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Episode.86 最後の臓腑

 ビヒトのお陰で遺跡を更に進むことが出来たミーナ達は、肉に覆われた広い通路を進んでいく。

 脳髄が封印されていた最奥までもう残り僅かだと、経験や直感から肌に伝わってくる。


『残る五臓六腑は肺臓ただ一つじゃ。何時(いつ)仕掛けて来るかは知らんが、それを破壊すれば残るはダーク・リッチと脳髄のみとなる。愈々(いよいよ)大詰めじゃな。』


 妖刀の言葉で、否が応にもミーナとシャチの気は引き絞まる。

 彼の声、『念波』が届かないフリヒトとエリも二人に呼応するように表情を引き締めた。


「それにしても、何だか肉が薄くなってきたね……。」


 ミーナの言う通り、これまでネメシスの肉に覆われていた地下遺跡は少しずつ本来の鉄筋コンクリート造の壁を覗かせる様になっていた。


「ダーク・リッチの奴は臓腑の力を使って遺跡を肉壁で包んでいると言っていた。ここまでの戦いで(ほとん)どの臓腑を失い、その力が弱まっているのかも知れんな。」


 シャチの推測通りだとすれば、四人にとって、いや人類にとって朗報である。

 ミーナ達は確実に勝利へと近付いているという事だ。


 四人は路を急ぐ。

 次第にネメシスの肉よりも遺跡の壁の露出が増えていく。


「果ては近いな。」

「僕の出番がまたあるかも知れませんね。」

「十中八九、そうでしょうね。」


 シャチは持ち前の優れた感覚で遺跡の内部構造に終わりが近づいている事を察知していた。

 彼の言葉を裏付ける様に、四人の周囲には今やネメシスの肉は殆ど見られなくなっていた。

 更に奥へ、奥へと進むと、四人はとうとう行き止まりに辿り着いた。


「また僕が先への道を開くんでしょうか……?」


 フリヒトが一歩前に出ようとするが、シャチとエリが彼の前に立ち塞がり何かから庇った。

 二人はそれぞれ左右に目を向けていたが後ろから見ていたミーナは二人の行動の意味をフリヒトより先に察し、エリが向いている左前方へ飛び出した。


「シャチ‼」

「分かっている‼」


 シャチも、己が対峙する右前方に向けて戦斧(ハルバード)を振り被る。

 フリヒトはここで初めて、エリが自身を庇いミーナが妖刀を向ける左前方、シャチが戦斧(ハルバード)を振るう右前方それぞれに同じ形の肉が追っている事に気が付いた。


『腎臓と同じく、左右で一対となっている臓腑……。どうやら最後の一つ、肺臓に間違いなさそうじゃの‼』


 ミーナの妖刀とシャチの戦斧(ハルバード)がそれぞれ肉の一部を斬り裂いた。

 それは丁度ブドウの様に幾つもの房となっている人間の頭ほども大きな目玉だった。


『これは……宛ら肺胞か……? それにしては……。』


 妖刀は斬り裂かれた二つの眼球から目一杯詰まった体液が零れている様子に疑問を覚えた。

 確かに、肺胞の実際の機能からは体液が詰まっている等在り得ぬ構造である。


 その時、何処からともなく様々な声色が入り混じった怨嗟の声が響き渡って来た。


『苦しい……息苦しい……!』


 その声に呼応するように、『ネメシスの肺臓』は肺胞に相当する巨大な眼球の房を増殖させる。


『息苦しい……これほど息苦しいのは……貴様等の所為だ‼』


 怨念と殺意に満ちた声を上げ、無数の眼球で一斉にミーナ達の方を凝視する『ネメシスの肺臓』。

 ミーナとシャチ、そしてエリとフリヒトも各々の武器を構え、敵の攻撃に備える。


『この息苦しさ……許せん……! 貴様等の息の根も止めてくれる……!』

『成程のう……。それがお前の本質、という訳かネメシス……。』


 妖刀は肺胞を模した巨大な眼球の構造、そしてこれまでの臓腑から見抜いた。


『お前の臓腑、肉体の構造は、それそのものがお前の怨念を模っておる。心臓は絶えずそれぞれの心房が不規則に脈打ち、肝臓は絶えず己の苦しみを訴え続け悲鳴を絶やす事が無い。そして肺臓は構造上息が出来ない造りになっておる。それは即ち、各臓器()くあるべしという役割、機能上の要求に対する反発と不和。人間社会には得てして構成員に対して暗にそう接する事があるが、それに対する憎しみが世界規模に(つの)った結果生まれたのがお前という訳じゃな!』


 妖刀の言葉に怒ったのか、『ネメシスの肺臓』は眼球の瞳から体液をウォーターカッターの様に勢いよく射出した。

 ミーナ達は攻撃を回避すると、それぞれの武器で葡萄(ぶどう)状の眼球を攻撃する。

 妖刀は眼球を両断し、戦斧(ハルバード)は旋風でバラバラに引き裂く。

 クロスボウの射撃とナイフの投擲も眼球を貫通し、四人はそれぞれ肺臓の組織を破壊していく。


 そんな中、妖刀は少しずつ記憶の扉を開いていた。


『覚えがある……。(わし)のこの、ネメシスに対する嫌悪感……。間違いない……。(わし)は確かに、以前ネメシスと対峙したのじゃ……。』


 (かつ)て死して尚思念をこの世に残していたという妖刀。

 それが、気が付けば現在の様に刀に宿っていたという妖刀。

 今、その鎖されていた真実の記憶に一筋、二筋と光が差し込んでいる。


『思い出してきた……‼』


 そんな妖刀の意識とは無関係に、ミーナ達の戦いは継続していた。

 肺胞を模した眼球は次々に破壊されるが、一方で再生もし続けている。

 今の所、ミーナ達の破壊のペースが上回っているが、一息入れる暇も無い。


「フリヒト、エリ‼ お前達は武器の残数を気にしておけ! サポートに徹してくれれば良い‼」


 シャチから大声で指示が飛ぶ。

 エリは既に、体液のカッターを発射しようとする眼球の動きを察知して先手を打って短剣を投擲(とうてき)していた。

 一方で戦闘の経験に乏しいフリヒトはシャチに言われて初めてエリに(なら)い始める。


 ただ、そうするとミーナとシャチは二人がサポートに回った分攻撃のペースを上げなくてはならなかった。


『ククク、まんまと体力を消費しおって……。』


 ダーク・リッチの嘲笑が辺りに響く。

 ここへ来て漸く、彼の目論見通りミーナ達は消耗し始めていた。


「面倒だ……‼」


 シャチは戦斧(ハルバード)を大きく振り被り、特大の旋風を巻き起こした。

 ゴモラとの戦いで強大な敵の身体を跡形も無く消し飛ばしたその攻撃の威力が肺胞を模した眼球を大量に引き千切る。


『シャチ、相変わらず凄まじい力じゃのう……。』


 妖刀は感心して賞賛を漏らしたが、それはこれまでの様な他人事の批評ではなかった。


『ミーナも力では決して引けを取ってはおらん。しかし、一度に纏めて範囲攻撃する手段を持っておらんのじゃ……。せめて何か(わし)に、あの戦斧(ハルバード)の様な特別な攻撃を繰り出す機能があれば……!』


 妖刀の中で今、(かつ)て無い程戦いに対する当事者意識が高まってきていた。

 それは、偏に彼が自らの記憶を呼び戻し、ネメシスとの何らかの因縁を思い出し始めている事にも影響を受けている。


 自分に出来ることは本当に、ただミーナの武器、道具に徹するだけなのか。

 もっと主体的に、戦いの中で役に立つ道は無いのだろうか。――妖刀は忸怩(じくじ)たる思いを噛み締める。


 その時、ふと妖刀の意識の中に別の記憶が流れ込んだ。

 朧気ながら思い出しかけていた昔日の記憶ではなく、直近の不可解な出来事が思い起こされる。


 ソドムとの戦いで最後、ミーナは敵の全てを振り絞った攻撃を真面に受けてしまった。

 本来ならば間違いなく消し飛んでいたのだろうが、ミーナは何故か無傷で切り抜けてソドムに止めを刺した。


 あれは一体何だったのだろうか。

 ミーナに秘められた力が起こした奇跡か、それとも……。


 そう疑問が過った時、妖刀の中で何かが繋がった。


『ソドムの大剣には……(わし)の力を吸い寄せ、思念による攻撃を無効化する力が有った……。若し同じ事が(わし)にも出来たとしたら……?』


 妖刀は自身の中に別の力が宿っているのを感じ取った。

 あの時、ソドムの最後の攻撃は自分が吸収したのだとしたら。

 今感じている違和感が、その残滓だとしたら。


『ミーナ! (わし)を振るえ‼』

「え⁉ 普通に振ってるけど?」

『全力で、ソドムの雷光をイメージしながら敵に向けて振るうんじゃ‼』


 妖刀は確信を持ってミーナに指示を飛ばす。

 彼女は戸惑いつつも、真っ直ぐに肺胞の房を見据えて、彼の言う通りに刀を振るった。


 その刹那、妖刀から雷光の奔流が発生し、肺胞を一直線に焼き払う。

 凄まじい威力にミーナも、シャチも、フリヒトもエリも、そして妖刀自身も言葉を失っていた。


 肺胞はまだ残されているが、この攻撃がミーナ達に決定的なアドバンテージとなった以上、殲滅は時間の問題だろう。

 最後の戦いを前に、ミーナと妖刀に新たな必殺技が誕生した瞬間だった。

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