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#99.大地を駆けて


 閉じた瞳を開くと、そこは暗く広いどこかの建物のようだった。


「……ここ、は?」


 見た事のない場所に戸惑うよう辺りを見回し、奥へと続く通路を見つける。歩く僕のすぐ後ろで甲冑の叩く音が聞こえた。


「アイリスさん。ここはどこなんですか?」

「おや? どうして私と?」


 僕は振り返らずに声の主に言った。


「僕の力に干渉するのはアナタかファフニールくらいですからね。

 ファフニールならこんな回りくどいことはしないでしょう?」

「なるほど、さすがですね」


 アイリスさんは納得したようにカラカラと笑う。

 僕は立ち止まり、不満の態度を隠さずに金色の戦乙女を睨んだ。


「今はすぐにでも駆けつけなきゃいけない人がいるんです。アナタの回りくどい演出に付き合ってる場合じゃないんだよ……」


 僕の怒りを察したのか、彼女は少しだけ目を丸くして俯いた。


「ですが、あの子はおそらく……」


 アイリスさんは最後まで言い切ること無く僕の前を歩き、大きな扉の前で立ち止まる。


「最後の英雄ロイ・オックスフォード。

 この扉の先に何があるか、お分かりになりますか?」

「興味も無いね……」


 不貞腐れるようそっぽを向きながら彼女の問いかけに答える。


「現実も時間も、一度進んだ針が戻ることはないのですよ?」

「わかってるよ!!!! そんなことッッ!!!!!!!」


 淡々と喋る彼女の言葉は真実だ。カッとなった僕はアイリスさんに詰め寄り、彼女の胸ぐらを掴んで扉に押し付ける。


「ロゼリアさんをっ! 僕は守れなかった!!

 そうだよ……それが現実だ、そんなことは分かってるんだよぉ……!!!!」

「悲しんで泣けば神様が時計の針が戻してくれるなんてことは無いんですよ。

 それこそアナタがここで立ち止まれば彼女は無駄死にでしょう?」

「アンタって人はぁあああ!!!!」


 押し付ける力を強め、僕の目を真っ直ぐに見つめるアイリスさんにぐちゃぐちゃになった感情をぶつける。


「ロゼリアさんはなぁ! ここで死んでいい人じゃなかったんだよッ!!

 食い倒れて寝てる彼女を騎士団まで送り届ければ騎士団の人達がみんな笑って……考え無しに突っ走るけど何だかんだ乗り越えて帰ってくるような…………みんなを笑顔に出来る……そんな…………そんな掛け値無しの善人なんだぞ……」


 僕が泣き崩れるように寄り掛かると、アイリスさんは押し退けるように僕の胸を自身から遠ざける。


「――――だから、なんだというのです?」


 あまりにも冷徹、冷めた瞳が僕を見つめた。


「アイリスさんはロゼリアさんを知らないからっ!!」


 金の戦乙女は呆れたように息を吐き出し、首を傾げて言った。


「その人の人柄を知ってたからなんだっていうんですか?……と聞いているんですよ。

 ―――人はいつか死ぬ。

 それは今日かもしれないし、知ってる人間が誰一人としていなくなった後かもしれない……そんな当たり前にいちいちと付き合い、泣きくれていれば死者は還ってきてくれるんですか?

 まして、彼女は戦うという選択をしたんです。

 戦って死んだ者の死を無駄にしてまで、アナタは一体何がしたいんですか?」


 彼女の体からズルズルと崩れ落ち、膝をついて俯くとアイリスさんは言葉を続けた。


「悲しむな―――とは、言いません。

 ですが多くの者を看取ってきた私から言えることは一つ。

 人の死を無駄にするくらいなら立つ必要などはありません。そのままそこで泣き喚いて、後始末はアナタの否定するアナタにでもやってもらえばいいんですよ。

 逃げる権利があるだけアナタは幸せ者ですよ、ロイ」

「うぅ……うわああああああああ!!!!」


 綯い交ぜになった感情を吐き出すようにして僕は叫んだ。そんな僕を慰めること無く、アイリスさんはただ立って僕が吐き出し終えるのを待った。


「ごめん……待たせたね……」


 叫んで空っぽになったところで僕は立ち上がった。


「―――いいえ。

 私の方こそごめんなさい、アナタに共感してあげられることが出来なくて……」


 アイリスさんはどうとも取れない表情で扉に手を掛ける。


「この先に進めばアナタはまた一つ大事なものを失うかもしれません――――――、それでも歩むというのですか?」

「ああ! 世界を救えるのは僕だけなんだろ?」


 覗き込むアイリスさんの瞳を見抜いて大きく頷いた。


「それは結構です」


 彼女が優しく控えめに笑い、扉が開く。開けた扉の隙間から流れるピリッとした空気に少し緊張して背筋が伸びた。


「私達の王、ロイ・オックスフォード!

 アナタがこの場にやって来ることを私達は数百年と待ち望んだのですッッ―――!!」


 開かれた扉の向こうに円卓がある。

 くるりと一周見渡すと椅子が八つ。

 よく見知った顔が四人。


「いつまで待たせんだよッ!! こっちはどんだけ待ったと思ってんだ、ったくよぉ……」

「我が王、アナタがこの()に来ることをわたくしは信じておりましたよ」

「ファフニール! ティアマト!」


 相変わらずの調子で悪態をつくファフニールとニッコリと微笑むティアマトが僕の顔を見た。

 その横に威圧感のある偉丈夫が座り、そのすぐ傍らに桃色の小さな戦乙女が立っている。


「こんなピーピー泣き叫んでるようなヤツに本当に世界を任せられるのか? あンっ!?」

「マスターが雑草さんのことを認めたからね〜。あたしも付き合ってア・ゲ・ルッ!」

「認めてねぇよッッ!! テキトー言うんじゃねェよ! ダフネぇ!!!!」

「ククルカン……それにダフネも……」


 いきり立つククルカンを落ち着かせるようにダフネが彼の背中を擦る。

 アイリスさんが軽快な足音を立ててファフニールの横に立ち、こう言った。


「マスターロイ、どうぞお掛けになって」


 促されるまま、入り口の椅子に座る。


「ここは一体……?」


 僕が戸惑うように彼らを見やると、ファフニールがため息を吐き出した。


「見りゃ分かんだろ? お前と愉快な仲間達で世界ってヤツを救ってやろうぜの会だよ、クソつまんねぇ……」

「僕が王ってのは?」

「最後の原罪、お前が一番最後で人の罪の中で最もイカれた存在なんだよ。

 どこぞの筋肉ダルマがようやっとお前に協力する気になったから記念すべき第一回目の開催ってワケだ……他に聞きてぇことあるか?」

「な、なるほど?」


 困惑しながらも、一堂に会した理由は理解した。補足するようにティアマトが言葉を繋げる。


「わたくし達英雄―――あるいは原罪―――、というものは他の原罪とは不干渉なんですよ。

 他の罪を祓うことは出来ても取り込むことは出来ません。

 霧は払われてもまた霧になるでしょう?

 そうやって霧が濃くなる度にわたくし達は争い、払われ、また集まる―――それが大災厄というものです。

 人々がいる限り、その欲は膨らんでいきます。原罪であるわたくし達はその根本である人という種を滅ぼすことでこの終わり無き輪廻を断ち切ろうと画策しているのです。

 ですが、最後の原罪であるアナタは違う。わたくし達を内包して一つにする可能性を秘めているのです。

 わたくし達の持つ魔石を取り込めるのはただ一人、ロイ・オックスフォードだけなのですよ」

「世界の業を背負うアナタ方が僕を認めた。

 ヴリドラの言っていた使役すると従えるは違うとはそういう意味なんですね?」

「ええ。概ね、そのように理解して頂ければと」


 僕のことを激しく睨むククルカンをチラリと見やって、僕は天井を仰ぎ見て息を吐き出した。


「若干一名、認めてなさそうな人がいるんですけど?」

「お前が俺を扱い切れるか……ソイツが甚だ疑問でなァ!!

 様子を見ていれば俺の力に振り回されるわ、女一人が逝ったくらいでメソメソ泣き叫ぶわ、見てらんねぇんだよォ!!

 ダフネの扱いもテスカトリポカの扱いも!

 まるでなっちゃいねぇんだよ、オマエ!!

 コイツらを魔道具か何かだとでも思ってんのかァ!?」

「アナタみたいに直情径行じゃないんですよ、この筋肉バカ……」

「……ァあ!!?」


 僕が咄嗟に皮肉を吐き出すと、ダフネが物凄い形相でこちらを睨む。


「落ち着けって、ダフネ。

 分かってるよ、ククルカンの言いたいことは……さ。

 その人は数百の仲間や大切な人を犠牲にしてまで世界を救った大英雄だ。

 他を寄せ付けることもなく完膚なきまでに外敵を叩き潰し、畏れと強大な力で世界を浄化した偉大なる先達ってことも理解している。

 だけど、それはククルカンの考え方だ。僕の考え方じゃない」

「あたしのマスターはこの中で一番強いんだよ! モヤシ二匹と女狐一匹、同格扱いなことすらおかしーと思わない?」

「それだよ、ダフネ……だからアンタ達は僕に負けたんだよ……分からないのかい?」

「何が言いたいワケ?」


 僕は二人を見据え、なるべく落ち着いた声色で語りかける。


「強すぎたんだよ、アンタ達二人は……」

「……は?」

「誰も彼もが折れない信念で我が道を突き進むなんてことは出来ないんだ。

 それが分からないからククルカンはそっちに堕ちたんだろ?

 ただ強くあれ……なんてのは、本人にとっては美徳でも周りからしたら異常だぞ?」

「ひよっこのクセにいっちょまえのこと言うじゃない!」

「僕はキミ達を従えようなんて思わない。キミ達の意思を尊重し納得した上で協力して欲しい……それだけさ……」

「あたしにはアンタがマスターを越えられるとは到底思えないっ!!

 マスター! こんな日和見の言うこと聞くの、やっぱヤダよぅ!!

 コイツはここでボッコボコにしてやらないとあたしの気が済まない!」


 ダフネがいきり立ってこちらに詰め寄ろうと踏み出すとククルカンが手で制止する。


「やめろ、ダフネ。

 神殺し、お前の言い分は分かった。

 確かに俺は一人で背負いすぎたのかもしれないな……アイツらの想いも返り血に変えて戦場を駆け抜けてきた俺は零れ落ちた感情なんざ邪魔なだけだと捨ててきた。

 だがな、俺の強欲は沁みるぞ?

 テスカトリポカに乗せたモン、お前に使いこなせるのか?」

「使いこなせるかだって?

  おっさん、ぬるいこと言うじゃないか。原罪を辞めたら優しくなりすぎだろ。

 誰の力だと思ってんだよ、使いこなすかじゃないだろ?

 死んででも使いこなしてみせろよ?……くらいは言ってもらいたいねっ!!」

「上等じゃねェか!! クソッタレがよぉ!!」


 ククルカンが激しく机を叩きながら立ち上がり、僕の胸ぐらを掴んだ。


「ククルカン、アンタを二度も泣かせはしない…………だからさ、任せてくれよ……」

「泣いたことなんざぁねェよ、クソボケがぁあああ!!!!」


 ククルカンがゴツゴツとした拳を振りかぶる。


 ―――ガッッ!!!!


 思いっきりに横っ面を殴りつけられた僕は勢い余って壁まで転げる。


「いつつ……効いたなぁ、コレは……」

「おい、ロイ! ひよっこ英雄!!」


 僕を殴りつけた彼はバカみたいにデカい背中をまざまざと見せつけて言った。


「俺達の想い、確かに託したぜ?」


 その言葉に強く頷いて立ち上がる。イカれた笑いを上げながらファフニールが席を立って開いた扉の向こうにアイリスさんと共に消えていく。


「アヒャアヒャアヒャヒャ! まずはカビ臭いヘビっころの駆除からだなぁ!! 俺も力を貸すぜ、ロイ!」


 続くようにしてティアマトも扉の向こうへと消えていく。


「殿方の言語というのは理解できませんね……素直になればいいものを、まったく……」


 最後に強欲の原罪、ククルカンが僕の胸を軽く小突き、不機嫌そうに寄せた眉間のシワをなくして僕に言った。


「ぶっ壊しに行くぞ、世界ってヤツをよぉ!!!! なあ! 主殿(あるじどの)ぉお!!」


 僕は三人の言葉に答えるようにして扉の向こうにある白い光の中に飛び込んだ。


「―――ああ、そうだな!!」


 白い光の中で少し振り返る。開いていた扉は閉まり、遙か遠くになっていく。

 前を向いて走り出すと意識が反転し、感覚が現実の世界に戻る。

 止まっていた緑の獄炎が再び動き出す。僕の中に残る僅かな炎で少しの間、煉蛇龍の焔を堰き止める。


「―――ロイッ! ジルさん!!」


 緑の焔が視界一面を埋め尽くす中で幼なじみの聞き慣れた声が聴こえた。


「アナ! あの時のバフを!!」

「すぐやるわ!!」


 僕の叫びが届いたのか、足元に眩い光が(はし)る。


「―――エデンズ・フィール・アルカディアぁ!!!!」


 淡い光が体を包み、途端に活力が漲って青い焔が昂るように激しく燃える。


「―――うぉぉおおおおお!!!!!」


 青い焔が緑の焔を少しだけ押し返し、僕はジルに声をかける。


「ジル! 動けるか?」

「はい……」

「その腕輪、使い方は分かるな?」

「もちろん……」


 ジルはデュランダルの刃先で指を軽く切りつけ、腕輪をはめる。


「その力を使えば後戻りは出来ないぞ?」

「愚問ですよ……私はロイさんと共に往くと決めてますから……」

「頼もしいな! ソイツはっ!!」


 銀の腕輪から緑の火が噴き出ると彼の身体を業火が灼いた。作り直されていくジルの体は煉蛇龍にも劣らない神性を放ち、僕の横からヤツの炎を切り裂いた。


「―――抜刀一閃!! ―――沙羅双樹の花の色(ヤオヨロズノカミタチ)、盛者必衰の理(、ハナサクイロハ)っっ(ッッ)!!」


 幻想的な一太刀は事も無げに緑焔を切り裂き、風に舞った火の粉が花びらのようにひらひらと落ちていく。


「ロイさんッッ! 今です!!」


 開けた道を走り、再び火を吐く煉蛇龍に向けてアロンダイトを振りかぶる。


「―――換装:精霊(エンコード:)女王の円舞曲(ザ・スピリット)ッッ!!」


 長い髪をたなびかせ、煉蛇龍の吐く緑の炎を切り裂いて突き進む。

 羽根のように軽い体が全身の血潮を沸騰させ、静かに爆ぜる水焔がまるで疲労を感じない。


("重さ"という因果を灼かせてもらいました……わたくしの火はこう使うのですよ、マスターロイ……)


(これが色欲の火……なぜこんなにも心を軽く……?)


(それが"愛する"ということですよ。

 この世は美しい色に満ちている―――、それをくすませるのは人の感情です。

 わたくしの炎で視る世界はこんなにも鮮やかでハッキリしているというのに…………人はその美しさを知ることはない……それがわたくしの罪、わたくしの背負う業なのです…………)


(人の欲が世界を濁らせてしまうと?)


(いいえ、それは違います。

 欲も穢れも全てを愛しなさい、ロイ・オックスフォード! 感情の色、その一つ一つがアナタという世界を形作るのです!!

 人はみな、同じ世界に生きてなどはいないのですよ!)


 煉蛇龍が首を振り上げて大きな口を開く。すぼめた首が弾かれるように打ち出されると超高速で眼前まで迫り来る。

 半身を捻りながら横っ飛びしてヤツの(くら)い口を躱し、晒された体躯にアロンダイトの美しい刃を突き立てる。


「―――食らえッッ!!」


 神性で覆われたヤツの白い外皮を切り裂き、その内にある柔い肉を蒼白い刃が切り裂いていく。


「うがぁあああああ!!?」

「痛いだろ? それが生きてるってことだよ、ケツァルコアトル!!」

「おのれぇ!! 下等種族がァ!!」

「おいおい、ここからが本番だぞ?」


 僕はアロンダイトの片割れを地面に突き刺し、水炎を辺り一面に展開する。


「――――――受け取れよ、カミサマ……コイツが人間の可能性ってヤツだ!!

 ―――御王、招来(ニルヴ)()青に染まる暁の空(ブラフマー)ッッ!!」


 大地からアロンダイトを通して伝わる人々の祈りを吸い上げ、悪食のティアマトが丹念に舐めては僕の体にその膿を落とす。

 その膿を青い炎に変え、煉蛇龍の神性を喰らう牙が唸り声を上げた。


「ワシの神性がっ!! 躰が焼かれていく!!?

 ―――がぁあああああああ!!!??」

「お前の"因果"―――、焼かせてもらったぞ!! ケツァルコアトル!!!!」

「これしきの痛みぃッッ!! ワシは煉蛇龍ケツァルコアトルだぞ! 舐めるなぁあ!!!! 小僧ぉおお!!!!!!」


 白い外皮がひび割れ、その隙間から青い焔が吹き上がる。ケツァルコアトルは苦しむように自身の内側から緑の焔を燃やし、青い焔を消そうと抵抗する。


「―――クッ! さすがに神性が強いな、焼き切れない!!」


 拮抗するぶつかり合いの中、ファフニールの声が響いた。


(―――おい、ここはオレサマの出番だろーがよぉ!! チンタラしてねぇでさっさと変われよ、ヘビ女!!)


(ファフニール、品というものは大事ですよ? 年上としての助言です、覚えておきなさい?)


(品が良けりゃでやれんのかよ? ババアはすっこんでろよ!!)


(エースはここぞで切るからエースなんです……青いですね、アナタ……)


(二人とも、人の思考の中で口論しないでくれよ! 集中出来ないじゃないか!!)


 二人の言い合いで集中力を欠いた僕の炎が煉蛇龍の炎に押し負け始める。


(―――場は整いました。

 いきますよ、我が王よ!!!!)


 ティアマトの言葉と共に地脈を這うように水色の淡い炎が地を駆ける。祈りが綿毛のように舞い、その願いの粒を喰らいながら黒龍のような焔が洞内を思う様に飛び回る。


(久しぶりにオレサマの出番だなァ!! ケツの穴ぁ! 締めとけよ、ロイ!!)


(だから、アナタは品というものをですね……)


(フリージアの欠けたババアなんざ、ククルカンのオッサンしか喜ばねぇんだよ!!

 後は俺様がカタを付けてやっから乳こねくりあってろよ! 色ボケ共がぁ!)


(まあ、いいでしょう……さあ喰らいなさい、黒龍ファフニール!!

 全ての感情はアナタに帰結するのですから!)


(お膳立てありがとよォ! ティアマト!!)


 思う存分に願いを食い荒らした黒龍が大きな口を開け、僕を呑み込んだ。湧き上がる怒りの衝動が全身を巡り、心の臓から指先まで黒血で染め上げられていく。


「こんなの飼い慣らせってのかよぉ……ッ!!」


(散々付き合ってきただろ? 今さら泣き言いってんじゃねぇぞ!! しっかり手網を握っとけよぉ!!!!)


 光を通さない黒焔の中、藻掻くように感情の奔流を掻き分けて目を凝らす。その中できらりと光る金色の輝きがあった。


(こ、これは……)


 黒焔達が僕の体を突き抜けていき、光が大きくなっていく。


(そうか、これが運命ってヤツなんだな……)


 暗闇を抜けた先は、白い花が拡がるあの日の小高い丘の上だった。黒い焔で形作られた竜が僕の中に収束していき、右手にはまる僕の指輪が黒色に輝く。


換装:黒き(エンコード:)竜炎の狂詩曲(ザ・ブレイズ)!!!!!!」


 ファフニールと同期したこの身体に怒りの衝動が染み渡っていくが、心はとても穏やかだった。


(やっと俺を越えたか、ロイ!!)


(アンタに憧れるのはもう終わりだ、ファフニール……)


(そんじゃあ、さっさとこの前奏曲(ヘビっころ)を片付けて英雄ロイの戯曲を奏でようじゃねぇーかァ!!)


(あれをプレリュードって呼ぶにはゴツすぎんだろ……山場じゃないか……)


(安心しなァ!! タクトに合わせて俺が奏でてやんよォオ!!

 お前は思うさま、世界を調律すればいい! まあ、間違えた時はぶん殴ってやんよ!!)


 水炎で大地に縛られた煉蛇龍が血走った眼で僕を見据える。右手の薬指で光る指輪は金色の光彩を放って太陽のように煌めいた。


「このワシを超える神性など有り得ん!! 人間ごときがぁあ!!」

「煉蛇龍、アンタの怒りも僕が受け止めてやるよ」


 叫ぶ煉蛇龍のすぐ傍に横たわるロゼリアさんを見て、湧き上がる怒りも生きている感情の一つなんだと僕の中に解けていく。


「ロイの意識が……この場所を生み出したってこと……?」

「煉蛇龍の神性をロイさんの神性が上書きしていく……?」


 周りを見渡せば仲間達は呆けたように目を丸くし、遠くで打ち合うリコとヴリドラも動きを止める。


「マスター、アナタはまた一つ世界を越えたのですね」

「これがロイ殿の神域……空気が澄んで心が洗われるような気がします……」


 ヴリドラが空を仰ぐと一筋の涙が頬を伝い、あごを這うとその涙は地面に沁みて消えていく。彼女の想いに応えるよう、僕はヴリドラに語りかける。


(ヴリドラ、アンタの想いも僕が背負ってやるよ!! そうだろ? なあ、アーヤ!!)


(そ、その名前をどうして……)


(アンタの涙が教えてくれた。ここは僕の領域だ、アンタでも嘘は吐けないさ!)


(それでも! わたくしは竜の魔女を討ち取らねばならぬのです!!

 ロイ殿! 今この女を見逃せばアナタは必ず後悔する時が来ますよ!!!!

 それに人など、とうの昔に捨てました。わたくしは原罪が六番目! 夜王ヴリドラなのですから!!)


(後悔なんてしない! アンタもさせはしない!!

 ヴリドラ―――!! だから―――ッッ!!)


(聞けませぬ! ロイ殿とてわたくしを止めることなど出来ないのですよ!!)


(そうやって一人で抱え込むから! アンタはッッ!!)


(覚えておきなさい、ロイ・オックスフォード……女というのは好きな殿方の前だといつだってワガママでいたいんですよ……)


 ヴリドラは一瞬だけ僕に向けて微笑み、再び二人が打ち合いを始める。


(マスター、ヴリドラは絶対に止めてみせます!!)

(ああ、頼んだぞ! リコ!!)


 僕は煉蛇龍の方に向き直り、グングニルを構えて大地を駆ける。

 矢のように飛んでくる緑色の炎弾を躱して大地を踏む度、黒炎が足元から吹き上がって幻想的に揺れる。


「クッ!! ちょこまか動きおってぇ〜!!」


  薙ぎ払うような緑の業火を跳躍で躱し、背面を業火の熱が焦がした。煉蛇龍のケモノらしい瞳孔が逆さ向きに近付き、僕はヤツの頭を踏み台にして空高く跳ぶ。


「おのれぇ! どこまでコケにするかぁ!!」

「じぃさん、悪ぃな!」


 右手に装填された赤い槍は穂先から黒い焔を巻き上げ、グングニルは巨大な黒い槍と成って青の焔と混ざる。


全てを討ち滅ぼす(グングニル・)…………」


 身体を引き絞り、肚の底から溢れる力で槍を握り締めて煉蛇龍を視界に収める。


「……蒼穹ッッ(ドボルク)!!!!!」


 僕の指先から放たれた必滅の矢は荒ぶる黒炎を纏って煉蛇龍の頭部に突き刺さり、右手の指輪が激しく輝いた。


「―――次こそは穿いてやるッッ!!」


 ヤツの神性と僕の神性がぶつかり、チリチリと火の粉を巻き上げながら辺り一面をとてつもない熱量が渦を巻く。


「―――うぉぉおおおおお!!!!」

「―――小僧ぉおおお!!!!!!」


 ―――ピシッ……!!


「―――ぬぐぅ!!?」


 ガラス細工が割れるような甲高い音が聴こえ、ケツァルコアトルの(こうべ)が地に伏す。


 ―――ピシィイイイイイッッ!!


「……がぁあああああああ!!!??」

「―――通った!!!!!!!」


 グングニルによって地面に縫い止められ晒されたヤツの首を見ながら、緑炎でこの身を焦がす。


(―――チッ!! 美味しいとこは筋肉バカの出番かよ!!!!)

(うるせぇな、駄犬がァ!! 黙って見とけ、狩りってのはこうやんだ!!!! ファフニール!!)


 掲げた両手から伸びる炎が大質量の巨大な斧に変わり、なびく金のたてがみが空に躍る。


神装:神獣(エンコード:)達ノ鎮魂歌(ザ・ビースト)ッッ!!!!!!!!!」


 右手の薬指にはめられた指輪が桃色の光彩を放ち、大神斧が唸りを上げた。


(行くぞ、ロイ!!!!)

(ぶっ飛ばすよ! しっかり掴まってな、モヤシぃ!!!!)

(―――ああ! 決めるぞッ!!!!

 ―――ククルカン!! ダフネ!!)


「「 ―――食い散らせッ!

 ―――戦斧怒涛ノ調ベ(モルテンミンストレル)ッッッッ!!!!!」」


 緑の焔を纏う大英雄の神斧がくるりと青空を翻って煉蛇龍の首元に喰いかかる。


「―――これで……終わりだあああああああッッ!!!!!!!!」

「―――ぬがぁあああああ!!!!!!」


 日輪のような弧を描いた緑炎が尾を引いて煉蛇龍の首を寸断する。


 ―――ドンッッッ!!!!


 振り切ったテスカトリポカは大地を切り裂くほどの音を響かせ、煉蛇龍の叫びごと叩き割った。


「ハァ……ハァ……やっと倒せたな……」


 緑の焔が煌々と燃え盛り、灼かれた煉蛇龍の巨体が解けて光になっていく。

 荒い息を整えながら寸断された煉蛇龍の首を見やる。ヤツと目が合うと、ケツァルコアトルは少しだけ満足そうな顔をしているような気がした。


「愉しかったぞ、小僧……またな……」




―――それが煉蛇龍の遺した最後の言葉だった。


ハジメマシテ な コンニチハ〜!

高原 律月です!!


最新話、竜の魔女99話の完成ですっ!

今回は感情メインでバトルを進めさせてもらいましたが、いかがでしたか?

ヴリドラ戦の締めも待ってると思うと、少し顔が引きつりそうです(笑)


ちょっと文字数が多いのと先輩達の絡みを挟んだのでけっこー文字が詰まってるように見えるのと決めるシーンでビックリマークめちゃくちゃ多いのが反省点です((´∀`*))ヶラヶラ


八柱の竜戦をやると毎回最終回みたいなノリになるのは何故なんでしょうか?(笑)


それくらい彼らが強いということなんですが、ケツァルコアトルさんは強さが今いち分かりにくかったかもしれません。

夜焉龍さんに比べて煉蛇龍さんショボくね?って自分でもちょっと思いますが、ロイ君のフィジカル面はだいぶインフレしちゃってるので神性(ATフィールド的な何かw)で勝負させたかったんです(笑)

文章だと伝わりにくいヤツです、ごめんなさい!!


ちなみに余談なんですが、ロイ君はストーリーを追うごとに感情的になってく仕様が密かにあります。

現代社会だと感情コントロールをして波を抑えるのが美徳みたいな風潮がありますが感情の波は吐き出すことも大事です!

まあ、TPOは必要です。

ロイ君は逆説的に感情を拾ってくのがメインストーリーなので、どんどん感情を出すようになりますが幼稚になっていってるワケではありません!(`・ω・´)キリッ!!

むしろ感情が増えてくことで人間になっていってます、ええ(笑)

感情の善し悪しは抑えて波を立てないことが善しではなくて、コントロール出来ない領域まで放置して悪意を発露させてしまったり自暴自棄になることなんじゃないかな?と、たかーら個人としては思います。


実はそーゆーのを作品の中にメッセージとして込め、時に風刺的なシーンがあったりもします。


脱線しましたが、次回はヴリドラさんラストになります!!


それでは、また次回〜 ノシ

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