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Episode.91 先手必勝

 最後の大広間に続く通路で最後の番人として立ち塞がったダーク・リッチの姿は、胸から上に自前の特徴である巨大な骸骨、肋骨の中に通常の人体比で三倍サイズの心臓を備え、背骨に血管が蔦の様に纏わりつき、更には肋骨の隙間や口、頭骨の継ぎ目から血管が触手のように飛び出した異様な姿をしていた。


「恐れ戦いておるようだな、圧倒的に力を増した我の姿に。だが、その恐怖からはすぐに解放してやるぞ。」


 ざわざわと、ダーク・リッチに張り巡らされた血管が不気味に蠢く。

 明らかに何か攻撃を仕掛けてこようとしている。


 ミーナは考えた。

 前回、『ネメシスの心臓』と戦った時、血管から噴き出した血の様に紅い霧を不用意に浴びてしまった為、不覚を取った。

 今回、ダーク・リッチが心臓の代用を担っているとすれば、同じ能力を備えていても何ら不思議ではない。

 寧ろ、初手で毒を含んだ血の霧を浴びせてしまえば、後の展開をかなり優位に進められると、此処へ辿り着いた成功体験から解っている筈だ。


 ならば、こちらも先手必勝。

 相手の攻撃を態々待ってやる道理など無い。

 相手が初手に勝負を懸けてくるなら、こちらとて同じ事。

 最初から最高の技で、何もさせずに速攻で決着を付けてやる。


『ええぞ、やれミーナ‼』


 刀に意識を集中し、力を込めるミーナを妖刀も後押しする。


「一気に決める‼」

「ヒッ⁉」


 眩いばかりの光が刀を包み込み、渾身の力で振るわれると共に凄まじい雷光の奔流(ほんりゅう)がダーク・リッチを呑み込んだ。


「ぐああああっっ⁉ 莫迦(ばか)な⁉ いきなりかアアアアッッ‼」


 ミーナが意図した事では無かったが、ダーク・リッチにとってこの技はトラウマものだった。

 ソドムとの交戦で、手も足も出ずに敗北した恐怖と屈辱はそう簡単に拭えるものではないだろう。


 そして、ミーナの仲間達はこの絶好機を逃す程暢気ではない。

 続いてシャチが戦斧(ハルバード)を振り上げる。


「パワーアップを過信したな! このまま何も出来ずに(くたば)れ‼」


 シャチの巻き起こした旋風がダーク・リッチに追撃を与える。

 更に、この隙にシャチはダーク・リッチの懐に潜り込んで二の太刀を構えた。


「忘れはすまいな! この(おれ)の攻撃力は、直接の斬撃の方が上回るという事を‼」


 戦斧(ハルバード)の直接攻撃、袈裟斬りである。

 ダーク・リッチの肩から斜めに心臓へ刃を通し、そのまま振り抜く。


「ギャアアアアアッッ‼」


 堪らず、ダーク・リッチは絶叫した。

 戦いの中で更に高められた、人類最高峰の攻撃を三発も受けて、効いていない筈が無い。


(わたし)も‼」


 エリもまた短剣を構え、シャチと入れ替わりにダーク・リッチの懐に入った。

 そして、目にも留まらぬ速さで両手の短剣を振るい、ダーク・リッチに細かい斬撃を無数に入れる。


「ぐぅうううッ……このッ……!」


 ダーク・リッチは体中の血管をざわめかせ、反撃を試みる。

 しかしその瞬間、フリヒトの矢が(うごめ)く血管を薙ぎ払って何本も壁に突き刺さった。

 連射式のクロスボウで咄嗟にダーク・リッチの攻撃を潰したのだ。


 追い打ちに、ミーナとシャチが同時に各々の妖刀と戦斧(ハルバード)を振り被る。

 横と縦、十字に斬る事で二撃分の威力を一点集中させる、正にダーク・リッチが取り込んだ『ネメシスの心臓』を斃した合体技だ。


「はあああああっっ‼」

「おおおおおおッッ‼」


 炸裂した十字斬りはあの時以上の破壊力を発揮したらしく、ダーク・リッチの胸の心臓から激しく紅い体液が噴き出す。

 勿論、ミーナもシャチもそれからすぐ後ろで追撃の待機をしていたエリも不用意に浴びてしまうほど愚かではない。

 ダーク・リッチは胸から血を吹き出しながら数メートルほど後ろに吹き飛び、床に背中を叩きつけていた。


『さて、並の壊物(かいぶつ)はおろか、〝双極の魔王〟ですらこれ程の連撃を余すことなく受け切ってしまえばまず命は無い筈じゃが……。』


 妖刀は遥か前方に倒れ伏すダーク・リッチを眺め、その様子を窺う。

 彼が分析する通り、通常これ程の猛攻を受けて生きていられる筈が無い。

 逆に言えば、これで尚も継戦できるとすれば、今のダーク・リッチの力は今まで戦ってきたどの壊物(かいぶつ)をも圧倒的に上回っているという事になる。


『どうじゃ⁉』

「クク……ククククク……!」


 仰向けのまま、ダーク・リッチはおどろおどろしい(せせ)ら笑いを漏らした。

 余裕を感じさせるのは発足か、それとも心底からなのか。

 ダーク・リッチはその答えを見せる様に徐に起き上がり、再び宙に浮遊した。


「そんな……‼」

「やはり……一筋縄では行かんか……‼」

「ここまでやって……‼」

「うぅっ……‼」


 ミーナ、シャチ、エリ、フリヒトは起き上がったダーク・リッチの様子に皆一様に気が遠くなる思いを抱いていた。

 確かに、四人の攻撃はダーク・リッチに決して小さくないダメージを与えた。

 しかし、その傷跡が急激に塞がり始めているのだ。


「ファハハハハ‼ 残念だったなァ‼ 貴様等が必死扱いて奮った渾身の攻撃の数々も、今の我にはあっという間に無に出来てしまうのだ‼ この快復力、これこそ正に神なる力‼ 人類を滅ぼす絶対的な絶望よ‼」


 ダーク・リッチが高笑いを浮かべる頃には傷が完全に塞がり、ミーナ達の敵は何事も無い姿にすっかり戻ってしまっていた。

 青褪めるミーナ達を嘲笑いながら、ダーク・リッチは骸骨の隙間から飛び出した無数の血管の先端をミーナ達に向ける。


「ホッホッホ、初っ端から飛ばし過ぎた様だな。この血管の先から何が飛び出すか、貴様等に今更言うまでも無かろう。更に言えば、心臓の血圧がこの血管の先端に何を起こすか、想像すればより確かな絶望に浸り込めるぞ?」


 ミーナの脳裏に直前の『ネメシスの肺臓』との戦いで肺胞を模した眼球が繰り出してきた攻撃を思い浮かべた。

 ウォーターカッターの様な、強烈な貫通力を持った水圧の射撃。

 しかもそれが、心臓という強靭な筋肉のポンプによって噴出されるとしたら。


「蜂の巣になるが良いッッ‼ (むし)螻蛄(けら)共ォォッッ‼」


 無数の血管針から紅い体液の噴水射撃が四人に襲い掛かった。

 機関銃も斯くやという射出速度、貫通圧力に加え、猛毒まで備えている圧倒的暴力の豪雨を前に、ミーナ達は成す術無く(たお)れ伏す、かに思われた。


 しかし、次の瞬間の光景にダーク・リッチは無い眼を剥いて慄いた。

 ミーナは無数に襲い掛かる血の機関銃を妖刀一本で捌き切ったのだ。

 それも、ミーナを初め四人の誰にも猛毒の血は一滴たりとも掛かっていない。

 余りにも信じ難い、神速の剣捌きだった。


「な、何ぃィッッ⁉ 莫迦(ばか)な‼ 有り得ん‼」


 驚愕の余り、ダーク・リッチは間合いを詰めるミーナに対し棒立ちで待ち構えてしまっていた。

 戦闘中にあるまじき、大き過ぎる油断と隙。

 我に返って迎撃しようと腕を振り上げた時には、ミーナの一太刀は既に繰り出されていた。


「うおおおおおっっ⁉」


 ダーク・リッチが腕を振るう間もなく、ミーナの妖刀はあっという間に三連撃を胸、首、頭へと叩き込んだ。

 斬撃の傷はすぐさま修復されたものの、ダーク・リッチは堪らず大きく後方へ間合いを取った。


「おのれ……抵抗は無駄だと解らんか! こんなことを何度繰り返そうが、我の命に届くことは決してない‼」

「わかるもんか! 知るもんか‼」


 ミーナは妖刀を両手、生身の右手と左の義手で確りと握り締め、切っ先をダーク・リッチへと向けた。


(わたし)の旅の始まりは、果ての見えない遥かな道のりだった‼ でもいつかは安息の地へ辿り着けると信じて歩き続けたんだ‼ ダーク・リッチ! ネメシス‼ お前との戦いだってそれと変わらない! 勝利に辿り着くまで、只管(ひたすら)邁進(まいしん)するだけ‼」


 ミーナは再び凄まじい雷光の奔流(ほんりゅう)を解き放ち、尚もダーク・リッチに対して果敢に攻め続ける。

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