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妖刀少女が行くポスト・アポカリプス  作者: 坐久靈二
Chapter.3 存亡

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Episode.85 去るべき者と遺るべき者

 突如として地下遺跡の奥に(あらわ)れたビヒトの姿に皆一様に驚いていた。


「どうして此処(ここ)に?」


 ミーナの問いに答えぬまま、ビヒトは四人の行く手を阻んでいる酸に濡れた扉に触れた。


『何を莫迦(ばか)なことをしておる。』


 部屋にダーク・リッチの嘲笑が響く。


『どうやって入って来たか知らんが、実体を持たぬ貴様が触れたところで扉が反応する筈が無かろう。それとも、まだ自分が遺跡を制御出来るとでも思っているのか?』

『ダーク・リッチよ……。』


 ビヒトは目を細め、心底からの侮蔑の表情を浮かべる。


『自分で言っていて気付かんのか? (わたし)は既に実体を持たぬ身。ならば遺跡の力無くして彼等の前に姿を(あらわ)す事など出来ん。』

『なっ、何だと⁉』


 そう、確かにビヒトは他の思念体、兄リヒトやその付き人アリスと異なり、自らの器を持たずに留まっていた存在である。

 つまり本来、ミーナ達にその姿を見る事は出来ない筈なのだ。


『それがどうして……?』

『貴様の犯した一つのミスのお陰だよ、ダーク・リッチ。』


 瞬間、扉に触れていたビヒトの手から衝撃波の様な振動が拡がった。


『今、壁を濡らしていた濃硫酸は飛ばした。今ならば触れられるだろう。フリヒトよ、今の内に扉を開けてしまえ。』

「は、はい‼」


 フリヒトは急いでビヒトの映像に掌を重ねた。


「だ、大丈夫なのか?」


 心配して声を掛けたのはシャチだ。

 彼は一つの懸念を抱いていた。


「濃硫酸ならば乾いた状態で手を触れるのは余計に危険だろう。」

『心配する事は無い。水分を飛ばしたのではなく、濃硫酸そのものを壁から消滅させた。気化させた訳でもない。時空間転移を使って時空の狭間へ送ったのだ。』


 フリヒトが部屋の仕掛けを作動させて扉を開いたが、同時にビヒトは呼吸を荒げ、その場で膝を突いた。


「だ、大丈夫⁉」

『ミーナ、心配するな。少々〝命電(めいでん)〟を消費してしまっただけだ。』

「そんな……何を言っているの⁉ 心配するに決まっているじゃない‼」


 思念体であるビヒトが『命電(めいでん)』を消費したという事は、それだけ消滅に近付いたという事だ。

 ミーナの言う通り、心配しない道理など無かった。

 しかし、ビヒトは顔を上げて視線でミーナを(たしな)める。


『心配する必要は無い。目的さえ果たしたら還るべき場所へ還る。』

「目的……?」


 ミーナの問いに、ビヒトは無言で答える様に扉の奥を見詰めていた。


「ミーナ、行くぞ。どの道この場に留まってはいられない。」


 シャチに手を引かれ、ミーナは扉の奥へと進んだ。

 二日前、リヒトと別れた時の様に彼はビヒトと意味深に目を合わせていた。

 ビヒトはそんなシャチに感謝するように小さく笑い、四人を見送った。


『ええい、(われ)のミスとは一体どういうことだ‼』


 ダーク・リッチは最後の六腑、胃を使った罠を予想外の横槍に破られて苛立ち交じりにビヒトへ問い掛けた。


『確かに、(わたし)はこの〝古の都〟地下遺跡に関してはほぼ完全に貴様等に乗っ取られていた。唯一(わたし)の手に残っていたのは、遺跡の仕掛けそのものの作動を貴様に防ぐ事は出来ない、といった程度のものだった。』

『そうだ! そしてそれも、五臓六腑の襲撃で足止めしている間に奪取する筈だった‼ なのに何故! 何故貴様が此処(ここ)へ入って来られたのだ‼ 既にネメシスの肉は再び入り口を塞いでいた筈だ‼』

『それについては、貴様が残した廃材を利用する事で解決した。貴様は兄に追い詰められ、咄嗟にある器へと乗り移った。だが、続いてエリやミーナ達に追撃を受け、その器すらも放棄せざるを得なくなった。地下遺跡ではなく表層部分の状況を把握できる程度の制御権は残っていたのが幸いした。』


 ビヒトの立体映像はふら付きながらも立ち上がり、ミーナ達の後を追って扉の奥へと足を踏み入れた。


『そうか、あのアリスとかいう女の器か‼』

『その通り。元々あれは(わたし)が借りる為に彼女本人に放棄してもらった物だ。再び入って操る事は容易かった。捨てた位置自体は探知可能で、しかも地下への入口にも近かったからな。』


 そう、今ネメシスの再生した肉に覆われた地下への入口には、黒焦げになったアリスの器の腕が突き刺さっている。

 これはビヒトが『古の都』表層部の様子を把握し、捜し出して再び操って行ったものだ。


『しかし、()が肉に覆われた地下部へ侵入する事は並大抵の事では無かった筈だ‼』

『言っただろう。〝命電(めいでん)〟を消費してしまったと……。』


 奥へと歩みを進めるビヒトの姿は砂嵐の様に不安定な状態で、何とか形を保っているという状態だった。


『貴様からある程度制御権を盛り返すのは流石に骨が折れた。まず、肉に覆われた遺跡にアリスの腕を接続せねばならなかったからな。』

『ええい、忌々しい‼ やはり狂人の弟は狂人か‼』


 ダーク・リッチの声に様々な怨嗟の声色が混ざる。

 今ビヒトに唾棄の念をぶつけたのは彼だけでなくネメシスの意識も同化していたのだろう。


『とんでもない。(わたし)に兄程の決意は持てぬよ。今も、たった一人の若者を取り戻そうとしているだけだ。ほんの欠片でも思念が残っていれば、彼を助ける方法は在る。』


 そう言いつつも、ビヒトの身体の像はどんどん歪んで崩れていく。

 既に形を保っているだけで精一杯、といった様相だった。


『若造? あのルカとかいう餓鬼か? 莫迦(ばか)め、残っている筈が無いだろうが。これ程の威力で(われ)の身体を貫いたのだ。思念の全てを命電砲(めいでんほう)に変えなければ不可能に決まっておる。』


 ビヒトの行為を不毛と断じ、無駄死にしようとしていると嘲ら笑うダーク・リッチ。

 だが、ビヒトには確信が有った。


『どうかな? (わたし)は地下遺跡の制御を僅かに取り戻した時、奥底から確かに彼の気配を感じたよ。』

『そんなものは(まやかし)だ。貴様の願望が貴様にそう感じさせたに過ぎん。』

『生憎、(わたし)は本来悲観的な性質でな。その(わたし)が感じたからこそ、希望が持てるのだ。』


 ビヒトは歩を進める。

 ミーナ達を追い、ルカの思念が残留していると思しき最奥を目指す。


『アリスも逝った。兄も逝った。貴様の最期を見届けた先にこの世を去るのが元々の(わたし)達の目論見だった。その為に、二人とも自らの残留思念を使い果たしてこの世を去った。(わたし)だけが何故、この世に留まる必要など有ろう。』

『だったらとっとと死ね‼ この世で最も忌々しい一族‼ 貴様等の血は人類の穢れ、その抑圧の象徴だ‼ 有史以来、貴様等が何をして来たのか! その遺伝子、存在そのものが罪深いと言える‼ さっさと根絶やされてしまうが良い‼』


 激しい憎悪の言葉があらゆる声色と共にぶつけられる。


『生憎その罪とやらを背負うのは(わたし)が最後だ。()が子孫フリヒトは、ミーナは、シャチは、エリは、そして勇気ある若者ルカは本来この世に残るべき者達。去るべきは最早(わたし)、そして貴様等だけだ!』


 ビヒトは歩き続ける。

 消えそうになりながら、先を行くミーナ達を追い掛ける。


 彼にはまだ役割が残されていた。

 それは彼の想い通り、ルカを掬い上げてその思念を『原子力遺跡』に帰還させる事であろうか。


 否、それ(ばか)りではない。

 人類にとって、ミーナ達にとって、極めて重要な核心に迫る為の役割が彼にはまだ託されている。

 それが発覚するのは、もう少し後に彼がミーナ達に追い付いてからだ。



 ミーナ達は今、ビヒトよりも少し先を最奥に向かって進んでいる。

 残された臓腑は脳髄とダーク・リッチを除き肺臓のみ。

 四人は間も無く最後の臓腑と遭遇し、そしてネメシスという存在の本質、更に旧文明が辿った滅亡の真相を垣間見る事になる。


 その鍵を握る存在は意外にも、ミーナが全ての旅路の最初に出会った『妖刀』というイレギュラーであった。

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