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#106.いってきます

「ラマンユさん、マリアムさん。

 数日の間、お世話になりました。

 ありがとうございました! いってきます!」


 それから数日後、アイシャは生まれ故郷のノイシュの村を目指して街を出た。


「アイシャちゃん、行っちゃったね」

「……ああ」


 ほんの少し、二人が寂しそうに目を細めると彼女の後ろ姿が遠くなっていった。


「ラマンユ、寂しそう」

「……そんな訳ないだろ」


 マリアムがラマンユの顔を覗き込みながら笑う。


「……今さらだ、そんな気持ちはもう忘れたさ」

「それもそうね。私達はそういうお仕事だもんね」


 アイシャの姿がすっかりと見えなくなった頃にはラマンユの顔つきは険しいものに変わっていた。


「……心配?」

「……いや、僕のすることじゃない」


 マリアムが尋ねると彼は背中を向けて歩き出した。


「……行こうか」

「そうねぇ〜」


 ―――二人の姿は賑やかな街の雑踏の中に消えていった。


「……ふぅ」


 アイシャはオランジットを出てから数時間ほど歩いたところでひと息をつける。

 のどかな原風景を見ながら色んなことを振り返る。


(この一週間ちょっとの間に色々あったなぁー……)


 人買いに売られて街に出て、強盗みたいな不思議な二人に助けられ、村に戻れることになるなんて―――、両親にはどう説明したらいいのだろうか。

 そんなことを考えながらぼんやりと青い空を見る。


 ―――不安はたくさんある。


 漠然とした気持ちを拭うよう、少女はことさら大げさに立ち上がる。


「よし、休憩おわりっ!」


 のどかな道をアイシャは歩いた。

 日はまだ高く、青々とした空の下を涼しい春風が吹き抜けた。


「ラマンユ〜」

「……なんだ?」

「なーんもないっ!」


 もう朝からずっと、マリアムはこうだ。

 ラマンユに絡んでは机に突っ伏してラマンユの部屋に入り浸っている。

 彼は本を読みながら、いい加減、無視してやろうか―――とも考えるが律儀に呼びかけに答えてしまう。


「ねえ、ラマンユ〜?」

「……用がないなら話しかけるな」

「あるよ! あるある!!」

「……なんだ?」

「んー、忘れたぁー」

「……もう喋るな、あほう」


 黒髪の少年は大きくため息を吐き出して本を閉じる。立ち上がりながら横目にマリアムを見やり、もう一度ため息を吐く。


「えー、ひっどーい!!」


 少年は快活な少女から顔を背けると、怜悧な顔立ちを少しだけ崩して言った。


「……買い物に出るがお前も来るか?」


 マリアムは突っ伏していた体をびょいんと跳ね上げてラマンユのすぐ後ろを追いかける。


「行く行く! 今日はどこ行くの?」

「……さあ? 行ってみなくちゃ分からないな」


 くたびれたホコリ臭い建物の廊下に二人の足音が響いた―――。


「まだこんな場所なのね……」


 長い黒髪を束ね直して、青い目の少女は呟いた。

 ようやく村まで三分の一のところまで来て、途方に暮れるようにため息が漏れる。


「のんびり歩きすぎたわ……これじゃあ日が暮れちゃう……」


 辺りを見回しても何もない。

 いよいよ太陽も低くなってきた。

 アイシャは少し焦るように歩く歩幅を大きくして辺りを見回す。


(どこかに家はないかな?)


 日暮れに差し掛かり、少女は諦める。


「野宿しかないかな……」


 いそいそと荷物を降ろして早めの夕飯を食べると、アイシャは屈めば隠れられるくらいの茂みに身を隠した。


「ねえ、ラマンユ?」

「……今日、何度目だ」

「これは真面目なやつ!」


 橙色の街の灯がぷくっと膨らんだほほを照らす。


「私ね、いつかはパン屋さんをやりたいなぁーって思うのよねー」

「やればいいだろう、別に」

「むぅ……」


 少女を少し躊躇いがちにうめき声を上げる。そんな彼女の心うちなど関係なしにラマンユは言った。


「……お前はもう自由なんだ。資金だって充分にあるだろ、僕と一緒にいる必要はどこにもないさ」

「―――それは違うッ!!」


 思わず声を荒げたマリアムは目を丸くするラマンユを見て我に返る。周囲が少しの間、静まり返ったような気がした。


「そうじゃなくてぇー、えーと……」

「マリアムが僕に恩を感じてるのは知ってる。けどお前はもう充分それを返しただろう」

「そうじゃない……そうじゃないのよ……」

「マリアムはこんな後ろ暗い生き方をする必要なんてない」

「イヤよ、それだけはイヤ……」


 賑やかな通りの端でマリアムは縋るようにラマンユの服を掴んで俯いた。泣きそうな彼女の顔から逃げるよう少年は顔を背ける。


「―――キミも一緒じゃなきゃイヤっ!!」


 マリアムはずっと先送りにしてきたその言葉を吐き出した。

 怯えるように顔を上げてラマンユを見る。


「―――ねぇ? もうやめましょうよ、こんな暮らし……」


 ラマンユがマリアムの手を払い除けて眉間にしわを作る。


「―――それは無理……だ……」


「どうしてっ!!?」


「僕は犬だ……飼い主に噛み付いた飼い犬がどうなるか分からないとは言わないだろ……」


「知らない! そんなの分からないよ!」


「マリアム、お前は僕とは違う―――。

 ―――ここら辺が潮時なんじゃないか?」


「―――私はっ!!

 キミと私とアイシャちゃんみたいな女の子と三人で小さなパン屋をやって!

 キミの子供が大きくなるのを見守って―――っ!!

 おばあちゃんになったらキミ達を見送って!

 いちばん最後に、"ああ、よかったなぁ……"って笑って死にたいのよ!!

 そこにキミ居てくれなきゃ意味が無いじゃない!」


「―――悪いが他のヤツとやってくれないか」


 通りかかった酔っ払いが二人を見て笑った。


「おい、兄ちゃんたちっ! 別れ話なら家でしな!!

 天下の往来でしみったれた話してんじゃねーゾ!」

「……すみません、すぐに終わりますから」

「おう! 明るくな!!」


 陽気な酔っ払いがフラフラと人混みの中に消えていく。


「……帰ろうか、マリアム」

「うん……」


 鮮やかで煌びやかな雑踏の中を二人は歩いた。

ハジメマシテ な コンニチハ!

高原 律月です!


竜の魔女、106話になります。


いよいよ、辛気臭い話になってきましたね(笑)

あー、マリアムちゃん救いたい!!とか思いながら執筆してるの精神衛生上よろしくないですね、ホント(´・ω・`)


思ったより長くなりつつあるラマンユ君ストーリーでした!


それでは、また次回〜 ノシ

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