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#129.シオンの花言葉

 

 ラマンユは屋敷に着くなり、自室に篭もり詰まった息を大きく吐き出した。


「ふぅ……」


 ほどなくして、エミリアが深青(しんじょう)の美しいドレスを纏いやって来る。


「ラマンユ、またキミは1人で十字架を背負ったのですね」

「僕は誰も信用することは無い……それだけだ……」


 エミリアのいれた飲み物を一息にあおり、彼は考え込むようにして深く腰掛ける。

 長い時間、ラマンユは一人で物思いにふけた。

 彼はひょんな拍子でエミリアの存在に気が付き、声をかける。


「まだいたのか……」

「ええ、ずっといましたよ?」

「座ればいい」

「視界に入れば考えごとの邪魔になるでしょう?」

「そうか……」

「そうですよ」


 また静かな時間が流れる。


 しばらくしてエミリアが言った。


「ああ、そうそう」

「どうしたんだ?」


 不意な言葉にラマンユは薄い反応で答える。


「今夜ってジャミル将軍主催の夜会がありませんでしたっけ?」

「おい―――、もっと早く言え!!」


 ラマンユは椅子から飛び上がると忙しなく支度を始めた。


「わざとギリギリの時間まで言わなかっただろ?」

「クスクス……」


 珍しく慌てる彼を見て、からかい上手の彼女は小さく笑みを零した。


「自分だけはちゃんと支度を終わらせている辺りが陰湿だぞ?」

「私のことをちゃんと見てればすぐにお分かりになったでしょう?

 いつも興味無さそうにしているキミがいけません」


 青年が支度もそこそこに館を出ると後を追うようにしてエミリアも馬車に乗り込む。


「将軍職はずい分と板に着きましたが、この手のことはまだまだですねぇ〜」

「悪いな、平民どころか貧民の出なんでな!」

「クスッ……国の上に立つならこういうことこそ疎かにしてはいけませんよ?」

「分かってたつもりだ……」


 上下する馬車の中でラマンユが不貞腐れたように深く腰掛けて彼女から視線を外す。


「……野暮天、なにも仰っては下さらないのですねぇ……」

「なにがだ……?」

「もう結構です!」


 彼女が伏せ気味に顔を背けると、腰まである瑠璃色の髪がはらはらとバラけ、質のいい大理石で作られたかのような横顔から覗く憂いを帯びた瞳と鮮やかな口元を大人らしくさせていた。


「いくらそんなことをしても無駄だぞ、エミリア」


 ラマンユはエミリアのわざとらしい仕草に大きく息を吐き、呆れたような目つきで彼女を見やる。

 彼女はそう言われるなり茶目っ気たっぷりに片目を閉じ、お行儀よく座り直した。


「あいも変わらず朴念仁ですねぇ、ホント」

「お前の方こそ懲りずによくやるな」


 そんなちょっとしたやり取りのうちに馬車が停泊する。


「これくらいの距離、歩いた方がよほど楽なんだが……」

「激しく同意します、ダーリン」

「最後の一言は余計だぞ、ハニー」


 エミリアは先に降りたラマンユから差し出された手を繋ぎ、豪奢な馬車から会場に降り立つ。


「噂に違わず…いやはや、なんとも……」

「何度見ても美しいな、黒妖の魔女と呼ばれるだけはある」

「お美しいですわ、お二人とも……」


 ラマンユとエミリア―――。

 二人の放つ圧倒的な存在感に会場は呑まれ、老若男女を問わず衆目はただ感嘆の吐息を漏らす。


「……今日もザコばかりですね、情けない」

「お前は黙っとけ、喋るとあほうが露見する」


 エスコートするラマンユの横で口元を隠したエミリアが小さく毒を吐くと、ラマンユは咳払いをしながらトントンと打音信号を送り、彼女の毒吐きに抗議した。


「事実は小説よりも奇なり……とは、このことでしょうか?」

「絶対に違う、お前のは他人を見下しているだけだ……あほう……」

「だってぇ、読み物だってここまでおバカさんは揃いませんことよ?」

「相変わらずゲスなヤツだな」


 彼女はラマンユに笑いかけたのか、それとも自分を賛美する平凡を嘲笑したのか、にこりと口角を持ち上げて手を振り、真っ赤な絨毯の上を闊歩する。


「チッ―――…」


 唐突に彼女は舌打ちをした。


「どうした?」

「今すれ違ったオンナ、キミのことを色っぽい目で見てました。

 ……―――後で殺してしまおうかしら?

 夜会が始まって迫ったりでもしたら絶対に報告して下さいね?」

「それを聞いて報告する訳ないだろ……」

「では、今夜は私の傍から離れることを許しません……よろしくて?」

「アナタのお心のままに」


 そんなちょっとした余興をしているうち、主催する男の元に二人はやって来る。

 威厳のある老人と話していた彼はラマンユ達に気が付き、人好きのする笑顔を貼り付けた。


「―――おお! よくぞ来られました、エミリア様!!」

「このような意義のある会に我が家もお招きいただき、主人共々いたく光栄であります」


 先ほどまでの彼女はどこに行ったのか―――、片膝を付き顔を伏せたラマンユは周りに聞こえないような音量でため息を吐き出した。


「なにを仰るのですか、家格は貴候の方がよほど上ではありませんか。

 歴史あるベルノート家の当主をこのような田舎貴族の集まりにお呼び出しした非礼をお許し下さい」

「いえ、当家は御国のご恩情のお陰で何とか取り持っているようなものです。

 貴家の発展、益々、我がベルノート家もお支えさせていただきとう存じます」


 ジャミルは満更でもない様子で弾む声色を出してラマンユに声をかけた。


「総督殿、お顔を上げなさってください。我らの仲です、どうぞ平にご容赦ください」

「いえ、自分など右も左も分からぬ若輩ですので……貴殿にご教授いただきたいことばかりであります……」

 

 ラマンユが立ち上がり会釈をするとジャミルが右手を差し出す。ラマンユがその手を取ろうとした時、ジャミルは意地の悪い声でわざとらしい声を張り上げた。


「おお! そういえば―――!!」


 静まり返る場内で一同の視線がある一点に向かう。ラマンユ達の背筋を冷や汗が流れる。


((来たか―――…!!))


 身じろぎ一つもせず、ラマンユは次の言葉を待った。


「開宴の定刻より半刻ほど経ってしまっておりますが―――…」


 固まる彼の右手をがっしりと掴み、ジャミルは言葉を続けた。


「なにか事情がおありで―――?」


 張り詰めた空気の中でジャミルの圧のこもった言葉が響き渡る。

 ラマンユがその圧をただじっと堪えているとエミリアは背筋を伸ばし口を開いた。


「当家の方でちょっとしたサプライズを用意しておりまして―――…」


 まさに青天の霹靂―――、聞いてないぞと言わんばかりにラマンユは目を見張り、彼女に視線を向けそうになるのを堪えた。


 ―――コツン、コツン。


 二つの足音が聴こえる。片方はどうやら踵の高い靴を履いているらしい、僅かに高い音からラマンユはそう推察する。

 静かに騒めく会場で誰かが言った言葉が彼の耳に届く。


「ヘンドリクセン卿―――…」


 思わぬ言葉にラマンユは振り向いてしまった。

 一瞬忘れた我をエミリアの目配せに合わせて強引に引き戻すと、ラマンユは彼女の横に移動し深く頭を下げる。


「あい申し訳ありません、彼女らは私の到着を待っていたのです。

 遅参いたしました非礼、どうぞこのヘンドリクセンに取り直させていただきたい」


 公国の―――、属国となったとはいえ歴史ある大国の大公が一介の貴族に頭を下げる。

 その衝撃は会場内を駆け抜け、慌てたのはジャミルの方である。


「へ…ヘンドリクセン卿、よしていただきたい。本日の夜会、元より無礼講であるゆえ非礼などありはしません!!」

「ジャミル殿、そうはもうされましても……我が国の沽券に関わることですから……」

「そうですか……でしたらこの件は良しなにしていただけると幸いであります……」


 慌てふためくジャミルにヘンドリクセンは意地の悪い笑みを浮かべ、同伴させていた女性を横に立たせる。

 ラマンユの横に立つエミリアかそれ以上の品格を纏い、女性は会釈した。


「こちら、私の姪であります。至らぬ点が多いですが勉強を兼ねて是非とも夜会に参加せたいと―――…、私がベルノート家に無理をお願いしたのです」

「そ、そのような事情でしたか! 先にご連絡くださればお迎えに上がりましたのに……」

「いえ、なにぶん急な話―――余計な混乱を招きましたことを深くお詫び申し上げます」


 ヘンドリクセンが意地悪くもう一度頭を下げるとジャミルは針のむしろに座らされた気分になる。


 先ほどまでの優越感はどこに行ったのか―――、冷や汗をかきながらヘンドリクセンに頭を下げることのないようと何度も繰り返す。


 そんなやり取りをどこ吹く風か、老人は呆けたように一人の女性を見つめ続けていた。


「摂政殿? いかがなされたかな?」


 大公が訊ねると老人は慌てて視線をヘンドリクセンに戻す。


「―――いえ、遠路はるばるようこそお越しくださいました!

 私なぞが陛下の代わりに貴殿に挨拶するなど恐れ多いことではありますが―――…」

「本日は無礼講と聞き及んでおります。身分や家格などありはしませんよ」


 主役の座をかっさらった百戦錬磨の男は不敵な笑みを嘘くさい笑顔の下に隠した。



ハジメマシテ な コンニチハ!

タカハラリツキです!


竜の魔女、第129話になります。

いよいよ次のシーンに進む予感がしますね。


新しく登場した女の子はいわば貂蝉のような存在です!

いや、ちょっと違うかも(笑)


ちなみにラマンユ君は完全に蚊帳の外ですw

一人だけ本当に何も知りませんw



次回、道端で小石を拾ったら竜の魔女と恋に落ちました〜成り行きで英雄認定されたので気ままに世界を救います〜130話「生まれ変わったらキミとーーー」


ようやくラマンユパート中盤が終わりますよ!この次もサービス!サービスぅ!!


それでは、また次回〜 ノシ


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