤケ酒したいってもんですよ」

「―――……」


 ラマンユが彼女の傍に来てグラスにワインを注ぐと彼も一息に飲み干した。


「まずいな、よくこんなものを飲むな……」

「好きでもないのに付き合わなくていいですよ……」


 顔を背けたエミリアが不貞腐れたような口調でそう言うと、ラマンユは彼女の頭を撫でる。


「……悪かったな、ありがとう」

「―――っ!?」

「お前と同じ気持ちになってみたくなったんだ……たまにはな……」

「そーいうのはズルいです、おバカさん」


 甘い空気が二人の間に漂い、後ろから笑いを堪える声が聞こえる。


「クククッ……」


 二人が慌てて振り向くとヘンドリクセンが腹を抱えて口元を押さえていた。


「―――なぁっ!!?」

「へへ、ヘンディ?!」

「すまんすまん、面白くてなぁ!

 つい覗き見してしまったよ……ククッ……!!」


 耳まで真っ赤にする二人を見てヘンドリクセンは我慢ならないといった様子で笑い転げる。


「そして、すまないんだが私にも一杯いただけるかね?」


 彼は言うより先にグラスにワインを注ぐと駆けつけ一杯と一気に飲み干した。


「いいワインだ、これは飲みすぎてしまうな……それにしてもあの黒妖の魔女が娘さんのようなことをするとはなぁ!」

「う、うるさいですよ」

「魔女も女ってこったな。これを見れるなら苦労した甲斐があったってもんだな」


 エミリアは背筋を伸ばして体裁を取り繕うとヘンドリクセンに謝辞を述べた。


「恩に着ますよ、ヘンディ。アナタのおかげでうまくことを進めそうです」


 ヘンドリクセンはラマンユに目配せし、訝しがるように睨む彼に弁明するかのよう喋り出す。


「言いたいことはあるだろうが、これは全員の意見が一致してることなんだよ。

 お前さんは納得してないかもしれんが本人が望んだんだから覚悟に水差すような真似するのは野暮ってもんだぜ?」

「僕には関係ない……ないが、一つだけ教えてくれ。

 お前達はどうやって接触したんだ? 接点がないだろう?」


 ヘンドリクセンはエミリアに視線を送り、見やったラマンユがため息を吐き出した。


「……なるほどな」

「魔女は魔女ってことですよ、ラマンユ。私はキミの為ならなんだってする、そういう女なんですよ」

「今さらあーだこーだと言ったところで変わることじゃない。もっとも、言っては欲しかったけどな」

「だからですよ、そんなキミだからこそ言えなかったんですよ」


 話が一段落したところでヘンドリクセンが席を立ち、踵を返す。


「悪かったですね、ヘンディ」

「いい。お互い利益のある話だから乗っかった、それだけの話だ」


 彼は去り際に少しだけ立ち止まって言った。


「シャイーハのことなんだが―――、アイツはしばらくこの国にいるから顔を見たら挨拶してやってくれよ、総督殿……」

「僕はお前を許さない、これからもな」

「恨みを買うのはなれてるさ」


 掴みどころのない男はヒラヒラと手を振りながら屋敷を後にした。


 それから半年―――、ある噂が宮廷の中で広がる。

 ラマンユとすれ違った侍女達がコソコソと会話をした。


「ねぇ、聞いた?」

「知ってるわ、ハザール様のことよね?」

「かなり衰弱しているらしいわよ?」

「お年がお年ですものね、最後の最後に女に狂って死ぬなんて男ってのはどうしようもないものね」

「ああ、あの―――…公国の公女様らしいけど本当なのかしらねぇー?」


 その噂を聞いた後、ラマンユはあるところに向かう。

 彼は宮廷の最上階、窓から街並みを一望してそよぐ風に前髪を踊らせた。


 ―――コンコンッ!


 扉の向こうに座る可憐な女性が言った。


「―――どうぞ」


 ラマンユが静かに入室すると彼を認めるなり老人は伏せた床から体を起こして力の無い声を出す。


「おお、これは総督殿。こんな老いぼれの為にお足を運んでいただき、恐縮であります」

「ハザール様、お加減はいかがですか?」

「今日はご覧の通り、少しばかり調子はいいものです。

 ここ数日は熱にうなされておりましたが貴殿が来られる時はいつも調子がいい」

「そうですか……」


 ラマンユは部屋を換気するように窓を開けた。外の喧騒が少しばかり部屋に飛び込んでくる。


「先生―――、本日はどうしても聞きたいことがあって訪ねてまいりました―――」

「そう呼ばれるのは何年振りかな? どうしたのかね?」


 ラマンユは少しばかり俯き、大きく息を吐き出して静かな声で尋ねた。


「第三師団を公国に売ったのはアナタですよね、先生―――」


 思いもよらない急な話にハザールは首を横に振った。

 

「な、なにを言い出すかと思えば……」

「もう一人、第三師団を売って帝国に背いた人物がいるハズだ。

 ―――答えろ、ハザール!!」

「何を根拠にそんなデタラメを!」

「ヘンドリクセン卿から貴殿がしたためた手紙を譲ってもらったよ……言い訳するより先に言うことがあるんじゃないのか……?」


 ラマンユは懐から一通の手紙を取り出してハザールにまざまざと見せつけ、剣を抜く。


「お、落ち着けラマンユ君……今ここで私を斬ればキミの立場も危うくなるぞ!!」

「残念ながら立場など考えたこともありません。自分はあの日から第三師団の仇を討つ為だけに永らえてきましたからね。

 暗部の解体も残ってますが、まずは貴様から地獄に落ちろ、ハザール!!」


 うまく動かない体をジタバタと動かし芋虫のようにベッドを這うハザールを押さえつけ、ラマンユは彼の襟首を締め上げてもう一度尋ねる。


「共謀者は誰だ? 今すぐ吐け、さもなくば殺す……」

「シャイーハ! 今すぐ人を!!

 人を呼んでくれ! こ、殺される!!」


 この異様な光景の中、掠れる声で助けを求める老人を女性は冷めた目で見つめて優しく微笑んだ。


「シャ、シャイーハ……?」

「ごめんなさい、ハザールさん」


 シャイーハは深々と頭を下げると椅子から立ち上がり、ハザールの横に腰掛けた。

 

「くすくすくす……」

「な、なにがおかしい……」

「この色ボケジジィ、とっとと地獄に落ちろッッ!―――ですっ!」

「謀ったなぁ! キサマらぁ!!」

「アナタが動けなくなるように毒を盛っていたのは私です。

 死なない程度に盛って動けないようにさせてもらいました。

 ラマンユさんが来る時は調子がいい―――、それは間違えです。

 ラマンユさんが来る時はいつでも自白できるように毒を盛らないでおいただけです」


 ハザールは抵抗をするのを止め、力無くベッドに体を預ける。


「そうか……そうか……これも因果応報よな……」

「先生、共謀者を吐く気になりましたか?」

「わしにも矜持はある。墓場まで持っていくつもりだ」

「なぜ、ファリド将軍を裏切ったのですか?」


 ハザールは目を瞑り、目の端から零れた涙が頬を伝って枕に染みていった。


「アイツの為だよ……」

「なにを世迷言を!!」

「戦争が終われば武力など要らん。ワシに政治しか取り柄がないようにアイツには戦しか取り柄がないからな―――、花道を作ってやりたかった……若いもんには分からんかもしれんがな……」

「そんな訳の分からない理屈の為に彼らは死んだんですよ!」

「ワシら三人は半端者だったんだよ、それだけの話さ」


 ラマンユが怒りに任せて剣を振り上げるとハザールは憑き物が取れたように笑う。


「すまなかったな、老いぼれの道楽に付き合わせて」

「どうして僕だけを生かしたんだ……どうして僕に教えてくれたんだ……」

「それは自分で考えるんだな、最後の宿題だよ。自分自身、いよいよとなればなぜこんなにも生き汚くもがいたかも分からんよ……」

「―――うわああああああああ!!」


 青年は叫びと共に剣を突き立て、湿った音が静かな部屋に響いた。

 開いた窓からは子供達の笑い声が聴こえる。


「―――ラマンユさん」


 シャイーハが荒い息を吐き出す彼に声をかける。彼は焦燥した顔で彼女を見つめた。


「アイシャ、お前はなにを考えてるんだ……?」

「アナタの復讐を手伝いたかった、それだけですよ」

「なんの為に僕がキミから離れたと思ってるんだ」


 アイシャは彼の手を取ると出会った頃のように恥ずかしそうにほほをかいて笑う。


「えへへ、どうしてもアナタに振り向いて欲しかったんですよ。

 大好きなアナタにただただ尽くしたかった……またアナタと手を繋ぎたかったんです……」

「バカがッ―――!! マリアムの分も生きろと言ったぞ、僕は!」


 少し慌ただしい足音が階下から聞こえる。ラマンユは開けた窓に飛び乗り、最後にアイシャをもう一度見やった。


「そんなだからですよ、私の英雄さん―――」

「アイシャ―――…」

「さあ、行って! ここにいてはダメです!

 後は私に任せてくださいっ!!」


 彼は飛び降りる刹那、彼女に声をかける。


「ありがとう、アイシャ―――恩に着る―――」

「ああ、それが聞きたかったの―――…」


 ラマンユの姿が窓から消え去ると彼女は笑った。












 ―――ズブッ……。










 湿った音が彼の耳に届くと、ラマンユは目を閉じ強く歯を食いしばりながら宮廷を後にした。





 今日もまた、奇妙な噂が宮廷内を駆けていく。

 ラマンユの前を通り過ぎて行く女達は今日もまた会話に励む。


「ねぇ、聞いた?」

「知ってるわ、ハザール様のことよね?」

「若い女と心中したらしいわ……」

「公国の公女なんていうのはデタラメだったみたいね」


 ―――それはどうか、分からない。


 彼は心の中でそう呟いて彼女達に背を向けて歩いていった。



ハジメマシテ な コンニチハ。

高原 律月です。


竜の魔女、130話になります!

節目の回なのにとんでもない話になっちゃいました、アイシャちゃん退場です( ´•̥ ω •̥` )ブワッ!


ちなみにシャイーハはアイシャのスペルを並び替えです。

ピンと来た人がいたかもしれないので前半部分のラマンユ君とベルノートさんとヘンドリクセンさんの会話がわざとあんな感じになってます。


前回、貂蝉のようなと言いましたがまったく違いましたね!笑


ちょっと言える言葉が見つからないので今回はここまでにします(*・ω・)*_ _)


それでは、また次回〜 ノシ

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