#122.終戦
敵陣深くまで潜り込んだアクラフは馬上から降り、一人の敵将に切っ先を向ける。
「――久しぶりだなぁ、グランツ! 旧知の友の顔を見に参った、相手してもらえるかな?」
敵将グランツも側仕えから剣を受け取ると抜き身の切っ先を払い、静かに構える。
「アクラフ、貴様と戦場のど真ん中で相見えるとはな……何年振りだ…?」
「さあな、今はお互いチャンバラする歳ではなくなってしまったからなぁ〜」
「すっかり角が丸くなったかと思えば……いやはやどうして、未だにその目は昔のままか……」
二人の間を一陣の風が吹き抜けると彼らはほぼ同時に踏み込み、金属同士が叩き合う甲高い音を上げた。
「――クッ!!」
「――ぬぅ!!」
鍔迫り合いに瞠目し、お互いの信念を剣先に乗せた二人の将が戦場のど真ん中でせめぎ合う。
「グランツ、その歳でそんなに張り切るなよ…腰をやるぞ…?」
「アクラフ、貴様こそ机仕事ばかりしてなまってるんじゃないのか?」
二大国の意地をかけたその刃先は言葉を纏い静かに拮抗する。
「――その耳、どうした?」
「なに、祖国に奉じてきたのさ……」
「貴様ほどの男がそんな羞恥を晒すなど!!」
「ベルノート様は我が国の剣であり盾だ。
祖国の為ならば俺の外聞などはどうでもよい!!」
グランツの気迫に押し負けるようにしてアクラフが刃を押し込められる。
「それに貴様の方こそなんだ? 年甲斐もなくこんなところまでノコノコと入り込んできおって!
祖国より私情を優先させた貴様の刃などまるで軽いッッ――!!
羞恥を晒して無様に藻掻いているのはお前の方だ! アクラフ・マハラーム!!」
金属の擦れる音と共にやって来た気迫の一閃をアクラフは皮一枚で躱し、目の前に立つ男の大きさを改めて思い知る。
「グランツ・シュバインシュタイガー、お前にそうやって説教されるのは何度目だろうな――。
黒妖のベルノート、確かにあの女はお前ほどの男が惚れ込むだけの才覚を持ってるよ。
しかしな、ウチの大将だって負けやしない……グランツ、お前は一つだけ勘違いしているぞ?
俺はアンタのところに憂さ晴らしに来たんじゃない! アイツを勝たせる為にここに来たんだ!!」
「お前が命を捨てるほどだとでも言うのか?」
「ああ! 俺はやっと俺の為に戦える!!
国の為に将軍の為に、そしてアイツらの為に! もうたくさんなんだよ、いい子ちゃんやってるのはよ!!」
アクラフが一足飛びでグランツの元まで詰め寄り、怒涛の連撃を上から下右左と浴びせかけ、グランツは彼の猛攻を何とか凌ぎながら反撃する機会を伺う。
正確に弾かれる剣撃にアクラフはグランツという男の勤勉さや実直さを改めて理解する。
グランツもまた、響く剣の重さにアクラフの想いを知った。
「ぬぅ!! なんという気迫…これが貴様の本気という訳か……」
「これだけ攻めても捌かれるとはな、さすがだ!」
二人の戦いが拮抗する中、遅れてやって来たラマンユともう一つの不穏な影――その影が戦況に混乱をもたらした。
「―――グランツ、いつまでアクラフ一人と遊んでるんだ?」
公国総大将、フェードラッヘ隊を率いるヘンドリクセンが突如として二人の戦いに乱入したのだ。
ヘンドリクセンは戦いの場に乱入するなり弓矢をアクラフに向けて掃射―――、アクラフがその凶刃を受けて為す術もなく血しぶきを上げる。
「――ぐ、ふっ…!?」
帝国軍きっての知将は青ざめるグランツの顔を赤に染まった視界で眺めながら大地に倒れた。
「―――アクラフッ!?」
そう悲痛な声を上げたのは帝国軍でもないグランツだった。
一瞬の出来事にやって来たばかりのラマンユは思わず言葉を失う。
「敵将を討ち取って情けない声を出すなよぉ〜、グランツ。
これで帝国の要石三つを砕いたんだ、喜ぶべきところだろう? クハハハハ!!」
「クッ……このような形で討ち取るなど…!!」
「今ごろ、ベルノートの方もカタがつく頃じゃないか? 愉快だなぁ!!
あれだけ苦しめられてきた帝国第三師団がこうもあっさりと崩壊するとはなっ!」
ラマンユは慌ててアクラフの元に駆け寄り、その身を抱き起こすと彼は息絶え絶えの言葉を紡いだ。
「ラマ…ンユ……、すまない…後は任せた―――…お前ならこの戦況も―――……」
「ア、アクラフ殿!?」
帝国の若き将に希望を見つけたアクラフのその死に顔は穏やかでどこか嬉しそうでもあった。
「貴様ぁああああああ!!!!」
怒号を発しながら睨むラマンユをヘンドリクセンが冷めた目で睨み返す。
「なんだ、小僧? お前などはどうでもいい、俺の気が変わらんうちにさっさと尻尾を巻いて退散するんだな…」
「――ッッ!! このまま引き下がれるかぁ!!」
衝動のまま剣を抜き払って飛びかかるラマンユの一閃を事も無げに受け止め、ヘンドリクセンは笑った。
「お前に死なれては困る御方がいるんだよ、分かれ青二才……」
「黙れぇ!! このクズ野郎っ!!」
「おいおい、ここまで来てそう熱くなるなって。
頭で分かってんだろ? お前達は味方にハメられたんだよ」
「なにを言ってるんだ、貴様は…!」
ヘンドリクセンは呆れたように嘆息を零し、諭すような声色でラマンユに語りかける。
「あのなぁ? お前達、第三師団は帝国で幅を効かせすぎたんだよ。
目の上のたんこぶだったお前らをハメて壊滅に追い込んだ連中が帝国の中に居るんだよ。
めでたく踊らされてこんなところまでノコノコやって来たお前達はマヌケってことさ」
「そんな、そんなバカなこと……」
「――チッ、青二才が!! 政治なんざ、そんなもんなんだよ!!
分かんねぇならオンナと田舎で寝てろよな、このクソっ小僧がぁ!」
ヘンドリクセンが鬱陶しそうにラマンユを蹴倒し、ラマンユが力無く地べたに尻もちをつく。
「安心しろって、この戦いはお前達の勝ちだよ。
この戦いで俺達は戦闘継続が困難になるほどの壊滅的なダメージをうけたからな、帝国さんに無条件降伏だ。
代わりに自治権は約束してもらう、そんでもって公国のトップは俺のもんだ。
お互い悪かねぇ話だろ? 帝国はウザってぇ第三師団をぶっ潰せて俺は耄碌した成金共の頭を踏み潰せるんだからいい取り引きだったと思うぜ?」
ここまでの話を聞いて怒髪天を衝いたのは、長年祖国を守ってきたグランツだった。
「ヘンドリクセンッ!! 貴様という男はぁあああ!!!!」
「グランツ、お前が吠えんなよ。お国の忠犬なんざ、今どき流行んねぇんだよ……」
「俺の部下や仲間達はお前のオモチャではないのだぞ!! 国をなんだと思っておるのだ!」
グランツの怒りがヘンドリクセンに向けられ、鋭い切っ先が狡猾な男に差し迫る。
迫られたヘンドリクセンは口角を持ち上げて嘲るように笑った。
「もうお前いらねぇわ、最後まで使えねぇヤツだったな……」
その笑いにグランツの怒りが頂点に達した瞬間、黒い剣身が彼の胸を刺し穿いた。日暮れに濡れたレーヴァテインが赤く煌めく。
「グランツ、飼い犬が逆らってはいけないと教えたハズよ?」
「―――ベ、ベルノート様…?」
「ヘンディは正しいわ。帝国と公国、この二国が血みどろの争いを繰り広げればお互いに損するだけよ……?」
「し、しかし――」
「あら? また口ごたえ? 最後まで憶えの悪い子でしたね、アナタ――。
そうやって意固地になるからこんな所で野垂れ死にするんですよ?」
「仲間の命を政治の道具にするなど…私には許すことなど出来ません……」
「その怒り、その無念―――、私が墓場に埋めてあげましょう!!
そして赦しましょう、その命の輝きをっ!!」
ベルノートがレーヴァテインをグランツの胸から乱暴に抜き取り、黒剣は妖しい煌めきを纏いながら空を裂く。
忠臣は死に場所を見つけたように穏やかに微笑むと、彼の首元を目掛けて一筋の銀閃が走った。
「地獄で会いましょう、フロイライン―――…」
「ええ。またお会いしましょう、グランツ」
グランツの首が野に転げると黒妖の魔女はレーヴァテインの血を払い、黒剣をゆっくりと鞘に納める。
「グランツ、アナタは本当にバカな武人でしたね。カビ臭い矜恃など捨ててしまえば、死ぬことも惨めな思いをすることもなかったでしょうに……」
はね飛ばされたグランツの首を抱え、ベルノートは膝を折って声を押し殺すようにして咽び泣いた。
「本当に、本当にバカな子……」
淑女らしいその泣き顔はとても美しくとてもキレイで、ある種の狂気は彼女の内面を縁取るだけの一面に過ぎないのかもしれない。
「最後のアナタは美しかったわ、これが人の美しさ…そして正しさなのね……私は忘れない、約束するわ―――、グランツ……」
ラマンユは知らずのうちに魔女の持つ魔性に魅入られていく。
根底にある信念の強さと気高さ、それが自分に足りないものだったのではないのかと思い至るのであった。
己に力があったのなら―――、はたまたこの魔女のように生きていけたのならばと―――。
―――欲望の戦場で敗北を知った青年は絶望の淵で赤黒く滲む空を見た。
ハジメマシテ な コンニチハっ!
高原 律月です!
竜の魔女、122話の完成ですっ!!
今回は今までと打って変わってダークなお話となってしまいました(´・ω・`)
ラマンユくん達(原罪)は人のどうしようもない部分を見て人に絶望しているのでこれくらいやらないといけないなぁと思いながらも、やっぱりたかーら的にはダークなのあまり得意じゃなくて逃げるようにスピンオフを作ってた部分もあります(笑)
ヘンディはとりあえず半端な死に方をさせたくないですꉂ(´꒳` )ケラケラ
あと裏切ったやつも!
それではまた次回〜ノシ