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Episode.87 妖刀の忘れ物

 地下遺跡の行き止まりで勃発した最後の臓腑(ぞうふ)、『ネメシスの肺臓』との戦いはシャチの戦斧(ハルバード)()る旋風、そしてミーナの妖刀が新たに解放した力、雷光によって大勢を決した。

 一気に(ほとん)どの眼球、肺胞を模した房を失った『ネメシスの肺臓』が陥落するのは時間の問題であった。


 ミーナは妖刀から放たれた圧倒的な力に戸惑いを覚えつつも、この機を逃すまいと剣線を繰り返し閃かせ眼球を次から次へと斬り裂く。

 満杯に詰まった体液が飛び散るが、一度ネメシスの体液によって煮え湯を飲まされたミーナはこれを浴びる様なヘマもしない。


 反対側の眼球の房はシャチが旋風で仕上げを詰めていく。

 フリヒトとエリもクロスボウと短剣で駄目押しをアシストする。


 そして、遂にその時は訪れた。


『ぎゃあああぁぁぁぁぁ……。』


 最後の眼球がエリの短剣で貫かれた瞬間、消え入るような断末魔の叫びを上げ、『ネメシスの肺臓』は跡形も無く消滅した。

 流石に無から眼球を増殖させることは出来ないらしく、少々手間取ったが最後の臓腑(ぞうふ)である『ネメシスの肺臓』も討伐を完了した。


「終わった……。」

「ミーナ、フリヒトとエリの矢と短剣を回収しておくぞ。」

「ありがとうございます。」

「後は先へ進む方法を見付けなきゃね。」


 ミーナとシャチでフリヒトとエリの武器を回収しようと辺りを見渡す。

 彼等は途中からサポートに徹していたとはいえ、(ほとん)どの手持ちを使い果たしていた。

 今後の戦いの為にも、何としても回収しなくてはならない。

 其処彼処(そこかしこ)に散らばった矢と短剣をミーナとシャチで手分けして集める。


「ところで妖刀さん……。」


 ミーナが気掛かりだったのは、『ネメシスの肺臓』との戦いで勝利を決定的にした凄まじい雷光の奔流だった。

 彼女は妖刀が自身の存在を保つための『命電(めいでん)』を大幅に消費したのではないかと危惧していたのだ。

 そんな彼女の心配を解こうとしたのか、妖刀は少し得意気に答える。


『どうやら(わし)には秘められた力があった様での、ソドムの最後の攻撃をお前さんが受けそうになった時、(わし)はその雷光を吸収しお前さんを守っとったんじゃ。その力が(わし)の中に残り、お前さんの意思によって放出されたという訳じゃな。』

「じゃあ妖刀さんは平気なの?」

『全く問題無いわい。但し、元が他人の力であるが故に弾数には限りがある。(わし)の目算だと、後四発が限度といった所じゃろう。残す敵はダーク・リッチとネメシスの脳髄。よく考えて、ここぞという時に使うが良い。その決断力がお前さんにあるという事は()く知っておる。』


 そうこうしていると、後ろから重い足取りでビヒトが追い付いてきた。


『ここまで辿り着いたか……。』

「ビヒト、大丈夫?」


 心配するミーナの問い掛けに、ビヒトは力なく微笑みを返す許りだった。

 彼は先程まで『ネメシスの肺臓』が塞いでいた二つの通路を両手で指差す。


『先へ進むためにははそれぞれの道の奥にある装置を作動させるのだ。そうすると、床から装置がせり上がる。丁度大扉の時の様にな。』

「わかりました。罠などはありますか?」

『いや、ここまで来てそれは用意していなかった筈だ。(もっと)も、ネメシスが何か構造を弄っていれば話が変わるが……。』


 元々、ネメシスを封印する為の遺跡というシステムを生み出したのはビヒトである。

 内部構造を知り尽くす彼が追って来てくれた事はミーナ達にとって非常に有り難かった。


 しかし、どうしてもミーナには不安が尽きない。

 ビヒトは明らかに弱っている。


「ねえ、本当に大丈夫?」

『大丈夫だ。ここまで来ればもう最奥は目と鼻の先。(わたし)の目的も間も無く達成できる。』


 フリヒトはエリの護衛の下装置の作動に向かった。

 その合間に、ビヒトは草臥れた様にその場で胡坐を掻いた。


『ふぅ……。』

『ビヒト様。』


 妖刀が唐突にビヒトに問い掛ける。


『今、(わし)(かつ)ての事をかなり思い出しております。そこでお尋ねしたいのですが……。』

『……どうぞ?』


 妖刀は恐らく、ビヒトの様子から彼の秘めた何かを悟り、今しかないと考えて問うたのだろう。


『思念体としてこの世に留まっていた、しかし最早未練を果たせそうになく消える時を待つばかりだった(わし)に、声を掛けて引き留め、ネメシスとの戦いへと引き込んだのは貴方(あなた)でしたな?』

如何(いか)にも……。』


 二人の問答に、ミーナとシャチは驚きに目を(みは)り互いの顔を見合わせる。

 そんな彼等を尻目に、ビヒトは答えを続ける。


貴方(あなた)だけではありません。他にも多くの、この世に留まっていた思念体の皆様に御協力頂いた。〝命電砲(めいでんほう)〟の閃光となって、ネメシスへの自爆特攻に参加して頂く決断と手引きをしたのはこの(わたし)です。』


 ビヒトは目を閉じ、忸怩(じくじ)たる思いを表情に滲ませる。

 彼は兄程非情になり切れる性格ではない。

 己の所業に対し、多分に思う所があるのだろう。

 そんな彼を慰める様に、妖刀は語り掛ける。


『ビヒト様、(わし)等はあの時既に死んでいた身。即ち、人類の未来などどうなろうと知らぬ存ぜぬと拒む事も出来た。しかし、(わし)を始めとした多くの者達は己の道を自由に選べて尚、ネメシスとの戦いに己を捧げる選択をしたのです。』

『そう言って頂けると僅かながら救われます。』


 ビヒトの声に僅かながら気力が戻ったように聞こえた。

 しかし、妖刀が彼に質問をしたのは唯二人の過去を確認したかったからではない。


 丁度、床から先へ進むための装置、端末がせり上がってきた。

 フリヒトとエリが二つの通路の先の装置を作動させたのだろう。


『ビヒト様、何故(わし)がネメシスとの戦いに身を投じる決意をしたのか、少し話させて貰っても宜しいですかな?』

『是非。貴方(あなた)がそう仰るならそれは余程重要な事なのでしょう。丁度、この先へ進めるようになるまで少し時間が掛かる。』


 フリヒトとエリが帰ってきた。

 早速、フリヒトはせり上がった装置に手を触れて作動させる。

 すると床全体が大きく揺れ、そしてゆっくりと下降し始めた。


「成程、こういう仕掛けか。これは確かに時間が掛かりそうだ。」


 恐らく床が一番下まで下がった先に更なる奥へと進む道が現れるのだろう。

 感覚の鋭いシャチはいの一番にそれを察したらしい。


 そんな中、妖刀が話の続きを始めた。


『繰り返しますが(わし)は思い出したのです。そしてその記憶の中には、恐らくは貴方(あなた)でさえ知らぬであろう旧文明滅亡の真実が隠されていたのです。』

『時代に立ち会った(わたし)ですら……?』


 ビヒトは首を傾げたが、何か察する所があったのか、妖刀に手を触れた。


(わたし)の映像を通じ、貴方(あなた)の念波が皆に伝わるようにしました。どうせなら全員にお話された方が宜しいでしょう。』

『お気遣い感謝いたします。』


 妖刀の声がフリヒトとエリにも聞こえる様に成った様で、二人は目を丸くしてミーナの腰のそれに視線を釘付けにした。

 妖刀は構わず続ける。


『さて、旧文明の滅亡がネメシスの襲来に因るものだという事は既に周知の事実。そして何故そのような事になったかと言えば、リヒト様やビヒト様の御兄弟、それに知性ある壊物(かいぶつ)共も語っていましたな。』

「えっと……確かその時の世界と違う歴史を辿った世界へ行き来しようとする人たちが表れて、そこをネメシスに狙われたんだっけ……。」


 再三語られて、理解度は()(かく)(いや)(おう)にも覚えてしまった経緯(いきさつ)をミーナが振り返る。

 自身が無かった為周囲の顔色を窺ったミーナだったが、皆真剣な顔を崩さない為(おおむ)ね間違っていないのだと取り敢えずは納得した。


『簡潔に言えば、異なる時空間の移動を行った。それが仇となったわけじゃ。』

然様(さよう)。加えて当時の人類を以てしても過ぎた技術だった為、空間に亀裂が残される羽目になった。これがいけなかったのだ。』


 ここまでの内容もまた、周知の事実。

 しかし、妖刀はそこからさらに踏み込もうとする。


『しかし、妙だとは思いませんかな? その様な、扱い切れないような技術をどうして当時の人類は持っていたのか。』

『別におかしな事では無いでしょう。人類の歴史上、制御し切れない技術を開発してしまった例はそれまでもあった。例えば原子力などが良い例だ。』

『……果たしてそうでしょうか?』


 何やら奇妙な空気がミーナ達を包み込む。

 妖刀とビヒトのやり取りから察するに、ビヒトには及びもつかない事実を妖刀は知っている様子だ。


『はっきりと言いましょう。時空間を移動する技術はこの時空の旧文明が自力で辿り着いたものではなかった。それは外界から(もたら)されたものだったのです。』

「どういうことだ?」


 妖刀の言葉にシャチが疑問を挟む。

 ビヒトも知らなかった様で、瞠目(どうもく)して妖刀を見詰めて話に聴き入っている。


『皆、これは(わし)にとって懺悔じゃ。(わし)(かつ)()る強大な敵と戦う宿命を背負いながら、大いなる過ちを犯した。そしてその強大な敵こそ、時空間転移の技術を旧文明の人類に突如として(もたら)した存在じゃった……。』


 妖刀は静かに、知られざる遥かな過去を語る。


『その存在もまた、時空を超えた侵略者。当時の(わし)ら人類にとって想像を絶する強大な、‶超時空の帝国〟が突如としてこの世界に顕現、轟臨したのじゃ。』


 床はゆっくりと下降し、まだ先へ進む道は見えない。

 そんな中、忘却の彼方にあった歴史が妖刀から語られようとしていた。

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