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#109.どこまでも高い空

 ―――白い小鳥が飛び立った。


 三年という月日は少年を青年に変え、世界の情勢も不安定となる。国と国との間にあった火種は憎しみを孕み、悲しみは蔓延し、諍いは争いを産み落としていった。


 ラマンユが空を見上げると鳥はあっという間に雲の中へと消えていく。マリアムの墓に一輪の花を添えて目を伏せた彼は呟いた。


「お前の言ってたことは本当なんだな……三年も経つとお前の声が思い出せない……」


 一日たりとも忘れた日なんてなかった。

 毎日、擦り切れたテープレコーダーを再生するよう必死に思い出しているはずなのに日毎に彼女の声は掠れてく。


「……マリアム、今さらになってすまない。

 今でもキミを愛してる―――。

 大人になれなかった僕のせいで―――……」


 最初から突き放せば良かった―――、何度そう後悔したのだろうか。


 両手では抱え切れないほどの思い出と思い出し切れないほどの幸せをくれた彼女は記憶の中を捜しても指の隙間から零れ落ちていく。


 次に忘れるのは、あの笑顔か―――それとも暖かった体温か―――。


 そんなことを考えながらラマンユは立ち上がる。


「また来るよ……マリアム……」


 寂れた墓地を後にした彼は華やかな街の中でも一等煌びやかな宮殿に足を運ぶ。


「やあ、ラマンユ殿!」


 軽薄そうな顔立ちをした男性が人好きする笑顔を見せてラマンユに声を掛ける。


「これはジャミル将軍。貴方様に覚えて頂けているとは光栄であります」

「謙遜するなよ、この宮殿で貴殿を知らぬ者はおらんぞ。

 その若さで中隊を任されているのは貴殿くらいのものだ」

「平民の出ですので至らぬことも多く、先達の方々のお引き立てあってこそですよ」

「ハハハハハハ!! 我々は軍だぞっ!

 戦いに高貴も下賎もあるものか!!」


 ジャミル将軍は豪快に笑ったあと、声を潜めてラマンユに耳打ちをした。


「―――何か困ることがあったら俺に言え。

 王は近々、貴殿を将軍にするつもりだ……要らぬやっかみなどもあるだろう……」

「まさか……自分など器ではありませんよ……」

「先の戦役、貴殿の隊が我が軍にもたらした貢献は計り知れん。

 どんなバカでも王が貴殿を引き立てるだろうと考えるさ」


 ラマンユがジャミル将軍の顔を見やると、先ほどまでの軽薄そうな態度はどこに行ったのか―――鋭い目つきで彼を見返した。


「それは―――、田舎者に対する警告と捉えてよろしいのでしょうか?」

「バカ言え、俺は勝ち馬に乗る……それだけの話だ……貴殿を敵に回すほど俺はマヌケではないぞ。

 貴殿は将軍に収まるような器じゃない。

 その腹に抱えたモノを見抜くだけの眼力は持ち合わせているつもりだ―――……」

「……恐れ入りました」

「いいか、ここから先は鬼道だ。

 毒を食らわば皿まで―――、忘れるなよ?」

「はい、肝に銘じておきます」


 将軍はまた人好きする笑顔を貼り付けると豪快に笑い飛ばしながら去っていく。


「……とんだ、食わせものだな」


 ジャミル将軍の背を眺めながらラマンユは詰まった息を吐き出した。

 開放感のある宮殿の廊下を歩き、奥まった場所へとやって来ると彼はほんの少し背筋を伸ばした。


「……失礼します」


 入室すると歴戦の勇士然とした屈強な男達が一様にラマンユを見た。

 その中でも一際と威圧感を放つ男が彼を一瞥すると、ラマンユは膝まづき傅く。


「いい身分だな、ラマンユ?」

「遅参してしまい申し訳ありません……」

「ファリド将軍配下で一番若い貴様が一番最後に来るとはな、先の戦で自惚れたか?」


 大柄な体躯に鷹のような鋭い眼光、黒ずくめの鎧を纏うその男の名は、バハディーン連隊長。

 大陸全土を統治し歴史上で最も大きな国土を有したといわるユディル帝国において、敵兵から"カブノス"や"黒い悪夢"と恐れられる第三師団の副官である。


「バハディーン、そのツラで睨むな……他の者が萎縮しておるではないか……」


 ため息交じりに柔和な笑顔を作った老将、ファリド将軍が萎縮する部下を見やりながらバハディーンを窘める。


「しかしですな、将軍……」

「緊急招集をかけたのはワシじゃ。

 まして、ラマンユは所用で非番だったのだぞ?

 咎めるのは無粋だとは思わんか?」

「ですが、他の者に示しがつきません」


 食い下がるバハディーンにファリド将軍はよく伸びた立派な白髭を揉みながら言った。


「お主の言い分は分かる。だかの、この場は緊急招集だ……ワシの言いたい意味は分かるか?」

「ハッ!! 浅慮でした、申し訳ありません!」


 老将のひと睨みに射竦められたバハディーンは頭を下げながら一歩下がる。


「して、ラマンユ?」


 ファリド将軍は鋭利な眼光をそのままラマンユに向けた。


「……次はないぞ?」

「承知しました……」


 ラマンユが立ち上がり列の最後尾に着くと、左右に立ち並ぶ彼らの顔は緊張の色を見せ、この場に居る誰もが緊急招集の意味を理解する。


「皆の者、よく集まってくれた。

 各々、招集された理由は分かっておるな?」


 呼び寄せた中隊長達をファリド将軍が見回すと、彼らは無言をもって返答する。


「―――北方のフロイス公国との開戦が決まった!!!!

 我ら、ユディル帝国第三師団は北に向けて進軍を開始する!!」


「ハッ―――!!」


「北の腰抜け共に戦が何たるかを教えてやれい!!!!」


「―――我ら、第三師団ッッ!!

 必ずや勝利を将軍の元にッ!!」


「明朝6時より軍議を行う! 以上!」


 将軍の激を端に発した開戦準備で宮殿内が物々しい雰囲気に包まれる。

 別れを惜しむ家族もないラマンユは一人、静かに街場に出た。


(これで四方八方、敵だらけというワケか)


 先の戦で東に遠征したかと思えば次は北―――。


(―――狂ってる。

 ―――この街も、―――この国も……)


 激しさを増す戦火の影もなく賑わう街に違和感を覚えながら青年は嘆息を漏らした。


(止まれないのか―――……)


 この二年の間、急速に膨らんだ火種は陽炎のように瞬く間に燃え広がり、少しずつ―――、そして確実にこの国を蝕んだ。


 頭打ちになった発展から目を逸らすように向けられた刃は他国を襲い、人を奪い、豊かさはなお一層と枯れてゆく。


 東西を切り取ったいま、残すは北だけである。

 西と東では残党が抵抗戦を仕掛けてはいるが、近いうちに弾圧されるだろう。




 自壊していく自尊心の行く着く先を想い、青年はホタルのように浮かぶ街の明かりを仰ぎ見た。



ハジメマシテ な コンニチハ!

高原 律月デス!


竜の魔女、第109話の完成です。

ストーリーを書き始めたら止まらないラマンユ編ですがまだまだ続きます!


今回は意味ありげーで意味なさげー?な話になりましたが、たかーら的には受け取り方は読み手に一任しております(笑)

時系列的には世界崩壊まであと3つ(うち1つは今回の北方征伐)ほどの大戦があってからの崩壊になりますので全部を描いてたら分量が半端なくなるのでサラサラとやっていきたいと思います!ε-(`・ω・´)フンッ


そろそろアイシャちゃんが再登場しそうな予感……忘れてないです、ええ……(震え声)


それでは、また次回〜 ノシ

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