#123.顛末
バトラス・ハリファ・アクラフ、中隊長の三人の遺体がラマンユ達の陣内に移送され、壊滅的な打撃を受けたフェードラッヘ隊は彼らの遺体と共に停戦の使者を派遣した。
「此度の戦、双方の被害を考え停戦を結びたく参りました」
使者が淡々と用を告げるとラマンユは答える。
「……それは降伏と受け取ってよろしいか?」
「我が国のほとんどの戦力を投入しての防衛戦でしたが我が軍は壊滅的な打撃を受けております。
現状で帝国の第二波を抑えるなどいたずらに死者を増やすだけだと―――、ヘンドリクセン卿はそう判断なされました。
降伏に等しいと受け止めていただいて構いません」
「そうか……」
「私がお持ちした書状に子細が記されております。貴殿がそちらを本国に届ければこの戦は終戦となるでしょう。
土台無理な話だったんですよ。国力・軍事力共に遥かに劣る窮鼠が獅子に噛みつくなど―――、上はそんなことも分からないから自首を締め上げ破滅することになったんです」
公国から派遣された使者は風に流れる瑠璃色の髪を押さえ控えめに笑う。
彼女は人払いを促すようにして挑発的な目線をラマンユに投げかけた。
青年は逡巡し、陣内から人を払わせる。
「……黒妖の魔女、貴殿は本当に使者としてここに来てよかったのか?」
「構いません、それが私のお仕事ですから」
ベルノートはラマンユの向かいに腰をかけ、自身を計ろうとする怪訝な目つきの青年に洗いざらいをぶちまけた。
「この戦、最初からヘンドリクセンと帝国の奸計だったんですよ。
両者の利害は一致していましたからね。
ヘンドリクセンは上の席に座る連中が気に食わなかった。
帝国は自国の強さを民衆に誇示したかった。あわよくば、目の上のたんこぶである第三師団長ファリドとその忠臣達を亡き者にして自分達の権力を確実にしたかった。
私もキミも権力闘争の傀儡にさせられたんですよ、ご愁傷様でした。
その点について私はキミに同情します。子供に近い年齢のキミがこのような泥沼に放られたことは時代の不幸としか言いようがないでしょうね」
自身の立場はさておき、ベルノートは憑き物が落ちたように笑った。
「……貴殿が使者としてやって来たということは処遇は理解してると思うが?」
「ええ、そうですね。捕虜として拘引されるだろうということは重々承知しておりますよ?」
「帝国の将として自分はベルノート殿を安全に我が国まで移送するつもりではいるが―――…」
「続きは言わなくても分かります。私は恨みを買いすぎましたからね、くすくす……」
ラマンユは呆れたようにして椅子の背もたれに体を預けた。
「黒妖のベルノート、噂に違わず食えないですね…」
「そうかしら? 私は何かを行う時は自身の行動がどう影響を及ぼすかを常々考え行動しているつもりですよ?」
「第三師団にとって貴殿は仇敵だ、それは自分にとっても……」
不思議と嫌味を感じない―――、それはラマンユにとって戸惑う感情だった。
目の前にいる人間は殺したいほど憎いハズなのに、いま会話をするこの人間は憎き仇と同じ人物とは思えない。
そんな妙な空気を持つその魔性に触れた時、ラマンユの背筋は凍りつく。
「ゆえに魔女か―――…」
意識せずに漏れ出た言葉をベルノートは聞き逃さなかった。
「キミも私を畏れますか、ラマンユ・ハキラフ」
「畏れた訳じゃない…腑に落ちたんだ……」
「かわいいですね、手負いの狼のように」
ベルノートが妖艶な微笑を浮かべながらじっと青年を見つめる。
「その奥に隠しているものはなんですか?」
「貴様には関係のないことだ……」
「私を覗くその目は憎悪に満ち満ちている―――。
けれどその怒りは私を見てはいない―――、違いますか?」
ラマンユは彼女の赤い瞳の中に忘れたはずの感情を思い出す。
彼女は望まない―――、この三年間ずっと言い聞かせてきた―――。
「キミを裏切ってきたものはなんですか?」
ベルノートの囁きにラマンユは首を締め上げられたように荒い息を吐き出した。
「憎むべきは私ですか? ヘンドリクセンですか?」
「そうだ、お前達が第三師団のみんなを…僕の家族を殺した……」
「いいえ、偽らないでください。その憎しみは私を見てはいない、もっと遥か先に在るはずです」
揺らぐ彼の心を抉るように―――、あるいは擦り潰すように―――。
ベルノートは狂おしいほどの同情をもってラマンユの心の内側に触れる。
「キミは何に怯えるというのですか?」
「――!! やめろぉおおおおおお!!!!」
彼は声を荒げた。
生まれて初めてともいえるほどの激情がラマンユの身を焦がす。まるで業火が灼くかの如くヒリつく肌に粟立つ心が騒ぐ。
揺れる篝火に飛び込む蛾が焼けていく様を見てラマンユは無意識に掴んでいた彼女の首から手を離した。
「けほっ…」
「僕は―――」
「キミの本性は愚かなケモノです、人の皮を被った哀れな出来損ないです。
なぜ人のフリをしようとするのですか? なぜ衝動を殺すのですか?
私に魅入られた時からキミはもう、自身の本質に気が付いていたのではないのですか?」
「僕はお前とは違う! マリアムはそんなことの為に死んだんじゃない!!」
「その人はキミに何を望んだのですか?
守れなかったキミに足りなかったのは力ではありません、覚悟です。
世界を否定してでも望むものを手にする覚悟を持てなかったその弱さがキミの世界を殺したんです」
「彼女は僕に平凡を望んだ、だから僕は……」
「普通や平凡なんてものは存在しないんですよ。夢の国に行こうとも、現実を忘れようとも、狂気は足元からやって来ます。
―――普通を望む、それこそが狂気なんですよ」
「違う! ただ平穏に―――、当たり前を生きたいと願って、彼女は―――っ!!」
ベルノートは小さな声で笑い、言った。
「世界を恨むキミが普通の暮らしを望む、と?
大切なその人は骨の髄まで恨みを染みさせたキミを見て同じように笑ってくれると?
この世界に救いも祝福もありません。
神を忘れた私達人類が希望に縋ってなんになると言うのです?
壊せばいいんですよ、この世界も希望という偶像も!!
キミはその手の中に総てを握っているのですから! そうでしょう、偽りの英雄!!」
「僕は英雄なんかじゃないっ!! なにも守れやしなかった……!」
「いいえ、キミは立派な英雄ですよ。
世界の命運を分ける戦に勝ち、血塗れる道を歩く宿命を背負いし世界の選ぶ英雄―――、これは運命なんです」
エミリア・ベルノートが左手を出すと、その手のひらに小さな紫色の小石があった。
「我が名はエミリア・ベルノート、真名をアジダーハと言います。意味するは、人が忘れし神が一柱。
さあ―――私の手を取りなさい、ラマンユ・ハキラフ。その瞳には世界の真実が見えているハズですよ?」
「僕は―――っ!!」
「虚構の世界を救い、真理の扉を開く時が来たのです―――!!」
ラマンユは魔女の手に転がる小石に触れ、望む。
―――虚構に満ちた世界を壊す力を願う。その日、確かに世界は輝いた。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原 律月です!
竜の魔女、123話になります。
ラマンユパート、最大の見せ場が終わりました(笑)
後は闇堕ちしたラマンユ君が今の世界を創り出すだけですねꉂ(´꒳` )ケラケラ
色々と裏話もあるんですがネタバレ含むなので内緒にしておきます(笑)
それでは、また次回〜 ノシ