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#98.神と呼ばれし大蛇


 僕はケツァルコアトルの元まで全力で走り、ロゼリアさんを追い越す間際に突き倒してエマに声をかける。


「エマ! 今だ!」


 煉蛇龍を見上げた僕の視界にランプと皮袋が飛び込んだ。

 フェンリルを地面に突き刺し、右手に黒炎を宿して叫ぶ。


「頼むぞ! グングニル!!」


 黒炎は細長く拡がると赤い槍に変わり、僕の手の中に収まる。


「何をする気だ? こわっぱ!」


 余裕綽々といった身構えでケツァルコアトルは笑った。


「いいもの見せてやるよ、じぃさん!」


 踏み込んだ左足が字面を割ると神速の槍は右手の指先から離れる。


「―――いっっっ、けぇえええええ!!」


 赤い槍は黒炎を纏いながら皮袋を突き刺す。瞬間、煉蛇龍の目の前で目が焼き切れそうなほどの眩い光が辺りを覆う。

 目を瞑っていても眩みそうなほどの光にケツァルコアトルが叫んだ。


「うぉおおおおおお!!?? なんだ! これはっ!?!?」


 閃光が落ち着き目を開けると、解放されたジルが落下する。


「ジルッッ!!」


 彼を走りながら受け止め、そのまま煉蛇龍の後方まで滑り込む。


「こほっ……こほっ……」

「大丈夫か?」

「な、なんとか……」

「目は見えるか?」

「ランプが投げられたのが見えて咄嗟に瞑ったので大丈夫です……あれを一緒に投げたということは光を増幅させるつもりだというのは理解しましたから……」


 煉蛇龍の巨体越しにロゼリアの姿も確認して無事なことに胸を撫で下ろす。


「いつつ……」

「急に横から突き倒してすみません! ロゼリアさん!」

「ロイ殿! 些か乱暴ではありませんかぁ!!」

「こっちが制止するより先に走り出しちゃうんですもん! もう少し落ち着いて下さいよ!!」

「むぅ……それは返す言葉がありませんね……」


 ケツァルコアトルが鼻先を忙しなく動かしながら僕の方に顔を向ける。


「やってくれたな、こわっぱ! お陰でしばらく目が見えんわい!!」

「効いただろ?」

「悪くない手だが目を潰したところでワシには意味無いぞ?」

「……だろうな」


 ヤツの足元に転がるジルの武器を取り戻す算段を考え、ケツァルコアトルとのやり取りに受け答えをする。


「ロイさん……」

「ああ、分かってる。けれどまだ動けないお前を抱えたまま、闇雲にアイツの懐に飛び込むことは出来ないな……」

「すみません、ご迷惑をおかけして……」

「お互い様だろ。アイツの首に刃を通せなかったのは僕だからな」


 煉蛇龍がガラガラと笑いながら巨体を揺らす。


「黒いのは瀕死か! この危機、どう乗り越える?」


 僕はケツァルコアトルより上、天井に突き刺さったグングニルを見上げる。

 右手に纏わり付く黒焔が爆ぜた。


「こうするのさ!」


 右手を思いっ切りに引くとグングニルが意志を持つかのように煉蛇龍を目掛けて飛びかかる。ケツァルコアトルは耳もいいらしく僅かな風切り音に反応して即座に振り返る。

 ヤツの顔のすぐ横を掠めた赤い槍が切り返して再びヤツを襲う。


「面白い大道芸をするな、貴様」

「そうだろ? 割とお気に入りなんだよ、それ」


 グングニルに追い立てられた煉蛇が少しずつジルの武器から離れていき、グングニルに完全に注意が逸れたところでケツァルコアトルには聞こえない声でジルを背中に背負う。


「ジル、しっかり掴まっておけよ。今からちょっと荒っぽいことするからな?」

「はい……」


 ジルがきゅっと腕に力を入れると、僕は背中に微かな柔らかい感触を覚える。


「それとコイツをキミに……リコに頼んで作って貰ったお守りだ」


 僕はその感触を頭の意識から振り払って胸元から銀の腕輪を取り出してジルの手に握らせる。


「これは……?」

「アナの耳飾りと同じヤツだよ。いざって時に役に立つハズだ」

「ロイさんからの贈り物……一生、大切にしますね……」

「重いから、気持ちが……」


 僕がため息混じりに苦言を呈すと、ジルが小さく笑った。


「冗談ですよ。あ、大切にするってのは本当です」

「その宝珠にはライオネルの力が篭ってるからな、効果は絶大だぞ」

「はい、見ただけで特別だと思います……」


 最速で武器を回収してアナのところまで戻るイメージを繰り返し、大きく息を吸って地面を蹴り上げる。


怒れる火(アンツィーエ・)神の咆哮(ラーズグリーズ)ッッ!!」


 身体能力を超強化して一息に二振りの剣を拾い上げた時、視界にケツァルコアトルが写る。


「―――なっ!!?」


 引きつけていたハズの煉蛇龍が僕とアナ達の間に立ち塞ぎ、シュルシュルと舌を揺らす。


「透けてるぞ、神殺し……お前がこれを狙ってることなど分かってて乗っかってやったのだ……」

「くっ……!!」

「出し抜いたと思ったか、若造ぉ?」


 ジルを背負ったまま、ケツァルコアトルの大きな口が迫る。


「―――ソイツは読み足りなかったんじゃないか? ―――煉蛇龍?」


 僕は口角を持ち上げ、横を仰ぎ見る。


「―――突き刺せ! グングニル!!」


 黒焔を纏った赤い槍が標的の側頭部を目掛けて荒ぶる焔を噴き上げる。


「その槍は標的に突き刺さるまで止まらないんだよ!!」


 僕を狙った煉蛇龍の側頭部をグングニルが穿たんと穂先を突き立てる。


「―――グォオオオオオ!!?」


 怒れる火(アンツィーエ・)神の咆哮(ラーズグリーズ)で強化された黒炎の激しい一撃にケツァルコアトルは堪らず呻き声を上げる。艶めかしい黒の装甲を焼き切ろうと火花を散らしてグングニルが吠える。


「もう一押しだッ!!」

「よもやここまでの力をあるとはな、神殺しぃいい!!

 この煉蛇龍すら食い殺せるほどに成長してるとは食いであるではないかァ!!!!」

「―――うぉおおおおおお!!!!」


 軋む頭を酷使するように黒炎を逆巻かせ、緑の炎を噴き上げる煉蛇龍と力で押し合う。神性の壁を穿く為、ありったけの力をぶつけて声と精神力を絞り出す。

 酸欠で焼ける肺と脳がこれ以上は死ぬぞと僕に言った。


「もう、少し……! あと、少しぃ!!」


 煉蛇龍の神性が焼け落ちていき、灰になった火の粉が雪のように舞っては洞内の光に照らされて煌めく。鮮やかな緑色を飲み込むよう黒い焔が煉蛇龍を包み、もう一押しで勝てる確信を得る。


「―――これでぇッッ!! 終わりだッ!」


 鼻から黒血を噴き出して地面を踏み締めると、見えない壁が崩れて力の抜けていく感覚があった。

 ヤツの神性を穿いた手応えを感じ、グングニルが黒い焔の中に消えていく。


「か、勝った……のか……?」


 急に力の入らなくなった足で膝を折り、煌々と燃え盛る黒い焔が鱗粉を散らして燃えゆく様を眺めた。

 意識が落ちそうな視界の中で僕は安堵するように大きく息を吸いながら吐き出す。

 正直、怯ませた隙に横をすり抜けるくらいの考えでいたのに思ったより全力を出させられて動くどころじゃないな……と荒い呼吸をしながら煉蛇龍の巨大な体躯を貪る黒焔を見つめていると僅かな異変が目に付く。


「炎の勢いが弱くなってきている……?」


 嫌な予感が的中するよう、黒い炎の中にある燻った緑の火は次第に大きく明滅を始める。


「カッカッカッ!! 死ぬかと思ったわぃ!!」

「う、ウソだ……ろ……」


 黒焔が揺らぎ、緑の焔に食われていく。その光景に僕の思考は暗く沈む。力を使いすぎた僕はもちろんのこと、横目に見るジルもまだ動けそうにもない。


「そんな……届かなかったのか……」

「惜しかったのぅ! 貴様が剥いだのはワシのガワじゃよ!!」


 焼け落ちて灰になった甲殻の中から白い大蛇がゆるりと姿を現す。強い神性を放つその体躯は神と形容するに相応しい神々しさを纏っていた。


「思ったより愉しめたぞ、猟犬。しかし、ワシを喰らうには少しばかり牙が小さかったようじゃな」

「どうにかジルだけでも逃がさないと!!」


 動かない体を必死に動かそうと藻掻く。そんな視界の先、煉蛇龍の後ろで赤装束の剣聖が切っ先を煌めかせて駆けてくる。


「ロイ殿! いまお助けしますッ!!」

「ダメだ、ロゼリアさん! ソイツは生身でどうにかなる相手じゃない!!」

「死中に活あり! 諦めさせませんよ!」


 そんなロゼリアさんの決死の覚悟を白い尾が吹き消すように払う。


「小娘、黙っておれ……」

「―――クッ!!」


 ロゼリアさんが咄嗟に盾を構えて煉蛇龍の尾を防ごうとする。


(ダメだ、そんなもんじゃ防げない……)


 思考が言葉になるより先に迫った煉蛇龍の白尾が無慈悲に彼女の体へ叩きつけられる。


 ―――ゴキッ……。


 ロゼリアさんの細い身体が呆気なく折れ曲がり、何かが砕ける音が響く。


「――――――ロゼリアさんッッ!!?」

「――――――ごハッ!?」


 白く太い尾に掬い上げられた彼女は瞬間だけ空中で静止し、見たこともない量の血を吐き出す。端正で美しい顔立ちは痛苦に歪み、いつも鬱陶しいくらいに真っ直ぐな力強い瞳が仄暗い褪せた色に変わる。

 その一瞬の光景が長く引き伸ばされ、現実とは思えないフワフワとした感覚で僕の脳裏に焼き付いた。

 見ただけで即死と分かるほど無惨な姿に変わり果て、人じゃ有り得ない角度に折れ曲がってしまった彼女の華奢な身体が宙を飛んでいく。


「―――ロゼリアさぁああああんんっ!!!!」


 吹き飛んだ彼女の体はぴくりとも動かず、転げた赤の剣は血化粧で艶めかしく光っていた。

 やがてロゼリアさんの周りにゆっくりと赤色の水たまりが拡がっていき、僕の頭の中は真っ白な光でチカチカとする。

 浅く早い呼吸に息が苦しくなると嗚咽に似た何かが僕の口から呼吸と一緒に漏れ出る。


「あぁッ……あっ……くっっっ、そぉおおおおお!!!!」

「そう騒ぐな、貴様もすぐにあちら側だ。安心するのだな、カッカッカッ!」


 怒りで願いの力に喰われそうになる自意識を必死に押し止めて煉蛇龍を睨む。ケツァルコアトルは愉快そうにカラカラと笑いながら口腔に緑焔を孕んだ。


「なかなか良い余興だったぞ、神殺しの英雄……相手がワシだったことを後悔するのだな……」


 全てを焦がす美しい緑の火が背負ったジルごと僕を飲み込んだ。


ハジメマシテ な コンニチハ。

高原律月ですー!


竜の魔女、最新話98話です。

勢いで剣聖ちゃんがとんでもないことになってしまいました。

重症くらいで済まそうと思ったんですが、煉蛇龍の尾をまともに喰らったら生存不可能だなぁ……って思ったら悲惨な散り方にぃ!カタ:(ˊ◦ω◦ˋ):カタ


やりすぎて後悔している、たかーらでした!


それでは、また次回〜 ノシ

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