#9.往く道の標べ
「さて、とりあえず西に向かって歩いてみたものの……どこへ向かえばいいのやら」
村はずれの森を抜けて、しばらく歩いた先にある丘のてっぺんに来たところで僕は呟いた。
「とりあえず、この国の一番大きい街を目指してみる?」
アナが笑いながら言った。
「いえ、それはまだやめておきましょう」
「なんで?」
「騒ぎになりかねません、詳しくは説明しにくいのですが……」
「ふーん」
リコが言い淀むように煮え切らない言い回しで答えた。
「じゃあ、どうすんの?」
アナがリコに尋ねる。
「ここから2〜3日ほど南西に向かえば、この辺で一番大きな町に出ます。そこで世界の近況について情報を集めましょう!」
「はーい」
僕たちはまた歩き出した。日が高くなってくると照りつける日差しがじわじわと僕たちの体力を蝕む。
「う〜、荷物おもい〜!! おじさん、チーズ詰めすぎっ!」
アナが文句を言い始める。
僕の方も背負った剣が次第にズシリと体に乗りかかってくる。
「これも鍛錬の一部ですよ、こうやって精神力と体力を鍛えることでいざという時の胆力になるのです」
一行の中で一番多くの荷物を背負ったリコが涼し気な顔で僕たちの前を行く。
「なんであのひとはあんなに余裕そうなの?」
「僕たちとは元の体力が違うんじゃない? ゴブリンの群れ相手に長時間戦闘できるくらいだし」
つい先日までただの村民だった僕たちは死に体で彼女の背中についていくだけで精一杯だった。
「お疲れ様です、本日はこちらの村で休ませてもらいましょう」
しばらく無言で必死に歩いていると、日が落ちる前になんとか別の村までたどりつく。夕蝉の鳴く声が遠くから聴こえる。
「この辺までくると少し物々しいね」
僕は村を見回して呟いた。
「私たちの村と違ってこの辺まで来るとモンスターも凶暴なのが居たりするからねー」
夜間警備に回るであろう自警団の人達が忙しなく準備を始めており、入口の柵の点検などをしている様子が見て取れた。
「アナさんはゆっくり休んでて構いませんが、マスターは他人事ではありませんよ?」
「えっ!?」
「一宿一飯の恩義を傭兵としてお返しするのです」
「な、なんだってぇ!?」
通された部屋に荷物を置かせてもらうと食事が運ばれてくる。
「この村の長とは先ほどそういうお話で合意いたしました。私の剣技を披露して契約成立です」
運ばれた食事をとりながら彼女が状況説明をする。
「村長のお話によりますと、ここ最近は深夜から明け方にかけて獣型のモンスターの活動が活発化しているようです。統率してるボスを討伐すれば沈静化されると思われますので私たちでそのボスを仕留めることが今回の依頼になります」
リコは淡々と説明しながら食事を終える。
「私たちはその時間帯に助力するだけでいいとアチラ側から言っていただけました。並のモンスターなら自警団の方々だけで対処可能だそうです」
そう言い終えると、彼女は少しくたびれた剣を携えて立ち上がる。
「リコ、どこへ?」
「お借りしたこの剣を手に馴染ませるのに自警団の方々と少し手合わせしてまいります。レーヴァテインをおいそれと晒す訳にはいきませんので」
「僕も行くよ」
「マスター、素人が無茶をしてはいけませんよ? 当面のアナタの修行はこの行軍と自警団の手助けを繰り返すことで体力を付けてもらうことと場馴れしてもらうことです。時間までしっかり休養してください」
リコは静かに部屋を出ていった。
「なんだか、情けないなぁ」
「まあ、それは基礎的なものが追いついてないから仕方ないんじゃない?」
アナがカラカラと笑う。
「本番で足を引っ張らないようにだけはしなくちゃな」
「なにげにめっちゃスパルタじゃない?」
「どうして?」
「私に休んでろってことは、ロイは私の補助なしでその大剣を振り回せってことだよ?」
「あ……」
「朝まで体がもつといいね」
しばらくして、重い体が勝手に意識を落とすと体が揺すれて目が覚める。
「マスター、起きてください。そろそろ時間です」
意識がハッとすると騒々しい音が聞こえて目が冴える。
「ごめん、かなり寝てたみたいだ……」
「いいんです、それで」
足早に前を歩くリコの後をついていく。異常なくらいに喉が渇いて固いツバを飲み込んだ。
「お待たせしました」
彼女が村はずれ近くの野営地の中に入り、僕も追従して入る。
「おお! お待ちしておりました!」
威厳ある壮年の男性がリコに近づいて状況報告をする。
「先ほど前線より報告がありました。今夜もハウンド種とスカベンジャー種が中規模で3方向より群れでやってきたようです」
「具体的な数は?」
「夜間で正確性には欠けますが、およそ300……」
「分かりました、先陣は私が切り開きましょう! 皆さまは固まって行動してください」
「単独であの数に切り込むというのですか!?」
「単独ではありません、彼と……です」
リコが半身を避けると男性と目が合う。
「こんな覇気のない少年を死地に赴かせるというのですか!?」
「侮ってはいけませんよ?」
彼女はそう言って僕に背中に背負わせた大きな木剣を男性に手渡すよう促す。僕は大剣をホルダーから取り外してその男性に受け渡そうとする。
「なっ……!?」
僕が手を離すと同時に壮年の男性がその重みで地べたに座り込む。
「やすやすとこの重さをっ!?」
僕は大剣を拾い上げて、男性に手を差し出す。
「力だけはあるんです、こー見えて」
「いやはや、見くびってしまい申し訳ない。年老いたとはいえ、その重さは全盛期の私でも振り回せたかどうか……」
「剣術や戦いなどはからっきしなのでご迷惑をおかけしないように頑張ります」
僕たちは男性から村周辺の地図を見せてもらい、迎撃する村の出口と獣たちの大まかな配置を教えてもらう。
「作戦をシンプルにしましょう」
「うん」
「まず、アナタが突撃してリーチ差でモンスター群の先端を切り払ってください。私がそこから空白地帯に滑り込んで切り崩します」
「切り払った後は?」
「相手は獣型です。飛び道具などはありませんので切って下がるを繰り返しながら間合いに入れさせない戦い方で良いかと」
「リコが引いたら、突進する感じでいいのかな?」
「そうです」
僕が大剣の柄を強く握り込むとリコが諌める。
「力を抜いてください。むしろその質量を振り回すのならば軽く振るうくらいの気持ちで、体が持ちませんよ?」
「そうだね、それは身に染みてる」
「我々はどうしたら?」
「私達が群れの大多数を引き付けたら一度大きく下がります。そこを弓矢で制圧してください」
「あい分かりました」
「敵の統率者も群れが壊滅すれば引きずり出せるでしょう、そこからが本番です」
慌ただしい足音が駆け、僕たちは死地の入り口までやってくる。
「この先にハウンド達の群れが……」
「ええ、私たちでケリをつけに行きましょう!マスター!!」
夏夜の湿った風がいやにほほを撫ぜると、季節に似合わず寒気を感じた。
ハジメマシテ な コンニチハっ!
高原 律月です〜
竜の魔女、第9話です!
本作は戦闘が多めです、表現の幅が狭い気がしますが気のせいです(`・ω・´)キリッ
それでは、また次回〜ノシ