#121.煉獄
日が高くなる頃、戦場は兵士達の屍で青の草原を赤く染めた。
土煙の中に混じる生臭い血しぶきがバトラスとハリファ、二人の中隊長の鼻に染み付く。
死力を尽くした総力戦は帝国・公国の両陣営に多大なる被害をもたらし、大地に染みていく血の数だけ怨嗟と慟哭になった。
「ベルノートやつ、これだけの兵士を犠牲にしてもまだ悠長に物見遊山の気分か!!」
「バトラス殿、これ以上熱くなるのは兵士達を見捨てるのと同義ですぞ?」
「そんなことは分かっておるわい! 貴様も俺に付き合うとはヤキが回ったな!!」
「自分は第二中隊ですからね、今も昔も…」
「ハッ! 若造がシャレたことを言いおって」
押し寄せる物量、狭まる包囲網に真綿で首を絞められるよう追い詰められていく中でも第二中隊は誰一人としてベルノートに一太刀を浴びせることを諦めていなかった。
目に意志の炎を灯し前進を続ける第二中隊がその数を減らしながらも少しずつベルノートとの距離を縮めていく。
「あの高慢ちきな女の鼻をへし折ってやりたいが兵力差がありすぎる…」
このままでは飲まれてしまう――…そう言いかけた言葉をバトラスは飲み込む。巻き込んでしまった部下達を見やり、老獪な将が己の浅慮を悔やんだ。
「くくっ…!」
「なんじゃ、ハリファ! 何が面白いんだ!!」
不意に聞こえた笑い声に不快感を示したバトラスが笑い声を漏らすハリファを鬼のような形相で睨む。
「第二中隊の信念は"雨垂れ石を穿つ"でしょうが―――、俺はアンタにそう教わったぜ?」
「お前がそんな口の聞き方をするのは懐かしいな! 昔を思い出すわい!!」
「これくらい一昔前の戦に比べたら温いもんだよなぁ!! そうだろ、じぃさん!!」
ハリファの言葉にバトラスは再びベルノートを鋭く睨め付ける。
「歳を取るといかんな、ワガママを通しにくくなってしまう」
「じぃさんは我慢したことなんざねェだろーが」
二人の将は屍に足を取られる馬から降りて死地へと駆け出した。
***
一方のラマンユ隊も物量差に苦戦を強いられていた。
「アクラフ殿、なかなか道が開けませんね…」
「向こうもここを破れれば一巻の終わり、死に物狂いでしょうな」
降り注ぐ矢の雨を払い、斃れる仲間達の屍を踏み越えて彼らは煉獄を往く。
帝国も公国も無く、転がる死体は祖国の為にその命を等しく礎にする。
「フェードラッヘ本隊、やはり一筋縄ではいきませんね」
ラマンユの見据える先にヘンドリクセンの旗印がある。
赤い竜に赤十字―――、幾多の戦場を勝ち抜いてきた彼らもまた歴戦の戦士達なのだ。
「グランツとヘンドリクセンはここを要所だと心得ています。無論、この私も……ラマンユ殿はいかがかな?」
「元よりそのつもりです…」
「それは結構。本国からの援軍を待って押し込めばいいなどと言うのであれば彼らが殺すより先に貴殿の首をはねていたでしょうな」
笑いながら物騒な言葉を平然と言い放つこの男もまた、いくさ人なのだ。
知略と本隊防衛に専任するアクラフは文官寄りと思われることが多いが、彼はファリド将軍の元で数多の戦場を駆け巡った勇敢な将でもある。
当然、誰よりも二人の上官に対する想いは強い。
「こう見えて業腹でね、バトラス殿には悪いが実は私の方が怒ってるんだよ―――。
これだけは譲れないそうにもないなぁ!!」
「比べられることではないでしょう…」
鼻白むようなラマンユの言葉にアクラフは珍しく大声を上げて笑い、言った。
「ハッハッハッ!! 今の若いのは賢いなぁ!!
聡くて論理的だ、大いに結構!!
だがな、戦はバカじゃなければやっていけんのだよ? 覚えておきたまえ、ラマンユ君!」
「アクラフ殿、熱を上げすぎでは?」
「何事も成す時は最後は気持ちが物を言うということだ。
失礼、今は貴殿の方が上官だったな、改めてお詫びしよう。
余計な言葉を申し訳ありませぬ、ラマンユ殿」
「心にない謝罪は不要です、アクラフ殿…」
アクラフはまた大笑いすると良く手入れされた品のいい拵えの剣を腰から抜き取り、蹄を蹴上げる馬を御した。
「専守防衛が私の専売特許だ―――、しかして防衛するものは攻めることが出来ないと誰が決めた?
遙か果ての東国にこんな言葉がある、柔よく剛を制す――とな!
ファリド将軍が私をこちらに編成したその理由、今からお見せしよう!!」
「アクラフ殿! ヤツらは飢えた死兵です!
突貫すれば餌食になりますよ!!」
馬上から振り返るアクラフの目には燃えるような何かが火を灯し、ラマンユに欠けたる何かを諭す。
「――なに、グランツの首くらいは冥土の土産に持っていきますよ。
家内には済まないと伝えておいて下さい……」
「それは帰って、ただいまと言うべきでしょう! 」
「――失礼ッ!! 先を急ぐのでな!!」
疾風の如く戦場を駆けたアクラフが尾を引き、騎馬隊である第四中隊と共に公国軍の陣営を引き裂いていく。
「これがアクラフ殿の戦、みるみるうちに敵本隊が崩れていく―――」
ハリファを助けんと捨て身で道を切り開く第四中隊と身命を賭し血路を開かんとするアクラフの猛攻は飢えて死兵となる公国軍を蹴散らしてラマンユ達の道を作っていく。
彼らのその想いを受け繋いだラマンユが声を張り上げて激を飛ばした。
「――いけぇええ!! 今こそ公国を叩くのだ
ぁぁああああああ!!」
「「ォオオォォオオオッッ!!」」
―――帝国と公国、二つの大国の行く先を決める最後の号令が戦場に木霊した。
はじめまして な コンニチハ!!
高原律月ですっ!
竜の魔女、第121話になります。
最近ようやく本編の執筆に戻ってすごく懐かしい気がします(笑)
鬼のように書き溜め、二週間だけ放置させてもらってスピンオフ180話分を作らせてもらったのでちょっとリハビリが必要そうですꉂ(´꒳` )ケラケラ
というのも、スピンオフの方はハートフルコメディ系で作らせてもらったのでシリアスの空気を作るのがまた一苦労って感じなんです。
そっちの主人公はアナちゃん!!\_(・ω・`)ココ大事
アナちゃんはぐうかわなのでぜひスピンオフの方も読んでくださいっ(੭ ›ω‹ )੭
…と、そんな宣伝紛いの後書きはおいといて、本編後書きしないとですね(笑)
高原あるある登場人物にはみんなスポット当てたい病の発症ですね、インテリおじさんのアクラフさんも熱い男として描かせてもらっちゃいましたꉂ(´꒳` )ケラケラ
さすがに敵サイドまで首は回らないのでヘンドリクセンさんとグランツさんは尺を取る気はありませんけど(笑)
あとちょいで公国との戦闘は終了するのですが、ラマンユエピソードほんといつ終わるのかってくらい長くなっててごめんなさい:( ;´꒳`;)
忘れがちだけども、この記憶はロイ君達も見ているのでロイ君達がどう思いながら話が進んでいるかに視点をおいてもらえると助かります!
以上、久しぶりの本編執筆で少しお喋りなたかーらでしたっ!
それでは、また次回〜 ノシ