#128.彼ノ嘆キハ調べトナリテ
「総督、包囲が完了しました」
部隊長がかしずいて馬上のラマンユに報告すると彼は静かに頷いた。
「全軍かかれぇい!! ネズミ共の巣穴を徹底的につぶせぇええ!!!!」
部隊長の荒々しい号令の元、兵士達は虚ろな目で怒号を上げて大地を蹴上げる。
包囲した近隣一帯の農村を押し潰すようにして鎧が叩く金属の音はユディル帝国北東部のとある地方に響き渡った。
ラマンユは見晴らしいのいい小高い丘に陣取り、あちこちからとつとつと上がる煙を見やる。
「総督、これに一体なんの意味が……」
「ヤツらは反逆者だ。納税を渋り、武力蜂起を画策してると報告があった。
根絶やしにしろと陛下からのお達しだ……」
「陛下? 摂政殿の間違えでは?」
「ハザール様の言葉は陛下の言葉と同義だ。俺達は考える必要もない」
響き渡る悲鳴に部隊長は強く目を瞑り、掠れる声を絞り出す。
「ち、違うでしょう……これは……」
「なにが言いたい? 俺は考えるなと言ったハズだぞ?」
「言いがかりだ、かつて東国の領地だったこの一帯で根強い支持を得る領主を葬る為の謀略だ。
納められる訳がない膨大な税を吹っかけて反逆罪に問うなど人のすることじゃない……」
ラマンユが冷徹な眼差しで彼を見やると、部隊長は唾を飲み込んで青年を睨め付ける。
「ラマンユ様、貴殿はこんなことを許せるのですか?」
「無論、陛下の言葉はこの世界の何よりも重い……貴様こそソレを分かっているのか……?」
「民衆人気の高い貴殿を利用して悪事を正当化しているのですよ!
プロパガンダに利用されているのは分かっておりましょう!!
目を覚ましてください、英雄ラマンユ・ハキラフ!!」
ラマンユの胸ぐらに掴みかかり、部隊長の叫びがよく晴れた空の下で響き渡る。
「そうか……貴様とは第三師団の頃からの付き合いだったな……」
「もう我慢比べはいいでしょう! 無理ですよ、この国も陛下も……変わりやしないっ!!
今こそ英雄の立つ時ではないのですか?」
彼の言葉に青年は優しく微笑んだ。
そよ風が血なまぐさい匂いと人の焼ける煙を運ぶとラマンユの前髪が揺らめく。
「そうだな……」
「ラマンユ様っ!!」
部隊長が襟から手を離した時、彼の腹に冷たい何かが突き刺さる。
「ごフッ―――っ!?」
ラマンユは笑顔を崩すこともなく剣を突き立て言った。
「これだからバカは根を腐らせる……」
ラマンユは抜いた剣先をもう一度突き立て、激しい憎悪をぶつけるように執拗に彼の腹を抉る。
「どう―――、して―――」
「―――英雄? ―――我慢比べ?
お前は何を言ってるんだ?
僕はこの世界がどうなったって構わない。
ただ憎い……この世の全てが僕にとっての地獄だ……真っ当に真っ直ぐ生きてこられたお前達と僕とではそもそもが違うんだよ……」
「貴殿は……そんなにも……」
「全部が全部、何もかも偽りなんだよ―――…」
青年は部隊長の腹から血塗れた剣を抜き取り、首元に突き立てる。
部隊長は彼の目尻から垂れる血色の涙を見てはにかんだ。
「―――理想の続きはあの世で見るんだな」
「―――先に地獄で待ってますよ、中隊長」
殲滅戦もあらかた終わり、制圧した村をラマンユが見て回る。
「おい―――…?!」
「正気じゃない―――…」
凄惨な戦地を馬上から冷めた目で見下ろす青年を兵士は恐れ、彼らは馬の後ろに括り付けられたモノを強ばる目で凝視する。
「部隊長――――――……」
血塗れで引きずられる死体はもはや流す血も無く、ただ打ち捨てられた道具のように力無く野を這った。
「彼は戦死した……捨て置くことが出来なくてな、非礼を承知でここまで連れてきた……」
「こんな扱い……あんまりだ……」
「―――貴様達も戦死したいか?」
青年の放つ眼光の圧に優に年上であろう男達は押し黙る。
「国に逆らえば誰であろうと末路は同じだ。貴様ら、ソレをゆめゆめ忘れるなよ?」
「―――イエッサー!!」
燃える瓦礫の中、ラマンユを瞳の中に捉えて憎しみを燃やす存在があった。
―――ヒュンッ!!
―――ガッ!!
唐突に放たれた石つぶては彼の側頭部に当たり、少しの静寂のあとラマンユの横顔からあごを這って血が垂れる。
「おい―――…」
恐怖に凍りつく兵士達を睨み、彼は静かな声で激情を燃やした。
「―――俺は殲滅しろと言ったハズだぞ?
ガキ共に同情したか、この腰抜け共がッ―――……」
震え上がる大人達の横で家族を奪われた少年達が憎しみのつぶてをぶつける。
―――ガッ!
「ちくしょう! なにが英雄だッ!」
―――ゴッ!!
「この人でなし!!」
―――ガツッ!
「みんなを返せ! この悪魔ッ!!」
ラマンユは石をぶつけられながらも臆することなく少年達に詰め寄り、静かに嘲笑った。
「貧相な言葉しか知らない哀れな下民が……だからお前達は搾取されるしかないんだよ……」
ラマンユが一人の子供の乱暴に持ち上げ、思いっきりに少年の頬を殴り飛ばす。
少年は歯を食いしばり、殴られた後も絶えず彼を睨み続ける。
そんな少年を彼はまた殴った。
見かねた兵士の一人が勇気を振り絞ってラマンユの腕を掴み上げる。
「そ、総督……!!
相手は子供ですぞ!!」
「だからなんだ……?」
「ヒッ―――!?」
ラマンユが少年から視線を外し若い兵士を威圧すると、睨まれた兵士は思わず尻もちをついて座り込む。
―――ペッ…!!
掴み上げた少年が唾を吐きかけると彼の横顔にべったりと張り付き、ラマンユが静止する。
「おい、お前―――…」
「お前なんか死んじゃえ! この人でなし!!」
「自分の立場くらい弁えろ、クソガキが……」
「俺は死ぬのなんか怖くないっ!! お前なんか怖くない!!」
しばらくの静寂があった。
兵士は上手く飲み込めない唾を無理やりに喉奥に押し込み、震える子供達は目を瞑って何かに祈るように固く両手を結んだ。
「俺の言ってる言葉の意味を教えてやる。
お前一人の正義感で何人を巻き込むつもりだと聞いてるんだ……お前の自己満足でコイツら全員を巻き添えにするつもりか……?
力が無かったお前が全部悪い、兵士共が見逃してるうちに大人しくしておけば良かったんだよ……俺を殺せない非力な自分を恨め、世界を恨め……そのうちお前は俺と同じだ……。
その先にあるのは、こんなのは生温い本当の生き地獄だぞ?
何人を殺しても、どれだけの人間を踏み潰しても終わることの無い煉獄が待っている。
―――お前にそれが分かるか?
自分一人の為に関係ない人間を巻き込めるお前なんかの足りないおつむでそれが分かるのか? と―――、聞いているんだッッ!!」
ラマンユが襟首を絞り上げると少年は痛苦を漏らして喘ぐ。
「うぐぅ―――!?」
「お前みたいなバカが一番嫌いだ。全部を喪う前に利口になるんだな……」
ラマンユは乱暴に少年を放り捨てると兵士に告げた。
「コイツらを1匹残らず拘束しろ……後でこの俺が直々にぶっ殺す……」
「そ、そんな―――!!?」
「―――早くしろぉおお!!」
ラマンユが珍しく声を荒らげると兵士達は彼らの身柄を拘束し、汚い馬車の中に押し込んだ。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原 律月です!
竜の魔女128話の完成です!
やっとここに来ました!長い、とにかく長い!!
重すぎて疲れましたよ、ええ(꒪꒫꒪ )
王道ヒロイック・バトルファンタジーテイストなのに慣れないシリアスとダークサイドを入れたことで正直しんどいです(ラマンユパートずっと暗くて頭が痛い( ੭⌯᷄ω⌯᷅ )笑)
まだダーク・ファンタジー続きますよ!
もう勘弁してくださいっ!(´;ω;`)
それでは、また次回〜 ノシ