Episode.82 未踏の奥地へ
ミーナ達はネメシスに乗っ取られ、融合した『古の都』の地下遺跡内部へと足を踏み入れた。
すっかり様変わりした、肉壁に覆われた通路を不気味に思いながらも四人は奥へと進んでいく。
以前来た時は帰り道を忘れない様に目印を置いて行く必要が在った、つまり入り組んだ構造をしていたが、今回は様子が違う。
「ネメシスめ、道を塞いでいた事が仇となったな。ルカが『命電』となって通った路しか拓けていないから完全な一本道になっている。」
シャチが言う様に、此処までミーナ達は全く迷わず、前回よりも二人多いにも拘らず遥かに早いペースで元は遺跡だった肉の内部を突き進んでいた。
ミーナとシャチは既に通った道であり、確信を持って突き進んでいるし、フリヒトはそんな二人の事を信じている。
「途中で道が途切れていたらどうしよう?」
唯一人、エリだけは不安を溢した。
このペースはエリが余計な事をする余地も無く唯着いて来るだけで良い状態になっている、というのが大きい。
尤も、彼女の懸念は何らおかしい物ではない。
今はルカの犠牲で偶々道が開けているだけで、それが最奥で待ち構えているネメシスの脳髄の所まで続いているとは限らないのだ。
「信じるしか無いよ、ルカを!」
「そうですね!」
ミーナに迷いは無かった。
迷う事を彼女自身が許さなかった。
又、それは状況的に適切な判断でもあった。
四人の背後で鈍い音が聞こえる。
一心不乱に走り続ける彼等は振り向くことこそしないが、何が起きているのか把握出来る男がいる。
「やはり、『原子力遺跡』の接続と同じで何時までも保つものでもないらしい。ネメシスが快復すれば先に破壊された組織、つまり入り口近くからどんどん肉が再生し、塞がっている。」
シャチの優れた感覚は視覚以外からも同等以上の情報を彼に齎す。
何度も遺跡攻略で重用した能力が今回もミーナ達に現在地周辺に潜む危険の情報を知らせてくれた。
「成程、もう引き返せないって事ね。」
流石にエリも腹を括るしかないと納得した様だ。
「関係無いよ! 私達はネメシスを斃すだけ!」
「うむ、ミーナの言う通り何も問題は無い。諸悪の根源たるネメシスはこれから俺達が斃してしまう訳だからな!」
ミーナ達の進撃は続く。
***
最奥に潜むダーク・リッチの本体は怒りと焦燥に駆られていた。
「あの小僧め、余計な事を……‼」
このままでは難無くミーナ達に脳髄の在る最奥まで到達されてしまう。
不完全とはいえネメシスの力を得たダーク・リッチは人類選りすぐりの四人相手にも負ける道理など無い筈だったが、それでもこのまま手を拱いている訳には行かなかった。
『あのミーナという小さい個体は自らの命を消費せずに思念の刃を振るう事が出来るらしい。それに、あれはソドムを斃している。特に、最後の攻撃を物ともせず……。』
「そうだ、あの小娘は我等にとって未知数の脅威だ。」
『それに、あの妖刀という武器に宿っている思念……。あれもリヒトと同程度に危険な狂人だ。』
「知っているのか?」
これまで殆ど触れられる事の無かった、妖刀に宿る人格個人に対しての人物評をネメシスは持っているらしい。
『ダーク・リッチ。まだ私と完全に記憶を同期出来ていないのは難儀だな。リヒトに続き、攻撃してきた思念の中にあの個体も居た。』
「それは……単なる追従者、殉教者だろう? 彼等を犠牲にする先陣を切ったリヒトとは比べるべくもないではないか。」
『通常は、そうだ。だが奴はあの時、とうの昔に死んでいたのだ!』
リヒトやビヒトと同じく、ネメシスもまた死んだ人間の思念体が留まり続けることが自然にも稀にあると認識していた。
抑も、リヒトがこの世に留まり続けた偶然もその現象に因るものなのだから、考えれば他に先例が在るのは当然である。
「……今我の脳裏にも入ってきたぞ。あの男、今まで謎だったあの武器はそういう素性か……!」
『あのミーナという個体はあらゆる面から見て危険だ。』
「早期に潰さねばなるまい。」
ダーク・リッチの身体が光を放った。
『私の臓腑……心臓を除く五臓六腑を放つか。』
「丁度奴等の背後から肉壁の再生が迫っている。ならば我が取り込んでいた臓腑と肉壁と前後で挟み撃ちにするのだ。仮に臓腑を破られても、今の我等には大した痛手になるまい。逆に奴等は戦えば戦うほど体力を削られ、我等にとって有利となる。」
嘗ての心臓と同じように、ミーナ達はネメシスの五臓六腑と先に戦う必要があるらしい。
『心臓はどうする?』
「我が代替となっているのだろう? ならば我自身が出よう。貴様がバックアップの機能を持つのなら、貴様さえ残れば我も復活できる。」
ミーナ達人類陣営と、ダーク・リッチ達壊物陣営は互いの総力をぶつけ合う形になりそうだ。
***
ミーナ達は前回足止めを喰らった大扉の前に辿り着いた。
しかし、ここで一つ問題が生じていた。
扉を開けるには備え付けられた十字に並ぶ五つの宝玉全てに燈を点さなければならない。
今、ダーク・リッチが二つの大遺跡で点した二個と、ミーナ達が南の大遺跡及び原子力遺跡で点した四つ、真ん中以外は全て点灯している。
「そういえば真ん中、あの時消したんだっけ。」
ミーナが回顧する通り、シャチと二人でここまで到達した時、真ん中の宝玉はこの場で点灯させることが出来た。
だが、他の遺跡を巡って点灯させる必要性が懸念された時、遥か離れた地で全てを点灯させて扉が開け放たれるのを防ぐ為に敢えてこの場でオンオフできる真ん中の宝玉は消灯したのだった。
「しかし、穴が塞がってしまっている……。」
問題は、その点灯させる装置は扉の近くの落とし穴の中に在るという事だ。
そして、今この地下遺跡はネメシスと融合し、壁も天井も床も全て肉に覆われてしまっている。
唯一扉だけが剥き出しなのは、ルカの『命電砲』によって扉の先まで肉壁に穴を開けられているからだろう。
『念の為と思ってした事が仇となるとはの……。』
「だが、位置は判っている。この場はミーナと俺の合わせ技で再び穴を露出させるのだ。」
「でも、装置まで壊しちゃったらどうしよう……。」
寧ろ、ダーク・リッチの事である、それを狙って敢えて攻撃の瞬間に肉壁を薄くしたりされることも考えられる。
だが、迷っている時間も無い。
背後からは再生する肉壁がミーナ達を呑み込まんと迫っているのだ。
と、ここで進み出たのはフリヒトである。
彼には考えがあった。
「ビヒトさんは僕の力が必要になるかも知れないと仰っていた。もしかしたら……。」
フリヒトは壁を見上げ、五つの宝玉の真下に立った。
そして、掌を壁に着ける。
すると、ミーナとシャチの足下から肉がせり上がって来た。
『ここは本来こういう仕掛けだったか。態々穴に落ちる必要は無かったようじゃの。』
南の大遺跡の時と同じ様に、リヒトやビヒトの血族であるフリヒトの遺伝子を読み取った遺跡が扉を解放する為の宝玉点灯装置を床の下からせり上がらせたのだ。
ネメシスも遺跡を完全に掌握している訳ではなく、仕掛けを斬る事までは出来ていないらしい。
その証を示かの様に、装置がせり上がった影響で伸びた肉が裂け、黄色い宝玉が微かに覗いていた。
「これに手を翳せば、扉が開くという訳ね……。」
エリが肉の裂け目に手を入れようとする。
「待て。手を入れた瞬間に再生されたら捕まってしまうぞ。」
「解ってるわよ、そんな事。」
いつも通り、不用意な行動に出ようとしたエリを諫めたつもりだったシャチだが、彼女の様子は少し違った。
しかし何か考えがあるのか、というとそういう訳でもなかった。
「だから、私がやるのよ。躊躇っている時間は無い。不用意だろうと、やるしか無いの。だったら、最初からそういう人間がやった方が良い。」
エリは装置の宝玉に手を翳し、素早く引き抜いた。
シャチの懸念通り肉は再生したが、間一髪のところでエリは捕らわれずに済んだ。
そして、辺りに地響きが鳴り響く。
それは未踏の領域が開放される予兆だった。
ゆっくりと、目の前の大扉が宝玉の備わった辺りから二つに裂け始める。
「遂にこの先へ行けるんだね……!」
「ああ。やっと、だ!」
ミーナとシャチにとって、待望の瞬間の訪れだった。
この様な形でなければ尚良かったのだが、元々目的はネメシスの脳髄を破壊する事だったので大差は無いだろう。
四人は最大の遺跡である『古の都』の、未だ見ぬ奥地へと足を踏み入れた。




