表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/136

#8.旅立ち

 

「ふぁ……よく寝た……」


 僕は気持ちいつもより早く起きると顔を洗い、かまどに火を着けた。

 しばらくして白い煙がモクモクと上がり、パチパチと爆ぜる音が聞こえる。

 変わらないルーティンも今日で終わりかと思うと妙に一つ一つを丁寧に行なってみたりもする。


「リコを起こすか」


 二人分の朝食を用意し終えて、僕は寝室に足を運ぶ。


「おーい、起きろー」


 寝室の入り口から声をかけると布団の中でモゾモゾと動く音が聞こえる。


「んっ……」


 甘ったるいような吐息が聞こえ、しばらくすると青い頭が布団の中から現れる。


「ひょこっ……」


 青い髪の少女は眠たげに伸びをして大きなあくびをした。


「おはよ、ございます……ますたぁ……」


 僕を認知すると彼女は微笑を浮かべて手ぐしでバラけた髪の毛をとかす。


「先に服を着てくれないかな?」


 僕は半ば呆れ気味に床に転がる服を軽くはたいて彼女の方へ(ほう)る。


「おや、私の裸はそんなに魅力的ではないと?」

「恥じらいのない女体なんてのはソースの付いてないソテーみたいなものだよ?」

「むぅ……」


 彼女はちょっとだけ不服そうにほほを膨らませながら僕の放った服を着始めたが、ブラウスのボタンを上手くとめられず彼女がしどろもどろとする。


「リコって不器用なんだな、意外だよ」

「うるさいです、慣れてないだけです」


 彼女は苦戦しながらなんとかボタンをとめると、ちょっと得意げな顔でこちらを見遣る。


「ふふんっ! これくらい造作もありません!」

「リコさん、ボタンの位置がズレてるけど?」

「……ハッ!!?」


 いそいそとズレたボタンをとめなおして再度ドヤ顔をでこちらを見る。


「ん、いいんじゃない? あとは襟が内側に折れてるから外側に直してスカートを着てからリビングに来てね」

「ぐぬぬ……マスターに憐憫の目を向けられるなど情けない限りです」

「まあ、誰だって不得意なことはあるさ」


 僕はリビングに戻り、コーヒーをいれて彼女の支度を待つ。少しすると彼女がリビングにやってきた。


「あ、リコ……」

「はい?」


 僕は通りがけの彼女を捕まえて、襟元のヨレヨレなリボンをピンとさせる。


「……ごめんなさい、練習します」

「ちょっとずつ慣れたらいいんじゃない?」


 彼女はスカートを押さえながら椅子に腰掛けると美しい所作でカップを口元に引き寄せる。その所作だけを見ると優雅な淑女そのもので、先ほどの不器用な一面など想像も出来ない。


「んー、1つ疑問なんだけど……」

「なんでしょう?」

「それだけ一つ一つの所作が丁寧なのにボタンがかけれなかったり、裸で寝るのはアンバランスじゃないかい?」

「まあ、服を着るということに関しましては機会がありませんでしたからね〜」


 彼女はカップをそっと置くと考えるように目線を上に向ける。


「やはり、見苦しいでしょうか?」


 不安げに揺れる赤い瞳に少しドキッとした。


「そこまでのことじゃないよっ!? ただ、気になるだけ!」


 僕が慌てて言葉を取り繕うと、彼女は余計に不安そうに肩を縮こまらせる。


「私たちってそもそも肉体がない存在でしたのでそういった概念がほとんどないんです。普段は神装を権能で換装するか、もしくは裸体の二択でしたので……」


 彼女はおずおずと言葉を繋げて自嘲気味にはにかんだ。


「なるほど。なら、その服も換装できないの?」

「やろうと思えば出来ると思います」

「どうして?」

「郷に入っては郷に従え、というやつですよ」


 僕は彼女の次の言葉を待つようにコーヒーを一口だけ喉に流し込んだ。


「あの子の苦労を感じてみたいのです」

「あの子?」

「妹のアイリスです、ファフニールの従者としてこの世界を生きた彼女の苦労を分かち合いたいと私は強く願うのです……単なるワガママではありますが……」


 冷めたコーヒーを一気に飲み込むよう、彼女はカップを少し粗雑に煽るとため息を零した。


「案外、ままならないものですね」


 その微笑は、不器用な自身に対する嘲笑なのか……はたまた、今はいない妹との繋がりを感じられたからなのか、推し量るにはあまりにも暗く表面的な笑いだった。


「その辺の関係をあまり知らないからなぁ」

「あら? 英雄ファフニールの物語はこの世界なら有名な逸話のハズですが?」

「あまり興味を持てなくってね」


 僕もコーヒーを一息で飲み干して足早に食器を片付けた。


「そのお陰で私はアナタに憎まれずに済んでいるのかもしれませんね」


「どゆこと?」


「あの物語を知っているのなら、裏切られた英雄は竜に堕ちて最後は魔女に首を落とされて死ぬという結末ですからね」


「あー、竜の魔女?」


「1人の男を巡って生まれた諍いの果てに妹を焼き殺し、愛する男の首をはねた魔女は私ですよ?」


 彼女が先刻までの恭しい温和な態度を崩し、戦乙女の名を冠するに相応しい気性の荒そうな表面を覗かせて切れ長な美しい目を妖しく細めると、挑発するような艶やかな声色でこちらを見つめ、そう言った。


「どちらが真実かなんてのは僕の知るところじゃないね」


 なにを言っても見透かされそうなその瞳に僕は有り体のまま、言葉を返した。


「アナタ、お人好しですね」


 彼女は珍しくケタケタと品のない笑いを零す。


「マスターはネジの飛んだおバカさんですね、とても愉快ですよ……ふふっ……アハハハハハ!!」


 彼女のなじるような物言いがなぜかとても切なそうで苦しそうで、僕は無意識に彼女を抱きしめていた。


「ど、どうかされたのですか?」

「ん、なんでもない……ただこうしたかっただけ……」

「よして下さい、そんなの私は要りません」


 彼女は抜け出ようと僕の体の隙間を探してもがく。それを無理やり力任せに強く抱きとめた。


「ひきょうじゃ、ありませんか……そんなの……」

「わかってるよ」

「ロイ、アナタはそれでよいのですか?」

「キミの瞳をキレイだと思った時点で僕の責任だよ、そーゆーのは」

「……ずるいです」


 無言のまま彼女を抱きしめると、彼女は辿たどしく僕の背中を抱きしめ返した。


「……ケッ!! 朝早くからお熱いこと!! まったく嫌んなっちゃうねっ!」


 アナが不快そうな面持ちで僕たちを見ろす。僕は慌ててリコを放してアナに向きなおる。


「アナ、人の家に上がり込む時は家主に確認を取ってから入るのが礼儀だろ?」

「そいつはどーもすみませんでしたねっ!」


 アナが僕の後ろにいるリコをにらむと、リコはバツが悪そうに身体をソワソワとさせる。


「いや、別に人様のどうのなんて咎めるつもりはありませんけど!? ただ、いつまでも待ち合わせをすっぽかしてイチャイチャされたら私だって怒りますよ? ……ねぇ?」


 アナはあからさまにイライラした態度で僕たちを睨め付ける。


「もうそんな時間?」

「ええ、もうそんな時間です!」

「アナさん、申し訳ありませんでした。私の落ち度です、支度に手間取ってしまったせいで……」

「支度に手間取って時間が押してるのに、コレとイチャイチャしてる時間があったのはさすがですねっ!!」

「返す言葉もございません……」

「……っんと、やんなっちゃうよ! このバカップル!!」


 アナは呆れ気味に家の外に出る。僕たちも追いかけるように外に出た。

 外に出ると村のみんなが見送りする為に待っていた。


「これは、アナが怒るわけだ……」

「非常に申し訳ない気持ちになりますね」


 照れくさいような嬉しいような、なんとも言えない気持ちでみんなの言葉を受ける。

 最後に育ての親ともいえる村長が僕の頭をワシャワシャと揉みくちゃにした。


「いつかはお前がここを出ていく気はしていたよ」

「村長、今までありがとうございました!」

「寂しくなるな、捨て子だったお前に旅立つ日が来るなんて……」

「僕は今でもアナタのことを父だと思っています」

「よせよ、そいつを言うのは今さら遅すぎるぞ」

「大切に思われてたことが僕の中ではずっと引っかかってたんです、迷惑なんじゃないかって。村のみんなにもそうです、少し後ろめたかったから……」

「お前はこの村の家族だよ、いつまでもな!」

「ありがとうございます、いってきます!」


 僕は父と抱擁を交わして後ろ髪を引かれる思いで別れを告げる。


「ああ、そうだ。こいつを持っていけ!」


 村長は切り出したままの刀身の長い大振り木剣を僕に差し出す。


「これは……?」

「一昨日、お前が持ち帰ってきたバカでかい棍棒から村の男衆みんなで切り出した一品物だ」

「あ、あれを?」

「バカみたいに硬くてなぁ〜、苦労したぞ!」


 豪快に笑いながら村長が僕の手にソレを握らせる。


「アホみたいに重くて硬いが今のお前に丁度いいだろ」

「……うん、すごく重たい」

「絶対になくすんじゃないぞ!」


 僕はズシリと重みのある木剣を受け取ると自然と泣きそうになる。


「ロイ様……」

「ターニャさん?」


 そんな僕に神父様と一緒に神父様の娘であるターニャさんが声をかけた。


「私とターニャからはこちらを」


 神父様がそう言って皮のベルトのようなものをくれる。


「その剣のホルダーです。この留め具で柄の部分と切り取られた刀身の途中に引っ掛ければ背負って持ち運びが出来ますよ。

 一応、アナタの身長を考えて後ろに手を回せば届くような位置に配置したつもりではありますが」


 僕は言われた通りに背負ってみて、留め具の位置を確認する。


「ありがとうございます、ピッタリです!」

「娘が夜鍋で作ってくれました、加護は抜群ですよ」

「ターニャさん、ありがとうございます」

「お怪我のないように毎日お祈りして帰りをお待ちしておりますね」


 すると、僕の横からアナが出てきて半ベソをかきながらターニャさんに飛びつく。


「ターニャちゃんっ!!」

「アナさん……」

「わたし、行ってくるね!またね!」

「無理はしちゃダメですからね?」

「うん、ターニャちゃんに心配をかけられないくらい立派な神聖魔法師になって帰ってくるねっ!」

「ふふっ……約束、ですよ?」


 二人が別れの挨拶を済ませると僕たちは西へと向かって歩き出した。

ハジメマシテ な コンニチハ!


高原律月です。


竜の魔女の更新です!

昨日は久々に連休だったので、気合を入れてストックを作れました (なお、あと4話で力尽きる模様……)


それでは、また次回〜 ノシ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ