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Episode.84 最後の決断

 原子力遺跡は立体映像の間、『古の都』から多くの避難民が途切れる事無く誘導されて来る中、ビヒトは厳しい表情を浮かべていた。

 彼はある程度、『古の都』で起きている事を把握出来る。


(わたし)はこれで良いのか……?』


 実体を持たない立体映像の身でありながら、ビヒトは忸怩(じくじ)たる思いから拳を握り締める。

 悔いているのは、ルカという一人の若い命をむざむざと散らせてしまった事だ。


 そんな彼の(もと)へ、群衆を掻き分けながら足早に迫ってくる一人の男が居た。

 ビヒトはどよめく列の方へ眼を向ける。

 姿は見えずとも、その人物が怒りと共に自分を目指している事は直ぐに察することが出来た。

 彼が避難までに辿った出来事も、ビヒトは把握しているからだ。


「アンタがビヒト、リヒト様の弟とか言う奴か‼」


 群衆の中からビヒトの元へ飛び出してきた中年の男、ガイはビヒトに掴み掛った。

 しかし相手が実体の無い立体映像なので、ガイの身体はビヒトを擦り抜けてバランスを崩した。


『お前はルカと話していた男だな?』

「そうだ! あいつは『古の都』に来る以前から付き合いのある掛け替えの無い仲間だった‼」


 膝を突いたガイは振り返り、血走った目でビヒトの後ろ姿を見上げていた。

 ビヒトも背中越しにガイへと視線を向けている。


(わたし)に言いたい事が有るのだろう?』

「ああ‼」


 ガイは勢い良く起き上がると、ビヒトを睨み付ける。


「ルカの奴、死ぬ気だぞ‼」

『承知している。そして、彼は既に実行に移した。』

「なっ……⁉ てめえ……‼」


 ビヒトの胸倉に掴み掛かったガイだったが、案の定腕はビヒトの身体を擦り抜ける。


「知ってて見殺しにしたのか……‼ どうして止めなかった‼」

『手段が無かった。今お前が体感している様に、(わたし)には実体が無い。故に、体を張ってでも止める、という選択肢は無い。後は彼の道を塞ぐ事だが、それをするには都との接続を一旦切る必要が有った。しかしそんな事をしてしまえば再々接続にはまた相当のエネルギーを食ってしまい、僅かな時間しか維持できなくなる。住民の避難を考えると、在り得ぬ選択だったのだ。』


 ガイは奥歯を砕けん許りに噛み締めたが、その怒りはやり場の無いものだった。

 ビヒトの表情から、彼自身もルカを止められなかった事に激しい悔恨の念を抱いていると充分察せられた。


「何で……あいつが死ななきゃならなかったんだ……‼」

『彼が思い詰めた原因は(わたし)達兄弟にある。(わたし)達が彼に大き過ぎる責任を負わせてしまったのだ。』


 ビヒトは天を仰ぐ。

 ソドムが空けた天井から嘘の様に晴れ晴れとした日差しが差し込んでいる。

 それは余りにも冷たい太陽だった。

 そんな日の光を浴び、ビヒトは述懐する。


『彼は……ルカは誰よりも人類の未来へ想いを寄せていた。兄の、(わたし)の意志を継ぐという誰よりも強い決意を持っていた。自分の双肩に人類の未来を背負い、その為に光も闇も全てを背負い込もうとする、極めて強い責任感を持った青年だった……。喪いたくない人材だった……。』


 ビヒトの言葉を聞き、ガイは反対に俯いた。


「だとすると、ルカをそういう男にしたのはこの(おれ)なのかも知れない……。(おれ)が集落のリーダーに推挙した。(おれ)がリーダーを引き受けていれば、あいつは今でも普通の青年の(まま)だったのかも知れないな……。」


 沈黙が流れる。

 思い煩う二人を尻目に、警邏(けいら)達はどんどん避難民を誘導していく。

 そこにビヒトの指示は最早無かった。

 警邏(けいら)達は本来の指揮系統を取り戻し、組織立って能動的かつ効率的に動いていた。


『今のこの状況……(わたし)はもう必要ないかも知れないな。ルカが残ってくれた方が遥かに良かった……。』


 ビヒトは何かを決意した様に、ガイの方へ視線を向ける。


『一つだけ方法がある。彼が生き返る訳ではないが、彼の意思を此処(ここ)へ戻してやれる可能性がたった一つだけ残されている。』

「ほ、本当か?」

『そこで、お前に頼みたい事があるのだ。』


 ビヒトの提案を聴いたガイは瞠目(どうもく)した。

 そして実体の無いビヒトの表情からその覚悟を受け取り、小さく頷いた。


「分かった、引き受けよう。それで、上手く行く見込みは?」

『前提として、彼の思念がまだ僅かでも残っている事が必要になる。それで初めて五分と五分といったところだが、(わたし)の全てを賭して必ず成功させよう。』


 ビヒトは避難民の列の向こう、『古の都』の方を遠い目で見詰めていた。




***




 地下遺跡の奥深く、ミーナ達は更に一つの臓腑(ぞうふ)を破壊する事に成功していた。


「ギイイイイヤアアアアアアア‼ アアアアアアアアアアアアアッッ‼ うぎゃあああああああああああっ‼ ヒギイイイイイイイイイイッッ‼ アアアアアアアアアアアアアアアッッッッ‼ ブアアアアアアアアアッッ! ギャアアアアアア‼ アアアアアアアアアアア‼」


 今までで最も大きな臓器全体に花を咲かせるように備わった口から耳を(つんざ)く様な喧しい悲鳴を響かせ(なが)ら、『ネメシスの肝臓』は小さく(しぼ)んでいく。


『最初から最後まで五月蠅(うるさ)い奴じゃったの……。終始断末魔の叫びを上げる様な全く遠慮の無い苦痛の訴え方じゃった……。』


 妖刀は呆れた様に呟いた。

 ミーナ達も皆一様にうんざりした様な表情を浮かべていたところから、思うところは同じ様なものだろう。


「行こう。」


 ミーナの号令で四人は遺跡を更に奥へと進んでいく。



**



 四人は一つの小さな部屋へと差し掛かった。

 またしても装置を作動させなければ先へ進めない類の仕掛けが施されている様で、部屋へ入ってすぐに小さな扉が視界に跳び込んで来た。


「ワンパターンですね……。」


 フリヒトは苦笑しつつ、遺伝子情報を読み取らせる為に扉に手を触れようとする。

 しかしその瞬間、シャチが突然彼に跳び付いて後ろへ投げ飛ばした。


「な、何を⁉」


 驚いたフリヒトだったが、シャチの真意はすぐにはっきりした。

 勢い余って壁にぶつけた彼の大きな肩から焼け焦げるような音がして、シャチの顔が苦痛に歪んだのだ。


「やはり……酸か‼」


 体勢を立て直したシャチは(ただ)れた肩を憎々しげに見詰めていた。

 エリが空かさず短剣を振るい、壁に接触した彼の肩を薄皮一枚剥いだ。


「ぐっ……‼ 済まんなエリ。」

「腐食が進行するといけないからね。」


 シャチの血が肩から滴り落ちる。

 どうやら床には危険は無いが、シャチ曰く壁全面から酸が噴き出ているらしい。


「これってまるで……。」


 ミーナは嫌な予感を覚えたが、その瞬間、答え合わせの様に忌々しい声が鳴り響いてきた。


『ファハハハハハ、その通りよ‼ 貴様等が今居る部屋は六腑の内最後の一つ、胃と融合させた‼ 壁に触れて扉を開けねば先へ進めんが、壁からは濃硫酸が噴き出ておる‼ このまま背後に迫る肉の再生に呑まれるも良し、硫酸に溶かされるも良し。何方(どちら)にせよ、貴様等は袋小路に嵌ったのだ‼』


 ミーナとシャチがそれぞれの武器を構えた。

 だが、勿論ダーク・リッチにとっては織り込み済みで、更に嘲笑を続ける。


『強引に破ろうというのか……。それもまあ良かろう。だが、確実に貴様等の武器は劣化する事になるぞ。そんな事で、ここから先の戦闘に耐えられるかな?』


 ダーク・リッチはこの場でミーナ達を仕留めようとしている訳ではない。

 目的は武器を弱体化させてこの後に控える戦いを自分達にとって優位に進めようというものだった。


「解っていても、躊躇(ためら)っている時間は無いな!」


 シャチは戦斧(ハルバード)を大きく振り被った。

 しかし、その時別の声が部屋に響き渡る。


『待て、待つのだシャチ。』

「その声は、ビヒト?」


 ミーナは天井を見上げた。

 そこには砂嵐に途切れるような出来損ないの立体映像となったビヒトの姿が在った。


『ここは(わたし)に任せておけ。』


 そう言うと、ビヒトは四人の中へと降り立った。

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