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#105.少年の日

「僕は向かいの部屋にいる。分からないことがあったら呼んでくれ……」


 黒髪の少年がぶっきらぼうにそう言って部屋を出る。残されたアイシャはマリアムと呼ばれていた女性を見やる。


「……相変わらずねぇ」


 マリアムは赤い瞳を優しく細め、ため息を吐き出しながら頭をかく。


「アイシャちゃん……だっけ……?」

「はい!」

「私はマリアム。あのぶっきらぼうな彼、ラマンユと一緒にある仕事をしているの」

「……お仕事?」

「なにしているのかはヒミツ!」


 マリアムはアイシャに座るように促して、自身も椅子に腰かける。


「ここに当面をやりくり出来るお金と食料があるわ。

 これでキミは自由よ、後は落ち着いたらここを出て行くなりなんなり好きに生きていいわ!」

「アナタ達は押し込み強盗じゃ……ない……?」

「半分ハズレで半分アタリってところね!」


 アイシャが戸惑うようにマリアムを見やると、マリアムが尋ねる。


「キミ、あの家には長く居た?」

「いえ……数日ほどです……」

「なら、近隣住民にまだ顔は覚えられてないでしょうね。一安心ってところだわ!」

「……え、と?」

「あの家の二人が殺されているのにキミがこの街をウロウロしていたら不審に思われるでしょ?」

「なるほど……」


 マリアムが席を立ち台所に向かう。コップを筒のような物の先の下に置いて何かを押しやる。

 すると、どういう原理か筒から水が流れ出してあっという間に水がコップに注がれる。


「―――アナ!? あれは一体―――!?」

「わ、分からないわよっ! 少なくとも魔術の類じゃないことは確かよ!!」

「魔道具でもなさそうです……どういう理屈なんでしょうか……」

「ジルも分からないのか。

 エマは分かるか?」

「いえ、見たことも聞いたこともありません」

「リコは?」

「かなり昔に見たような記憶があります。失われた技術ですね、恐らく」


 僕達の驚きを他所にごく当たり前のように水を出した彼女はアイシャにそれを手渡す。


「のど、渇いたでしょ?」

「ありがとうございます」


 アイシャにも驚く様子がないことから、この時代ではこの技術は当たり前のように普及している事がよく分かる。


「キミ、生まれは?」

「この街オランジットより少し離れたノイシュの村です」

「あの辺だと水道はまだちゃんとに整備されてないから見慣れてないでしょ?」

「いえ、始めは驚きましたがこの街なら何があっても不思議じゃないなぁ……と」

「見かけによらず意外と芯がしっかりしてるのね。

 私達が押し込みした時もあまり動じてないようだったし!」


 マリアムが笑うと、アイシャは少し憂いのある笑みを浮かべる。


「……違いますよ」

「……ん?」


 コップの水を飲み干してアイシャは言った。


「どうでもよかったんですよ、全部。

 私は両親に見捨てられた―――。

 それくらいは分かってます。

 だから、アナタ達に殺されようがまた別のところに売られようがどうでも良かったんです」

「ふぅーん?」

「分かってますよ、私だけが特別に不憫なんて思ってません。

 私の村でもある日突然、前の日まで一緒に遊んでいた子が次の日には居なくなるなんて良くあることです」

「あっそ、それならいいわ」


 マリアムが気怠そうに窓の外を見やる。


「慰めたりはしないんですね……」

「してあげるだけ惨めでしょう?」

「はい、すごく安心します」


 そうして二人はしばし窓の外に広がる青空を見た。


「私は、さ―――……」

「はい?」


 突然の言葉にアイシャが慌ててマリアムの方を見やる。


「キミと同じだったのよ」


 マリアムはおもむろに上着を脱ぎ、後ろを向いた。

 その背中は痛々しい傷痕で埋め尽くされている。裂けた皮膚の痕は不細工に膨れ、焼かれた痕は汚くシミのように茶色かった。


「ガキの奴隷なんて惨めなものよ……持ち主にオモチャにされ、八つ当たりに叩かれて焼かれて……何度も死ぬ思いもした……」


「マリアムさん……」


 マリアムは服を着ながら言葉を続けた。


「それでも生きていてよかったって、今の私はそう思える。

 彼に―――……ラマンユに助けてもらえたから……あの人、あんなんだけどすごく優しいのよ」


「ええ、知ってます」


「無愛想だし表情筋は死んでるし、ほっておいたらロクにご飯も食べないし……」


 アイシャの目に映る彼女は自身とそう歳も変わらないはずなのに自分よりも遥かに大人びて見える。

 ラマンユの話をする時の彼女はとても愛らしく笑い、そんな表情がアイシャには堪らなく眩しくて、春の日差しのように暖かく優しかった。


「マリアムさんはラマンユさんが好きなんですか?」


「うん、愛してる。

 きっと―――、助けてくれたからとかそんなじゃなくて……時々だけど彼が優しく笑うから……その笑顔を見ると、ああ好きなんだなって。

 理屈じゃなくて心がそう思っちゃうのよねぇ〜、あんなヤツ甲斐性もないのにね!」


「よっぽど好きなんですねぇ、お二人はお似合いのカップルだと思いますよっ!」


 アイシャがくすりと笑いながらマリアムを見やると、マリアムは今にも泣きそうな顔で首を横に振る。


「ううん、私なんかが彼の隣にいちゃダメ……」

「そんなことありません! 」


 快活だったマリアムが自分の体を抱き、うずくまるように塞ぎ込むと、アイシャの胸がちくりと痛んだ。


「こんな体でさ、傷だらけでさ……ラマンユに愛してもらいたいなんて言えないよ……」


「そういうものなんですか?

 あの人はそんなこと気にしないのでは?」


「彼の背中に自分の背中を押し付ける度に思い知らされる。

 この暖かさは私なんかが感じていいものじゃない……優しい彼にはアイシャちゃんみたいなキレイな子が1番なんだって思う……」


「そんな卑屈なこと言わないでください!

 マリアムさんだってキレイですよ!!

 ラマンユさんのことを話す時のマリアムさんは優しくて、暖かくて、とってもキレイです!

 ラマンユさんだってそんなマリアムさんのこと、きっと大好きですよっ!」


 マリアムは目尻に溜めた涙を指先で拭うと、ぎこちなく笑った。


「これは私の問題っ! 彼の問題じゃないの!」

「そう、ですか……」

「アイシャちゃんは綺麗なままであの地獄から抜け出せたんだから絶対に幸せになりなよ!!」

「そうですね、泣くのは今日までにしておきます……」


 アイシャが泣きそうな顔で笑うとマリアムが彼女のほほをつねる。


「いひゃいれす、まひはむひゃん……」

「ごめんね、変なの見せちゃって……」


 マリアムは頬から指を離し、今度は明るく笑顔を作る。


「いいえ、マリアムさんのおかげで生きる気力が湧きました。

 なんだか、不幸ぶってた自分が恥ずかしいくらいです」

「終わったことは引きずっても意味なんてないのよ!!

 明るく生きましょ! 私も、キミも!!」


 そろそろ夕飯の支度をしなくっちゃ―――、と彼女は言った。


「アイシャちゃん、食料を少し分けてもらってもいい?」

「どうぞ、お使いください」


 台所で忙しない音を立てながらマリアムがため息を吐き出した。


「ねぇー? その言い方は何とかならないの?」

「―――えっ!?」

「キミがこれからどうするのかは知らないよ。

 それこそキミが村に帰りたいって明日の朝にはここを出て行ったとしても!

 それでも、今だけは私達は家族―――でしょ?」

「そんな……厚かましいですよ……」


 マリアムがアイシャのほほを両手で挟んで眉を吊り上げる。


「だぁ〜か〜らぁー! それ!!

 いい加減やめなさい?」

「う、うん……」


 子供っぽくほほを膨らませるマリアムを見て、アイシャは思わず笑ってしまう。


「なに? わたし、変なこと言った?」

「違うの、ホッとしたら笑っちゃって……ふふっ……」

「そ、そう! ならいいわ!」


 マリアムは夕飯を作り終えると盛り付けをしながらアイシャに声をかけた。


「アイシャちゃん、ラマンユ呼んできてくんないー?」

「え、と……向かいの部屋だっけ?」

「そ! お願いね〜!」


 部屋を出て数分―――。

 アイシャはどうしていいか、困り果てた。


 ―――コンコンッ!


「ラマンユさぁ〜ん?」

「……帰れ」


 その一言で部屋のドアが閉まる。


「ご飯を……その……」

「……要らない」


 それでもとアイシャは扉越しに話しかける。


「マリアムさんが……呼んでます……」

「……分かってる、だから行きたくない」


 頑なに部屋から出ようとしない彼をどう説得したものか―――、悩んでアゴに手を当てていると黒髪のポニーテールがアイシャの真横を通り抜けていった。


「―――ひゃあっ!!?」


 ―――バキッ!!


「……っのぉお!! 出てこいッつってんだよォオ!!!!!!!!!!!!!!」


 ―――ベキベキベキィッッ!!


 マリアムが飛び蹴りながら無理やりにドアをこじ開ける。


「この根暗モヤシぃ!! 素直に出てこいよな!!」

「……うるさいな、相変わらず」

「アンタ、ほっとけばご飯もろくに食べないじゃない!!」

「……死なない程度には食べてる」

「ご飯はね! 毎日食べるのよ!!」


 マリアムが彼の耳を引っ張って無理やりに立たせて引きずっていく。


「……離せ、痛いだろ」

「黙りな! このボケナス!!」


 あまりの出来事にアイシャはひきつるように笑った。


「アハ……アハハハハ……」


 不貞腐れたようにそっぽを向くラマンユの耳が赤い。それがおかしくってアイシャはくすくすと口元を押さえて口の端を緩めた。


「―――それじゃあ!」


 マリアムが手を合わせると自然とアイシャも手を合わせた。


「「いただきますっ!!」」

「……マス」


 食卓を囲んでひとしきり談笑し、食事を終えたところでアイシャが大きく深呼吸する。


「マリアムさん、ラマンユさん―――」


 呼びかけられた二人がアイシャを見やる。


「助けてくださってありがとうございます」

「……仕事だ、気にするな」

「そーよ、私達はやりたいことをやっただけ」

「それでも感謝します。

 二人のおかげで前向きになれそうです」


 ラマンユとマリアムが目を見合わせて、やれやれといった顔で息を吐く。


「……その感じは」

「はい、ノイシュの村に帰りたいと思います。

 やっぱり父と母に会いたいです」

「そう。アイシャちゃんがそう決めたならそうするべきよ」


 アイシャの覚悟に満ちた目を見て二人はゆっくりと頷いた。


ハジメマシテ な コンニチハ!

タカハラリツキです!


竜の魔女第105話、できました!

なんというタイトル詐欺……ラマンユ君メインで動かすハズがほぼ絡まずに終わりました()


これはちょっち長くなりそうな予感……というのをヒシヒシと感じながら執筆しております。

110話までには終わらせたいなとは思ってます!


それでは、また次回〜 ノシ

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