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#116.錯綜

 ユディル帝国北方征伐隊本隊、ファリドとバハディーンは約4000を引き連れてブリックス山脈を踏破する。


「覚悟していたが半数が越えられなんだか……」

「仕方ありますまい、過酷な山越えに加え強行軍ですからな」


 しかし、山脈から国境を越えたところで彼らの行軍は止まる。


「なぜ我らの強行軍が知れているのだ!?」

「ラマンユ達が国境に入る頃合いを見計らってから突貫で進軍してきたというのに……」


 麓に陣取るフロイス公国軍の陣営を目視し、ファリドとバハディーンは悩んだ。

 目視となるので計りかねるが敵はたかだか1000〜2000ほど、加えて上段を取っている……どう考えてもこちらの方が圧倒的に有利だ。


「将軍、いかがなさいますか?」

「平時なら取るに足らぬ雑兵―――しかし、今は―――……」


 後ろを振り返り、兵達の顔を見渡す。

 命懸けの行軍を終えたばかりの彼らはみな疲れ果て、とても戦えるような状況ではない。


 撤退するとしても、もう一度この山を越えるとなれば―――……今まで帝国が山脈を越えて進軍しなかったのはこういった理由に他ならない。


 どこで情報が漏れたかなど悔やむヒマもない。


「バハディーン、覚悟は出来ておるな?」

「将軍、私は貴方様についてゆくだけです」


 第三師団の精鋭達も分かっているのだろう。


 生きて帰るには目の前の敵を乗り越えねばならぬことに―――。


 兵士達の目に活力が戻るのを見て取り、ファリドは高々と槍を上げる。


「―――ゆくぞ! 皆の者ぉ!!

 ここを突破すれば我ら帝国の勝利も同然!!

 気張れよ、第三師団!!」


「「うぉおおおおっ!!」」


 ファリド将軍の号令の元、第三師団は死力を振り絞り雄叫びを上げながら裾野を駆け下った。


 一方、フロイス公国軍側の陣営―――その本陣に黒妖の魔女が立つ。

 微笑を浮かべたまま、迫り来る帝国軍に対して余裕を見せる。


「あらあら? 退くつもりはないようですねぇ〜?

 まあ、退いたところで野垂れ死にするだけでしょうが……くすっ……」


 それもそのハズ、数や形勢が不利とはいえ向こうは山越えしてきたばかりの歩兵のみ―――弓矢や騎馬隊の前に盾も持たない歩兵だけなど相手にもならない。

 ベルノートは死にかけの彼らを侮蔑するようクスクスと笑い、自軍に号令をかける。


「さあ、アナタ達! くたばり損ない共を一匹残らずあの世の送って差し上げるのです!!」


 ―――ユディル帝国とフロイス公国、もう一つ戦いの火蓋が切って落とされた。




 場所は変わってフロイス公国西側、ラマンユ隊とフェードラッヘ隊は膠着状態に陥っていた。


 初戦の電撃戦で勝利を収め、数kmほどを押し込んだところで帝国軍の進軍は止まってしまう。


 公国軍は先遣隊の敗走後すぐに陣営を固め、密集隊形を作ることで一方的な犠牲を出しながらも、帝国軍の猛攻を凌いでいた。


「そう簡単には落とせないか……」

「ラマンユ殿、初戦でこれだけの戦果を上げれば十分かと」


 若い将を落ち着かせるようにアクラフがゆっくりとした口調で諭すと、ラマンユは肩の力を抜いて息を吐いた。


「……そうですね、こうもあっさり前線を崩せたので欲が出てしまいました」


「帝国にしては珍しい強襲でしたからね、向こうも出鼻をくじかれたのでしょう」


「公国の二本刀がこれだけ手緩いのは気がかりです。何か策を講じられる前に圧力をかけたかったのですが……」


「我々の本懐は本隊が到着するまでフェードラッヘ隊を釘付けにすることです。

 これだけ押し込めれば易々と戦況がひっくり返ることもないかと思います」


「杞憂だと思っています」


 帝国軍はそこから数日を掛けてじりじりと前線を上げ、公国軍を睨み付けながらゆっくりと進軍していく。


「埒が明きませんな……」


 軍議の中でバトラスがボヤくように呟く。


「向こうはここを破られれば敗戦も同然―――、死に物狂いということでしょう」


 バトラスの言葉に答えるようにしてアクラフは答えた。

 白髭を蓄えた老体とは思えないほど気力漲るバトラスにこの我慢比べは些か堪える。


 長年、共に戦ってきたハリファとアクラフは彼の性格や特性も含めてそれを承知していた。


 必要なのはバトラスの口から自らを納得させることの出来る言葉を出してもらうこと――。


 二人は押し黙ったまま、バトラスの言葉を待った。


「ならば、本隊が後方に回り込むまで兵力を落とさないようにするが得策か」


 老将は若き指揮官を見やり、肩の力を抜くように息を吐いた。


 ラマンユは一言も言葉を発さないが、その目は勝利だけを見据えて力強くバトラスを制止していたのだ。


 アクラフはバトラスが折れてくれたことに安堵し、冷静に現状をまとめる。


「ええ、食料も供給ルートも充分に確保出来てます。敵国内とはいえ向こうの方が先に音を上げることになるでしょう……」


 これが帝国軍が陣営の整備に力を入れる三つ目の理由である。


 攻め手側になりやすい帝国軍が膠着状態や持久戦に持ち込まれた際に少しでも長く陣取り、敵の体力を削る為である。


 公国側からすれば、下がれば帝国軍になだれ込まれ、持久戦に持ち込んで睨み合えば飢餓がひたひたと背後から忍び寄ってくる。


 帝国軍が大陸で最強を誇示するのは、単純な軍事力よりもその軍事力を十二分に使った心理的優位の形成にあると言えよう。


 そんな彼らを見て、ヘンドリクセンは見下すように嘲笑った。


「ヤツらも呑気なものだな―――。

 首の飛んだニワトリなど捕まえるのは容易いこと、今のうちにせいぜい良い夢でも見ていろ」


 陣幕に一人の伝令がやって来る。


「―――失礼します!! ご報告があります!

 ヘンドリクセン様、食料が尽きそうです!」


「そうだな、近隣の村から無理やりにでも徴収しろ。それでも足りなければ前線に回す量を抑えろ、どうせ帝国に殺される……回すだけ無駄だろうからな……」


「し、しかし―――……」


「あと二〜三週間の辛抱だ、耐えてくれ。

 判断の是非はあの世で受けるさ……だが、戦にはそういう非情さも必要なんだよ。

 祖国の為だ、いたし方あるまい……」


「では、そのように」


「すまんな、貴殿にも辛い役目を背負わせてしまって……」


 伝令役の兵士が陣幕を出るとヘンドリクセンは物思いに耽った。


(ベルノートが陣を出てそろそろ一週間―――、今頃は死にかけの帝国軍を狩っている頃だろう。

 この戦に勝てば俺は英雄……いずれ大公の椅子をももぎ取ってみせる……)


 ヘンドリクセンが静かに笑うと横に立つグランツは背筋の凍るような感覚を覚える。


(人を人とも思わぬ非情さ―――、敵どころか味方や自国の民さえもこの方にとっては道具か―――)



 それぞれの思惑が絡み合い、運命の歯車は静かに回った。



ハジメマシテ な コンニチハ!

高原律月です!


竜の魔女、第116話になります!


ちょい短めのお話です(笑)


エピソードを分けないと次話と合わせて文字数がかさむのでここで区切りました!(つまり珍しく次話も仕上がっているということです!?)


次話はゴツゴツしたお話になりますので疲れるかもしれません。


それでは、また次回〜 ノシ

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