#117.堕ちた星
場面は戻り、フロイス公国北側に位置するブリックス山脈の麓―――。
「しぶといですねぇ、さすがは帝国最強の第三師団の皆さまですっ」
戦いが始まって3時間、ほぼ趨勢は決した状態の中でもファリド率いる第三師団は粘っていた。
「やはり厳しいか……」
「将軍、このままでは」
「分かっておるわ!!」
弓矢隊も重装歩兵もいない軽装歩兵だけの部隊―――、火を見るより明らかに不利だった。
「よもや第三師団が1000そこそこの部隊に半壊させられようとはな」
「せめて我らに馬があれば……」
バハディーンが歯ぎしりをしながら爪が食い込むほどに拳を硬く握り締める。
「バハディーン、戦場でたらればの話は命取りになるぞ」
「ハッ―――、申し訳ありません!!」
ファリド隊は何度か進軍するも弓矢を前に前列の兵士達は膝を屈し、歩く足を緩めればフロイス公国軍の騎馬隊が容赦なく襲いかかった。
間隙無く攻め立てられた彼らは風前の灯火となり、そう講じる間にもその数は減っていく。
「打開策はないのか……」
―――指揮官二人の頭を過ぎる考えはただ一つ。
バハディーンがファリドを見やると、老将は心得たように頷いた。
「―――将軍っ!!」
「お前もそう考えるか、バハディーン」
玉砕覚悟の前進を行い敵大将の首だけを狙う―――、それしか彼らに選択肢は残されていなかった。
「ようやく腹が決まりましたか……待ちくたびれましたよ……」
ベルノートは立ち上がり、あくびを捻り出して伸びをする。
「どれだけ待たせるのですか、まったく」
必死に食い下がる彼らを彼女は嘲笑するか、凝り固まった体をコキコキと鳴らして悠々と陣幕から出てくる。
「はあ……つまらない見世物を何時間も見せられて肩こっちゃいましたよ。
さっさと突っ込んでくればいいのに、本当におバカさん達ですねぇー」
ベルノートがつまらなさそうな顔で戦場を見やると、フロイス公国軍の前線とファリド達がぶつかる。
帝国軍に残された兵は600、対する公国軍は未だ1200の兵力を残していた。
「むっ! 敵の大将が出てきたようだな!」
「将軍、敵大将はやはりあの女のようですな」
「ベルノート、性格は最悪だが戦の腕は確かだ。
バハディーン! 腹をくくれよ!!」
「元より突撃した時から覚悟してますよ!」
フロイス公国軍とかち合った帝国軍は倍の兵力差で瞬く間に飲まれていく。
そんな中、ファリドとバハディーンを中心にして帝国軍が敵の波を押し返ながら前進を続ける。
「この腑抜け共がぁ!! こちとら、胆力が違うわぃ!!」
「斬られたいヤツは前に出ろぉお!! このカブノスが相手してくれるわぁ!!」
ファリド達が粘っていた理由―――、それは帝国きっての猛者達が集まる第三師団の底力だ。
その胆力は並みの兵士とは一線を画し、あまつさえ死地に際してその特性を最も発揮する。
長時間の戦闘で疲弊したフロイス公国軍の弛みを突き、彼らは怒涛の攻勢を仕掛けることでその包囲網を切り裂いていく。
「お前らぁ!! いくさ人の矜恃をみせてやれぇ!!」
総力戦となった戦闘は互いに捨て身の叩き合いとなり、50対200までその数を減らす
。
ファリド隊はどれだけ敵の数を減らせるかに死力を尽くし、事実敵側に壊滅的な打撃を与えるところまで戦況をひっくり返す。
「よくやったぞ、お前ら! 笑って逝けぃ! !
ワシらもすぐに逝くぞぉ!!!!」
そこからしばらくして、本陣に立つベルノートの前に死にかけの老兵と付き従う偉丈夫が姿を見せる―――。
血の匂いが蔓延し、死体の山河を乗り越えて二人はようやく黒妖の魔女の喉元までやって来た。
ベルノートが辿り着いた二人を賞賛するよう手を叩きながら微笑む。
「よく辿り着きましたね、立派ですよ」
「小娘ぇ……お前の首もらい受けに参った……」
「無理ですよ、お二人とも虫の息じゃありませんか」
「バカ言え、お前も取り巻きがほとんどいねぇじゃねぇか……」
ベルノートはバハディーンの言葉に首を傾げ、少し考えてから辺りを見回す。
第三師団の死力を尽くした猛攻にベルノートの率いる部隊はほぼ全滅―――、本陣近くの取り巻き数名を残してフロイス公国軍の屍が野を埋め尽くしていた。
「あー、情けないですねぇー。
死にかけ相手になにをしてるのか、ウチの子達は」
「お前……兵達をなんだと思ってやがる……」
「そんな怖い顔しないでください。
私って自分以外に興味がないんですよ。怒らせてしまったのならお詫びします、ごめんなさい」
クスクスと聴こえる不快な笑い声にバハディーンが業を煮やして飛びかかる。
黒い悪夢と恐れられた彼も今や満身創痍―――、その動きは緩慢で刃が届く距離にいるハズのベルノートまでがバハディーンにとって果てしなく遠くに感じた。
「―――このっ!
―――外道がぁ!!」
対するベルノートは落ち着き払った所作でレーヴァテインを抜き、瑠璃色の髪を踊らせる。
彼女はゆるりと間合いに入り込み、バハディーンを嘲るように笑うとレーヴァテインを横薙ぎに払う。
「―――遅いですね、とても」
「があああぁぁああああ―――っ!!?」
走り始めた黒の神剣がヒラヒラと軌跡を描き、バハディーンが抵抗をすることも出来ずに切り刻まれていく。
「―――バハディーンッッ!! ?」
「―――アハハハハハハハハ!!」
「ぬがあああああああ―――!!」
血飛沫を上げて無惨に切り刻まれていく部下を見て、長年ともに戦場を駆けた老将は痛切な声を上げる。
暴風のような剣撃が止み、レーヴァテインが血のりを払うと、ベルノートは胸元からハンカチを取り出しその切っ先を丹念に拭う。
「く、こんな……外道に……ぃ……この俺が―――……」
「戦場に外道も正道もあるワケないでしょう……バカですね、アナタ……」
鞘に返ったレーヴァテインがチンッ―――と一鳴りするとバハディーンは膝をついて力無く倒れ込んだ。
彼の指先がだらりと転げると、ベルノートがバハディーンの遺体を踏みつけ甲高い声を上げて笑い転げる。
「アハハ! 丈夫ですね、このひと! !
私のレーヴァテインに切り刻まれてバラバラにならないなんてゴリラか何かですか?
アハッ! アハハハハハハハハ!!!!」
死体をなぶるように足先をグリグリと押し付け、ファリドの顔に刻まれたシワが深くなっていくほど、彼女は頬を染めながら歪んだ笑みを浮かべる。
「あら、怒っちゃいましたか?
そうカッカしないで下さいよ、襲いかかってきたのはこの人なんですからっ!」
「貴様ァア!! その足をどけろぉおッッ!」
「凄んでもムダですよ?
ちっとも怖くありませんもの……」
ファリドは残る死力を気力に変え、構えた槍をベルノートがレーヴァテインを抜き払うよりも速く奔らせ、神速の突きを繰り出す。
「―――フッ!!」
「おっと―――!!」
的確に顔面を捉えた一撃をベルノートはすんでの所で躱し、ヒリヒリと痛む頬を擦り上げ嬉しそうに口の端を持ち上げる。
ファリドは避けられた槍を素早く引っ込めて構え直すと、手招きするようにしてベルノートを挑発した。
「貴様には何を言っても無駄じゃな……来い、躾てやるぞぃ……じゃじゃ馬…………」
「その目、いいですねぇ……潰しがいがありそうです……」
普段は飄々としているが、ベルノートも達人の域にいる一角の武人―――、猛将とまで謳われたファリドが放つただならぬ気配に機を伺うようにして相対する。
正眼で構えたベルノートは槍の間合い、ギリギリの外に立ち、いつでも踏み込めるようにして地面を踵で擦り上げる。
「どうした? 来ないのか、小娘……」
「ふふっ、いま踏み込めば串刺しでしょう?」
落ち着かないベルノートがレーヴァテインの握りを返すと黒剣は妖しく光って夕陽を映す。
一方、ファリドの握る穂先は微動だにせず、その域は不動明王さながらである。
気力だけで立つその脚は年齢による衰えも戦いの疲れさえも感じさせない。
―――二人が相対してどれだけの時間が経ったか。
辺りがすっかりと暗くなった頃、彼女はふとした拍子で異変に気付く。
槍を構えたままぴくりとも動かないファリドの鼻先に一匹の蝶が止まる。
蝶は休めるようにして羽を閉じた。
(蝶が羽を閉じるなど―――、まるで―――……)
蝶のそれは脅威が完全に無い時する行動だ―――、夜が深くなり休眠する止まり木を見つけた時に行うその仕草にベルノートは張っていた緊張の糸が緩むのを感じた。
「ふっ―――、まんまとやられましたよ―――」
構えを崩し神剣を鞘に納めると、生まれて初めて敬意を表して笑った。
「この私が死体相手に睨めっこさせられるとは―――……アナタの勝ちです、ファリド殿―――……」
―――この日、帝国の巨星は静かに堕ちた。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原 律月です。
竜の魔女、第117話です!
ベルお姉ちゃん、見事に躾られましたね(笑)
ファリド将軍はこれが一番しっくり来る死に様かな?と個人的には思ってます。
あ、ベルさん改心はしないので安心してくださいꉂ(´꒳` )ケラケラ
次回からは、この戦役もいよいよ終盤戦に差し掛かります!
それでは、また次回〜 ノシ