#113.国と民
ノイシュの村を後にしたラマンユ隊は二ヶ月近くをかけて北西へと行軍し、ようやく国境付近まで辿り着く。
大陸のほとんどを占領した帝国は広く、大所帯での行軍は思ったよりも多く時間を取ったが、それがかえってラマンユにとっては思わぬ幸運に繋がる。
自身が元々率いていてた第五中隊以外の中隊も幾つかあった部隊の危機に対し辣腕を振るう彼に次第に信頼を寄せていった。
国境まで残り数十kmの地点まで来た時、先頭を進むラマンユの元に早馬が駆けてくる。
「ラマンユ様、ご報告があります。
後方の食料補給部隊が河川の氾濫で足止めを食らってしまっているようです」
「またか……」
ラマンユが額を右手で押さえ、深いため息を吐きながら眉を寄せる。
「いかがなさいますか?」
彼はゆっくりと目を開けると言った。
「補給が無くて何日もつ?」
「三日ほどかと」
「小麦粉はあるな? それをパンにするのではなく生地を薄く伸ばして細く切るんだ。
切った後に平べったく伸ばして茹で、スープと一緒にするんだ。
量自体を少なくしても多少は誤魔化せるだろう……同じ要領でパンも薄く伸ばして焼き、その上に少しの具材を載せれば兵達の気も紛れる……それで五日もたせろ……」
「炊事班にすぐ伝えます!」
伝令に来た中隊長が馬を翻したところでラマンユが彼を呼び止める。
「今の話、後方の補給部隊にも伝えておけ。
それと、先ほどの小麦粉の細切り……あれはブツ切りにして乾燥させれば持ち運びしやすく保存がきく。
足止めされて動けない間にある程度作らせておくんだ……乾燥させる時に上手く作るコツはそうだな、少し塩を混ぜてよく練ることだ……」
「分かりました、伝えておきます」
「補給部隊と離れても後がキツいからな、我らは一度ここで停留する。付近の村にも製造法を広める手配をしておいてくれ、後で僕も各村を回って挨拶にいく」
「―――ハッ!!」
蹄の音が遠くなり、ラマンユは詰まった息を抜きながら空を仰いだ。
「ラマンユ殿、すっかり貫禄が出ましたな」
「バトラス殿……」
「先ほどの話、あれはどこで?」
バトラスは乾燥させた保存食の優位性に気が付き、面白いもの見たと言った顔で訊ねる。
「前々から考えていました……効果を測るなら危機に瀕した時の方がいいだろうと……」
「なるほど。乾燥させればそれなりの日数分の食料を兵士に持たせることが出来る……貴殿は面白い着想をするなぁ! 恐れ入った!!」
「兵士の食料問題もそうですが―――、僕はそれよりも飢饉対策の試金石にしたいのです。
この戦が終われば大陸全土が平定される―――、我が帝国の基盤を強固とするにはすべての民が安定した生活を送ることだと考えます。
奴隷や農民に頼りっぱなしの生活基盤はいずれ頭打ちですよ。
それに戦で起こりうる問題はいずれ国全体でも起こりうる問題であると僕は考えます。
軍も国も単位は違えど、人の集まり―――ならば軍事的に役立つ発案であれば、中央も動かしやすいでしょう?」
「そこまで見通して……末恐ろしい男だな……」
バトラスが感心したような声を上げるとラマンユが首を横に振った。
「いや、まだ足りません……僕の生きているうちにこの国をどこまで豊かに出来るか……」
「遠いな、その夢は」
「ええ―――……」
ラマンユとバトラスはどこまでも広がる青い空を見た―――。
更に十日後、いよいよラマンユ隊は国境を越えフロイス公国内まで辿り着く。
総数およそ7000の規模は当時の出征部隊としては破格の数であり、フロイス公国軍が全体でも12000ほどの兵力であることを考えれば帝国の軍事力の高さはどれほどかが窺い知れる。
帝国の進軍方法は独特だ。
彼らは本格的な陣営を設営したり、周辺の整備をしながら進軍する。戦が終わればそのまま周辺の住民が住むこともあるくらいに整備された陣営を作る。
理由は3つ―――。
白兵戦が主流のこの時代、兵士の士気は数よりも重要視される場面も多い。実際に300の軍隊で一万の敵兵を退けたという話もある。
次に国土の整備を兼ねる。
進軍し、占領地を増やせば自国や占領地までの行商ルートを確保するのが遅れるほど占領後の情勢は不安定になってしまう。それを解決し、国を豊かにする為に彼らは整備に勤しむ。
今日も兵士の半数が調査と土木工事を行い、残りの半数は後方で周辺の村と協力して開墾したり首都の技術を惜しみなく提供することで地盤固めをしている。
「こんな国が滅ぶなんてな、想像もつかない」
国と民が一体となって行われていく国作りにロイは堪らず唸った。
「私達の時代は国同士の戦争自体がそんなにないからどれだけ野蛮で血なまぐさいものかと思ったら、存外そうでもないみたいね」
「軍人は高圧的……というイメージがどこかでありましたが、彼らを見ていると私達と同じ血の通う生きた人間としての汗臭い匂いを感じますね……」
村人と兵士が冗談を言い合いながら同じ作業を行い、一つのものを作り上げていく。
そんな風景は国が安定し分業制が行き届いた彼女達には新鮮な光景だった。
「軍にいた私ですら思いますよ。この国の兵士でいられたらどれほど幸福か―――、ロメリア王国の騎士団とはまるで違います。
ロメリア王国の騎士団は祖国の為にと口にしますが、この兵士達は国の為ではなく民衆の為に戦っているのですね―――」
と言ったところで、エマが自身の失言に気が付き顔色を窺うようにしてロゼリアを見やる。
相も変わらずに几帳面に書き込まれたエマのメモ帳を流し見て、ロゼリアは目を伏せた。
「よい、その通りだ。私達は上に行くほど貴族社会だからな、内情としてはお国のことよりも自分たちの家のことしか考えていない。
貴殿の発言は単なる事実だよ。
腐敗体制を変えられなかった私達の落ち度だ、面目ない……貴殿ほどの人材を埋もれさせ、流失させたのは実に惜しいことだ」
ロゼリアとエマ、二人の会話は村出身のロイ達三人にとってどこかぎこちなく、言葉の中に色々な意味合いを含む話し方に三人は首を捻る。
「ヘンねー、アナタ達って。
もっとシンプルに会話すればいいのに!」
「アナ殿、大人とはそういうものですよ」
「貴族は……でしょ! ウチのパパはそんな会話しないもの!
それに、エマさんと話してる時のロゼリアさんってやっぱり変よ?
私達と話す時に比べてツンツンしてるというか、他人行儀じゃない?」
「あー、それは―――……」
ロゼリアが気まずそうにエマを見やると、エマがにこりと笑って頷いた。
「私も貴族の出ですからね、シュルーズベリー様とは家格がまったく違いますが」
「「ええーーっ!!」」
「エマ殿、言ってよかったのか?」
「ロイさん達ならいずれ行き着くでしょう? 兄から打ち明ける可能性もありますし……私も兄も市井に流れたので今は貴族でも何でもありませんが……」
「そうか、なら私が口を出すことではないな」
エマが品よく笑うとロゼリアはやれやれといった顔で息を吐いた。
「あのー……ちなみになんだけど……」
「はい?」
「兄とは?」
「ロイさんもよく知ってる人物ですよ」
思い当たる人物がひとり、ロイが顔を手で覆いながら項垂れる。
「やっぱりそうだよね、やっちまったなぁ……」
知らずとはいえ、貴族に脅迫まがいのことをしてしまっていたことにロイは頭を抱える。
「それは持ちつ持たれつもあったので兄は気にしていないと思いますよ」
「そうかな、仕返しが怖いんだけど……」
「まあ、メンツというのは多少はありますがロイさんに乗るのはそれ以上に利益がありますし、弱小貴族とはそういうものです」
エマが怜悧な面立ちを崩し、女性特有の柔らかい微笑を見せる。エマのそんな表情を見慣れてないロイ達は思わず赤面した。
同性のアナでさえ虜にするその雰囲気はさすが貴族の一言に尽きる。
「ず、ずるいじゃない……その笑顔……」
「え?」
「知的でクールが売りのお姉さんなのに、そんな可愛い笑顔を見せるなんて反則だわっ!!」
「そ、そう言われましても……」
「属性追加にギャップ萌えなんてズルいわっ! ちゃっかり妹属性まで!!」
「アナ、キミはなにを言っているんだ?」
「妹属性は私の売りなのにぃー! キャラ被りだわっ!!」
「本当になにを言っているんだ……」
わーわーと抗議するアナをなだめていると、ラマンユ達の陣営が慌ただしくなる。
「連隊長、斥候より報告です!
北東およそ40km地点までフロイス公国軍が進撃してきたそうです!
数は一万! 旗印は竜の番に双剣!!
間違えなく"公国の二本刀"かと!」
「ようやくか……しかもご丁寧にほとんどの戦力を差し向けてきたな……。
向こうもこちらの戦いを熟知してるとはいえ、ずい分とのんびりしたものだな……」
「いかがなさいますか?」
ラマンユは目を閉じ、少しの間だけ物思いに耽るようにして小さく息を吐く。
「向こうは防衛戦……地の利もあちらにある……だとすれば……」
将兵達が固唾を飲んだその時、青年は静かに目を見開いた。
「電撃戦だ! 強襲を仕掛け、一気呵成に敵の陣形を崩すぞ!!」
その言葉で二つの大国の開戦は決まった―――。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原 律月ですっ!
竜の魔女、第113話になります!
いよいよフロイス公国との開戦まで来ましたね!
正直、たかーらは軍略などについて詳しくないので穴だらけな戦になるかもしれませんがご容赦ください!(先に逃げを打っておくスタイル笑)
それでは、また次回〜 ノシ