Episode.92 ミーナの仲間
戦いが始まって瞬間から一気に畳みかけ、果敢に攻めるミーナの姿を見てシャチは考える。
今まで、自分とミーナで人類の並び立つ二大戦力だと思っていた。
細かく見て行くと、戦闘技術という点ではミーナが一歩先を進んでおり、逆に一発の破壊力では自分に分がある、そう思っていた。
だが、今のミーナには決定的な一撃がある。
問題は、それが数限りあるという点だ。
最後の通路の戦い、ダーク・リッチが二発目の雷光に怯んだ隙に、ミーナは三度妖刀を振り被る。
シャチは慌ててミーナの右腕を掴んだ。
「待て! その攻撃には球数制限があると妖刀の爺が言っていただろう。まだ『ネメシスの脳髄』が後に控えている。後先考えず乱発するんじゃない。」
「でも……!」
「自覚しろ、ミーナ。今のお前は紛れも無く人類の最高戦力だ。この俺以上に特別なのだ!」
そう、シャチは認めざるを得なかった。
今のミーナは自分を明確に上回っている。
しかし、その貴重な力を躊躇い無く消費してしまう決断力がミーナにはあり、それが命取りになりかねない。
「ミーナ、こちらにもまた、お前以外にも俺達仲間が控えている。忘れず頼れ!」
シャチはミーナの前に出ると、戦斧を振り回してダーク・リッチに追撃をかける。
彼だけではなく、エリも短剣で何度もダーク・リッチを斬り付ける。
勿論フリヒトも、クロスボウから矢を放ち二人をアシストする。
それはまるで、ミーナに己の仲間の存在を示すかの様な猛攻だった。
「グウウウウッッ‼ おのれ……‼」
ここまで、ダーク・リッチは数的不利故か殆ど防戦一方になっている。
しかし、これほどまで攻め立てても尚斃れる気配が無い。
それ自体が、ダーク・リッチの獲得した異常なタフネスを物語っていた。
更に、当然このまま何もせず終わる訳も無い。
髑髏頭がその口を大きく開き、赤黒い熱線を放出する。
「おおオオオッッ‼」
空かさず、シャチが戦斧で旋風を巻き起こし、熱線を弾き飛ばした。
ダーク・リッチの攻撃は一発では終わらず連射してきているが、怒涛の勢いで戦斧を振り回し全ての攻撃を防ぎ続ける。
「莫迦め! いつまでも体力が続く訳が無かろう! このままゴリ押しで磨り潰してくれるわ‼」
ダーク・リッチのエネルギーの根幹である負の想念は、ネメシスと融合した事で無尽蔵となっている。
つまり、一度ダーク・リッチに反撃を許すとそのまま一気に押し返され、再逆転は非常に困難となる。
事実、シャチは熱線を防ぐのに精一杯で彼単独では反撃の糸口が無かった。
そんな状況を覆したのは、エリの機転だった。
「はあッ‼」
エリは短剣を投げた。
直接ダーク・リッチを狙うのではなく、シャチが防御の為に巻き起こしている旋風目掛けて全力で投擲した。
短剣は旋風に煽られ加速し、彼女の独力よりも遥かに強烈な速度を伴ってダーク・リッチの口内に突き刺さった。
「ガッ⁉」
凄まじい勢いで攻撃の発射口を貫かれたダーク・リッチの攻撃が止まった。
その隙を逃さず、シャチは戦斧を剥き出しの頭蓋に叩き込む。
一人では引き戻す事が困難な流れも、仲間との連携で掴み取ることが出来るのだ。
「シャチ、心配しなくても解ってるよ。」
自身を案ずるシャチの心境を察してか、ミーナは静かにそう告げながらシャチと入れ替わる様に前へ出る。
今のダーク・リッチを斃すには、継続して強力な攻撃を叩き込む必要がある。
そしてそれは、独りの力では成し得ない事だ。
ミーナが今、妖刀でダーク・リッチを切り刻んでいる間にシャチは休み、体力を回復させる。
反対にミーナが潰れる前にシャチやエリが交代でダーク・リッチに攻撃を仕掛けなくてはならない。
ミーナの連撃はそこそこに、シャチが再びミーナと入れ替わる。
「ミーナ、お前は要だ。最悪俺やエリが潰れようとも、お前だけは後に残さねばならん。フリヒトはお前を最奥に送り届ける為に必要となる可能性があるから、同じく守り抜かねばならん。尤も、お前の力無しにダーク・リッチや『脳髄』を斃せるとは思わんから、参加して貰う必要自体はある。だが、なるべくお前は温存し、俺かエリが前に出る!」
今度はシャチと入れ替わり、エリが最善でダーク・リッチに短剣を突き立てる。
間髪を入れずに彼女が前へ出たのは、シャチの回復が十分ではないと判断したからだろう。
「私に言わせればシャチも大きな戦力だ! 無駄死にさせるわけにはいかないわ‼」
シャチもエリも、ミーナという大きな希望を守る為に体を張る覚悟が出来ている。
しかし、ミーナにとって二人は盾ではなく、仲間であった。
「無駄死にするさ……。まさか貴様等、これで我を追い詰めているつもりなのか?」
攻撃を受け続けている筈のダーク・リッチが不気味に笑う。
一方的な展開に見えて、その実ミーナ達は唯々体力を消耗し続けているだけなのだ。
その証拠に、ダーク・リッチの身体には全く傷跡が残っていない。
「もう充分絶望は味わっただろう。ここは一つ、我のとっておきで全員一気にあの世へ送ってくれようぞ‼」
瞬間、どす黒い不穏のオーラが辺りを覆い尽くした。
ダーク・リッチには恐るべき切り札があると、この場の誰もが百も承知だ。
「喰らうが良い‼ 我が究極秘儀、『破滅の青白光』を‼」
ダーク・リッチの両手が僅かに動いた、正にその刹那だった。
エリよりもシャチよりも後方から一直線に飛んで来た刃がダーク・リッチの両腕を切り落とした。
「ぐっ、おのれ‼」
「莫迦‼ 何をやってる‼」
何が起きたかをすぐに察したシャチがエリを追い越し、ダーク・リッチに突き刺さった妖刀を抜いて後方へ放り投げた。
『いかん、シャチ‼』
「莫迦は貴様だ莫迦息子っ‼」
妖刀が発した警告も虚しく、ダーク・リッチの再生した腕がシャチの頭を殴り付けた。
「がっ……⁉」
大きな衝撃を受けたシャチは朦朧としてよろめいた。
その隙を逃さず、ダーク・リッチは口を開けて熱線を放とうとする。
万事休す、シャチはダーク・リッチの強力な負の想念を真面に浴びようとしていた。
しかし、ミーナがシャチの背中を踏み台にして跳び上がり、キャッチしていた妖刀をダーク・リッチの頭に突き刺した。
「ぐおおおおっ⁉」
ダーク・リッチの攻撃が中断された隙に、エリがシャチの身体を退避させる。
この時、シャチは明瞭な意識を取り戻した。
「無駄死にしちゃいけないのは私だけじゃない! みんな同じだよ‼」
ミーナはそう言うと、ダーク・リッチに突き刺さった刃を引き抜いてそのまま攻勢に出る。
仲間の為に体を張るのはミーナもまた同じだった。
『ミーナよ、良き仲間を持ったな。お前さんだけではなく、皆を守る為に儂が力になれるなら、これほど嬉しい事は無い。儂は嘗て、何の力にもなれんかった男じゃからの……。』
妖刀の刃が光を放つ。
「ぬぅッ‼ これは……命電‼」
『ミーナ! 儂の命、お前さん達にくれてやるぞよ‼』
「妖刀さん⁉」
『安心せい、全部使い切るつもりは無いわ! まだ脳髄が控えておるからの‼』
輝く刃による斬撃はこれまで以上に効果覿面だった。
ここへ来て、ダーク・リッチの表情に変化が現れたのだ。
少しずつ、少しずつだが出口が見え始めた。
「はあああああっっ‼」
「グウウウウッッ‼ おのれ調子に乗りおってええええっっ‼」
ダーク・リッチは明らかに焦っている。
正の思念を攻撃に変える『命電』の有効性は依然として健在なのだ。
「ミーナ! 代われ‼」
「私達の命も使わせて貰う‼」
シャチの戦斧とエリの短剣も妖刀と同じように光を放つ。
二人もまた自身の正の思念で『命電』の武器を作ったのだ。
「おおおおおッッ‼」
「あああああッッ‼」
シャチとエリの斬撃が交差し、一点集中の破壊力となってダーク・リッチの身体を吹き飛ばした。
「げはあアアアアッッ⁉」
それまでとは違う大きな手応えだった。
更に、ミーナが入れ替わり前に出て、刀で一閃。
更に更に、シャチも加わって今度はミーナとシャチの同時攻撃、十字に交差して、嘗ての心臓の様に一点破壊を狙う。
ダーク・リッチは奥の奥へと吹き飛ばされた。
「ゆ、許さん‼ もう遊びはここまでだ‼」
しかしその時、ダーク・リッチの身体が青白く光った。
最悪な事に、吹き飛ばし過ぎた事が仇となった。
「駄目‼」
「しまった‼」
「拙い‼」
気付いた時にはもう遅く、また間に合ったとしても対処方法の無い、ノーモーションでの『破滅の青白光』の発動だった。
辺りを青白い光と抗いようの無い絶望が満たしきってしまった。




