#114.開戦
ユディル帝国軍とフロイス公国軍が平原で会敵して数刻―――。
帝国軍は高台を囲むようにして本陣を敷き、公国もまた似たような陣形で睨み合う。
帝国の先陣は前もって決めていた通り、歩兵部隊の第二中隊と騎馬隊の第四中隊が担うこととなった。
公国が進軍を開始するのに合わせてラマンユが号令をかける。
「バトラス殿!ハリファ殿!
先陣は任せました!!」
「「おうっ!!」」
相貌に刻まれた傷とシワが壮絶な生き様を物語る老将と浅黒い肌に精強な顔つきをした齢四十ほどの中隊長ハリファの二人が馬を駆って本陣を飛び出した。
「ご老体、その歳に戦は堪えるでしょう。
ゆるりと進軍されよ、それがしの誇る騎馬隊が敵陣を切り裂いた後詰めをされるが良いですぞ」
「ぬかせぃ、こわっぱ!! 馬に頼りきりの貴様ら軟弱部隊は俺らの後を引っ付いておれ!!」
「では、どちらが勇猛か……戦で決めましょうぞ!!」
「望むところよ! 半ベソかかせてやるわ!」
バトラスとハリファは言い合いながら敵陣に向けて進軍を開始する。
その数は両部隊を合わせて2300―――。
対するフロイス公国軍の前衛部隊は3200と地の利と数で劣る帝国軍ではあるが、長年戦場を駆けてきたバトラス率いる熟練の第二中隊とハリファ率いる第四中隊の騎馬隊は見事な連携で敵陣深くまで差し込んでいく。
「ケツの穴しめろよぉ! お前らあ!!」
公国の弓矢隊が矢を放てば重装歩兵であるバトラス隊が大盾でそれを防ぎ、壁を築いて彼らを飲み込んでいく。
他方、ハリファの騎馬隊は先行してくる敵軍の軽装歩兵達を馬上から踏み荒らし、両軍の数の差は瞬く間に縮まっていった。
「これが第三師団の閻魔と羅刹―――、みるみるうちに公国軍が飲まれていく―――……」
ラマンユが後方の本陣からその様子を見て思わず呟いた。
今のところ、敵軍後方の本隊も動く気配はない。
「当然ですよ、二人は口でああ言い合っても阿吽の呼吸―――。
ハリファはガキの頃からバトラス殿の肝煎りで育て上げられてますからね」
「アクラフ殿……」
ラマンユの言葉に答えたのは、第三中隊長アクラフ―――。
彼もまた大陸最強を支える猛将の一人である。
弓を持てば千間通し、槍を振るえば四人貫き、人を使えば蟻の子一匹すら通さない―――バハディーンが第三師団の矛ならば、アクラフは盾である。
「ラマンユ殿、この局面どう見える?」
軍人らしかぬスッキリとした端正な面立ちをラマンユに向け、アクラフは問いかける。
「……我が軍が不利かと」
「ほう……して、その心は?」
アクラフは感心したように片眉を上げ、にやりと笑う。ラマンユは答えた。
「開戦直後はバトラス殿とハリファ殿の勢いに押されて公国の前線が崩れかけましたが、今は派手に暴れているようで二人とも押し込み切れていません。
公国側に上手く対応されて攻め手を受け流されている……数で劣る我が軍はジリ貧ですね……」
ラマンユがつらつらと戦況を語ると、アクラフは彼の力量を推し量るよう更に問う。
「では、撤退の指示を?」
「いえ、敗走となれば士気に影響が出ます……撤退はまだ時期尚早かと……」
「ふむ。でしたら、あれをご覧なさい」
アクラフが槍の穂先で敵陣中央を指し示す。
「あの部隊を率いる男の名は、グランツ・シュバインシュタイガー。
ヤツは用兵に長け、部隊をまるで手足のように扱って湖面のように攻めを受け流します。
二本刀が動かないのはヤツが前線に立てば、こちらが数で攻めようと押し返せるからでしょう」
「この距離でなぜ分かるのです?」
「ヤツと私は用兵が似ている。部隊の動かし方を見れば顔など見なくとも誰が相手かは分かります」
ラマンユとアクラフ、二人が見守るようにして前線をじっと見つめる。
その視線の先、熱気と狂気が入り乱れる戦場の中心でバトラスとハリファが愚痴を零すようにぼやいた。
「しっかし、堅いのぉ〜」
「さすがはグランツ、崩せませんなぁ」
「年寄りの体にはちとしみるわぃ……」
「ウソつけ。貴方にはこれくらいのこと、準備運動にもらなんでしょーに」
バトラスとハリファは攻勢を仕掛けながらも、まるで手応えを感じない焦りが兵士達の間に漂うのを感じ取る。
兵士達の士気で保っているこの戦線、前線が飲まれれば一気に瓦解する可能性が高い。
兵の向こうで敵軍の将、グランツ・シュバインシュタイガーがほくそ笑む姿が浮かんだ。
「あヤツも惜しいヤツよな、帝国におれば一軍を率いる将兵ともなれたであろうに」
「それ、向こうもバトラス殿に同じこと言ってますよ……きっと……」
「カッカッカッ!! 俺がファリド将軍以外の言うことを聞けるように見えるかぁ?」
「……ですね、血の気が多くて後進は大変ですよ」
「お前らが軟弱すぎるのだ! 武人たるもの、無理は意地でも通すものなのだ!!」
ハリファがため息を吐き出すとバトラスは大声を上げて兵士を鼓舞する。
「皆の者ぉお!! ここが踏ん張りどころだ!!!!
北のあほう共に帝国の意地を見せてやれい!!
貴様らの後ろに俺がいる! 負けることはないぞ!! バカタレ共を一人残らず地獄の釜に叩き落としてやれぃいいいい!!!!」
「「イエス!! サー!!」」
剣戟の音が響く戦場の中でもよく通る大音声は兵士達の背中を叩き、彼らはバトラスの激に応えて息を吹き返すように再び前線を押し始める。
「これぞ第二中隊、懐かしいですな」
「お前らもこヤツらも俺のガキ同然だ! 女房には悪いが家族の顔より良く覚えておるわぁ!!」
「敵いませんね、まったく……戦バカは死んでも治りませんね……」
「まあ、見ておれ。ここからが見せ場だ」
バトラスがハリファに向けてイタズラっぽい笑みを見せる。
こういう笑いを見せた時のバトラスは非常に強い―――、何度も見てきたその笑顔にハリファも思わず笑う。
まるでイタズラを共謀する悪友のように―――。
この頃、両軍が激突してからすでに七時間が経とうとしていた。
しつこく接近し続ける帝国軍に対し、公国軍が疲労の色を濃くするとバトラスはその流れを見逃さなかった。
「グランツのヤツ、腕はいいんだがクソ真面目すぎるのが欠点よなぁ〜」
「我ら第三師団に持久戦を仕掛けるのは下策でしょうな、どう考えても」
「潮目が変わったぞ、ついてこれるな?」
「誰にものを言ってんですか、おじいちゃん」
バトラスとハリファ、二人が狡猾でやらしい笑みを零し、揃って声を張り上げた。
「今こそ勝機ッ!! 全軍、突撃ぃいい!!!」
「馬を走らせろぉ!! 第二共の手柄をかっさらってやれぇええ!!!! 」
指揮官二人が我先にと先頭に踊り出ると、負けじとバトラス隊が横列で突撃を開始。
熟練の重装歩兵達は楔を打ち込むようにして敵陣を穿ち、左右に散開したハリファ隊が分断された敵軍を圧し延べていく。
一気呵成に飲まれた公国軍が阿鼻叫喚となって帝国軍に薙ぎ倒され、勝敗はこの時すでに決した。
「どうしたぁ! 公国の軟弱共ぉ!!
腰が引けとるではないかァ!! 練度が足りんぞ、練度があ!!
大将しっかり守らんかい! 俺が鍛えたらぁ!!」
バトラスが馬上から一人、二人と次々に槍で刺し貫いては大将首目掛けて真っ直ぐに駆けていく。
―――その姿、まさに地獄の入り口に立つ閻魔のごとく。
「貴様らぁ!! 逃げ回らんで俺を討ち取らんとせんか!!
俺の首、取れば末代まで誇れるぞ!!!!」
ハリファは馬上から降り、その身に返り血を浴びながら斬り伏せては歩み、刃こぼれれば鎧の上から叩き斬り、折れてしまえばそれすら捨てて敵兵を縊り殺してまた剣を奪う―――その姿は、鬼をも喰らう羅刹のごとく。
戦況がひっくり返ってからわずか数刻、無惨なまでに切り裂かれた公国軍は散り散りとなって敗走を余儀なくされた。
ハジメマシテ な コンニチハ。
高原律月です。
竜の魔女、第114話が出来ました!
今回はがっつり書かさせてもらいました((´∀`*))ヶラヶラ
軍記ものはどう描くかも分からない素人ですが勢いだけで対軍戦闘をやってしまいました笑笑
前話から引き続きバトラス隊長が大活躍でしたねꉂ(´꒳` )ケラケラ
かんわきゅーだい、ここでちょこっと小噺。
大規模戦闘シーン、他作品に比べて人数が寂しかったり行軍時間が長い(これはロイ君達の旅も同様ですがw)ことが多いですがこれはたかーら的な考えに基づいていますので言及させてもらいます。
まず一つ目は、暮らしの文化水準を考えると人口がそれほど多くないだろうという考えですね。
現代社会だと万単位……下手したら数十万単位の軍隊はあちこちにありますが、数万規模で軍隊を持ってたら竜の魔女世界だと間違えなく餓死まっしぐらだと思います(笑)
飢餓と隣り合わせにしてまで軍隊を膨らませる意味もありませんしね!
軍人さんが多ければ生活基盤となるその他の職業が薄くなってしまいますし、食料供給率の問題も孕んでしまうんじゃないか?という理由で控え目な数字になっております(`・ω・´)キリッ
食料不足で立ってるのもやっとの人間を頭数揃えても意味ありませんし(笑)
軍事は必須ですが軍需は幅広く影響も大きいし、やたらめったらな数値を出すとファンタジーになりすぎてしまうので文化水準から逆算で無理のない範囲にしております!←仲間を大量に増やして軍事力強化!!も個人的には餓死まっしぐらだと思うから非現実的だと思います(笑)
次に時間経過の早さについてですね。
竜の魔女、割と平気で主人公が何もしてないのに2〜3ヶ月とか経過しますが、ここもたかーら的には色々と考えた上で設定されてたりします。
直線距離100kmを歩くのに一日40kmくらいで換算して日数は割り出してます。
軍隊の行軍なら軽装で30km、今回みたいなガチガチの軍隊なら20kmくらい(こちらは先頭から最後列が集まれるだけの時間や陣地設営の時間も加味して設定しております)
ジル村〜エルフの里まではモンスター戦も頻発していたので一日10kmペースとかになってますね〜(笑)
本当はどうにかして自給自足的な食料解決方法があれば、より説得力を持たせられるとは思うのですが、ユディル帝国の行軍システムは部隊が出征する→ピストンで食料供給などの物資支援隊が送り込まれる→部隊は一定距離で大掛かりな陣営を設置する→開墾したりして居住可能レベルの陣営を作り上げる(簡易的な砦レベル)→体を休ませてまた進軍みたいな方法で行軍しております。
一度通った地点は再点検や補修くらいになるので何度も使い回しが出来ますし、大型陣営に到着すれば前回の行軍で陣営を引き払った後も人が居住していたりするので食料などの問題も解決できるという仕組みになります。
ユディル帝国では軍が作った拠点を基盤にして各地で暮らしが営まれているイメージですね、周辺に村が点在することで地方まで生活が安定していたりします。
この仕様はロイ君達の時代、アメリア王国でも採用されています(ヴリドラさんの能力を通して反映されている)
生活問題は他にも山積みなんですが、本編を無視して描写をしていると滑稽なのでご愛嬌ということで(笑)
たまに後書きで設定を吐き出したりするのは、本編の邪魔にならないようにという感じですね〜
長くなりましたが、今回は生活基盤にスポットを当てて話をさせてもらいました!
それでは、また次回〜 ノシ